No.542 クソアマ
「LOWWA子、行ってこい!」
「ッ!おkまる!!」
同時にトドメを刺すべくチャージ系のパークを発動して赤い光を手に持つ木槌に溜めたLOWWA子は、両手を少し下げてLOWWA子から少し離れた位置に立ったラノ姉を見てその意図をすぐに読み取る。
ラノ姉の元に走り込むLOWWA子。
片足が重ね合わせた両手を踏んだ所で勢い良くラノ姉は両手を振り上げる。
大凡即興でやるには不可能な連携。されど10年近い間様々な世界を渡り歩き修羅場を潜ってきた仲だ。
アゲマイで大きく身体強化されたラノ姉のフィジカルにより、弾丸も斯くやの勢いで空高くLOWWA子は飛び上がる。
腐っても配信者。
撮れ高には死の間際にまでこだわってこそ、膨大な数の同業者が居る中で電子の世界に爪痕に残せるのだ。
落下ダメージは勇者をも葬り去るが、同時に高所からの攻撃はそれだけで質量兵器にもなり得る。
ラノ姉が適当にぶっ飛ばしたのにしっかりと飛び上がる方向と角度を整えてゲンゴロウの真上にLOWWA子は到達する。
空高く飛ぶ腐れ縁を、下からラノ姉は眩しいものを見る様に見上げた。
自分と同じく無い物ねだりばかりしている愚かな女。
確かに世界の上澄み中の上澄みには届かなかった。
けれどプロゲーマーと当たり前の様に渡り合える時点で一般人から見えれば十分に上澄みなのに。
むしろリアル身体能力とVR上での運動能力の乖離の点で言えば、LOWWA子は、キアラはユリン達でも遠く及ばないほどに離れている。
脳のリミッターを取っ払う才能は、ノートの周りではキアラが1番なのだとキアラ自身は自覚していない。
確かに、最近また期待の新人が増えた。
意図的に自分を飲み込もうとする波すら乗りこなす異常な身体制御を可能とするツナや、仮称ラヴァーリザード目掛けて数十mの大ジャンプをやって蹴りまで入れたエロマ。
特にエロマはこのリアルでは制御不可能なレベルのパワーを、脳みそのリミッターを適切にぶっ壊してコントロールしてやってみせた。
それでも、この2人の人外挙動も元のリアルフィジカルが、多くの運動経験があってこそである。先天的なセンスと積み重ねた経験値こそが感覚的に身体制御の可能上限値を引き上げる。
それでも通常の経験では簡単に至れぬ境地の故、アサイラムの面々でスパルタ教育をして強引にリミッターを外させる事が出来たのだ。
逃げだしたくなるほど多くの反復練習を経て、ツナもエロマも戦闘にまで活かせるまでにリアルでは不可能な挙動を戦闘に組み込めるレベルまで昇格させたのだ。
一方キアラはリアルではまるでスポーツをしていない。
人によっては血涙を流して羨む恵まれた身体が、運動においては大きなデバフになった。胸部に常にキロ単位の重りをぶら下げてたらプロのスポーツ選手だろうが満足に動けないだろう。
キアラはこの重りの縛りからVRの世界では解き放たれる。
父は腐ってもプロゲーマー選手。運動神経を優れており、そんな父親の基本的な素質を多く受け継いだ。
リアル肉体のデバフによる運動の少なさと、本質的に持っていた運動センスと、ゲームならではのリアルには無い挙動。
この3つの要素が揃う事で、キアラの動きは極めてゲームに適応した動きを取る事が出来る。
普通ならリアルの動きからゲーム固有の動きに合わせていく所を、リアルの動きのサンプルが少な過ぎるせいでリアルではなくゲームでの動きがキアラの主体になっている。
本人達のリアル戦闘能力が高過ぎるあまりトン2やスピリタスをはじめとした面々は、ゲーム的能力よりも時にリアル戦闘能力のゴリ押しをしてしまう事がある。
勿論それが出来るに越したことはないし、むしろそちらの方がカッコいいと思う者もいるだろう。
ただその強さは、ゲーマー的な強さとは違う。
リアルには取れない選択肢を選び、動きにゲームの要素を取り込む。
『ゲーマー』としての強さならば、ノートの周りにいる連中の中でもトップクラスにキアラは優れているのだ。
本人からすれば、使える手札を全部使わなければ恋敵達にまるで歯が立たなかったが故に鍛えただけの消極的生存選択。
ノートと同じく、憧憬にはどう足掻いても至れないと絶望の悟りを開き、されどみっともなく足掻いてでも憧憬に並び立つためにという後ろ向きな理由で磨かれた呪いの武器。
ノートが自分の得意分野を軽視する様に、キアラもまた自分の最大の武器を無意識に軽んじている。
プロゲーマーという道もあったのに、自分の得意武器を嫌いその選択肢を蹴った。
その癖普通の道も歩めず、気づけば配信者としては経歴の長い方になってきた。
本命にはあまり響いてないっぽいのに有象無象を引き寄せてしまう母親譲りの自分のままならない肉体も、父親から受け継いだゲーマー的才能も嫌いなのに、配信ではそれをセールスポイントに据えている矛盾。その矛盾に苦しみながらもキアラはLOWW子は配信者というある種プロゲーマーよりも遥かに生き残るのが難しい修羅の世界で生き延びてきた。
————————情けだけで自分が遊びに連れ回すはずなど無いのに。ただの惰性でこのコミュニティに参加し続けられるわけがないのに。
ノートの協力ありきとはいえ配信者として成功を遂げるだけの多角的才能を持ち合わせていて、自分がゲームから離れてる間の繋ぎを任せられる人が如何に少ないか少し考えればわかるはずなのに。
キアラは自分で自分を1番過小評価し続けているから、ノートから見るとどこか空回り続けているように見える。
飛び上がったLOWWA子と入れ替わる様にゲンゴロウが激しく地響きと共に落ちる。
バキバキと飴細工状の手足にヒビが入る。
「そぉい!」
その満身創痍のゲンゴロウの顔面目掛けて空中でくるりと回転する勢いを乗せて、LOWWA子の落下攻撃が完璧に刺さる。
大きくへしゃげるゲンゴロウの顔面。
HPが底をつき、ゲンゴロウのマシュマロボディが風船を膨らませた様に一気に膨らみバチンと勢いよく弾ける。
爆発した身体の中身は金色の大量のチョコ。それが空から豪雪に様に優しく降り注ぐ。
怪物を退けた後に訪れる豊穣の様に、金のボーナスチョコが大量に降ってラノ姉達のカスみたいな貢献点がバグの様な勢いで上昇する。
「うわぁぁぁ、すっご……「よくやった!ナイスLOWWA!」キャッ!?ちょっ、まっ、ハートのビートが、あっ、あっ」
金のチョコが空から降り注ぐ光景はLOWWA子も初めて見るもので思わず空を見上げるが、少し感動を演出するような言葉を口にする前に急に抱きつかれてLOWWA子は悲鳴をあげる。
それは驚愕であり、歓喜からの悲鳴。
嬉しそうなラノ姉が満面の笑みでLOWWA子を抱きしめて頭を撫で回し始めたのだ。
百合営業でラノ姉モードの時には絡んでくれる事もあるが、ほぼに素に近い反応でラノ姉の方から抱きしめられることは少ないためLOWWA子の顔が珍しく真っ赤になる。
「ホントに、なんとかなった……」
そこから少し離れた位置でメルセデスも信じられないものを見る様に空を見上げる。
負け戦だと決めつけていたわけではなかったが、ここまで勝利のビジョンが最後の最後まで結べないまま至った勝利もない。
炎上がどうのこうので色々と考えていた時間がまるで遠く、観客達は総立ちで勇者達に拍手を送る。
少し遅れて勝利が実感として感じられる。
試合終了まであと8秒。
メルセデスはこの難事を共に乗り越えたラノ姉とLOWWA子に声をかけようとして2人に視線を向ける。
お疲れ様、あるいは、ありがとう、か。
どんな言葉を投げかけるべきかまだ定まらないが、兎に角この胸の内の楽しさを共有したくて、同じ視座で肩を並べて戦ってくれた者達と少しでもいいから言葉を交わしたいと思うのは何も変な事ではない。
変なのは、折角勝ったのに顔を真っ赤にして大人しくなっているLOWWA子を後ろから抱きしめながら、なんとも胡散臭い笑みでこちらで見つめるラノ姉の顔だ。
まるでまだ終わってないよ、と言わんばかりの顔。
仕掛けた落とし穴にバカが引っかかるのを観察している悪ガキのような顔は、今まで聖女じみた笑みばかりをしていたラノ姉らしからぬ顔付き。
いや、このドヤ顔の混じりの顔にメルセデスには見覚えがあった。
AMMⅢでメルセデスにラノ姉がトドメを刺そうとしていた時の顔だ。
そこでようやくこの勝利の余韻に完全に酔い潰れていたメルセデスの優秀なシナプスが大事な事を思い出す。
「私の勝ちだね!¡Adiós!」
「まさか!」
胡散臭い笑みはすぐに引っ込められ、また聖女の笑みを貼り付けたラノ姉はメルセデスに手を振った。
そう。このゲームの本質はジャイアントキリングでも怪物退治でもない。敵陣営、時には共闘すべき奴らを裏切ってでも多くの貢献点を確保している事だ。
メルセデスは油断すべきではなかった。
ゲンゴロウを正面にラノ姉とLOWWA子を庇う様に絶対反射障壁を展開した時。
あの反射障壁は無敵に見えてとある致命的な欠点がある。それは障壁内部に入れてしまったらどんなに防御しても意味がないという事。
ゲンゴロウに意識を集中してしまい、一瞬だがラノ姉から完璧に意識が逸れて、ガラ空きの背を至近距離でラノ姉に晒したのだ。
その少しの間があればラノ姉は本懐を果たせる。
ラノ姉が途中で対ゲンゴロウ向けに使っていた爆弾化のパーク。ほぼ終盤まで至ることで生存ボーナスに加えてアゲマイのボーナスが積まれた爆発の威力は尋常ではなく、加えて能力解釈の拡大により終盤の爆弾化は“相手の装備品すら爆弾に変えてしまう”無法ぶりを発揮する。
その分少し長めに触れる必要があるので本来は敵の装備を爆弾化するムーブは机上の空論に近い戦法なのだが、ラノ姉は確かにやり遂げた。
ラノ姉が万が一の時の為にかけた保険。
LOWWA子が仕留め損ねた時に、メルセデスを爆破してゲンゴロウを仕留める為に打った布石。
ラノ姉は自分の頭の中の起爆スイッチを良い笑顔で押す。
「このクソアマーーーーーーーー!!」
「アハハハハハハ!!」
殺す。いやもう間に合わない。
ゲンゴロウのために全てのアイテムとパークを使い果たしたメルセデスは咄嗟に鎧を脱ぎ捨てようとする。
が、それよりも早くその鎧が強く発光して――――――
11章『折り返し』地点




