No.518 復讐
「(どうしたものか)」
ラノ姉が惑いつつも逃走をやめた。その一方で追いかけていたメルセデスの動きにも迷いがあった。
メルセデスは配信こそしているが、リスナーからの横槍を嫌い5分ものディレイをかけて配信していた。
まずもって、メルセデスが如何にラノ姉の出没を知ったのか。
それはメルセデスが普段からSNSで行っている日記形式の投稿に対するメンションだった。そのメンションはにはLOWWA子のライブ配信のURLとマッチングに参加するための方法を説明する文章がご丁寧に貼り付けられており、復讐のチャンスだぞ、という簡素なメッセージが添えられていた。
その送り主は知らないヤツだったが、配信があるのは確かだった。メルセデスはラノ姉の出没頻度がかなり低い事をリスナーからの情報で知っていたのですぐにその機会に飛びついた。
故に今ラノ姉側がどのような配信をしているかメルセデスは知らない。
知らなかったが、大きなディレイをかけていたコメント欄から遅れてチラホラ情報が上がってくる。むしろディレイをかけている分コメント欄は好き勝手書き込んでいた。
最初はラノ姉の居場所を絞り込むためにも配信をする事にした。
完全なリアルタイムで配信をすれば、所謂ゴースティングになってしまう。直接配信を見てなくてもコメントでリアルタイムで情報を得られたらそれは不正に変わり無い。
なので一応大きめのディレイをかけた。
ただ、メルセデスにとっては僅かな情報だけでも十分だ。
プロゲーマーには色々なタイプがいる。
例えばオールラウンドに性能が高いタイプ。カるタはこの代表的な存在だ。どのジャンルどのゲームでも高い結果を出せる。
運動神経と直感と鼓舞でゲーム全体を盛り上げるJKのようなタイプもいる。
ヌコォのような異様な正確性を叩き出す特化タイプもいる。
その点で言えば、メルセデスは並のプロゲーマーよりも何か身体的に優れているタイプでは無い。
反射神経、動体視力、空間認識能力、記憶力、運動神経(VRの場合はそれなりに動きがあるのでリアルの運動神経も必須)などとどれをとっても特筆するレベルでは無い。無論、通常のゲーマーと比較すれば上澄みだがプロゲーマー界隈では並だ。プロゲーマーでカるタの様なオールラウンドタイプをやりたかったら全ての能力値でプロゲーマー界隈でも上位の記録をマークする必要がある。
ではメルセデスのプロゲーマーとして持ち得る最大の武器は。
それは頭脳だ。
荒々しく喧嘩っ早い。一見すると思慮深さとは対極にある様な態度を見せがちな彼女だが、思考のスピードと分析類推の精度と成長速度はプロゲーマーでもトップクラスに近い。
プロゲーマーとして持ち得る身体スペックは並のカードでも、そのカードを的確に使い相手に競り勝つ。
メルセデスを良く知る者達はこう言う。
——————一度目はいい。けど二度目以降は戦いたくない。
性格に反してメルセデスは合理的計算で戦略を構築する。
一度目は情報収集。負けてもいいので相手の動きをよく見てそこから分析する。相手の思考の癖を読む。それに合わせてデッキを組み替える。
そして二戦目以降は相手の思考を元に弱点を突き続けて押し切る。
序盤の戦績は悪い。プロゲーマーとしては下から数えた方がいい。けれど二戦目からは急激に調子を上げてくる。プロゲーマーとしては並外れて秀でる身体性能がない代わり、どんな調整でもすぐにできる。すると総合成績ではむしろ成果が逆転して高い勝率を上げ始める。
最初が劣勢になりがちだからこそ、決着にかけての逆転劇が鮮やかになりやすく、それが彼女の人気の中核を担っている。
故に、彼女にとって敗北自体は悔しくてもハンカチを食い千切る勢いでキレたりしない。内心は悔しくても次に向けて調整して必ずリベンジする。彼女はいつだってそうして格上を過去のモノにしてきた。
この執念も彼女の強さの秘訣だ。
だが、周囲が面白がるほどにラノ姉に対してはかつてない執念の炎が燃え上がった。
まだ調整を始めたばかりのゲームだから、初見の相手だから、テスト用のビルドだったから。
言い訳はできる。
けどそれは同格のプロゲーマーに負けた時に許される言い訳であって、ほぼ同条件のはずの素人に負けて、しかも配信をしながら、つまり集中力のリソースを完全にゲームに割いてない相手に負けたのだ。それも当て難い超火力のロマン攻撃を受けて落ちるというかなり屈辱的で鮮やかな敗北をした。
自身は強ビルドのケンタウロス。ビルドの準備的にも問題はないほぼ万全な状態。
対して相手は配信をしながら明らかに即興で組み上げた気色悪いビルド。
最初の一手目で自分と似た感覚を覚えた。
自分の手札が誇れるほどのものがないから、とにかくスタンダードを外す様なマニアックな形態を選ぶ。相手のデータの外、想定外を突き、相手の選択肢を狭めていく。
最初の動きで勝てると思った。反応速度では自分の方が上を取っていた。スタンダードで勝てないから変な方向へ走ってお茶を濁そうとする在り方に薄らと共感を覚えつつも哀れみを覚えた。真に実力がある者はスタンダードから外れる必要が無いことを世界の上澄みを知っているメルセデスは知っているから、どこか自分と重ねた部分がないと言えば嘘になる。
だがしかし、負けたのだ。
言い訳のつかないほどにハッキリと負けた。
哀れみを覚えた相手に自分の武器である知恵で出し抜かれた。
普通に敗北するなら在野のプロに当たった程度に考えたかもしれない。しかし基礎性能はおそらく自分が全て優っている状態で、自分の一番の特技である知恵比べで負けたのだ。
そう、まるでいつも自分がしていることを逆にやられたのだ。
この怒りは単に自分を負かしたラノ姉だけに向けられたものではない。
素人だからと無意識に慢心していた自分に。
全力で知恵を絞り切ろうとしなかった自分に。
そして、相手の動きに感心してしまった自分に。
自分への怒りが収まらない。
喧嘩っ早くプライドも高く、人間性の面では問題がある部分もある。周囲にも厳しく、指示を出す時も相手の感情など一切考慮しない暴力的な指示を出す。できなければ怒鳴る。
だが、メルセデスは周囲に対して以上に自分に対して誰よりも厳しい。
反射神経や動体視力がプロゲーマーとしては並でも、今もコツコツ毎日トレーニングしている。運動だって積極的にしている。無いものを嘆いても誰も与えてくれないものは自分で手を伸ばしてきた。
そんな彼女が最初から持っていた唯一の武器に傷が付いた。
この怒りは焦燥か、不安か。
自分を上回る思考能力を持つ者が、在野にいるなんて。
確かめなければならない。
勝たなければならない。
どんな手を使っても。
故に研究した。
まずラノ姉とは誰なのか。
年はおそらくほぼ同い年。女性。ふざけた胸をしているLOWWA子という配信者の従姉妹で稀に配信に出没する。それも基本的にゲーム配信だけ。素性は不明だが発言から何か仕事をしていると見える。だがプロゲーマーでは無い。プロゲーマー資格を持つ全ての人間を洗ったが該当するデータはなかった。
プライベートも謎に包まれている。
SNSのアカウントはあるみたいだが、基本的にLOWWA子の配信を宣伝したりするだけで自我らしい自我を全く出してこない。再戦申し込みのメッセージを試しに送っても既読すらつかなかった。挑発してもまるで反応なし。ここまで徹底してLOWWA子のサポートに回ることだけに専念できるのかと驚いたほどだ。
メルセデスが見るにラノ姉の人気はカルト的な根強さがある。LOWWA子から独立しても余裕でやっていける華がある様に感じた。
決して全てが全て鮮やかなプレイでは無い。むしろその点ならLOWWA子の方が余程プロゲーマーから見ても相当筋が良い。積み上げてきた努力が見てとれた。才能の壁に挑み続けたメルセデス故にその努力の痕跡を見抜くことができた。
一方でラノ姉は意外に泥臭い動きをすることが多い。汚い手も躊躇いなく使う。むしろよくそんな発想が出てくると思う様なルールギリギリを攻めるような手を次々と使う。
ただ、それでLOWWA子を食ってしまう事もなく、基本的にLOWWA子の見せ場ができる様に立ち回る事もできる。
自分が独立できるポテンシャルを捨ててまでLOWWA子を立てる様からメルセデスが感じたのはプロデューサーの様な意識。
それでも尚完全に打ち消せないラノ姉のインパクトが彼女を魔女と呼ばせる。
敵を知る為に今までのラノ姉の動きを全て追ったが、メルセデスは見ていてもどかしく感じた。同類の香りを感じ取ったからこそ、自分を押さえつけてLOWWA子を立てる様な動きをする事を。配信を意識した立ち回りをする事を。
アンタもっとできるんじゃないか?
LOWWA子をメインに据える立ち回りを捨てて、配信という縛りを捨てたら、もっと強いのでは?
基本性能に特筆するべき点はない。
身体性能で強いて言うなれば、人外挙動に妙な慣れを見せる(強いとは限らない)事か。器用ではあるが、繊細な挙動が得意という訳でもない。
プレイを見ていてやはり目につくのは異様な読み合いの強さと指揮センス。生粋の仕切り屋的な気質。
もしかしたら、私はこの女に戦略構築センスでは負けているのかもしれない。
いつだって敗北を過去のものにしてきた彼女が初めて素で感じてしまった感想が、彼女を何よりも猛らせた。
入り組んだ道を走る。ラノの思考を予測する。
しかしまたしてもラノ姉はメルセデスの予想の上を行く。
魅力的な笑みで曲がり角の先で堂々と待ち構えるその立ち姿。
「メルセデスちゃん、ちょっと遊ぼうか?」
この後に及んでも、彼女は配信者であるスタンスを崩す気を見せていない。まだ余裕だと言わんばかりの笑顔。
「ラノォ!」
メルセデスは刀を構え、ラノ姉に向けて突撃した。




