No.Ex 外伝/それ逝毛!主任マン~エンジェル・プリズン~ Un
新年度ゲリラ
電子の世界での時間経過は非常に曖昧な物となる。
第七世代の技術は人にとって有限でありほぼ等量であった時間の価値に変革を齎した。その事実に対して世界は“異様なほどに静寂を保っているが”、2.2倍速という加速はあくまで平均的な人間、つまり世の99.9999%が耐えうる限界速度というだけであって、適性のある者であれば更なる加速にも耐えうる。そしてこの技術は第七世代が公表される以前より既に完成しており、長い事“安全検査”の名目で日の目を見ることはなかった。
第七世代の技術は疑似的に人の命を伸ばすことに成功した。
世界そのものを加速させ、人の一生ではやりきれない事を成し遂げられるようにした。
そしてそんな技術によって作られた箱庭は今日も一切の異常を起こすことなく運営される。
第七世代という技術は、単にコードを書いて仮想世界を描いていた時とは隔絶した技術によって構成されている。バグが起きようにもそれを人が認識する前にバグは起きなかった世界に修正される。それがこの第七世代技術の真に恐ろしい所だ。
この箱庭の管理者はある種、一種の神の様な存在になれる。人の認知よりも遥かに早く動き、考え、対応する事が出来る。
では、なぜ人の管理者を置くのか。
国際法に基づいてAIの監視に人を置くため。
それは確かだ。
だが、もっと簡略化する事も可能だった。ここまで大規模に人を動員し、アナログなGMシステムを導入することはALLFOに用いられている技術を鑑みれば不自然ですらあった。それは実際に運営として業務に身を費やしている者達も密かに感じている事だ。
本当に自分たちは必要なのか、と。
「逆さ。逆。君達は必要なんだよ、絶対に」
そんな苦悩に頭を抱える運営達を見ながら電子世界の支配者の一柱は嗤う。
人力GMシステムはALLFOにとってエラーの温床だ。
致命的なルール違反を侵していないのに、どこかの堕天使に注意を行ったように。
結果として死霊術師に丸め込まれてそれが彼らの飛躍の一助となってしまったように。
もしAIが全てを管理していたなら、こんなことにはならなかった。そう、AIは平等であるが故に。つまり平等ではない、計算式の外、外乱要因を発生させるとしたら。それこそ機械ではなく人なのだ。例えそれをAIが誘発させるように“裏から手を回していた”としても、最後にどうするかを決めるのは人間だ。
「人であるが故に、君たちは原典を超えられる、彼女が望んでいたように」
ALLFOに於いて、ほぼ全てに設定が割り当てられている。それはGMシステムもだ。運営に人間を多く動員しているのはワザとだ。彼らも電子の神の一柱から見れば盤上に影響を出しうる『プレイヤー』なのだ。
秩序と平静を保つ者。しかし絶対的な存在ではないモノ。管理者でありながら、この世界の全てを知る事を許されていない矛盾した存在。開発者達にとっては都合のいい存在。
今のプレイヤー達がALLFOの世界に降り立つよりも先に、試験的に世界に降りてこの世界を探索した者達。ALLFO世界を知る者達。今もなおテスターとしてプレイヤー達が活動している領域とは別フィールドで試験的に探索をしている者たち。
彼ら運営に与えられた役割は―――――――――
「さぁ、何人這いあがってくるかな」
電子の海で邪神は今日も世界を見つめていた。もがく彼らに期待を込めて。
◆
「もうヤダ………ヤダーーー!!お家帰りたい!です!!」
「主任!主任!一瞬幼児退行しかけてるけどギリギリで社会人スイッチを入れてバグりかけてますよ!」
「先輩、抵抗が激しいです!」
第三管理室。その最奥では大の大人が天を仰いで叫んでいて2人がかりで取り押さえられていた。
仮想モニターに映るは大量の小舟が壊れていく映像。まさに大混乱というべき状態で問い合わせの通信がひっきりなしにやってくる。
それが公式イベントならまだいい。公式イベント関係に於いてALLFO開発は過保護レベルのQ&Aを纏めた資料が用意されており、この資料を見ていれば公式イベントに於ける問い合わせはGoldenPear社に入社できる頭を持っていれば解答可能なレベルで整備されている。『もはや俺達いらないのでは?』とは管理室のメンバーのぼやきだ。
だが、万人単位のプレイヤーが関与していながら現在映像に映っているのは公式イベントの映像ではない。むしろ現在進行形でやっている宝探しイベントよりも大盛況の状態だ。そんなイベントの企画人が幾度となく運営関係者を泣かせているプレイヤー達だから運営チームとしては頭を抱えたくなる。
しかも以前より対策チームが満場一致で結成されているのにも関わらず動きがあまりにも唐突過ぎて対処のしようもないし、初心者も巻き込まれているが初心者を集中的に狙っているわけでもないので絶妙に規約に引っかからず運営チームも対処ができないというどこまで困った連中なのだ。
「そもそもどうしてエリアボスを支配できてんだよ…………」
「調べてみたんですけど、初期限定特典の補正はやっぱり凄いらしいですね。あとは戦艦側の知能が高くて説得がある程度通じるのが彼にとっては逆にプラスに働いたのではないかと。あとは例のレイドボスが出現した事でエリアボスとしての制約が解かれると同時に一時的に大幅な弱体化が起きていたらしく、そこに占星の能力を重ねた事でレジストを強引に突破出来る状態になって……正直運が良過ぎるで片付けられないほど全てが上手く噛み合ってるんすよ」
某日、学生たちが夏休みの真っ只中でIN率が激増する中、日本サーバー管理室の一同はロストモラル(現アサイラム)がとんでもない存在を味方にしてしまったことに対して大騒ぎになっていた。
「ALFFOはどうして妙に設定に忠実すぎるんだっ………!そこはゲーム的な事情で問答無用で失敗にしてもいいだろうにっ…………!ぬがあああああ!!」
「まあ、そういうゲーム的な事情による理不尽を出来る限り排しているのもALLFOの売りなので、そこを否定しまうと色々と問題が」
ALLFOにはボスと称されるユニークモンスターが存在しているが、そのボスにも幾つか種類がある。
1つ目は通常ボス。フィールドから別フィールドへ移動する際の要所に存在し、ボスが動かないだけで参戦人数に関しての規定はなし。取り囲んで殴り倒してもいいし、ボスのリーチ外から魔法を掃射して倒してもいい。このタイプのボスは巣に引きこもっていて基本的には動かないのでボス狩りの為にプレイヤー達が列を成して待っているなんて事も有る。例で言えば、初期の初期にヌコォやネオンが小手調べで倒した人面樹が該当する。
2つ目はシナリオボス。このボスはフィールドが円形に限定され、ボスが移動しない。また、ボスに挑むのに特定の手続きを踏まないとボス戦に挑むことができず、エントリー人数など通常のボス戦とは違いかなりシステマチックに進行する。
3つ目はシステムトリガーボス。このボスタイプは非常に珍しく実は滅多に戦えない。例えばサービス開始当初、街の開通イベントに於いて街と街の間に配置されたボス。例えば反船のイベント進行で出現した異常個体。何らかのイベントに応じて期間限定で出現するボスの事をALLFOではシステムトリガーボスと分類する。近い所で言えばイベントで出現するボスも近い扱いだが、此方は完全にイベントボスと分類が異なる。
そして問題となるのが4つ目のランダムエンカウントボス。通常ボスと同じく巣はあるが、其れよりも広範囲を縄張りとして徘徊をするタイプのボスをALLFOではランダムエンカウントボスとみなす。例で言えば黒騎士や幽霊戦艦、猿の王などが該当する。
この他にも色々と分類はあるが、重要なのはこのランダムエンカウントボス。この手のボスは重要な役割を担っていたり特殊な能力を持っているケースが在り、その手の力を持ちながらもシステム上の扱いは普通のモンスター寄りでテイムなどが理論上は通用する。と言っても実際は机上の空論レベルでかなり厳しい条件を満たさないとテイムや召喚候補にはならない。その針に糸を通すような厳しい条件を乗り越えて、むしろこのタイミングでしか仲間にする事が不可能なレベルの格上のボスをロストモラルが仲間にしてしまったので頭を抱えるしかない。
つい先ほどまでは、彼らはお祭り騒ぎをしていたのだ。憎きロストモラルたちが急に海に飛び出しどんな確率か特殊フィールドに迷い込みユニーククエストを引き当てた時は一体どうなる事かと固唾を飲んでみていたが、終盤にてラスボスの屋敷でド●フ的な仕掛けに翻弄されてロストモラルの首領が地団駄を踏んでいる様が映し出された時は皆で手を叩いてIQ3並みの顔でキャッキャッと無邪気に喜んでいたのだ。それから僅か一時間も経たずにエリアボスを支配してみせた物だから管理室は正に天国から地獄と言った様相。
せめて、せめて今プレイヤー達が合同演習中の沿岸にはいかないでくれ。彼らはそう神に祈ったが、ロストモラルは何を考えているのかその沿岸に直行した。それはまるで人の不幸を喜んでいた彼らへの天罰の様でもあった。
だが、ここに公平な審判者がいたとしたら運営にも大いに同情しただろう。彼らがロストモラルのせいで患っている心労や負担を考えたらトラップにかかっている所を多少笑っていても許されるはずだ。なのに神とは不公平な物で悪はのさばるのだ。
「(ロストモラルが動いたのは間違いなくこのプレイヤーからの情報提供のせいだけど、この人って………)」
T君はノートの情報を参照し、ノートに情報をリークしたプレイヤーを検索する。
そのプレイヤーは現在男性プレイヤーオンリーのパーティーに愛想を振りまきながら、女性僧侶の団体を教員の様に引率しているプレイヤーだった。
「(どうしてこのプレイヤーが!?このプレイヤーはアンチロストモラル側のプレイヤーじゃないのか!?というよりいつ?あ、そういえば)」
ノートが普通のプレイヤーと接触で来たタイミングはそう多くなく、フレンド登録を行うとなればもはや一つしかタイミングは無かった。そう、情報屋のフリをして多くのプレイヤーと交流していたあのタイミングだ。
T君は嫌な予感がしてノートのフレンドリストを参照する。ユリンを始めとしたパーティーメンバーがいるのは当然なのだが、それ以外のプレイヤーと交流を持つタイミングはそう多くなかったはずのノートのフレンドリストには少なくない数のプレイヤーがいた。
「(あの情報屋ごっこの時だけでフレンドになったのか?けどどうして?)」
ノートはプライバシーモードを重用し、多くの騒乱の引き金を引いてきたにも関わらず一切自分の名前を出そうとしなかった。だが、フレンドリストにはプライバシーモードが適応されない。フレンドリストに入った瞬間にプレイヤーネームが開示される。他の情報の開示度合いは設定できるが、ネームだけは絶対に隠せない。今まで名前を徹底して隠してきたノートにしては少し軽率にも思える行動であり、そもそも一般プレイヤーと対して接点がないはずのノートは本来プレイヤーとフレンドになるメリットもない。
「(まさかリアルで繋がってる?)」
女性僧侶組のトップ、カるタ。アンチPK側であり、彼女、否、「彼」がノート達と手を組む理由がない。しかし、ノートに今のプレイヤーの状況をリークしたのはカるタなのだ。
絶対何か良からぬことが起きる。
そう確信したT君はメインモニターを凝視した。




