No.537 崇拝するが故に
皆様地震の方は大丈夫でしたでしょうか
帰省途上に直撃した当方はとても大変でした
「(これは復帰ムリめでちねぇ)」
時間的にここでの離脱は全力で戻ってきて間に合うか。
着々と迫るタイムリミット。
LOWWA子はマシュマロボディの上でバランスを維持してダメージを与え続ける。
「「降りて(ろ)!」」
「あいあーい!」
その一方的な攻撃を許さぬと言わんばかりにゲンゴロウが動き出すが、まとも同タイミングでラノ姉とメルセデスが叫ぶ。
即座に飛び降りてひねり前転。衝撃を殺して半回転ターンしながらゲンゴロウに向き直る。
その男の欲望を詰め込んだようなボディからは考えられない機敏な動きでLOWWA子は動く。LOWWA子ほどリアルの身体能力とVR内での身体能力に乖離がある者も珍しいだろう。
胸部と臀部がリアルほど物理演算が悪さしないからか。
胸のクーパー靭帯が引き千切れる心配をしなくても良いためか。
そのどちらもだろう。
体調を崩すほど人外に片足突っ込んだ連中を見本に努力し続け、プロゲーマーに肉薄する動きをLOWWA子はやってのける。
勝てるか。間に合うか。
ゲンゴロウが更に攻撃を重ねる度に脱落者が増えていく。
指揮をどれだけ行っても、最後の最後はプレイヤーの能力頼りだ。
「ウキャキャキャキャキャ!」
本来であれば緊張すべきなのだろう。
怖がるべきなのだろう。
しかし不思議とLOWWA子は笑っていた。
指揮を執る男の為にほぼ全てを捧げてきたのだ。
今更この男を疑うか?
疑うわけがない。
愚かな私は、ただ信じればいい。
愛した男の為に動けるこの瞬間が、楽しくてたまらないのだから。
ほんとは苦しくて辛くて吐きそうで泣きそうで死にたくて、そんな時に男は顔を覗き込んできていつも笑っていた。
―――――――――人生楽しまなきゃ損だぜ。笑ってればそのうちなんだか面白く感じてくるぜ。ヤバい時ほど面白くなってくりゃなんでもできるように感じてくるぜ。どうせみんなほっといても死ぬんだから、どれだけ笑ってられるかチャレンジしようぜ?
初めて接触した小学生のころから妙に達観したその価値観と性格。
それがどれだけ救いになったか。
愚かな女と言われようと、その存在が最初に思ったほど高尚な存在ではないと分かっていても、この男が自分を見捨てない限り、笑い続けたい。好きな男の前くらい、笑っていたい。
人前で久々に笑った時、それを誰よりも喜んでくれたのだ。
笑顔を見せるなと暴力を振るわれ続けて笑う事を忘れていた自分の笑顔を、人生で初めて肯定してくれた男の前くらい、笑っていたい。
笑ったら可愛いじゃん。
小学生の時に与えられたこの言葉一つで、自殺一歩手前まで追いつめられていたのに、苦しくても生きることを続けようと思ったのだから。
だから、辛くても笑う。
嘘も百回言えば真実になるように、ヤバい時ほど笑うように心がけて笑い続けたら愚かな脳は次第に面白く感じ始める。
アゲマイバフの効果は大きく、頭数は減ってきてもHPは良いペースで削り続けている。
「守りに入ってる場合じゃないね!」
リスクを取ってもダメージを稼がないとこのままでは時間切れになる。
幸いな事にゲンゴロウは攻撃パターンが増えた代わりにローリングアタックをしなくなっている。ある種のプレイヤーへのご褒美タイムか。
殺すか殺されるか。
アゲマイによる身体能力強化がより苛烈で派手な動きを実現する。
――――――と思いたいがな!
守りに入っている場合ではないというのはプレイヤー達に向けた遠回しな指示でもあるが、同時にゲンゴロウへの要望でもある。ここでまたローリングアタックなどをされ始めたらどうなるか。
制限時間が迫ると同時に生存ボーナスで次々と強力なパークが解放されている。手数は増えているがさぁどう生かすか。ここでローリングアタックへの警戒を全くせずに戦い続けるか。
「迷うな!無理なら私がなんとかする!」
そのラノ姉の僅かな思考の間を察知したようにメルセデスが吠える。
ゲンゴロウの攻撃で頭数が減った事で指揮を分割する必要がなくなり、メルセデスは再度指揮権をラノ姉に託した。
プロゲーマーの指揮官役を務める人物が素人に指揮官役を任せる事がどれほど異常な事か。メルセデスの事を知っている人物ほど、これが如何に異常な事かを知っている。
「ローリング対策するから時間稼いで!」
ラノ姉が今やろうとしている事に協力できそうなプレイヤーは皆既にゲンゴロウに倒されている。おそらく復帰は間に合わない。
ラノ姉が今欲しいのはトラッパー、あるいはサポート型。
されどラノ姉の欲している技能持ちはフィジカル補正が弱めなので攻撃を避け切れずに既に死んでいる。
――――――俺一人でなんとかするっきゃねぇ!
自分がトチッたら全部が台無しになる。
もしトチってなかったとしても自分の勘が外れていたらただのタイムロス。時間が足りなくなって殺しきれるかより不透明になる。
責任重大。
メルセデスはなんとかすると言ったが数値は絶対だ。どんなに足掻いても最大効率でダメージを与えてもゴールまで到達できないことなんてザラにある。
努力も、熱意も、現実の前にはどれほど脆いかラノ姉は嫌と言うほど知っている。
常人なら足がすくむだろう。緊張で胸が締め付けられるだろう。
されど、その表情は負の感情とは対極に在った。
運否天賦なんてクソくらえ。
ラノ姉は自分の勘を信じた。
その顔には、笑顔があった。
「(ふふ…………たのしそうで、よかった)」
この状況で、どうしてそんなに無邪気に笑えるのか。
LOWWA子にはその心情を理解する事はできない。どれだけエミュをしても、本質的な部分で他人でありその心情全てを理解することなどできはしない。
誰よりも心から崇拝するが故に、理解からは最も程遠い。
それでも、理解できなくても、ずっとずっと前からその笑顔が好きなのだ。
その為に、今日この日まで、この男の為に生きているのだから。
なら横に立つ自分も、笑っているべきだ。
もはや呪いにも似た信仰心を依代に、LOWWA子はセルフでドーパミンを爆発させて心のアクセルをベタ踏みする。
「(コイツら頭おかしいのか?)」
追いつめられ苦しい状況にあってLOWWA子もラノ姉も笑っていた。
その無邪気さは現状を正しく理解していないのではと邪推したくなるレベルだ。
メルセデスから見れば、なおさら異常に思える。
ゲームと言う娯楽でありながら、プロゲーマーの世界に笑顔などない。それは他の競技にも言える。
勝利した時、シュートを入れた時、記録更新した時、ゴールした時に笑顔があっても、試合中に常に笑っている選手など居ない。皆真剣な顔をしている。一生懸命になっているから、脳の容量が「楽しい」などという感情を感じている余裕がない。
「いいね!最高にゲームしてんねぇ!!」
「ウキャキャキャ!DPSもっとアップアップしてこー!」
では、この女の笑顔は不真面目の証か?
そうではない。
プロゲーマーではないし、プロゲーマーにはなれなかったが、ラノ姉はゲームを楽しむプロだ。
ゲームは楽しむ物。その本質を決して見誤らない。
中心に立つ女が誰よりも快活に笑うからこそ、自然と周囲に笑顔が伝播する。笑顔の伝播は緊張を和らげる。
この女が笑ってれば、まだ勝てると周囲が信じる。
GBHWという地獄の中で、それは小さな悪ガキが見出した一つの事実だった。
走りながら周囲に散らばった大きめの瓦礫を拾う。
続いてパークを発動。生存ボーナスで使用できるようになったアイテム耐久度上昇のパーク。ただの木の廃材が鉄鋼よりも硬い物質に化ける。
続いて死んだプレイヤーが落としていった木槌を拾う。使いにくいのでアゲマイのフィジカル補正任せに柄を真ん中でへし折って短めの柄にする。
「そう言う事か!」
その動きだけでメルセデスはラノ姉の狙いを察した。
少しずつ更新ペース戻すから許して(ゲーム楽しい)




