No.526 ビリビリ
遅れてすまない…………すまない…………
ラノ姉が棒で振り下ろされた脚を叩く。
されど頭上に存在するHPゲージはあまりにも動いていない。カスダメですらない。
デコピンで弾くよりも刺激は低い。本当にこれで死ぬのか?そう思わざるをえない影響の薄さ。
「あぶなっ!」
事実、叩かれたことをまるで気にした様子もなく足を横スイング。先読みして飛びのいていたラノ姉でもギリギリ掠って笑っていた。
「笑ってる場合!?そっちは当たったら一発で落ちるんだぞ!」
そのラノ姉と入れ替わるように距離を詰めたメルセデスは勢いよく太刀を突き出す。刀と激突し、キャンディを固めたと思われる大きな脚に僅かな傷がつく。傷がついたことを喜ぶべきか、それともキャンディの甘い香りがするくせに太刀でついても擦り傷しかできない理不尽を嘆けばいいか。
「あははは!一乙形式は今に始まった事じゃないしね~!ってかコイツまじで堅いな~!ほら、メルちゃんもスマイルスマイル~!ゲームは楽しんでなんぼだぜぃ!」
弧を描くような脚の装甲のせいで攻撃が妙に滑る。
材質だけでなく形状ですらも防御に寄っているという第五種の手ごわさ。
攻撃したことで完全に第五種はメルセデスをマークした。こうなればどちらかが死ぬまで、決して第五種は手を緩めない。
その光景を見ていたラノ姉が薄っすらと別種の笑みを一瞬だけ浮かべ、すぐに切り替える。
「脚部は攻撃しやすい分、滑りやすい!側部から叩くように攻撃した方がいいな!」
「だね!基本は私が前に出て、メルちゃんがダメージ稼ぐ感じでいこうか!」
「…いける!?」
「やるしかない、でしょ!」
先ほど掠ったのは服だが、もし体に掠ったらそれだけでも農民のラノ姉にとっては少なくないダメージになる。それなら防御力が高い将軍のメルセデスが前に出る方がリスク的な観点から見ると正しい。
だが、今はリスクよりもダメージ量が欲しい。加えて将軍は防御力が高い代わりに鎧で完全武装しているので薄着の農民のラノ姉の方が回避には優れている。ゲンゴロウは厄介ではあるが攻撃パターン自体は複雑ではない。回避ができるならそちらの方がいい。そして攻撃を行った後の隙にメルセデスがダメージを稼げるならなお良い。
そこまで僅かな時間で考えて、ラノ姉の無謀に思える提案を止めるのではなく出来るかどうかをメルセデスは確認した。
「あんまり距離取らん方が変な攻撃を誘発しなくて済むかもね!」
「かもな!こうなったら―――――――」
地を走る小さな虫を子供が手で叩き潰そうとしているように、ゲンゴロウはなんども脚を振り下ろす。
パターンに入ったか。そう思うラノ姉とメルセデスはこのまま様子見を試みる。が、Ikkiはそこまで甘くない。胴ごと大きく上げて振りかぶられたゲンゴロウの両前脚を見てメルセデスの言葉が遮られる。
「全力で下がれ!」
ここは敢えて前に行き懐に飛び込むか。
そうラノ姉が考えたところでメルセデスが叫ぶ。
それを聞くが早いかラノ姉も後ろに大きく下がる。
ラノ姉とメルセデスが全力で距離を取るが、それをホーミングするように体を伸ばす。
引いたのは失敗にも思える光景。それでもラノ姉とメルセデスは全力で引く。
そうしてホーミングが限界に達し、振り下ろしの攻撃範囲から2人が逃れたところで脚が勢いよく振り下ろされる。ホーミング中はかなり猶予のあるスピードだったが振り下ろしのスピードは今までの攻撃よりも遥かに速い。更に胴を上げたことで腹部も思い切り地面に打ち付けられる。
同時に発生するは衝撃波の様なエフェクト。バレンタインイベントのせいかエフェクトはうっすらピンク色だ。腕と胴の地面に接地した部分から衝撃波が発生し、空気ごと地面がビリビリと震動する。
「これは引くのが正解かー!うぉービリビリする~!」
「接近戦を一定時間継続すると、リセットをかけてくるみたいだな!」
衝撃波そのものにダメージがないのはIkkiの温情か。それでも威力自体は大きく、波及した震動だけで衝撃波の判定範囲内に入った家屋は崩壊していき、こまごまとした物は吹っ飛ぶ。
「(覚えていてよかった!)」
ゲンゴロウの大振り下ろし攻撃は事前にメルセデスが目を通していたIkkiの情報の中にあった。七世代の新作対戦型ゲームが出たらとりあえず義務の様に情報には目を通すメルセデスの癖が2人を救った。
もし、先程晒された柔らかそうなマシュマロの胴を攻撃しようと懐に飛び込んだら強烈な衝撃波に晒されて動けなくなっていただろう。
その追い打ちをかけるようにゲンゴロウは脚を伸ばしてゴロゴロと横に何度か転がる。胴の近くにいすぎて衝撃波をまともにくらえば回避も出来ずにペチャンコにされていたはずだ。
「と、なれば!」
ダメージからいち早く回復したラノ姉は家が崩れたことで偶然瓦礫の中から突き出たクワを回収する。そしてクワで瓦礫を引っ掻けて強引にかっ飛ばす。全ての瓦礫が当たらないまでも幾つかはゲンゴロウの顔にヒットした。
「(やっぱり運動神経は悪くないな?)」
“良い”と断じるまではないが、なんでも卒なくこなす印象。
巧いというよりかは全体的な慣れを感じる動き。
このVR全盛のご時世。リアルでは体験できないことができるので昔よりも人間の動きの幅は大きく広がっていると言われているが、それを踏まえても色々なシチュエーションを経験したことを感じられる動きをラノ姉はしている。
「(――――惜しいな、ホントに)」
これでもし、反射神経などが優れていたらどんな化物になっていたか。
プロゲーマーのメルセデスから見ても、本当にもったいなく感じる。
今の段階でも十分スカウトしたくなる程度には能力値が高いのに、もっと化けそうな片鱗を見せられるとどうしてもそう思う。
ラノ姉はパークを使いながらクワで再び瓦礫を掬い上げる。すると掬い上げられた金属の鍋の残骸らしきものにウニの様なスパイクのエフェクトが出現し、そのままクワで飛ばされて頑丈なゲンゴロウの脚に刺さる。
煩わしそうに脚を振るゲンゴロウ。その間に果敢にラノ姉は距離を詰める。
「私がコイツについて覚えてる限りの事を今から言う!一発で覚えろ!」
「戦いながら!?」
「できるでしょ!ラノなら!」
「フッ!上等!」
その背を追いながらメルセデスはなかなかに無理な事を叫ぶ。
初見レイドボス。初めての共闘。うっかり避ける先を間違えてぶつかったらその時点で終わりなので味方の動きにもかなり気を張っている。その状況で耳を貸して情報を頭に叩き込めと言う。
さながら「こっちで知らないスポーツのルールを読み上げるから、お前はバスケをしながら一発でルールを完璧に覚えろ!」と言っているようなものだ。
同じプロゲーマー相手でもこのような無茶を要求する事はほぼない。
それでもこの女ならやってのける。そう信じてメルセデスは叫ぶ。それに応えるようにラノ姉は獰猛な笑みを浮かべた。
「コイツは―――――――」
それを機にメルセデスはラノ姉が耳を傾けているかも確認せず、聞いてなかった方が悪いと言わんばかりに一方的に覚えている事を脳から絞り出すように早口で述べる。
聞く方も大変だが、何も言う方が楽と言う話ではない。
むしろ言う方が記憶を整理しながら、優先順位を設け、一発で聞く方にも分かるような説明をしなくてはならない。普通にやるだけでもなかなか難しい作業を戦闘しながらやろうというのだからメルセデスも無理を強いるだけの負担を背負っている。
「大体こんな感じだ!」
「なるほど!大分クソゲーだね!」
「第五種は概ねそんなもんだろ!」
人類全体を圧倒する災害の化身を人の手でどうにかする方が元より無謀なのだ。それができたら過去の人々は困ったりしなかった。
一通りのスペックを聞いたラノ姉は案件放送中にも関わらずクソゲーと言い放つ。しかしそれを否定できない程度には第五種は理不尽な奴らなのだ。
それでもラノ姉は笑っていた。
なおクソゲーと言われてIkkiの開発側はケラケラ笑っている模様




