表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

818/880

No.Ex 女帝と狂女戦士と▇▇▇とⅠ


「ンフフ、でェ?どんな風の吹き回シ?」


 女帝は柔らかなソファに腰掛け、愉快そうに微笑む。

 スラリと長い脚を組み替えて脚に頬杖を突く。


 女帝が睥睨する先には床で深々と土下座する者がいた。

 女帝のVRプライベートルームにログインするなり、その人物は無言で土下座をし始めたのだ。


「アタシのこと、若干殺意入ってるくらイ嫌イだよね?」


 女帝の言葉はかなり物騒だが、それを口にする女帝の表情は愉快で仕方ないと言わんばかりの表情だ。


 女帝と土下座をしている女の付き合いは長い。

 お互いを認知してから、幾度共通の友人を交えて遊んできたか。どれほどの時間を共有してきたか。

 しかし長い付き合いがあるからと言って仲が良好だった訳ではない。むしろそれは険悪に近く、場を設けて改めてサシで話した事は今日この日までついぞ無かった。


 故にこそ、女帝もこの土下座をしている女が急にサシで話がしたいと連絡した時は驚きと同時に面白いと感じ、巨大な組織の運営やら日本への引っ越し手続きなどの一秒も無駄にしてられないハードスケジュールの最中、貴重な時間をわざわざ割いて面談の時間を設けた。


「んーーーー、キッカケはちょっと前にあった案件配信のせいかな?相変わらず危ない橋を渡ってる時に限って“ウチのツレ”は楽しそうなんだよねーー。ほーーんと、可愛いよね、ああいうとこ」


 女帝のスイッチが入った。

 土下座している女は長い付き合いで察した。

 

 女帝は若干鈍ったような日本語で普段は話すが、意識すれば簡単に直せる事をこの女は知っている。そしてそれを好きな男の前では決して見せたがらないことも。

 例え演じている事をツレが察しているとしても、出会った時の様な独特の訛りをすることが、女帝なりの可愛げなのだから。完璧に振る舞うだけの女はつまらないから。

 相手に圧をかけたい時にだけ、素の口調に変えるのだ。


 女帝はこの状況そのものは面白いと思っているが、目の前にいる相手への心象が良い訳ではない。むしろ嫌いだ。お互いに嫌いあっている。

 口元こそ笑っているが、その目は見つめる物を石に変えてしまいそうなほどに呪いにも似た重い怒りを帯びていた。


 ここで返答を間違えたら詰む。

 土下座する女は目こそ合わせてないが、口調だけで女帝がどんな目で此方を見ているのか手に取るようにわかった。それを想像できる程度に、お互い長い時間を共有してきたのだから。

 諦観の末に鈍くなった心がほんの微かに揺れる。

 それは、女帝と土下座する女が共に愛する男の影がチラつくからか。

 内面に関しては若干の乖離があるとはいえ、その男と女帝の表面上の態度や思考のロジックはかなり似通っている。

 感情面での理解者がユリンであるならば、思考面では間違いなく女帝が一番ツレを理解している。


 土下座をする女にとっては極めて不本意だが、この女帝がツレの複雑怪奇な女関係の最終関門になっているのは事実だ。極論例えツレ自身が許容しても、最後の女帝のジャッジでギルティ判定を受ければ女性陣の輪に入る事は決してできない。

 ある種この歪なハーレムは、その中心に立っている女帝のツレが全権を有しているのではなく、入り口の関門に狂犬が立ちはだかり、最終関門に女帝が立つ事で成り立っている。ヌコォも、スピリタスも、ネオンも、女帝のジャッジを通過して今の状態にある。

 

「で?」


 そして今、一度そのツレ自身から既に突き返された者が、女帝に面談を申し込んでいる。

 女帝からすればこの女が何を求めているかなど手に取るように分かるが、それでもどんな心境の変化で殺したいほど憎い相手に頭を下げる気になったのかは興味が湧く。

 この土下座をしている女は不安定ではあるが愚かではない。女帝の助けを借りればもっと早くこのよくわからない関係に決着をつける事が出来ていたのは分かっていた。分かっていて、それでも頭を下げることはできなかったのだ。

 それすらも女帝は見抜いていて、見抜かれている事を分かっていたから猶更土下座をしている女も女帝が嫌いで仕方なかった。


 嫌いで仕方なかったが、意地を張っているのに遂に限界が来た。


「これ以上、負担を、かけたくないんです」


「ふーん?別に負担とは思ってないんじゃない?ほんとに不都合しかない関係ならアッサリ切るでしょ。そこらへんすっごいドライだし。その負担ってのはどっちかというと貴方自身の心の話でしょ~?ねぇ?」


 どこまでも、自分がツレの思考の一番の理解者だと言わんばかりの言葉。

 それが的外れならまだしも、実際合っているのだから余計に憎たらしい。

 この女の心の悲鳴は、愛する男に人生を崩壊させかねない負担とリスクを強いてしまっているという事への自分の精神的負担から来ている。

 心を摩耗しきって、悪意には人並外れて強い女が、無償にも思える善意に対して苦しんでいるのだ。


「そもそもさぁ~、なんで貴方だけ特別扱いされ続けてるのかは理解はしてんだよね~?答え合わせするのが怖くて分かってないフリしてるだけでしょ?」


 全力で真似をし続けても、ついぞ女に愛した男の思考回路を十全に理解する事は叶わなかった。

 こうではないか、という推理はできても、確信は持てない。

 プライベートほど、距離感が近いほど、愛した男が時に異様に素っ気なくなることを女は知っている。

 どうでもいい相手ほど、むしろ愛想がいい。

 土下座をする女に対して当たりの強い言葉を吐くのも、ある種強い信頼があってこそでもある。それは2人の間だけで形成されてきた独特の信頼関係性だ。

 

 そして、女帝からすればその特別扱いが非常に気にくわない。言い方を変えれば、女帝やユリンよりもツレが素で接している相手がこの土下座している女なのだ。

 もし男が普段この土下座している女にぶつける言葉通りにしか女を見ていなければ、男が女に手を差し伸べ続けることは決してない。貴重なフリー時間をわざわざ割いたりもしない。同じ思考回路を持つ女帝だからこそ、この女をツレが如何に特別扱いしているか分かってしまうから苛立つのだ。


「貴方にこれを言うのはムカつくけど、一応教えておいてあげるよ。貴方の考えている通り、罪滅ぼしの意識が強いのは間違いない。貴方にとって幼い時の彼の気まぐれの行動は貴方にとって人生の最大の転換点であり命の恩人となるものだったとしても、その行動で貴方の家庭がバラバラになって血のつながった者とも二度と会えなくなったわけだからね。自分の家庭に深い澱みを持っている彼だからこそ、余計に罪悪感は強かっただろうねーー」


 不意打ち気味に与えられたアンサー。

 土下座する女に身構える隙など与えず、言葉の刃を深々と女帝は心に突き立てる。


「小学生なりに考えてやった善意の行動が、自分の予想の範疇を超えて大事になってしまった。なまじ本人が賢いからね~、子供の浅知恵が浅知恵で済まなかった。友人の家庭環境に問題がある事に気づいた。けどそれを単純に周囲に言ってももみ消されるかもしれない。問題が解決せずに拗れるだけかもしれない。何より貴方本人が隠してしまうかもしれない。虐待ってあるんだよねそういう事。なら絶対的な証拠を押さえればいい。子供特有の根拠のない自信と独善的な正義感。貴方の親が居ない時間に貴方の家に遊びに行き、貴方を言いくるめてカメラを仕掛けて決定的な証拠を映像で抑えて、そして証拠映像を警察と児相に持っていった。そうなれば大人たちも動かざるを得ない。めでたく貴方の両親は豚箱に。劣悪な家庭環境から貴方達は解放された。めでたしめでたし~」


 22世紀においても、家庭という箱庭の中に潜む闇を根絶する事はできない。

 緩いデストピアに近いほどに監視社会な日本に於いて、家の中は最も身近なブラックボックス。そして過剰な配慮が無味乾燥な対応となり、大人が子供に親身に寄り添う事への妨げになる。

 無口な少女の沈黙は生来の性格ではなく、劣悪な家庭環境によるストレスが原因だと気づけない。


 そうして社会から見落とされるはずだった小さな1つの闇に、小賢しいガキンチョが気づいた。気づいてしまった。 生まれついて持っていた鋭すぎる直感と観察眼が闇を見抜いてしまった。

 そして現実を知らぬが故に今よりも無鉄砲で、小学校高学年特有の奇妙な全能感から暴走したキッズは、もっと穏便に事を修めた方が上手くいく時もあるという考えに至れなかった。大人に頼る事もせずに1人で完璧にやり遂げようとしてしまった。

 普通なら子供の浅知恵など失敗するが、それを為した子供が普通じゃなかったので上手くいきすぎてしまった。

 

 口でこそめでたし、とは言っているが、女帝の目は幸福を祝うものとは程遠い。怒りに満ち、同時にネズミを踏み潰すような嗜虐に満ちた目付きだ。

 

「子供の行動力じゃないよねー、やってることがさぁ。ま、当時の担任とかアナタの母親までアウト判定くらったのが彼の想定外であり、子供の思考の限界だったんだろうね。虐待云々への目が厳しくなり始めた時代から遥かにそこら辺のペナルティキツくなってるからねー。両親どっちも収監されて、貴方の一家は散り散りに。それぞれ親からも簡単に接触できないように名前も変えられたから、子供たち自身も血を分けた者達に会う術がない。あー、末っ子だけ貴方が守ってたから本人の同意もあって一応直接的な関与をしてなくて刑が軽かったから先に出所した母親に引き取られたんだけ?どうでもいっか。兎も角、彼的には、そこまでするつもりじゃなかった。貴方に直接害を及ぼしていた父親と貴方を離せればよかっただけなのにね」 


「もぅ、あ、ぐぅ、ゲホッ、や、やめろ!」 


 心が軋みだす。

 それは自分に多くのトラウマを植え付けた父親を想起したから、否。

 愛した男の苦悩を嫌でも理解させられてしまうから。その苦悩を産んだのが自分だと突きつけられるのが辛いから。

 心臓を握りつぶされたような苦しさ。涙は出ない。代わりに強烈な吐き気が襲い始める。

 だからこそ、この女が苦しむと分かっているから、女帝は楽し気に言葉を続ける。歪でつぎはぎだらけの心に錆だらけのノコギリを当てて当てつけのようにギコギコと動かす。

 

「責任を感じたんだろうなー。自分で最初から結果が見えている事ならよかったんだろうけど……実際貴方の父親を豚箱に突っ込んだ事にはあんまり後悔はないと思う。父親に強い憧憬を持っている彼にとって自分の子に理不尽な暴力を振るう父親なんて論外だったんだろうね。けどその後の完全な家庭崩壊や担任の入れ替わりとかのゴタゴタは予想外の結果だった。だから強い責任を感じた、ある種過剰な位に。だから貴方に手を差し伸べ続けた。素っ気ないフリをしてるくせに、小学校でも中学校でも高校でも大学でも社会人になってからもずっとずっと貴方を周囲の悪意から守っている。それを悟らせないように敢えてキツい態度を貴方に向けている。周囲の女性からその点で詰められてなお、貴方を切り捨てずに守っている。気遣っているとバレたら貴方が苦しむと知っているからおくびにも出さない。全ては貴方の家庭を壊してしまった“償い”に「やめろおおおお!!」」


 歪に歪んで、傷ついて、もうこれ以上傷つくことはないように見えるゴミのような塊にも、逆鱗の様な物が在る。

 土下座している女に、ゴロワーズに、キアラにとって、それは目を逸らし続けていた事実。

 普段のカラ元気ではない、心からの叫びが喉からほとばしる。もう聞きたくないと脳が悲鳴をあげる。元々猫背の背を更に丸める。もはや土下座というよりは地面に蹲った何かでしかない。


 ナメクジに塩をかけたように、拒絶反応でキアラはのたうつ。古傷にも見紛う大きな瘡蓋を剥がされ、普段乗り越えたフリをして奥底に閉じ込めた苦しみが外ににじみ出てしまう。 

 そんな瀕死状態の女の頭を、席から立った女帝は一切の慈悲もなく踏みつけた。その態度こそが心底気にくわないと言わんばかりに。

 あまりマイナスの感情をストレートに顔に出さない女帝は怒りと軽蔑をむき出しにした表情でキアラを踏みつけていた。


「ねぇ、ほんとにそれだけだと思ってる?本気で?確かに貴方に向けてる感情に同情と償いがあるのは間違いない。でもそれだけでここまで大事に扱われると思ってる?やっぱり高校の時になんで自分がフラれたか全然理解してないでしょ」 


 だが、女帝の言葉は全てが悪意からのものではない。

 この怒りは単に女が特別扱いされているからではない。

 大事な物の事をなんでも知っていたい女帝にとって、自分がツレと出会うよりも遥かに前からツレと出会っていて、自分が知らない幼少期のツレの姿を知っているこの女に嫉妬しているのだ。 

 そしてそんな状態でありながら、ツレのことを真似をしている癖に、ツレに対しての理解度があまりに低くてイライラするのだ。


 フザケルナ。

 自分がどんなに求めても手に入らない物を既に持ってるのに、どうしてそこまで愚かなのか。

 妙に律儀な所のあるツレに対して、一生涯級の楔を打っているその関係性が女帝には羨ましくて羨ましくて仕方がない。自分がそこに至るまでどんなに苦労したのかわかっているのかと小一時間ほど問い詰めたい。


 対してキアラからすれば、後から出てきた癖に女帝は自分の欲しかった物全てを瞬く間に奪っていった憎き恋敵だ。

 けれど女帝からしても、ツレの周りの女性関係の中で誰とも違う強力なカードを持っているキアラは憎い恋敵だった。


 当たり前のようにツレとキアラの間にあった事を女帝は言っているが、キアラもツレも女帝に小学生時代の話をした事がない。

 なのにその全容を把握しているのは、女帝が病的なまでに調べたからだ。一つ一つは小さなカケラでも女帝の手に掛かれば一枚の絵になる。パズルの全てのパーツが揃わずとも、主要なピースさえあれば抜けたピースにどんな絵があったのか女帝には簡単に想像できる。

 並のストーカーなんて鼻で笑えるくらいの交際相手へのこの病的な執着を知っているからこそ、ツレの親友達は女帝から距離を取っているのだ。まともなフリをするのが並外れて上手いだけで、トン2達や、ましてやキアラなど笑い話で済むくらいに女帝は病んでいて、それを全部知っているのにまるで気にしてないツレに親友達は素で引いている。

 けれど、この女がヤバい女レースでぶっちぎりのトップで、それでいてハーレムのど真ん中に座っているからツレの歪んだハーレムは成立している。捻じ曲がり過ぎているから、歪な形状の関係の真ん中のピースになれる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
グエェ…なんかこう…すごい…としか………? 言葉に出来ない感じのすごさ(?)を感じましたハイ
ああ、以前父親の方に対しての感情の方が強そうって感想したけど読みはあってたかな······
なんかやっぱりゴロ助の外見ってアズレンのモガドールだよな〜()
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ