表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

815/880

No.540 バンドワゴン


 首の皮一枚。スレスレでラノ姉はポテチ弾丸の直撃から生き延びた。リアルの檻に囚われていては決して思いつけない脱出経路を構築して逃げ延びた。全てを躱しきれなくてもHPが赤点滅になろうがまだ生きている。

 生きていれば、ダメージによるマイナス補正のないIkkiでは問題ない。


「xy&1@0R$ァァ!!」


 言語化困難な咆哮をあげるラノ姉

 それは自分が女を演じているという事をギリギリで思い出した理性が、男らしい咆哮を強引に押し潰した事によるもの。力づくで捩じ切った様な声は矯正にも近い音を出す。

 いつも余裕ぶったところのあるラノ姉がここまで目を爛々と輝かせて大きな声を出す事は非常に珍しく、ファンであれば余程ヤバい攻撃が今飛んできたのだと察する。

 一拍遅れてラノ姉のファン以外も今の一撃があまりに理不尽に近い一撃で、どうやってラノ姉が回避できたのか分からず思わず配信を少し巻き戻すほどだ。


 殆どの人にとっては意味不明な動き。

 しかしラノ姉にとっては既知だ。

 バグが当たり前の様に戦術に組み込まれていた『バーP』というクソゲーのお陰で、移動するオブジェクトを利用して緊急回避みたいなリアルでは絶対にない挙動に慣れていたラノ姉はその時の経験を土壇場で流用したのだ。


 激怒モードに入った直後に行われたトゲ鞭による一点集中狙いでもラノ姉が標的にされたが、今回のはエフェクトが殆どない完璧に不意打ちに近い一撃。

 脚を振り下ろしながら一瞬ポテチを連想させる黄色の光が瞬いた様な気がしなくもないレベル。初見殺しを強引に生還したラノ姉はお返しと言わんばかりに先ほど同じ要領で空間に浮かせた廃材を打ち、弾丸の様に放たれた杭は深々と顔面を咄嗟にガードした脚に弾かれた。


 激怒モード以降、ゲンゴロウ側も脚を硬化する芸等を見せてダメージは防いでいる。それでもノーダメージとはいかない。HPゲージは確かに削れている。


 これはヤラセではない事を証明をする為の攻撃なのか。

 今の脱出劇を見て「全部ヤラセですw」などと判断できる連中はほぼほぼいないだろう。

 もしこれが全部GoldenPearの、このゲーム全てを支配しているSOPHIAの手のひらの上だとして、客席を騙しても、劇場に立つ役者たちも全部騙さないとこの演劇は意味がない。特に発言力の高いLOWWA子とメルセデスを騙さないと意味がない。


 今まで集積したデータから、ラノ姉なら、ノートなら生き延びるギリギリの一撃を放つと言う選択。

 針の穴に糸を投げて通す様な奇跡も、入念にシミュレートして計算に計算を重ねて行われた一投ならその奇跡は限りなく必然に至り、その荒唐無稽にも近い机上の空論を実限させるために編まれた計算式が誤りでなかった事を示す様に男は極めて薄い勝ち筋を掴み取った。


――――――――ふっっっざけんなクソがぁ!


 なお、その2人を騙す為に無理を強いられたラノ姉は逆に今の初見殺しでGoldenPear側の介入を直感で察した。

 しかしそれでいい。

 例え察したとしても介入した証拠はなく、この事実を周囲に喧伝するメリットがないからこの男は口を噤む。そもそも女装しているという爆弾に近い事実をGoldenPear社が握っている以上、ラノ姉が反旗を翻してくる確率は0だとSOPHIAは計算していた。


 中心人物である3人のうち、LOWWA子とメルセデスからは介入の疑いを消し、ラノ姉だけには逆に確信させるには今の一撃がベストだった。


――――――――だったら乗ってくるか、SOPHIA!!


 事ここに至って、イベントの展開速度を鑑みるに大まかな指針は運営(ニンゲン)から与えられど直接的介入は全てSOPHIAが行なっている。

 ラノ姉はそこまで決め打ちする。


 何故今の初見殺しをするに至ったのか。


 ラノ姉が今張り巡らせているトラップに簡単にゲンゴロウがかかるとそれこそ観客たる視聴者がイチャモンをつけるリスクがあるから。

 故にこの劇で今1番の中心人物にピンチに陥ってもらった。


 ヤラセを疑わせない危機に追い込む事で、次の都合の良い展開を“アツい展開”という便利な言葉で綺麗にまとめるために。


 VRという箱庭、SOPHIAが法則を支配する世界には、世にいう乱数という概念はない。全てが必然の名の下に成し遂げられる。

 変数があるとすれば、それこそ人の思考だろう。


 ラノ姉だけには介入をしている事をSOPHIAがアピールする事で、ラノ姉は逆に今やろうとしている事に迷いがなくなる。

 SOPHIAからすればラノ姉が今何を計画しているかもお見通し。

 さっさと用意しろ。乗ってやるから。

 そう伝える為の一撃。

 ラノ姉は確かにそのSOPHIAのメッセージを受け取った。


 ここでラノ姉が死んでも立ち止まってもゲンゴロウを倒しきれなくても配信的には大失敗なのだ。

 出来るだけ劇的に、世の多くの物語はピンチとそこから逆転劇で観客を喜ばすのだから、定期的にピンチと打開を繰り返し、最終的に双方ボロボロになってもらってギリギリでラノ姉側に勝ってもらう。

 これが配信上のベスト。


 有名な配信者にゲームをプレイしてもらって購買に繋げるマーケティングは21世紀前半から行われていたが、それが本当に購買に繋がったかと言われれば首を捻る微妙な塩梅だ。

 そのゲームを配信者が通常の配信でも継続してやっているならまだしも、そうでないならそれが答えだ。


 それほどまでに実績のないゲームを売り込むのは難しい。


 その配信だけでゲームの魅力を伝え切るなど不可能に近い。

 

 明らかに通常の配信とは違う台本の上で行われる拙い宣伝で面白さが伝わるはずもない。配信者はゲームを面白おかしく配信するプロではあるが、ゲームを宣伝するプロではないのだから。

 むしろいつもと違う配信から心象を悪くして連鎖してマイナスイメージまでつきかねない。


 故にこの有名な人物に実際にプレイさせながらゲームを宣伝する形式は配信者の腕が相当に問われるかなり難しい案件。それ故に配信者の目が眩む様な額が一つの配信で動く。

 その母体がGoldenPearとなれば尚更。

 ギャラは十数万。

 十数万、多いか少ないか微妙なラインかと思えば、単位が$でとなれば話が変わってくる。

 アメリカは幾度と無く世界のリーダーとしての資質を問われる場面もあったが、なんだかんだドルは基準通貨として今現在に至るまで確実な価値を持ち続けていた。


 AIによって為替が人間の手では負えない怪物になってしまった今、ドルで資産を確保しているのはかなりのアドバンテージになる。


 裏を返せば、この配信で日本円にして1000万円以上の投資額をペイ出来る配信をしないとGoldenPear社としては意味がない。


 多くの会社が如何にゲームを売り込むか頭を悩ませて、GoldenPear社はその一つの策としてSOPHIAを投入した。

 この配送は言わば実験台。

 キャスティングもSOPHIAがした。

 LOWWA子も、ラノ姉も、メルセデスでさえも。

 どの人間を配置して、どこにサクラを混ぜ込むか。

 どの様にシナリオを描き、世間一般に対して話題となる配信を作り上げるか。


 メルセデスを呼び込み第一の掴みは上々。

 元々AMMⅢの配信によって話題になっていたLOWWA子のチャンネルは爆発的な伸びを終えた配信社としては珍しく再び視聴者が右肩上がりの傾向を見せていた。今は第二の旬に間違いない。

 そこに第二の伸びの原因にして因縁のあるメルセデスを案件配信でぶつける。

 サクラにSNSでその事実を囀らせる。


 一つ一つは細い糸でも、それを撚り合わせて一本の強固な糸に紡ぎ、その糸を編み大きな絵図を描いていく。


 人は人を呼ぶ。

 バンドワゴン効果を意図的に引き起こす。

 長い行列を作る店につい並んでしまう様に、人で人を呼ぶ。

 同接数が一気に伸びていけば話題の配信として表示優先度は上昇していき、一体どんな配信なんだとつい再生ボタンに指が伸びる。

 そして繰り広げられるは奇天烈なデザインの怪獣相手の大立ち回りだ。


 細かい前後関係やゲーム性はわからなくても、わかりやすい敵がいて、配信者たちはその技術と突飛な発想で怪獣と戦い観客達を楽しませる。


 ラノ姉とメルセデスがぶつかるのも、ラノ姉がメルセデスの炎上騒ぎをどうにかしようとして怪物を呼ぶべく香を使うのも、そして怪物相手に奇妙な共闘が発生するのも、全てSOPHIAの演算の想定通り。

 偶発的な奇跡も良いが、人はやはりただの一般人を描いたドキュメンタリーより煌びやかな登場人物達が活躍する台本仕立ての映画を好む。

 では偶発的な奇跡に見立てたドキュメンタリー仕立てのスペクタルな映画は如何に人を惹きつけるのか。


 そんな馬鹿馬鹿しい不可能に近い条件をSOPHIAは実現してみせた。


 物事はまず見てもらわなければ話にならず、次いで興味を持ってもらって購買に繋がる。

 生活必需品と違ってゲームは趣味の領域のもの。必要でないものを買うのに大事なのは興味を持てるかどうかだ。

 

 この案件配信で大事なのはゲームできる事を語ることでもルール説明でもない。

 まず見てもらい、そして楽しんでもらうこと。

 楽しんで貰えば興味も湧く。

 むしろ通常とはまるで違う光景を見せるからこそ興味を大きく掻き立てることもできる。


 今や視聴者数はLOWWA子の同接最高記録の10倍を突破した。

 バンドワゴン効果を発揮するに至る数値を超えればあとはボーナスステージだ。

 まだまだ接続数は増え続ける。

 案件配信を銘打ちながら異様な接続数になっている配信に別の興味を抱いた者も観に来る。

 雪だるま状に視聴者は増え続けている。

 もはやLOWWA子達はあまりに流れるのが早過ぎるコメ欄を目で追いきれない。


 皆が好き勝手に発言している。

 後に小さな伝説として取り上げられるだろう配信を観れた奇跡に魚拓を残す為に、このムーブメントに乗る為に。

 SOPHIAの手のひらの上で民衆は踊り狂う。


 悪ふざけのスパチャが始まり、更にその悪ふざけに乗った連中がスパチャを投下すればあとはもう祭り状態だ。

 何かの記念配信ですらもそうそう見ない金額が一瞬で投下され続ける。


「(な、何が起きて…………)」


 それを視界の端で捉えていたLOWWA子は、思わず素で引きそうになる。

 数万円、大きく言っても数十万円程度ならラッキー、くらいで片付けるが、その額が千万を余裕で突破しそうな勢いになりそうだと流石に喜びとは別の感情が、恐怖心などが鈍り切ったLOWWA子とて呼び起こされる。


 熱狂とは人を容易く狂わせるその典型例になりそうな配信。

 SOPHIAは狙い通り配信単体で投資額を余裕でペイできる状態に舞台を作り上げた。


 さぁ後は勝利すればいい。

 舞台が最も盛り上がるのはフィナーレなのだから。

 

 拍手喝采。いい出来だとお捻りのチップはいくら舞台に投げられるのか。閉幕前からここまで金が舞っていれば人々の理性もいい感じに緩んでくる。後で後悔すると分かっていても“みんなもやっているから”と数千円程度を祝福として配信に払い始める。

 最早投げられたスパチャの額も伝説の一つになりそうな勢いとなれば、その一助になるならと投げてしまう者も現れる。


 AIによる御膳立てと管理が当たり前になりつつあるリアルにおいて、人は熱狂的な劇、社会的な話題、ニューレコードという言葉に21世紀よりも遥かに飢えているのだから。

 


余談

ちなみに技術革新と余暇に割ける時間の増加で配信者になるための難易度は今よりも遥かに下がっているため、22世紀で一定のファンを恒常的に確保できてるレベルの配信者達は一般層から見ると結構な化物

(プロゲーマーとか元々ファン層を持っている人でないとほとんど芽が出ない魔境なのでバックボーン0から人気配信者はかなりキツい)


さらに言うと基本ラノ以外と一切のコラボをしない、配信者の共同イベントなどにも出演拒否している中で視聴者数稼げてるLOWWA子は本人の売ってるキャラに反して結構硬派な配信者としても有名だったりする


最近JKに配信者であることがバレた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  割とノートには自身の関与をSOPHIAは隠そうとしてないのね  あとゴロの配信のスパ茶の様相とか読んでると某Vtuber事務所の卒業生を思い出すわ。さす(^ 口^) /ガッ ノートの集客…
[一言] AIコワイカタ:(ˊ◦ω◦ˋ):カタ
[一言] 待ちます_( ˙꒳˙ _ )チョコン
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ