No.538 ハムスターに蹴り殺された
「ラノは私が守る!皆はダメージを稼げ!!」
ラノ姉は走りながら瓦礫を木槌で地面に打ち付ける。
木槌にもパークを発動しているのでまるで金属同士がぶつかり合うような音がする。
更にトラッパータイプが終盤に発動できる強力なパークを重ねがけする。
「次!」
フィジカル補正によって木槌を一振りするだけで廃材は深々と突き刺さる。最初は皆も良くわからずに首を傾げていたが、少しずつ刺さっている廃材の数が増えていき目立ち始める。
HPが減るにつれゲンゴロウの攻撃の苛烈さは増していく。
単純な攻撃力で言えばローリングアタックを超えるアタックも出始める。
「ぐぇ!?せめてコメェ!!」
「それアリ!?もってけドロボー!」
明らかに関節の稼働領域を無視した腕の動きでゲンゴロウは背中に手を回し、前脚の先を自らのマシュマロボディに突き刺す。そして急に振り下ろされる腕。マシュマロから某猫型ロボットのポケットの様に引き抜かれたのは巨大な醤油せんべい。
その醬油せんべいをハンマーの様に地面に叩きつけた所までは良かったのだが、砕けたせんべいが周囲に勢いよく飛び散る。見た目こそせんべいだが、実態はコンクリートブロックの様な物だ。コンクリートの塊が目で追うのも難しいスピードでヒットしたらタダでは済まない。
予想外の攻撃に対処し損ねたプレイヤー達がまた何人か死ぬ。
攻撃パターンをジックリ見ている暇がない。
期間限定仕様のボスにIkkiはあと幾つ攻撃パターンを仕込んでいるのか。
「ビビッてられるか!」
次々に廃材を地面に突き刺していくラノ姉。更にはゲンゴロウとのすれ違いざまに廃材をゲンゴロウの方に突き刺す。
「ハハハ!刺さった!」
物質硬化とアゲマイのフィジカル補正が重なり、武士の攻撃でも目にわかる傷をなかなかつけられなかったゲンゴロウの脚に深々と廃材が突き刺さる。
「よか!実に良かぞ!命短し踊れや乙女!舞えば舞わんば踊らにゃそんそん!」
その膂力を実現してるのはリスナー達の尽力。
死の間際にアゲマイに自分の持ち米全部を捧げるというある種ヤケクソめいた献身。
頭数は減っていく。
より立ち回りが上手い奴が生き残る。
死せる雑兵達は英雄達に自らの資産を勝利の為に託す。
数は力ではあるが、上位層に一極集中させる事も一つの解法である。
今のアゲマイに与えられた米の数は通常時に想定されている数を遙かに超えている。そしてアゲマイの強化に上限値は無い。
それは逆に強化の幅が人間の対応可能なスペックを超過し始めるという事。
何事も多ければいいと言う訳ではない。一歩進みたいだけなのにいつでも10歩も進んでしまうような状態だったら逆に不便だろう。
「へりゃぁ!!」
自分が今どの程度強化されているのか。
アゲマイの強化ゲージ自体はステータス画面から確認できても、その強化ゲージが具体的にどの程度身体スペックを強化しているのか、と言う点に関してはグレーゾーンだ。
これはVRと言う世界の限界でもある。
例えば同じ筋力パラメータ1のプレイヤーでも、リアルだと筋力は異なるのは当たり前だ。
リアルだと余裕でバックスピンやら逆立ちで歩けるだけの筋力を持つ人もいれば、腕立て伏せ一回するだけでも汗が滲み出るか弱き人間もいる。
それらの人間を同じ「筋力パラメータ【1】」の枠組みに強引に押し込んだらどうなるか。
筋力の高い方に基準を合わせたら、腕立て伏せ一回も辛い人間がリアルの方で力加減を誤って何かを落としてしまうかもしれない。
逆に低きに合わせたら、リアルではバク転できるのにVRではできなくなっていると言う違和感でストレスを感じるかもしれない。
このゲーム的数値とリアルスペックの擦り合わせの問題はついぞ解決しなかった。
どっちに合わせてもどちらかに支障が出る事は目に見えていたからだ。
故にVR業界は「スペック上は可能でもその動きにプレイヤーが追いついていけるかはプレイヤー次第」と言うポーズを取るしかなかった。
人間の脳みそは基本的に愚かだが部分的にはよく出来ていて、その一つにリミッターが挙げられる。VRが強く規制をかけなくても脳のリミッターが機能して、自分の肉体と脳が適応可能な動き以上の動作をする事は非常に難しいのだ。無意識の部分で身体がセーブしてしまう。
VRでは稀にそのリミッターを外す事が得意なタイプや、脳みそが異常な適応を見せるタイプの人間もいる。
人間に翼はなくても、飛んだ時の軌道や、そこからどうやって攻撃につなげる態勢をとるかを本能とセンスで把握して成し遂げる怪物がいる。
「(もっと、自由に――――)」
LOWWA子がモデルに選んだのはVR適応型の最終形態の様な存在であるユリン。
LOWWA子とユリンが初めてVR内で戦闘をした時、ユリンはまだ小学校低学年だった。されど、負けたのはLOWWA子の方だった。何度繰り返しても、何度策を練っても、小学生に完膚なきまでに負かされたのだ。高校生が真面目に手加減抜きで張った罠をフィジカルで食い破られては最早お手上げだ。
自分の理解できる範疇にない絶対的な才能。
フィジカルの差がゲームの世界では存在しなくなると言っても、子供は色々なものが未発達だと言う強い先入観がある。そして子供側にも先入観がある。その先入観を、リミッターを破壊する力。自分のリアルのフィジカルから大きく離れた挙動についていくだけの化物じみた運動神経があって成立するアニメの様な挙動。
故にその小さき天使はギャングゾンビ共の蔓延る終末世界で『Lunatic Pixy』と言う名を与えられたのだ。
「ユリン」と言う存在はVRに対する異常な適応により生まれ、その世界で培われた反射神経などを元にリアルのフィジカルを鍛え、更に適応の幅を広げて、刀を研ぐ様にして“成った”。
元より世界トップレベルの才能を持って生まれた天才がGBHWと言う魔境で怪物へと変身した。
どこでもその体格と可愛らしい容姿で舐められがちなのに、少しすればユリンを軽んじる者は誰一人居なくなる。
小学校に入る前から小さな子供が大人のコミュニティに参加していて、当たり前の様に同格か同格以上に扱われている事がどれほど異様な光景なのか。当事者達の感覚は麻痺してしまうが、LOWWA子はずっと違和感を感じていた。
無論、その兄貴分がユリンが過ごしやすい空気を作るように立ち回っていたことは確かだが、それもユリンの素の実力がなければただの依怙贔屓で終わってしまう。
されど、いつしか兄貴分が手を加えなくても自然と周囲の人々は遥か年下のユリンを畏怖するようになる。
ユリンという光はあまりに強すぎた。
同い年のジアやトン2や鎌鼬はまだLOWWA子にも理解出来た。精神的な整理をつける事が出来た。熊や虎に噛み殺されるなら諦めがある。けれどユリンは別だ。ずっと年下なのに強い。
まるでハムスターに蹴り殺されたような釈然としない現実。
理不尽な現実を認めたくなくて、必死に足掻いた。
想い人の「凄い奴」の基準がアレなんて冗談じゃない。
だったら私はどれほど足掻いたら認めてもらえるんだ。
想い人の目を惹くためにゲームをしているのに、その真横に目立ち過ぎるヤツがいる。あの光を貫通するには、何を捧げたらいいのか。
自分の想い人に同じように近づいて、ユリンに粉砕された女をLOWWA子は両手の指の数では足りないくらいに見てきた。住む世界が違い過ぎてついて行けないと悟るのだ。
VRモノ全般でスルーされがちなリアルスペックとの擦り合わせ問題
これがある限り、結局運動神経が得意な連中が暴れ回る遊戯になる
その改善策としてモーション補正があるのだが
今度はモーション補正に適応出来るか否かで上手い下手が……………




