No.501 恋愛脳
「Cethlennさんとなにかありました?」
「バッッカオマッッッッッ!?」
あまりツッコまれると面倒な話だったので牽制球のつもりで投げ返してみたのだが、思い切り頭にデッドボールしたらしくお頭の反応は劇的だった。ノートの口を仮面ごと全力でふさぎにきていて、遠くで作業していたDDメンバーたちもなんだ?と思わずこちらに目を向けるほどだった。
「いや、そう言う事にあまり口を突っ込まなそうな人が殊更声を小さくして聞いてきたらなんかあるって分かりますよ。我々の話を参考にしても意味ないですよ。お頭とCethlennさんはお頭とCethlennさんだけの話であって、他の人の話を参考にしてもアテになりません」
複数の女性と付き合うというカス行為をしているノートが言うそれは実感がこもった言葉だった。人と人の付き合いに他の人の付き合い方を参考にする必要はないのだ。
「…………いつから?」
「Cethlennさんの動きでなんかありそうだなーとは思ってましたけど、確信に至ったのはレイドの時ですかね?」
「お前まさか!いやでもあの角度からじゃ………ん?いや待てよ?」
レイド終盤、都市の防壁の上でお頭とCethlennはちょっといい雰囲気になっていて、2人は周りから見えてないつもりだったが、実はバッチリ上空に居たグレゴリからは見えていたし、なんだったら『( *´艸`)なんかイチャイチャしてる』とわざわざノートに報告してきたくらいである。主人の愉快犯気質で悪戯好きな性質を色濃く受け継いでいるグレゴリはこの手の報告をする。ノートの中の疑念が確信に至るのに時間はかからなかった。色々な物が見えすぎる男は、あまり暴かない方がいい物まで見えてしまうのだ。
「年齢差はありそうですけど、そこはお互いが納得しているかどうかでしょう。といってもアメリカは国土が広いので実際に付き合うとなるとリアル側で結構苦労しそうな「待て待て待て!何故そんな具体的に話を進めている!?」」
付き合っているなどと一言も言っていないし、事実正式に付き合ってもない。付き合う事に告白が必要などと考えるのは古典的な物の見方だ。大人になるほど改めて告白するほどのハードルは高くなる。付き合い始めたかどうかは結局お互いの認識に依存する。
なのに勝手に理解している様に話をするノートに柄にもなくお頭は焦るが、ノートはしれっと言い返す。
「まんざらでもないんでしょう?こういうのって女性の方が年齢に関わらず覚悟決めるの早いですから早めに話付けといた方がいいですよ。もたもたして横から取られて後悔なんてしたくなかったらね。それとも私が貰っていいですか?煌びやかって感じではないですけど素朴で可愛いですよね、あの人。Lucyさんが可愛がっていたのもわかります。どこか小動物っぽさがあるというか。頭もいいですし、頑張り屋で、物静かではありますがいざ責任のある立場に立てば並の女より度胸もある。補佐として動いても輝けるでしょう。だから―――――――ハハ、そんな顔する時点で答えでてますよね」
「あ゛?なん、いや、なんだ………そんな顔してたか?」
「嫁に近づく泥棒猫を今にも噛み殺さんばかりの狼の様でした」
ノートはクスクスと笑う。
ノートがCethlennを欲しいといい、褒めだした時のお頭の表情の変わりようは分かりやすすぎた。今まで割とアサイラムが好き勝手やっても目の前で『怒り』を前面に出してこなかったお頭の表情に明確な怒りが浮き上がっていた。感情に呼応してか人狼に変化しつつあった。それを自覚できていない時点で相当キていたのだ。
「再三言いますけど、ちゃんと話し合った方がいいですよ。恋愛話で拗れてDDが崩壊とか目も当てられませんし。オンゲの二番目の敵ですよ、人間関係。折角手を結んだDDがゲームと関係ない所で崩壊したら私も流石に困ります」
「そこはなぁなぁにしといた方が良かったんじゃねぇのか?」
「いえ、お頭とCethlennだとほっといた方が拗れるタイプだとも思ったので。それと恋愛話言えば…………」
「FUUUMAか。俺も正直以外だった」
「私もアレはちょっと予想外でした。一目ぼれ?いや、顔は見えてないはずだから一目ぼれと言うのもアレですけど、何と言えばいいのか。動き惚れ?」
元からエロマに対してFUUUMAが関心を向けていたことはノートも気づいていたが、FUUUMAは傍から見てもわかるぐらい熱烈にエロマにアプローチしていた。仮面で顔を隠しているし、アサイラムの取り決めがなくとも無駄な事をあまり話さないエロマからすればガンガン話しかけられても正直困るとしか言えないのだが、FUUUMAはそれでもかまわずに話しかけていた。
なお、それについてはアサイラムでも散々エロマは裏で揶揄われており、アサイラムメンバーしかいないときは顔を赤くして皆に噛みついていた。FUUUMAを嫌悪している感じはなかったが、顔を赤くしているのも仲間から揶揄われたことに対して羞恥と怒りが混ざっているだけで、口説かれたこと自体を恥ずかしがっている感じではないので現状では脈はなさそうだなとノートは見ていた。
元よりエロマは恋愛脳とは真逆な趣味に生きているタイプの女性だ。アサイラムメンバーも趣味に生きているとは言えるが、トン2やゴロワーズを始めとしてどこか人間的に欠けていたり家族関係に歪みがあるタイプでもないので現状この生活に満足しきっており、埋めるべき心の罅もない。恋愛対象としてアプローチするにはなかなか難しい自立した女性だった。
見目も良くスタイルもいいので、告白されたりナンパされるのも別に初めてではない。揶揄われれば恥ずかしがるも、告白自体で動揺するほど初心でもない。
加えて根本的にリアリストなので、オーストラリア在住のエロマからするとアメリカ在住のFUUUMAからアプローチされても「いや物理的に無理でしょ」という感想が先に出てしまう。
「まー、ウチは恋愛禁止ってわけでもないですし口を出す気はないですけど、どうせあと少しで私達も去りますから、ほっといていいんじゃないですか?ちょっと冷たい判断ですけど」
「…………流石に、Gingerと一緒にアサイラムに付いてくなんて言い出さないよな?」
「FUUUMAさんもそこまでじゃないと思いますよ。むしろアレは、あの子が簡単に靡かないことを分かっていてやっている節があるんじゃないですかね」
「そうかぁ?」
お頭としては、Gingerを渡すこともちょっと頭の痛い話なのだ。加えてFUUUMAまでなどと言いだしたらいよいよ大変な事になる。元より親アサイラム派であることを隠してもいないので余計にお頭としては少し不安なのだ。
一方でノートは問題はないだろうと見ていた。そこは多くの人間と接してきて鍛え上げた勘による判断としか言えない。ソースは俺、だ。
「FUUUMAさんも根はリアリストですし、義理堅い人です。今アサイラムについていって一緒にダンジョン攻略やってるのも、思い出作りってわけじゃないですけど、自分を納得させようとしてるんでしょう」
「あー、だからか。そのFUUUMAに巻き込まれたNEPTは……」
「多分そうだろうとは思ってましたけど、面倒見いいですよねNEPTさん。本人は絶対認めないでしょうけど。なんだかんだ貧乏くじ引いちゃうし憎まれ役をやりやすいタイプの人です」
「酷い言い草だが、俺も実はそう思ってる」
「でしょ?」
多くの者は気づいていないが、近しい者や洞察力に優れた男はNEPTがかなり若い事に気づいていた。若いが故の不器用さ。かなり苦労を背負い込みがちのお頭も何だかんだ年の功で抜く所は抜く術を心得ているが、NEPTは馬鹿正直に全部自分でやろうとする。ストレスで将来禿げないといいけど、とノートとお頭は言葉にこそ出さないが同じ事を考えていた。その点、FUUUMAは立ち回りが上手い。自分を自分で納得させる術を分かっている大人だった。




