No.530 エミュ
先週は休んでごめんね⭐︎
まだしばらくCoC沼にいます
この事実誤認をIkkiの運営側は敢えて否定しなかった。
事実を公表する事になんのメリットもないどころか、デメリットでしかないからだ。
実際は倒せなくはない(特殊条件下レベル)、という存在でも「倒せるかもしれない」という噂は人に夢を見させることができる。
そして人は夢があってこそ現実をより楽しむことができるのだ。
しかし、あまりに事実と乖離した情報が伝言ゲームで広がり過ぎるとそれはそれで角が立つ。
倒せるって聞いたのに全然第五種が倒せない!運営の嘘つき!などと言われたら流石に運営としても不本意だ。
ラノ姉が第五種を召喚できるアイテムを所持していたのは何も酔狂やノリの産物ではない。これはIkki運営側と前もって行われた打ち合わせによってのものだ。さらに言えば、配信上で第五種を出すことを提案したのは運営側の方だ。
バレンタイン仕様の為に、本来の第五種よりバレンタイン仕様の第五種はHPなどがナーフされている。これでもまだ本来のソレよりはマシなのだ。
この第五種を召喚するアイテムをラノ姉が選択したとこは、今回のマッチングに参加しているプレイヤー達も知っている。このマッチングは事前に参加コードを認知しているプレイヤーだけが参加できるマッチだからだ。
メルセデスがこの辺りの事実を知らないのは、ラノ姉の案件配信をリークした奴がご丁寧にマッチング参加用のコードをメッセージと一緒に送付していたからだ。
なのでこの状態を整理すると、皆で倒そうとするという企画でこそないが、メルセデス以外のプレイヤー全てが今回のマッチングで第五種が出現する事を知っていたのだ。
更に言えば、今までLOWWA子の配信に張り付いてきたファンなら、ラノ姉がかなり愉快犯気質で第五種に殴りかかる可能性があるかもしれないし、それにLOWWA子が乗る可能性もあるだろうとは分かっていた。
この2人のキャラなら、「案件放送でも自分の意思で第五種召喚アイテムを選択する」と思わせることができるから、ラノ姉の出演を依頼したのだ。
1回目の様に状況が整っているわけではない。
2回目の様にプレイヤーのレベルが高かったわけではない。
だがしかし、この配信を行っている中心人物の人柄とカリスマ性が通常とは違う環境を作り出す。
「人連れてきたぜーLOWWA子~!」
「マジで第五種バトってんじゃん!?」
「あれ?あそこにいるのメルセデスじゃね………?」
「これどういう状況?まっ、いっか!俺もまぜてくれー!」
配信者の界隈で時たま言われる事だが、「配信者とその視聴者は似通ってくる」という言葉がある。
似通ってくるとまではいかなくても、好みや感性が近い人間が集まりやすい。
不思議な様でいて、冷静に考えたら当たり前の事だ。
自分にとって不快な事をしたり、好みに合わない事をしている人間をわざわざ自分の時間を割いて見に行くのは相当の変わり者かアンチだ。
その人の言動を好めるから、皆その配信者のファンとなるのだ。
アイドルの様な飾り立てられた偶像より、配信者はより生の反応が出る。もちろんある程度は配信者として演じている部分は多かれ少なかれあれど、偶像ほど全てが綺麗に彩られているわけではないのだから。配信者の追っかけとはより近い性格傾向を持つ者が、あるいはそのカリスマに寄せられる者達が集まる。
ノートエミュガチ勢のゴロワーズは、LOWWA子という配信者をロールプレイする上で、人を集め、魅了し、人格を形成する上で、当然のようにノートを模倣した。
するとこのその配信に集まる連中も、そのノリに付き合える連中になっていくのだ。
激しく移り変わる戦況。先に読めない行き辺りばったりだらけの乱軌道。それを楽しみ、高らかに笑い、ノリによって一直線に戦陣に飛び込める奴らがこの場には揃っている。
技術は追いついてない。けれど心意気だけならベストメンバーだ。
「(なんなんだ、コイツら…………!?)」
武士も農民も関係なく、この場に集まり始めた。
ゲンゴロウと戦っていて死んでリスポンしたプレイヤー達が周囲のプレイヤー達に祭りだと叫んだ。
第五種狩り、ジャイアントキリング。
ラノ姉がプロゲーマーを自陣に引っ張り込んで第五種狩りを始めたと聞いて食いつかなければLOWWA子のファン失格だ。
されどその感覚はメルセデスには少し理解し難いもの。
最初からその手の企画として配信してならまだわかる。いや、それだとしても誰かが裏切って背中打ちしたら土台が崩れる様な薄氷を渡る共闘となる。
今回は第五種共同討伐で始まったものではない。最初の流れを見てないメルセデスでは現場から推察するしかないが、マッチが開始した後はメルセデスが知る限りではプレイヤー同士は普通に対戦していた。
今ここで誰かがイタズラ心を出して裏切ったら全てが台無しになる。みんなわかってるはずなのに。
「いいねぇいいねぇ!時間ギリチョンでもみんなで足掻いていこーぜぇ!リスナーどもぉ、DPSあげてこー!もーまんたい!ラノ姉に任せとけばなんくるないさー!」
「「「「「うぇーい!!」」」」」
「このバカどもー!いいよやろうか!伝説メイキンのお時間だ!!戦列再構築するよ!」
似ている様で少し違うカリスマを持つ2人が、ゲーム的なスキルを超えたプレイヤーそのものが持つ士気向上能力をフル活用する。
真に優れた指揮官は死んでくれと兵に言う必要はない。頼まなくても自分の為に死んでくれる兵を揃えられる能力を持っているのだ。
急な人数の増加で若干動きが乱れたものの、即座にLOWWA子とラノ姉が手綱を握り直し統制を取る。やがてプレイヤー達も素人なりにゲンゴロウの動きに慣れ始める。
動き自体は単純なので予備動作さえ覚えればダメージは抑えやすい、というのはゲンゴロウの明確な弱点なのだ。
「手ぇ出しやすく見えてもトラップ確率ハイだからね〜!ラノ姉の指揮に従ってねー!」
「このっ!指揮権全部投げんなー!LOWWAー!」
ラノ姉のクレームに対して、ゴネンねテヘペロ、と言わんばかりに舌を出してウィンクするLOWWA子。余所見はすれどきっちり攻撃は躱しており視聴者サービスにも余念がない。
エミュをする為に誰よりも観察してきたから、ラノ姉がどのレベルまでなら統率できるかLOWWA子はよく知っている。
そして、どうやって焚き付けたら1番ノッてきて心から楽しんでくれるのかも。
普通なら負担をかけない様にしてあげた方が好感度が上がる様に感じるだろう。もちろんラノ姉も自分が楽な状況を嫌っているわけではない。親切にされて理不尽な悪意を向けることはまずない。されどラノ姉相手にはベストコミュニケーションでもない。ギャルゲーで言えばノーマル程度。
ラノ姉の好感度を上げたかったら、信頼をすればいいのだ。どう考えても無理そうな感じのタスクを相手に託すというのは、ある種相手への信頼があってこそ。爆弾をただパスするのとは違う。自分も一蓮托生な状態なまま、それでも貴方ならと頼る。
もちろん、表面上は文句を言ってくる。面倒な事をやらせるな、と。一見しただけではむしろ好感度が下がった様にすら思う人もいるだろう。
しかし内心ではこの状況を楽しんでいる。苦境に立つ事に喜びを感じている。ある種マゾにも近い難行好き。隣にエスカレーターがあっても棘の階段を駆け上がらざるを得ない性分。
狂人の脳内のエンジンは更に回転力を増し、最善を求めて続ける。




