No.502 砂
「さてどこまでダンジョン攻略が進んだんでしょうね。それは転移門の方にも言えますけど。確かワープ有りの迷路でかなり苦戦しているとか?」
「ゴールへの道は分かったから、今日門番的な奴を全部駆除すればクリアにはなりそうだとよ」
「9日……まぁユニーククエストは大体それぐらい本来大変ですよね」
「どうして祭祀は北西勢力には転移門を開けなかったんだろうな?アレだけ人数いればどうにかなっただろうに」
もし転移門が開けられていたら、DDは確実に負けていた。アサイラムが助太刀するまで耐えられなかっただろう。なのでお頭は不思議でしかないか、祭祀側の事情を深く理解しているノートからすると特に疑問は無かった。
「好感度が足りてなかったんでしょうね。一応あのダンジョンのエリアは都市の中枢寄りですし。今回は私達が通訳しているし転移門がある事は事前に予測できていたから話がすぐに進みましたけど、本来は難しいはずだと思いますよ。それと、初期特勢が不参加とはいえDDですら攻略に1週間以上かかる規模のクエストととなれば、北西勢力としても簡単に決断できないでしょう。もし彼らが転移門の存在に何処かの時点で気づいていてもその頃にはDD殲滅作戦も終盤。勝ってからゆっくり話を進めるつもりだったんじゃないですかね。そこに第三勢力が来て計画が全部狂った、とか」
ノートの推測の半分は当たっている。
むしろ北西勢力は都市を発見後、直ぐに転移門があるかどうかは確かめようとした。が、性急にやり過ぎた。言葉の通じない異国人共が乗り込んできて勝手に都市の内部を歩き回ろうとしていれば祭祀達もいい顔をしない。ようやく片言でも意思疎通ができる様になる頃には好感度はマイナスに減り込んでおり、他のタスクすらもこなさない様な北西勢力に転移門開通の為のクエストが発生しなかった。
彼らが愚かだったかといえば、そうでもないだろう。反PK勢力として活動していた彼らの性質は善より。故にDDとは違い逆に教会傘下の『街』のNPCには好意的に接せられていた。されどそれは『教会傘下の街にいるNPC』だけの話なのだ。
街のNPCはプレイヤーの性質で態度を変えるし、そうでもなくとも使徒の顔を立ててくれる。けれど、非教会傘下の都市のNPCは違う。彼らにとってプレイヤーは明確な異分子。そして初期特持ちでも公平に扱う様に性質で態度を変えない。
今までの先入観あるせいで今までと同じ様にNPCに接してしまった北西勢力を愚かとは言い切れない。実際非教会傘下の都市に関する情報は軒並み秘匿されているので今も殆ど無いのだ。言葉が通じないという情報すら北西勢力にとっては都市に入るまでは半信半疑だった。
「確かに、アレだけの人数とやる気があっても1週間以上かかっちまってるからなぁ。見つけていたとしても転移門の方へリソースを割けなかったか」
北西勢力掃討、そして火山砂の化物の討伐。
どちらもDDメンバーは不可欠だったが、同時に初期限定特典持ちの活躍が多く目立つ戦闘でもあった。
悔しくない訳がない。加えてDDも全員があの一連のイベントに参加出来たわけではない。非参加のメンバーからの不満は放置しておくと格差や遺恨が残る。その為にも参加出来なかったメンバーを中心に初期特勢非参加で転移門ダンジョン攻略を進める様にお頭は指示を出した。FUUUMA達が遠方ダンジョンの攻略を優先したのもただの我儘ではないのだ。
「都市の清掃も完了して、NPC達も通常営業を始めた。北西勢力共が食い潰した飯を俺たちが補填するのも癪だが、好感度の稼ぎの為だと思うしかねぇか。採掘も終わったし、本当にあの転移門さえ開いちまえば一旦終わりか」
「まあ開いてしまえばウチは簡単に行き交いできる様になるから今生の別れでもなんでも無いですけどね」
「つくづくこの転移門開通って俺たちよりもアサイラムに利益が大きくないか?」
「でもそうなれば交換留学としての体裁が保ちやすいし、物資も届けやすいですよ。転移門ってリアルにすら無い最強の物流破壊機能ですし使わない手はありません」
同時に、万が一裏ルートを物好き達が侵攻してきても、DDが本拠地を置くこの都市に避難ができるようになったのはアサイラムにとっては非常に大きなアドバンテージだ。アメリカ遠征をする上でノートは幾つも成果を手にしようとしていたが、概ね全て手にしていた。
予想外だったのは増やすはずだった魂のストックがむしろ大きく減った事だろう。ただ、それは補填しようと思えばできなくはない。
むしろ問題はミニホームでふんぞり返っている大悪魔様から「いつまでほっつき歩いている。さっさと帰ってこい」というお叱りの念話がノートに届いた事だろう。
ミニホームは今のところ地下都市の祭祀の屋敷の地下にヤーッキマ達が厳重に隠してくれている為に万が一プレイヤー達が地下都市に乗り込めても見つかる事は無いが、長い事放置されている大悪魔様は暇らしい。それとも何か思う所があるのか。バルバリッチャは気まぐれに見えて後から考えるとその行動に何かしら重要な意味がある事はノートも理解している。けれど本当にただただ気まぐれに動いたりする事もあるので厄介なのだ。
今もどこかに潜伏中であろうイツリスは何処にいるかノートもわからないが、イツリスを使わずにわざわざバルバリッチャ本人がアンデッド用の回線で話しかけてきたのも何か意味があるのか、ないのか。今回は意味があるとノートは判断した。
どのみち、アサイラムのスポンサーであるバルバリッチャの命令を無視するのはあまりにチャレンジャーなのでノートも撤収に向けて準備を着々と整えていた。
なお、Lucy達は転移門が開通しても裏ルートの方の都市の転移門と接触できていないので転移が使えず、一旦はキサラギ馬車で運ぶしか無いから帰還にはもっと時間がかかると正直に伝えていたのだが、時空魔法を得意とするムゥラビを派遣して丸ごと転移させるからさっさと帰ってこいとバルバリッチャは言った。バルバリッチャにしては本当に異例の処置である。ノートとしては願ったり叶ったりだが、あまりにデレ過ぎられるのもなんだか不気味なものである。
バルバリッチャの事を想起したことによる複雑な内心に呼応したのか、ノートの指先の周りが何か撫でる様な感触がした。
お頭もノートの指先を見ていた。
「ところで、いい加減それについて聞いていいのか?」
「ええ。隠れてろと言っているんですがどうにも言う事を聞かない子で私も諦めました」
「通りでドロップ品を全部失ったと言う割にはあのぶっ飛んだアイテムを簡単に渡したと思ったぜ」
「嘘は言ってませんよ。契約書に書いて証明した様に、本当にドロップ品は無かったんです。これはドロップ品判定では無いんですよね。装備品にも、アイテムにすらも該当しないんです。かと言って使い魔でも無い。どう扱ったらいいのやら」
バルバリッチャコートで指先しか見えていない右腕をノートが上げてコートをめくり上げる。本来であれば亡者の刺青がびっしり刻まれた気持ち悪い腕は、肘先まで黒い砂を何層にも重ねた分厚い長手袋の様な物に覆われていた。
問題はそれがただの分厚い長手袋ではなく生き物の様に微弱に動いている事か。所々斜方硫黄の様に結晶化したり、あるいは単射硫黄の様に棘が突き出たり、ゴム状硫黄の様に納豆の糸の様に粘り気を感じさせる紐上の物が浮かび上がったり、まさに不安定と言うべきか。
ノートとお頭に見られていると気づいたのかスルスルと黒砂の塊はバルバリッチャコートの奥、肩の方に腕を這う様に移動してしまった。さながら砂でできたスライムである。
「アレだけやっても殺し切れずに取り憑いてくるなんてね。アバターエラーもコイツが割と原因なのではないかと今は考えてます」
ノートが呼ぶ様に左手の人差し指をチョイチョイと軽く動かすと、黒砂スライムは一瞬にしてコートの中を移動して巻き付く様に左腕の方を覆った。
「飼い慣らしてないか?」
「こっちの考えてる事はある程度理解してる節はあります。ただ引っぺがそうとしても全然離れないんです。寄生されてるんですかね?」
「俺に聞かないでくれよ、おっかねぇ」
もしかしてコイツの為にさっさと帰ってこいとバルバリッチャは言っているのではないかとノートは今更思う。
「【盾】」
ノートがそう呟くと、スライム手袋が一瞬で変形して黒曜石のような鉱石の盾がノートの左腕を中心に出現する。
「【爪】、【剣】」
その盾が今度は4本の鋭利な鉤爪に変化し、続けて剣に変化する。
「使いこなしてんじゃねぇか」
「どーなんですかね。本当はウチの近接にあげたい物なんですけど、そこだけはガン無視されるんですよ。まあ便利ではあるので、色々と運用してみますけどね」
この様な隠し玉を持ちながら一切口にせず、最後の最後までDDを手のひらの上で転がし続けた男に対し、お頭は最早苦笑するしかなかった。
設定厨隔離施設で大ネタバレかましたセト君です。
10章までの死霊のデータを隔離施設にアップしてあるので気になる方は下のリンクからどうぞ




