No.528 通常攻撃
「(分かっていると言っていた。ならここからどうする気だ!?)」
メルセデスはラノ姉の方に目を向ける。
そう、この立ちはだかる現実は想定通り。分かり切っていた事だ。
プレイヤーは必殺技も持っているが、この状況を完全にひっくり返すほど劇的に状況を変化させるものではない。
蹲るゲンゴロウ。それは痛みを耐える物ではなく、ダメージを与えられたことへの反撃。触手などが折りたたまれ、装甲が少しずつ動きダンゴムシの様に球形に。そしてゴロゴロとゲンゴロウは転がり始めた。
「あぶっ!?」
「くっ!?」
その移動性能は非常に高く、トラックがアクセル全開で突っ込んでくるかのようなインパクトがある。最強の矛を突き詰めた結果、何物も通さない自分の装甲を最大速度×重量でぶつけるという結論に至ったかのような攻撃方法。最強の盾にして矛を兼ね備えるこのローリングアタックはゲンゴロウの攻撃パターンの中で最も強力にして、最も選択しがちという最悪な攻撃である。
今までラノ姉とメルセデスがこの“通常攻撃”をされずに済んでいたのは単に脅威とすら判定されていなかったら、としか言いようがない。
ゴロゴロと転がる球体はただ直進するだけでなくドリフトしながらランダムに動き、ゲンゴロウの転がる先にあった物は全て破壊されていく。まるでボウリングの玉が激突したトランプタワーの様に家屋が簡単に吹き飛んでいく。
「いやー、ホント―――――――!」
クソゲー、という言葉を呑み込んだのはラノ姉の良心か。
ネタでも二度案件配信中にクソゲーと言うのは不味いと思ったのか。
しかし、その反応も仕方ない。この無敵モードみたいな状態で一定時間転がり続けるこの攻撃がゲンゴロウにとっての通常攻撃なのだから。
もともと硬いのに、余計にダメージを与えづらいというクソ仕様。シンプル故にフィールド破壊装置としても十分に能力を発揮できる第五種。それこそがこのゲンゴロウのコンセプトである。
10秒ほど回転した後にビョンと跳ねると、空中で身体を開きゲンゴロウはズドンと地響きと共に着地する。
「さてこっからどうやって――――――!?」
いよいよどうしようかとラノ姉の方に視線を向けるメルセデス。そこで予想もしなかった光景を見て言葉を失う。
「LOWWA、モーションタイプ的にAMMのダンゴムシ系!!」
「りょーかいっ!!」
「リスナー達は今から基本的なムーブ教えるから耳かしてね!メルちゃんは武士チームに動き方教えて!」
ゲンゴロウを対処に必死で気づくのに遅れたが、気づけばそこにはLOWWA子や他プレイヤー達が増援として駆けつけていた。農民9人に武士4人。そのうち農民4人と武士4人に見覚えがある。農民の方は最初の初遭遇でラノ姉の周りにいたプレイヤーなので恐らくラノ姉チームの農民たち。武士たちは僅かな時間しか顔を合わせてなくてもわかる。メルセデスの武士チームのメンバーだ。
いつどうやって集めたのか。
何故来ると知っていたのか。
配信のコメント?しかし見ている余裕など―――――その無理な芸当を今までのラノ姉がやり遂げているので否定できないのが何とも言えない。
見た感じ明らかに今の流れを作ったのは間違いなくLOWWA子の采配だ。どうやって明確に敵対している側の武士チームまで説き伏せたかはわからないが、此処に居るという事は第五種を倒しに来たのだろう。
色々とラノ姉には聞きたいことはある。
されど時間は待ってくれない。状況は刻一刻と移り変わる。
人が増えたことで火力は足りた。足りえた。代わりに今度は連携が重要になってくる。先ほどは初合わせでありながらラノ姉とメルセデスは奇跡的な連携で動き続けていた。しかし今は違う。この集団の手綱を握らなくては寧ろ足を引っ張り合う事態になりかねない。
メルセデスが同意するよりも先にラノ姉は既に農民プレイヤー達にゲンゴロウの基本的なモーションと対処方法を矢継ぎ早に説明している。
この状況で自分の疑問にいつまでも捕らわれるほどメルセデスも愚かではない。勝手に抜けた手前少々の気まずさがあるが自チームの武士たちに攻撃方法を伝える。
「ひょっ!?カスあたりでヤバババ!ってそこぉ!よし当たったぁ!」
その間、一人でゲンゴロウに耐えきれている辺りLOWWA子もなかなかにおかしなスペックをしており、初見の動きにもなんとか対処している。見本があるお陰か2人の説明も伝わりやすく、他プレイヤー達はイマイチ状況を理解しかねているような顔をしつつもとりあえずやってはいけない事とこれからすべきことはなんとなく頭に入ったようだ。
「最前線LOWWAとメルちゃんの二枚看板!その後ろ武士チーム!農民は攻撃よりの奴は前に!あとはサポート!ウルト切れる奴は今すぐ手を挙げて!使うタイミング指示出すから!あ、農民はビルド申告よろしく!適当に叫んでいいよ聞き取るから!さぁみんな生き残るよ!」
「あいあーい!あたちアタック極振り!」
「知ってるよ!」
全てのゲンゴロウのモーションを一から覚えさせるのは不可能だ。そんな芸当が出来たのはラノ姉とメルセデスの間だから成立出来た芸当。なのでプレイヤー達にはモーションそのものより基本的な動き方をとりあえず教える。あとは自分たちの指揮でフォローしてしまおう。言葉を交わさずともラノ姉とメルセデスが出した結論は同じだった。
地味にいつの間にか指揮権を完全に掌握したラノ姉は矢継ぎ早に指示を出していく。もはや対戦ゲーと言うよりここだけ完全にPvEタイプのレイドボス戦だ。
誰が何のビルドを選択していて、今どんなパークを使う事ができるのか定かではない。指揮をするにはあまりにも不安定で不確定要素だらけ。なのにラノ姉の指示は自信に満ち溢れている。まるで躊躇いがない。
農民プレイヤー達が「え、本当に?」というような顔を一瞬したが、しなくてもいいのにLOWWA子がビルドタイプを叫んだことで何となく要領は把握したのか農民たちは口々にビルドを叫ぶ。
「よしOK!じゃあ陣形変化させていくよ!そこの牛飼いビルドの人は―――――――」
声が重なっている部分が多く、傍から聞いていたメルセデスでも“5人しか”誰が何を選択した理解できなかったが、ラノ姉は聞き返すことでもなく明快に頷き全員に迷いなく指示を出していく。
「(この女…………)」
今まで配信の中でラノ姉が指揮官として動く時が無かったわけではない。
しかしラノ姉の指示は最善とは程遠く、あくまでLOWWA子を中心とし、LOWWA子が一番活躍できるように舞台を整える。その時点から指揮のセンスの高さの片鱗を見せていたが、今この瞬間に至ってはラノ姉は完全にその才能を発揮していた。
この状況で隠している方がマズイ、というのがラノ姉の下した判断なのだろう。
視野の広さや情報整理からの反映、加えて指示を出すまでのスピードはプロゲーマーの指揮官を行うメルセデスを以てして舌を巻くレベルだ。
特に、驚くべきは“低き”にレベルを合わせる指示が出来る事だろう。
プロゲーマー同士の指示はお互いに高い能力を持っている前提なので容赦の無い指示を出せるし、かなり具体的なミッションを課すこともある。しかもお互いの能力やビルドを把握している状態での指示出しだ。
一方で今のラノ姉の指示出しは、相手の能力値も状態も、敵の状態ですらも良くわかってない状態だ。この手の指揮は皆忌避しやすい。というのも失敗のリスクが高くて、その癖失敗した時に全責任を負わされがちだからだ。
こういう時に進んで先頭に立つのは大体目立ちたがりか仕切り屋の出しゃばりか。
メルセデスもプライベートでフリーにゲームをすることもあるので指揮をやりたがるプレイヤーがどんな奴は知っている。
しかしラノ姉はメルセデスが知るタイプの指揮官ではない。自分でも抑えきれてないカリスマと才能が自然とその身の振り方をさせているような気がした。この状況に至って誰にも文句言わせずにマイクを握れるというだけでこの女の異常な支配力の高さが感じられた。
格ゲーとかの一番出しやすいコマンドがほぼガー不、超高火力、スパアマ、弱追尾性能アリみたいな必殺技みたいなクソエネミー




