No.Ex 野郎どもの飲み話 前
「よぅ、おつかれぃ」
「お疲れ様。今日遅れるんだって?」
「先生案件だってよ。アイツも御苦労なこって」
個室飲み屋の一室。Navyがドアを開けると先に入っていたNeWがデバイスが表示するメニュー表に目を向けたままNavyの方に軽く手を挙げる。
本日は男3人リアルで顔を合わせて飲むはずだったのだが、その中心的な男は仕事で遅れている。
されどそれは珍しい事でもないのでNeWもNavyも軽くスルーする。
「ハイボールでオーダー入れといたわ」
「ありがとう」
お互いに気心の知れた仲だ。好みも知り尽くしている。
コートをかけるとNavyはNeWの対面に座る。
2人きりでグラスを合わせて先に飲み始める。
その話題が今遅刻している男の話になるのも自然な流れだった。
「アイツさぁ、なんか大丈夫なんかなぁ?生き急ぎ過ぎじゃね?」
「確かに、常人ならとっくに破綻してるスケジュール感覚だろうね」
2人の共通の親友の人間関係は親友達をして狂ってるとしか言えない。本当に自由に気ままにやりたい事を出来ている瞬間など殆どないのではないか。そんな心配をしてしまう。
確かにブラック企業なんて言葉すらなかったような地獄の時代でハードワークをしてきた先達からすればゲームしたり彼女と遊んだりしているのだから天国のような状態と叱られるだろう。
されどゲームでは一癖も二癖もある彼女達を楽しませるように立ち回っているし、彼女と遊ぶと言っても奴隷のように連れ回しているわけでもない。おまけに彼女は複数いる。
1人だけでも持て余す人も少なくないのに何人も女を相手にするのは非常に頭を使う作業だ。うっかり名前を呼び間違えたり他の彼女とのエピソードが混線して間違えて話した日には即修羅場だ。
「各彼女が喜ぶデートプラン考えて動くとか頭おかしくならんのかな?俺はルナ1人相手でもマンネリしねぇように頭使ってんのによ」
「そうなの?僕あんまり考えた事ないかも」
「……お前彼女とどんな感じなん?」
NeWからするとNavyは本当になんでも卒なくこなす。
その“卒なく”の度合いはちょっとやそっとではない。顔が良くて背も高く、運動神経も良いし勉強も出来る。女子とのコミュニケーションも上手く、親友達が呆れるくらい昔からモテた。
その上手さはノートやNeWの狙って作られた上手さではない。元々持っていた才能だ。
「普段の会話とかから、何がしたいとかどこに行きたそうとかなんとなくわかるでしょ。そこからこちらで叶えられる範囲で叶えてあげる。そんな感じだよ」
「わからんくもないが、お前は俺の打算ありの動きと違って素でやってるからなー」
この男3人トリオは全員が対人能力に秀でており、相手の感情や思考を読み解く事を得意としている。
ただし3人の対人関係に対するアプローチは異なる。
ノートの対人時の最大の武器は並外れた直感と観察能力だ。あるいは情報吸収能力とも言える。情報を処理する力も無論必要だが、どのウェイトが最も高いかと考えるとやはり観察眼という評価になる。
NeWの場合は洞察能力が最大の武器だ。ノートがその場の情報を常人を遥かに超えたレベルで吸収する能力があるとするなら、NeWは得た情報から新しい事実を類推する力に長けている。それは言い換えると、推理能力が並外れていると表現できる。
似ている様で1番の得意分野が異なる。されどノートとの相性は抜群だ。
ではNavyは。
Navyも常人よりも優れた観察能力と推理能力を持っている。されど前者2人ほど天才的な領域に踏み込んでいない。
Navyの最大の武器は情報発掘能力だ。自分が欲しいと思う情報を自らの働き掛けで引っ張り出す力。空気を読み、自分の望む空気に周囲を誘導する力。Navyは小学生の時点で既にこの才能を無意識に活かせていた。
優れた容姿、美声、穏和な空気。それはNavyが物心ついた時にはすでに使える様になっていた武器。
ノートやNeWは後天的にそれらの特徴を作り上げる事はできたが、あくまでそれは紛い物で真性のイケメンが発揮する力には敵わない。
欲しい情報を表に引っ張り出す力。
表出した情報を吸収する力。
得られた力から真実を読み解く力。
このトリオは互いが互いの才能を高め合える様な関係なのだ。
「それに僕は、愛している相手だからこそその気持ちがよく分かるんだよ」
「そうかぁ?いや別にお前の愛情を疑ってるわけじゃないんだが。ハッキリ言えば本気でやると出来過ぎちゃうから好きな相手以外には無意識に加減してるだけじゃねぇ?」
周囲の思考や感情が読める力は便利に感じるが、それは本来気づかなくてもいい事まで気づいてしまうデメリットもある。
その最たる例で言えば、ノートの彼女であるトン2が該当する。
理解し過ぎてしまうが故に意図的にシャットアウトするように立ち振る舞うくらいに、その能力は時として煩わしいものなのだ。
NeWからすれば、Navyは優しい様でいて残酷にも見えていた。幼少から周囲が自分に求める物を理解していて、されど自分の叶えられる範囲でしか受け付けない。その切り捨てをなんの葛藤も無く行える。
ただ、それをより悪い方向へ引っ張り込んだのはノートとNeWである事を当人達は自覚しているので、この辺の話題に関してはNeWの舌鋒は普段より甘い。
「じゃあ僕が無意識のうちにセーブしているとしたら、君達はどうなのさ。君らだって自分の彼女の考えくらいよく理解できるでしょ?」
「わからんとは言わんよ。でもよ、俺の場合はちゃんと考えを分かろうとして動いて初めて分かるもんだから。アイツとはちょっと違う」
NeWの推理能力はベースの情報がないと発揮できない。
それはどんな探偵とて同じ。
故に自分から動いて推理に必要な能力を集めて、そこから頭を動かしてようやく必要な情報が手に入るのだ。
「アイツは…………どうなんだろうな。シャットアウトする方法がないんじゃないか?」
「見て聞いただけ、そこからは直感で答えを出せるタイプだからね」
アレはどうやっても真似できない、そう呟きながらNavyはハイボールを呷る。
トン2の情報吸収能力はそれこそ人外領域に違いが、実のところノートも能力値的にはかなり近い。トン2と違うのは得た能力を更に分析する力が強く、後から合理的に解明できる点。
そしてその情報吸収能力に振り回されそうな幼い心に共感してくれる優れた理解者が居たこと。
「アイツの物の違いを感じる力は、なんか人間離れしすぎてる」
「あー、そう言えば前に3人で呑んだ時さ、凄かったよね」
「多分俺達とは違う世界が見えてんだろうなー、って改めて思ったわアレは」
3人で以前呑んだ時、そこはとあるレストランだった。
居酒屋よりは高級なワインなどに主眼を置いた富裕層のファミリー向けと言えばいいか。
そんな高級志向のレストランであっても幼い子が来ることもあり得る。特にオーダーから料理が来るまで少し時間がかかるタイプの店なので、子供の暇つぶしを兼ねて間違い探しや迷路やなぞなぞなどのその場で遊べるものが用意されていて、全部できたらデザート(もちろん高級)がプレゼントされるというサービス付きだった。
そんな子供向けの代物だが、レストランも簡単にデザートをくれてやる気はないらしく大人がやっても全てのオーダーが揃うまでに用意された全ての課題を解くのは難しいという事でも有名だった。
特に最大の難関は間違い探しで、NeWもNavyも最初は面白半分でやってみたが思わず料理よりそちらに意識が引っ張られる程度には難易度が高かった。
特にいやらしいのは、幾つの間違いがあるか提示されていないところ。これは実際の間違いの数より多くても少なくても失格になるので、あまり時間をかけすぎるとドツボにハマるのだ。
なので2人は先になぞなぞに頭を悩ませていたノートに間違い探しをやってみる様に進めた。2人は元々ノートがその手のことを得意としているから敢えて後回しにしてもらっていたのが、結果は秒殺。
間違い探しを見た次の瞬間には迷いなく間違いに丸をつけ始め、実際にその数も合っていたのだ。




