No.541 茶番
お ま た せ
エビ揉め
作り上げられた喜劇に、熱狂の掻き立て方を良く心得ている男は内心で歯噛みする。
なんて茶番だ、と。
同時に今まで微かに抱いていた疑問の答えが得られた事によるスッキリとした感もあり、それがかえって憎らしい。
なぜLOWWA子が選ばれたのか。
配信者として超有名とは言えないが、オタク界隈にはそこそこ数字を確保している丁度いい塩梅で、最悪切り捨てられるレベルの人間で、同時に確かな配信センスを有している人物だから。
どうしてそこに強引にラノ姉を引っ張り出そうとしたのか。
このGoldenPear社が一方的に押し付けた裏台本を成立させるのにラノ姉が必要だったから。
起爆剤となるメルセデスを釣り出す為に必要不可欠だったから。
性格的にもキャラクター的にもラノ姉がトラッパーを選ぶことは承知のうえで、そこに怪物を呼び出す香を使うようにGoldenPearから提案し、流れを整える。
―――――――――一体、どこからだ?
翻れば、ALLFOでAMMⅢコラボがなければノートもゴロワーズもAMMⅢをプレイしたかどうか。
ましてやそれを配信でやったかどうか。
少なくとも、AMMⅢはラノ姉という存在が再びネット上に現れる契機にはなった。
そこで“偶然にも”配信上で偵察行動中のプロゲームチームと邂逅した。
そこでラノ姉とメルセデスは1on1で激突し、ラノ姉が勝利したことでメルセデスがラノ姉に執着し始めた。
この流れがなければこの裏台本は成立しなかった。
全部は偶然。偶然のはずだ。
全てはノートが自分の意思で選択をし続けた結果起きた事のはずだ。
人の心は機械ですら容易に手を加えられない変数なのだから。それが可能ならカウンセラーは存在意義を失う。
ただし、その変数の結果を外的干渉によって偏らせる事ができない、とは言っていない。
一つ一つはごく僅かな積み重ねでも、少しずつ少しずつ乱数を定数に近づけていく事は果たして不可能か。
妙な寒気が走る。
この状況のどこまでが計算された出来事なのか。
何か一つの目的に沿って大きなレールが敷かれ続けているような不気味な感覚。
しかしその思考の脱線をラノ姉の思考が打ち消す。
ラノ姉としてすべきことはその陰謀論めいた考えに答えを出すことではない。
今やるべき事はゲンゴロウのローリングアタックを封じる事だ。
終盤に差し掛かりゲンゴロウを攻守共に優れ過ぎたローリングをあまりしてこないのは攻撃の選択肢が増えたからか。それともSOPHIAがDPSを稼がせる為に意図的に減らしたのか。
どちらでもいい。
ゲンゴロウ攻略はこの基本にして必殺というローリングアタックを完璧に対処して初めて成したと言える難題だ。
意図的に減らしていたとしても何処かのタイミングで確実にまたローリングアタックをしてくるのは目に見えている。
「すまん!もう無理!」
「最後に突貫だぁ!」
またプレイヤー達が脱落していく。
今まで稼いだ米をアゲマイに捧げて、死を以てして発動する系統の能力を置き土産として使用しながら。
「3人だけになっちゃったねぇ。いやーキツいわ」
「はぁはぁはぁ、手数は足りてるのか!?」
「そこはラノ姉ちんのみぞ知る!」
残るはこの戦場におけるネームドキャラ3人。
モブはお膳立てするようにいなくなった。
アドレナリンはまだ在庫はあるが、集中力が切れ始めているようなフワフワした感覚は脳へのエネルギー不足によるものか。
「さぁ来るよ、集まって!メルちゃんは絶対防御結界使えるよね!?」
「使えるが、ホントにどうにかなるんだな!?」
そしてその時は来る。
ローリングアタック前に取るモーション。ここで失敗したら全ては水の泡。残り時間は1分を切った。ここで大ダメージを叩き込んで動きを止めないとタイムオーバー確定だ。
ラノ姉の合流でラノ姉達はあえてこの杭だらになったフィールドの真ん中に集まる。
絶対反射結界は将軍タイプが試合終盤まで生存していた際に発動可能なパークの一つ。
効果は自分の周囲に貫通不可の結界を球状に展開して受けた攻撃をそっくりそのままカウンターするというもの。終盤になれば他のプレイヤー達も強力なパークが解放されていくので、その中で文字通り一定時間絶対的な防御に加えてカウンターも可能なこの能力はぶっ壊れに近く、一度しか発動できない為にこのパークをいつ使うかはかなりセンスを問われる。
受けた攻撃を同値で返す都合上、受ける攻撃の威力が高ければ高いほど敵には大きなダメージを与えられる。
そしてアゲマイのバフの強化は能力にも及ぶのでダメージ反射率も100%を超えている。
無慈悲な防御力を盾に敵を轢き潰すローリングアタックを喰い破る為に必要なのは、それと同等の威力の攻撃。ダイヤを削れるのは同じダイヤである様に。
地面に固定された杭をものともせずに、されど空間に固定されている為に完全に影響がないとも言えず、転がり始めたゲンゴロウは杭に当たり無節操に動く。
それでも極限まで高まったヘイトのせいかゲンゴロウは集まった3人の元に転がり、遂にゲンゴロウと結界が接触する。
「発動!」
そこでようやくラノ姉が今まで用意した全ての手札をオープンする。
ラノ姉の声と共に杭と杭を繋ぐように半透明な壁が一気に出現する。
それはトランポリンの様な材質の壁。トラッパーが張れる罠の中でも、指定した2つのオブジェクトを軸に単純な物理攻撃を押し返す膜を一定時間展開するという時間稼ぎにしかならない残念パークだ。
なんせ跳ね返すと言っても絶対反射障壁の様にダメージ反射は一切しない。受けた衝撃を同じくらいで柔らかく返す本当にトランポリンの様な性質の代物。加えてこの膜を張るために必要な条件を満たすオブジェクトがなかなかに候補が少ない。適当にやればすぐに展開できるわけでもないのだ。
使い様によっては高所に移動する為の道具にしたり、高速移動もできなくはないので産廃とまではいかないが、使い所が難しいパークだ。
しかし、この瞬間だけは話が変わる。
ゲンゴロウのローリングアタックは純物理アタック故にトランポリン展開罠は相性抜群。
と言っても本来はぶつかった物を単純に押し返すだけの代物だが、絶対反射障壁と鏡合わせの様に、ゲンゴロウを挟む様に展開すれば何が起きるか。
ゲンゴロウは100%以上の勢いで衝撃反射をする絶対反射障壁に押し返され、今度はトランポリンに押し返されてまた絶対反射障壁に激突。更に威力が上乗せされて跳ね返されて、またトランポリンに押し返されて。
一種のバグめいた凶悪なコンボ。
最早ゲンゴロウ自身も止められない。ダメージは倍率反射の為に接触すればするほどダメージは加速度的に上昇していく。
絶対反射障壁の展開は5秒だけ。
言わば狭い壁と壁の間に、壁と接触するほど加速するスーパーボールを投げ込んだ様な状態になる。
たった5秒。その5秒でゲンゴロウは30回以上壁に激突。
地面に垂直に廃材を打ち込み続けたのはゲンゴロウの動きを妨害すると同時に、膜を張れる候補先を増やすため。ゲンゴロウがどの角度で突っ込んでも確実に障壁と挟むために、魅せプにラノ姉は走っていた。
障壁が解除される前にラノ姉がトランポリンを解除した事で勢いよく杭にぶつかったゲンゴロウは、その有り余る威力を押し殺せずに空高く跳ね上がる。
HPはミリ残り。
極短時間に多大なダメージを受けたゲンゴロウは最早ローリング姿勢を維持できずに身体を開いて背中から落下する。
落下ダメージは万物に効くダメージ。時に英雄でさえも容易く殺す落下ダメージ。
高所落下は無防備な状態でやらかせば、その生物がデカいほど強烈な衝撃がその身を襲う。
今GE3沼にいる




