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No.516 変態クモ女

昨日投稿するのを忘れていた間抜けは私




「あぶな!?」


 ラノ姉チームが裏門を丸太突撃でこじ開ける。

 屋敷のぶ厚い木の扉に亀裂が入る。

 

 ここからはスピード勝負。皆がせかされるように中に踏み入ると、カンカンという瓦を激しく踏みつける様な音。ラノ姉が上を見上げると甲冑を身に着けた影が倉庫の上から降ってきた。


「見つけたぞ!!ラノーーーーー!!」   

「誰!?誰なの!?」


 その甲冑は端午の節句でも飾られるような、皆が日本の甲冑と聞いて真っ先にイメージしやすい大鎧。手には太刀を携えている。しかしその鎧の下の身体は華奢だ。もしリアルで装備していたら立つのも難しいのではないかと思われる体格である。

 面具は付けていないので顔は見える。

 性別は明らかに女性。それなりに整っている。が、青に紫のメッシュと言う攻めた髪色にかなり濃い目のメイクをしており、人によっては近づきがたい感じだ。見た目はユダヤ系寄りか。パンクファッションな女性に強引に甲冑を見に付けさせたようなチグハグさがある。


 素の状態でもかなり威圧感の強い姿だが、その目はつり上がり息は荒い。歓喜に満ちた興奮。そして荒れ狂うような憤怒。相反する感情が混ざった様な非常に危険なオーラを放っている。

 リアルで街中を歩いていたら職質されそうな襲撃者は、その太刀の切っ先をラノ姉に向けていた。もはや視界にはラノ姉しかないと言わんばかりに、ラノ姉だけを見つめていた。


「え、なになに!?リスナー!?」


 さりげなく味方の後ろに逃げつつオーバーリアクション。ラノ姉は頭をフル回転させて状況の把握に努める。   

 ラノ姉と視線をわずかに交わし、厄介ごとと見てLOWAA子は自分のチームのリスナーを連れてLOWAA子は離れる。


 口ではリスナーと誰何しているが、内心ではその線は限りなく薄いとラノ姉は分かっていた。

 なんせ見た目や見て取れる性格からしてLOWWA子の視聴者層とはかけ離れている。おまけにLOWWA子ではなくレアキャラのラノ姉目当て。

 感じられる深い怨恨。恐らく配信を見てスナイプ(オンラインマッチングなどで配信者と同じタイミングで狙ってマッチングを開始し、マッチングを意図的に狙う事)を仕掛けてきたと思われる。


「(どうする?逃げるか…………?)」 

 

 普段の配信ならこのまま戦っていたかもしれない。しかし今は案件配信中だ。既にこの時点で放送事故に近い状態になっている。だが、耳を澄ませても“ブザー”はならない。

 視聴者参加型は意図しない事故も十分にあり得る。なので万が一に備えてLOWWA子とラノ姉のアカウントはGoldenPear社側と紐づいている。


 もし案件配信中に明確な問題が起きる様であればGoldenPear社から一時停止を勧告するブザーが鳴らされるような手はずになっている。けれどこの状況でもブザーは聞こえない。広報連中のジャッジでは「まだ行ける」という判断なのだろう。

 あるいは、ラノ姉なら捌けるだろう、という判断なのか。


 放送事故は上手く捌ければ逆に評価が爆上がりするある種のギャンブルでもある。

 これはラノ姉も知らない事だが、このスナイプは起こるべくして起こった。“彼女”が襲撃を仕掛ける少し前から配信の同時接続数が案件配信では考えられないほどの異常な上がり方をしていた。

 

「ラノ――――!!」

「だからどちらさん!?」 


 こちらは農民、相手は武士。

 素のキャラ性能では圧倒的に武士陣営の方が高い。農民1チームいてもまともに武士1人と戦闘しようとしたら大苦戦を強いられる。当たり前だ。戦闘に特化した武士に対し、農民は戦闘がメインではない。あくまで米を奪う事がメインなのだ。 

 リアルに置き換えるなら、武士はパワードスーツに身を包んだエリート隊員。一方で農民は単純な装備に身を包んだ工兵に近い。パークの補正こそあれ、それでも武士側のアドバンテージは非常に大きい。


 ただのスナイプならまだいい。しかし相手は明らかにラノ姉側になんらかの恨みを持っているとしか思えない言動をしている。

 

 ノートなら、心当たりはエベレスト山ほどある。

 あり過ぎて見上げても頂上が見えないくらいには心当たりが山積みだ。


 NOTOというプレイヤーネームを使い始めて10年以上。

 その間に何人の屍の山を築いたか。

 恨み言など美容院で流れている流行りの店内BGM程度に聞き飽きた。

 掲示板で何度晒され、何度半分真っ当な誹謗中傷を受けてきたか。

  

 けれど、ラノ姉として活動している時は比較的いい子ちゃんのフリをしていた。笑える程度の外道戦法しかとってこなかった。ここまで激情をぶつけられるほど恨みを取るようなことをしたか――――――――――――と考えると少し心当たりがあるのが業の深いところだ。


「よしストップ!私を倒しに来たのはわかった!でも理由というか誰だかは教えて欲しい!このままだと私はただ突っ込んできた一プレイヤーに倒されたと言う認識で終わるよ!しかも戦力差的に負けてもなにも悔しくないかんね!」


「むっ!?」  

 

 指揮官を守ろうとするチームメンバーを上手く盾にしながら逃げ回るラノ姉。幸いな事にラノ姉だけを標的にしている分、狙いが分かりやすいので守る方は難しくない。

 それでも武士にパワーは圧倒的で、徐々に追いつめられている事に気づいたラノ姉は足を止めた。

  

「まず確認!私はLOWWA子のチャンネルで共演してるラノ!それは分かっているんだよね?」

「当たり前だ!お前の顔を忘れるものか!」


 さて如何に時間を稼ぐか。

 見た所、他の武士プレイヤーはおそろくLOWWA子チーム率いる本隊を迎撃している最中でこちらにくる気配はない。このプレイヤーがこちらにいるのはラノ姉の誘導に乗らず、一人で裏門に張っていたから、とは思わない。恐らくLOWWA子の配信を見ていて狙い撃ちをしに来たと考えるべきだろう。

 つまりゴースティングだ。

 最悪こちらのビルドも全部バレていると考えた方がいいだろう。


「私、人の顔を覚えるのは得意なほうなんだけど、あった記憶はないなぁ。どこで会ったかな?」 


「見覚えはないだろうな!直接顔を合わせたわけではないしな!」


 ザリ、ザリ、とゆっくりと歩くたびに砂の擦れる独特の音がする。 

 言動から足止めできそうな言葉を選んでみたが、その第一段階の賭けには勝利。一応コミュニケーションをする気にはなったらしい。されどお互いに油断はない。一定の距離を保ちながら少しずつ移動する。


 襲撃者の声に意識してみると音が二重になる。聞こえるのは外国語。英語ではない。発音からしてロシア語、ドイツ語、中国語、フランス語などでもない。

 今どき本人の声を人工音声化しリアルタイムで別言語に翻訳する技術など珍しくない。配信は昔よりも遥かに多国籍化しており、日本人の配信者でも日本人以外が視聴している事も珍しくない。だが、視聴者層の内訳でも見かけたことのある層の言語とは一致しない。


 もしや恒常的な視聴者ではない。

 つまりアンチのような類とも少し違う。

 言動から見る性格的に怒りが年単位で続くタイプにも見えない。7世代への機器の切り替えで『ラノ姉』の活動には半年以上のブランクがあった。更に視聴者が絡むような配信ともなればもっと前。

 襲撃者からは目を離さないようにしつつ、ラノ姉は配信者モードを操作してコメント欄を表示する。自分の予想が正しければ、コメントにも書かれていると考えて。


 結果はビンゴ。

 コメント欄に答えは書かれていた。


 AMMⅢのラノ姉復活配信はかなりの再生数を叩き出した。勿論それはラノ姉がもともと持っていた人気の高さと希少性の成せる業だが、それだけでは説明ができないほどその配信だけが一気に伸びた。しかも視聴者層が日本人以外を多く計測するという不思議な事態。

 ゴロワーズからそれを聞いた時、ノートも不思議に思った。そしてその答えは後日のネットニュースで判明した。とあるプロゲーマーがLOWWA子のチャンネルを名指ししてSNSで叫んでいたのだ。


 気色悪いビルドを使う奴に1on1で負けた!

 最後のドヤ顔マジ許せない!

 絶対再戦する!

 コイツの情報求ム!

 

 JKもそうだが、22世紀のプロゲーマーの半数近くが配信者と兼業である。昔のスポーツ選手よりも遥かに人気商売なところがあり、スポンサーが付くかどうかも単なるゲームの勝率だけでなく本人のキャラクター性を考慮される。実際、あまり勝てなくてもファンの多さから多数のスポンサーを付けているようなプロゲーマーも存在するし、逆に勝率は高いのにあまりスポンサーが付いていないようなプレイヤーもいる。

 その差は配信をしているかしていないか。普段から人柄を認知されているかというのは重要な評価点だ。


 この女性もその手の人物。

 プロゲーマーかつ配信者である力を生かし、視聴者たちにラノ姉の情報を提供するように呼び掛けた。普通にやれば軽く炎上するような絡み方だが、本人のキャラクター性が既に固まっており、準じてファン層もそのノリに付き合えるタイプになっているとそれが問題行動と取られないまま話が大きくなる。

 このマッチングが成立したのは偶然ではない。“この女性にとっての善意のファン”が、ラノ姉の出演をリークしたのだ。

  

「わかった。AMMで戦った人でしょ。あのラストバトルのケンタウロス。スペインのプロゲーマー、だったかな?メルセデス・パタキーさん」

「そうだよ変態クモ女!」

「変態とはご挨拶だね、負け犬さん。わんわん」  


 なんとなく前後関係が見えたラノ姉がニコニコと笑いながら喧嘩を買いたたく。

 それを見ていた視聴者たちは、ブチッと何かが引き千切れる様な幻聴を覚えた。

 そしてあちゃーと額を抑える。嗚呼ラノ姉の悪い癖が出てきたぞ、と。


死に晒せ(成敗)―――!」


アンタがね(一揆)〜」  


 斯くしてキャットファイトが始まった。 



 

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― 新着の感想 ―
[一言] >>けれど、ラノ姉として活動している時は比較的いい子ちゃんのフリをしていた。笑える程度の外道戦法しかとってこなかった。ここまで激情をぶつけられるほど恨みを取るようなことをしたか―――――――…
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] キャットファイト、別名泥仕合 広報に見せかけた開発入ってない?
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