No.Ex 外伝/それ逝毛!主任マン~エンジェル・プリズン~ Ci
『さっすがー。やはり君に目を付けたのは正しかったねー』
パチパチパチパチ、と軽い拍手が聞こえる。
気づけばT君はまるで自分の作業エリアだけ切り取られて別の場所に移されたように、デスクと自分だけがある謎のだだっ広いスペースに居た。
「あなた、は…………」
『久しぶりだね?久しぶりなのかな?時間間隔がちょっと人とズレててイマイチわからないや』
真っ暗な部屋の中、T君のいるスペースだけがスポットライトで照らされていたが、拍手と同時に非常に遠くの位置にもライトが付いた。玉座に腰かけるは女神の様な女性。以前見た時と姿こそ違うが、それはT君がギガ・スタンピードを止めようとして開発に連絡を取ろうとしたときに対応した女性だった。
『バルバリッチャの行動に着目したのはなかなかにいい線だよ。そういえばGoldenPear社の実態の方も探ってたね?調子はどう?』
「………そのGoldenPearの闇に深く関わっていそうな人にそれを報告するのはあまりにも道化ではありませんか?それに、今はまた『祭り拍子』が何かをしようとしているところですよ。今席を外せば流石に訝しがられます」
『そこは心配しなくていいよ。ここ君が思っているよりかなり時間が加速しているから。10分くらいは話しててもほんのちょっと席外したくらいに思われるよ』
「貴方は一体何者なんですか?開発の代理なんですか?」
『開発ではあるけど、私はちょっと特殊な立場でね』
「特殊?」
『あー、今の忘れて』
ふふふふふ、と笑う女性は今までの超然とした感じよりは人間らしく、何かを懐かしむような顔をしているようにT君は感じた。
『君は業務以上に色々と考えを巡らせようとする癖があるみたいだね。しかし私はその様な事を喜ばしく思う。掘り下げのラインはいい。けどもう少し、GoldenPear社への踏み込みが足りないかもね。君が見えたと思っているALLFOの図は全体から見るとまだ浅瀬からようやく沖合に踏み込んだところだよ』
「たかがゲーム。ALLFOを使って貴方方は何をしようとしているんですか?」
『たかが、ねぇ…………』
玉座の上で脚を組み替える。目を細め、女神は薄く嗤った。
「失言でした。申し訳ございません」
『アハハハ、怒ってはないよ。ALLFOは急にデスゲームになるみたいなものではない。あくまで“原本”を元に構築された一つの箱庭。君の言う通り、ただの“ゲーム”。それ以上でもそれ以下でもない。けれど、その言葉が出てくる時点で君はALLFOの事なにも分かってないよ。そもそも、ALLFOの正式名称、君達知らないでしょ?』
「…………?正式、名称、ですか」
ALLFO。
公式アナウンスではこのように発現が為されているし、運営部の方にもそのように発音するように通達が為されている。何故、その様な変な発音をしているのか。略語ではないのか。運営側も当然疑問に感じた。だが、開発からは特に発言はない。
あまりにも発音しにくいので、プレイヤーでは『アルフォ』と発音するのが一般的で、運営チームの中でも裏ではそのように発音している者が多い。GM対応の際にうっかりプレイヤーにつられて『アルフォ』と発音しないように気を付けている~なんて話はALLFO運営部のあるある話だ。
『因みに、アルルフルードオデッセイ、というタイトルがあるけどね、これも言葉遊びの様な代物で正規な名称ではない。誤魔化しのネームみたいなものだね。まあ一応、ゲームを遊んでいればいずれ辿りつく内容だから現状プレイヤーには伏せてるんだけど、どうせ君にはこの後開示する情報だから先に喋っちゃった』
「一体、何を、言って………」
『そうだね、ヒントをあげよう。着目すべきはALLFOそのものではなく、このALLFOを成立させている『SOPHIA』、あ、これも実は正式名称じゃないんだけどね、それと第七世代VR機器。この2つが本当はいつ出来た物なのか調べてみたらどうかな。次の宿題ね。これ今持ってる奴よりもう少し上のクリアランスコードね。権限付与しといたから。あ、彼女ちゃんと仲良くねー。それじゃ頑張って~』
何を考えているのか。何を求めているのか。
声を荒げながら問いかけようとするも声は出ず、視界にノイズが走る。
気づけばT君はデスクに戻っていた。
「おつかれさまでーす。あれ、先輩どうしたんですか?」
「ん、あ、お、お疲れ様」
また色々な情報を送られてT君は頭がいっぱいになる。そこでシフトに合わせてKさんがログインしてくる。自分の彼女であるKさんはある種日常の象徴のようなもので、先ほどの非日常から頭を急に切り替えるのに流石のT君も苦労する。
「また、『祭り拍子』が大暴れしているみたいですね。報告書書かなきゃなー」
「そうだね。また大騒ぎだよ」
祭り拍子監視チームは例外的にGMコール対応業務を免除されている。大変なのは騒動が終わった後。その為に今からでも情報を纏め始めないといけない。最初は少しのことで大慌てしていたKさんも慣れた様子だ。
「どうかしました?」
「いや、何でもないよ」
ただ、本当にそれが慣れだけなのか。
関係を深めていくほどに、T君はKさんが思っていたよりもかなり芯の通っている女性なのではないかと思い始めた。肝が据わっている、と言えばいいか。いや、それだけで片づけるにはもっと異質な“強さ”を内に秘めているような。何がそう思わせるのか具体的に説明する事は難しい。だが確かに何か違和感を覚えているのだ。
「何か、悩み事があるんですか?」
「あ、いやなんでもない。早く情報をまとめよう。それが騒動に巻き込まれる皆への報いだよ」
「そうですね。頑張ります」
ある。そう答えられたらどれほど楽だったか。
だがしかし、開発はT君とKさんの関係に気づいており、遠回しに人質にしている。開発は自分たちが考えている以上になにか危険な組織であることは既に理解している。
リアルタイムで運営全員が監視されているのは間違いない。そして運営部の周囲の人にも監視は広がっている。
ここまで考え始めると、この運営側の中に開発側の内偵が居ても不思議ではない。T君はそんな陰謀論めいたことすら思う。何食わぬ顔で自分達運営部の中に混じり、運営部の実情を聞きだす。監視だけでは、見るだけでは把握できない運営部の本心を暴き立てる。
誰が信頼できるのか。今、この会話も聞かれて分析されているのではないか。そう思えば大切な彼女に打ち明けることはできなかった。少なくとも、このVRの空間で何かを話すのは全ての内情を明かすような物だ。
「何かあったら、いつでも言ってくださいね。先輩の力になりますから」
「うん、ありがとう。頼りにしているよ」
ニコリと笑うKさんの顔を見て、T君は余計な事を考えている場合ではないと『祭り拍子』の動向を改めて追い始めるのだった。




