No.Ex 外伝/それ逝毛!主任マン~エンジェル・プリズン~ Tr
T君は自分のデスクに戻ると急いで権限コードを入力し、ロストモラルのメンバーが何を話しているのか音声を聞こうとする。ノートに指示を受けたアンデッド達がスコアボードの様な物を作り始めたところで何がとても嫌な予感がしたのだ。
そしてT君の直感は正しかった。ノート達は的”外し”ゲームをしようとしていた。
直接船に砲弾を当てると問題がありそうなので、その脇に弾丸を落として船をひっくり返すという嫌がらせゲームだ。直接PKをしないようにしているだけペナルティを付けられないので非常にタチが悪い。
「あー…………終わったコレ」
大荒れ、大混乱、そしてクレームの豪雨は確定。
怖い物見たさで近寄り始めたプレイヤーをスタートの合図にするように砲撃が始まり、運営チームから大きな悲鳴が上がった。
T君はクレーム豪雨が始まるのを戦々恐々としながら備え始めた運営チームを他所に与えられた特殊なコードを打ち込んでイザナミ戦艦の元となるボスの情報と、イザナミ戦艦の厳密なスペックを開示する。
「(今のプレイヤーじゃどう逆立ちしても倒せないな、これは)」
イザナミ戦艦に於いて一番ネックになるのはMP。船としての機能を維持するにもMPは必要になるし、更に形状変形などにもMPが必須。そして砲弾を撃つにも全てにおいてMPを消費する。起爆用の死霊。実際に撃ち出される死霊。死霊をセットして撃ち出す死霊。その死霊を召喚して運用するにもMPを使う。
オール電化ならぬオール魔化。MPがなくなったら戦艦は詰む。砲撃をしようとすれば一気にMPはゴリゴリと減っていく。その為に敢えて周囲のエネミーを引き付けて殺して燃料にする。実際に運用しようとすれば電源がカツカツすぎるのだ。
元の戦艦からして、エリアルーラーというボスである。
エリアルーラーは特定の縄張りを持っており、その縄張りから出ることはない。出ようと思っても出られない、というのが正しいか。これを機械に例えると、スペックが高く電力消費が多いので、必ずコンセントを刺して使う必要のある機械と言える。通常の死霊が携帯端末なら、エリラルーラーは業務用エアコンの様な物だ。モバイルバッテリーで動くような代物ではない。コンセントに繋がれているために移動できる範囲が限られている代わりに、大きな電力を使う事が出来るのだ。
そのエリアルーラーを強引に死霊として運用しているのが今のイザナミ戦艦である。それこそ、エアコンをモバイルバッテリーでどうにか動かそうとしているような物。大分無理がある。本来エリアルーラーとして持ち得たスペックの殆どを電力消費効率の改善に費やしている程度には無理がある。
それこそ、ネクロノミコンの様なチートが無ければまず運用できない代物。だが、そこにパンドラの箱の自動HPMP回復が重なる事で不可能な可能に近づいてしまった。ただ存在するだけでもすり減っていくエネルギーとパンドラの箱から供給されるエネルギーが釣り合うどころか、パンドラの箱の供給の方が勝っているのだ。
スペックの殆どを電力消費改善に当てている状態でも、召喚できる死霊のランクは20オーバー。現環境のプレイヤーではまず倒せない。海と言う地の利をアンデッド達が持っていれば猶更。海を得意とする敵と船上で戦うなら安全マージンとしてランク+10程度は欲しいのだ。格上ならまず勝てない。
「(ある意味では最悪の噛み合い方をしたから、あの奇跡は起きたのか)」
もし、エリアルーラーである幽霊戦艦が単純に海戦をノート達に仕掛けていたらノート達は一瞬で海の藻屑になっていた。エリアルーラーはノート達に向けて砲撃をしたが、あの時彼らの本当の標的はノート達ではなくその背後にいた文字化けの眷属達だった。加えてエリアルーラーにとってはバルバリッチャと解放された文字化けという二つの超常存在に板挟みにされていた。自分目掛けてミサイルが落ちてこようとしてるのに、目の前を飛んでいる蚊に注意を払う者がいるだろうか。あの時のノート達は戦艦にとってまさにその蚊だった。故にノート達はどさくさに紛れて戦艦に乗り込めた。
「(…………?まてよ)」
裏シナリオボスから逃走しようとした先で別のエリアボスに遭遇するというあまりにも不幸過ぎる事態。散々迷惑をかけられているT君ですら若干同情した不幸の連鎖だが、戦艦の動きが変な事に気づく。
与えられた権利コードを使ってログを呼び出し、戦艦の動きを追ってみる。全てのモブがプレイヤーが見ていないところでも動いているわけではないが、エリアボスクラスになってくると数値として動きを追う事は可能だ。ALLFOのシステムは単純なゲームと言うより、世界規模のシミュレーターに近いのだから。
T君が気になったのは裏シナリオボス解放後の幽霊戦艦の動き。幽霊戦艦は基本的に駅を巡回する電車の様に既定の順路と停止ポイントがあり、幽霊戦艦は特に徘徊パターンが明確な部類のエリラルーラー。その幽霊戦艦は裏シナリオボスの出現と共にエリアの拘束から解かれた。言い換えれば、刺さっていた電源コードが強引に引き抜かれた。
そうなると、通常のルートを通る必要がなくなる。戦艦は逃げだすことができる。しかしノート達が幽霊戦艦と遭遇した時、幽霊戦艦は文字化けの方向に向いていた。本来は真逆の進路を取るべきだし、実際暫くして文字化けから逃げる方向へ進路を変えている。なのに何故あの時向かい合わせて激突したのか。
「(追い立てている?)」
更に気になったのはバルバリッチャ達の動き。バルバリッチャは幽霊戦艦から一定距離を取りながら、まるで追い立てるように動ごいていた。
幽霊戦艦には巡回ルートがあっても攻撃を受けていたりなにかしら通常とは異なる状態であれば本来のルートとは別のルートを移動する事もある。その例外にバルバリッチャクラスの存在との遭遇も当てはまる。あの時戦艦はバルバリッチャとの遭遇を避けて移動していた。そこで文字化け怪物が解放され、ノート達は幽霊戦艦と真正面から衝突する羽目になっていた。
「(まさか、いや、でも…………?)」
『バルバリッチャ』の動向は運営からしてもブラックボックス。何を考えているのか閲覧できない。エリアルーラーと文字化けのダブルブッキングのテコ入れに、本来教会関連でないと動かないバルバリッチャが動いたのかとT君も思っていたが、片方の原因にバルバリッチャ自身が大きく関わっていたのなら話が変わってくる。
文字化けからノート達を逃がし、同時にエリアルーラーをノートの手駒に加えさせる。ノートがそこでエリアルーラーを自分の配下に加えようと考えるかなど未知数なので単なる陰謀論にも近い不確かすぎる推論だが、もしこの推論が正しい仮定すると度重なる悪運の連鎖が起きるべくして起きた動きの様に見えてくる。
やはり偶然で片づけるにはおかしい。
T君は改めて幽霊戦艦のスペックを見てみる事にした。




