No.514 案件
No.514 案件
「案件」とは。
それを理解するには配信者がどの様にゲーム実況などを行うか軽く理解しなければならない。
まず、通常の配信。
例えば配信者がゲーム配信をする時は、まずそのゲームの製作会社に配信許諾を取る。ゲーム配信などがテレビを上回り始めたご時世から配信に纏わる権利関係に関しては色々な苦労とトラブルがあったが、22世紀では著作物に纏わるモノは基本的に必ず許諾を取る必要があるように定められている。
パワーバランス的には『ゲームの製作会社』>>『配信者』というのが通常の形態だ。許諾を得ているからこそ、人様が苦労して作ったゲームを遊ぶことで配信サイトから金銭を得ることができる。
ただ、一々個々人がゲーム会社に問い合わせするのは大変だし、一方でゲーム会社側も一々問い合わせをされても面倒だ。この様な作業はAIを挟むことでかなり簡略化されているが、それでもこの手の『権利』に纏わる話は最終的に『人間の同意』が必要だ。
その為に配信者用の事務所が存在し、そこに配信者はタレントとして所属することで許諾取得の業務を一括で代行をしてもらえる。ゲーム会社としても個々人を相手にするよりは事務所1つを相手にした方が楽だ。
基本的に人とコラボする事は一切ないゴロワーズだが、そんなゴロワーズも権利関係の手続きを嫌い、一応配信者用の事務所に所属はしている。と言っても数ある事務所の中でもかなり放任主義な事務所で有名で、所属タレントが多い代わりに能動的なサポートが殆どないのも特徴だ。
こうして単なるゲーム配信一つとっても、色々な権利関係の問題がある。
一方で『案件』は違う。
普段は配信者がゲーム製作会社に『配信をさせてください。お願いします』と頭を下げるのに対し、案件とはゲーム会社の方が配信者の方に『依頼料は支払いますので、宣伝をかねてウチのゲームを配信してくれませんか?』とお願いする。
配信者からすると、案件はとてもおいしい。
普段は視聴数に応じた金銭を配信サイトから貰っているために必死になって数字を稼ぐわけだが、案件の場合は視聴数に関わらずしっかりと給料を出してもらえる。収入が安定していると言い難い配信者からすると非常に有難い収入だ。
加えて、案件と言うのは会社側が『信頼がおける』、そして『一定以上の宣伝効果を持つ』と認識した相手にしか発生しない。案件を貰える配信者は社会的にも力を持つ、と認められたに等しい。そして一つ案件を貰えれば、『案件を貰えるこの子なら大丈夫だろう』と新しい案件が来る。
案件はその数字以上に色々なメリットが配信者にはある。
故に多くの配信者は『案件が欲しい!』と叫ぶわけだ。
しかし、いざ案件が来るとなると驚くものである。それが良く知らない様な会社ではなく、GoldenPear社ともなれば。
実際、 配信事務所の方から『GoldenPear社から案件依頼が来てますよ』と言われた時にはゴロワーズも驚きの余り椅子から転げ落ちた。
ただ、困ったのは依頼内容だ。
バレンタインイベントに合わせて『覚醒一揆~The true SAMURAI sprit~』を配信して欲しい、というのはまだいい。御親切に配信フォーマットもしっかり組んであってルール説明やらもやりやすい。
問題は『LOWWA子』だけでなく、『ラノ姉』もセットで出してほしい、という条件だ。
そもそもラノ姉は事務所に登録していない。なので事務所としてもあまり配信に出して欲しくない。万が一ラノ姉が配信で何かしらやらかした時は誰が責任を取るのか。普段なら『LOWWA子』と契約しているのでLOWWA子が配信で何かやらかしたら事務所側にも責任が波及する。その様な物も込々で事務所は契約料金をゴロワーズから取っているのだ。だが所属していない部外者がやらかすとなると事務所としてはただただ損をこくリスクが高い。なのでできるだけ契約外の人間を配信に出すのは事務所としてはやめてほしい。
それでも未だにノートがラノ姉としてLOWWA子のチャンネルに出れているのは、ラノ姉の集客力が数字として無視できないほど高いからだ。事務所がやんわりと忠告するだけで目をつぶる方を選択する程度にはラノ姉の人気は高い。むしろ事務所側からラノ姉に対し『ウチに所属して正規にデビューしませんか?』という打診がゴロワーズ経由でされているほどである。
要するに、現状として『ラノ姉』の扱いは事務所からしても問題が多い。
いくらGoldenPear社からの依頼と言っても、事務所としても契約外の人物を配信に出してほしい、と言われも困る。
普段なら『ラノ姉は弊社の所属タレントではないので無理なんです』と言って断って終わりだ。
ただ、依頼元がGoldenPearだったことが問題だった。
この事務所に所属する配信者達がメインに活動している配信サイトは何を隠そうGoldenPearの運用しているサイトである。事務所としては長くいいお付き合いをしていきたい。加えて依頼料に関してもちょっとやそっとの額ではなかった。これが事務所を惑わせた。
なので事務所側も『多くの問題はあるんだけど…………』という低姿勢でゴロワーズに話を打診した。
そしてゴロワーズから『どうしよう………』とノートに話が回ってきた。
やっぱり断るべきだよね、ゴロワーズは珍しく困り切った素の顔で言ったが、逆にゴロワーズがびっくりする勢いで『何言ってんだバカ!やれ!』とノートは言い放った。
GoldenPear社の案件は蹴るにはあまりにもリスキー。
むしろここでGoldenPear社の案件が取れたら暫くは安泰と言ってもいい。その程度にはGoldenPear社の社会的な信用と力は絶対的だ。現状のゴロワーズは配信業界の中では一応上位側だが、上位リーグの中の中堅。爆発的な伸びは既にとっくに終えており、かと言って人気が目に見えて下がり始める時期というわけでもない。故に地盤を今一度強く固めるべきだし、GoldenPear社の案件は配信者として大きなプラスになる。事務所側としての評価も高くなり、放任主義と言っても稼ぎ頭への態度は更に丁寧な物となる。
それをことわるなんてとんでもない!
とノートは強くたしなめた。
しかし問題となるのはラノ姉の正体。
一般的には女性としてラノ姉は扱われている。されど金銭の授受が発生する契約に於いて偽りの身分で契約はできない。加えてノート自身も既に色々な番組に出られる程度には知名度がある。
名前も性別も明かすには問題がある立場なわけだ。
本音を言えば、ゴロワーズとしては是が非でもGoldenPearの案件は欲しい。
しかしノートに迷惑がかかる。
故に迷ったのだ。
実際、ラノ姉を案件に出すことはゴロワーズとしては何も問題ない。ノートの事は誰よりも信頼している。ラノ姉として活動する事にノートにはなんのメリットもない。ゴロワーズからも金銭を一切受け取っていない。時間をかけて、ただただリスクを背負っている。
なのに迷いなく案件を受けろとノートは言った。
リスク?今更何を。
うるせぇやるぞ。
そう言って事務所とGoldenPear社に自分で話を通した。
金銭は受け取らない。むしろ自分がやらかした時の保険として担保を預け、極めて限定的で一時的な契約を結び、案件配信の時のみタレントとして―――――――とかなり面倒な契約を結んだ。
こうしてただただノートが大きく負担を背負う形でこの配信は成立した。




