No.492 青天井
傍から見ていた時は、なんだあのチートはとDDのメンバーも思った。動画で見た時は、あんなんあればなんでもありじゃねーか、そう思ったのは否めない。実際今もそうだ。一人だけ何か違うゲームをやっている。何をどんなビルドで育ててカードを揃えるとそんな状態になるのか。
だが、味方になるとこうも心強いのかと思う。
『最終局面だ!今まで耐え続けてきたお前達に敬意を払う!そろそろ交代組が戻って来る!バトンを繋げ!ここで終わるほどつまらない奴じゃないだろう!?ミリ残しでボスに負けた時の悔しさをお前らなら良く知ってるはずだ!リレーで最も勝敗を決定づける瞬間はバトン渡しだ!ここでしくじったら全部終わりになると思え!』
相変わらず好き勝手な事ばかり言う。どうしてまだ上を向いていられるのか。
周囲一帯の砂が全て吸い込まれて巨大な砂の球体が空に浮かんでいた。何かが拍動するように時たま光が漏れる。
「暢気に変身タイムしてんじゃねーぞ!」
燃え上がる身体なんてどうでもいいと言わんばかりに巨大な砲にした腕から再度砲撃。空に浮かんだ球体を狙うが、球体から突き出した蝙蝠の翼の様な器官が砲撃をガードした。返す刀の様にしなった翼が開かれる。まるで変幻自在の様に砂の翼は伸びる。いや、それは振るわれる頃には黒曜石の様に鋭利な石の塊に化けていた。咄嗟にサイボーグ巨人がガードするが、展開した結界に大きな罅が入るような、ビギッという明らかな異音が聞こえた。
更にもう一つ蝙蝠の様な翼が出てきた。トカゲの様な腕が突き出した。
初期よりサイズは小さくなっている。けどそれを見ってホッとするわけがない。誰もがこれは危険だと本能で理解した。
見方を変えればその砂は卵のようだ。
突き出した体には血管の様に白い光が通っては拍動し、内部の熱を制御しきれないように血管は時々融解してマグマに変じてはまた砂に覆われる。
マグマに見えていた体は、仮称ラヴァーリザードの本体ではない。
いわば、あの仮称ラヴァーリザードは人間で言えば表皮を全部剥かれていて、人体模型のような状態だったのだ。中身が、主要な臓器含めて全部外に出てしまっている状態。防御力が低いのも当たり前だ。自分の生命力があまりに強すぎて外皮が崩壊し、歩くだけで身体が壊れ、有り余ったエネルギーのせいで崩れた体からモドキが生まれる始末。意思すら薄弱で、まるで外の事を理解していなかった。今までの反応は全て身体を突かれた赤子がむずがって体をゆすっていただけの様な物だ。生物、というより生物としての格が違いすぎて明確な意思があって動いているように見えただけだ。
物のわからぬ赤子なので、サイボーグ巨人を見てようやく反応しただけだ。
それでも無茶な再誕には変わりない。強引な新生は体を不完全にした。未成熟ですらない。体は数十m程度の“矮小な物“になってしまった。砂が砕け散り、中から砂で出来た怪物が生まれ落ちた。曇天の空に生まれたばかりの赤子が泣き叫ぶように咆哮した。
全てのバフを破壊する呪詛の咆哮。しかしその呪詛でさえも祭祀が与えていた加護と相殺される。
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[Warning:イレギュラーイベント『都市防衛軍・異章決戦休火山要塞』の進行を確認]
【クエスト情報更新】
【緊急クエスト:未生»à¤»¤ëº½¤ÎਹԲ¦の討伐】
『『討伐』か『逃走』を選択可能です。選択によりイベントのクリア条件と報酬が変化します。
討伐:未生»à¤»¤ëº½¤ÎਹԲ¦の討伐
逃走:未生»à¤»¤ëº½¤ÎਹԲ¦からの逃走』
[Warning:強制カウントダウン執行 0:00:59]
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アナウンスが重なる。
いつの間にかステータスから[逃走禁止]の行動強制が消えている。
まるで、今度こそ自分で選べと言うように。
サイズは普通のシナリオボス程度にはなった。だが、勝てるかのか。先ほどアレだけ暴れていた化物が逆に小さくなったという事は何を意味するのか。
頭は3つ首。イヌ科を思わせるが所々爬虫類の特性を持っている。
1対の蝙蝠の様な翼。2対の前脚。一対の後ろ脚と大きな8つに分かれた尾。腕も脚の爪先も全て鋭利な刃物の様で、特に尾の先は何に影響されたのか三叉槍の様な形状だ。加えて体から突き出る幾つもの砲門。更に背骨から突き出したように、出来損ないの肋骨が体の外に突き出した様に鎖の様な物が十何対もたれている。
被害を多く与えた攻撃を特化させるように。或いは自分にとって有効打を与えた攻撃を真似たように。学習した赤子は新生する。仮称ラヴァーリザード改め、『火山砂の怪物』はようやく本気で蟻共を皆殺しにするヤル気を出した。
さあ挑むか逃げるか。
地味に撃退から討伐に目標が切り替わっている。選べば、この化物が死ぬかプレイヤーの心が折れるまでの地獄の殴り合いの始まりだ。
今度は自分での意思で選べ。システムは迫る。
「ようやくカッコよくなったじゃないか不細工トカゲ!ドロップ品の期待が青天井だぜ!」
そのシステムの問いに割り込む様にノータイムで討伐を選んだ一番のアホが吼える。
後ろでお利口な顔してふんぞり返ってえればいい物を、どうしても前に出てきたがる目立ちたがり屋。その代わりに全てを賭けて、俺についてこいと吼える英雄。
時に自分達と同じステージまで降りてきてアホになってくれるから、皆も付いていくのだ。
俺はお前達とは違って人を使う側だ。お前達が苦労しろ。なんて言わない。
むしろ俺こそがPKプレイヤー代表で、俺が一番クソみたいなところ凌いでやるから一緒に暴れるぞと吼えるから、この男を慕って泥船に乗ってでも付いてくる者達が居るのだ。
ゲーマーだ。この場に居るのはゲーマーだ。それもかなりのバカ。ALLFOから大規模なアプデの度にPKで締め付けをくらっているのに、それでもPKを辞めない救いようのないアホ。
彼らはPKプレイヤーだが、それ以上にゲーマーだ。リアルで出来ない事を成し遂げにこの世界に来た。遊びたいのだ。どんな神ゲーでも見知ったゲームを繰り返してるだけじゃあきるから、新しいゲームに手を出すのだ。
「ゲーマーなら!ドロップ品にワクワクして当たり前だよなぁ!ここが世界の最前線だぞ!ドロップ品も世界一だぜ!」
未だ大炎上中のサイボーグ巨人と火山砂の化物が殴り合いを始める。ビームと砲撃の応酬。その周りに集るように、蠅のように男の分身体が飛び回り攻撃をし続けている。爆発を個々で耐え凌ぎ、反撃する。メギドの能力。受けたダメージ分をカウンターとして返す力。サイボーグ巨人が燃えているのはダメージによるものだけでない。敢えて周囲のダメージも引き受けて火力を盛ったのだ。
メギド単体ならあまりに危険な賭け。だが今はレクエイムとネモの再生能力も混ざってる。被ダメが上がってようが関係ない。
ゲーマー。敢えて拡声状態になっている男のその言葉に皆顔を上げた。
そうだ。これは確実に世界でも初めての事態だ。クリアしたら何が起きる?
これはオンゲの最大の楽しみの1つだ。誰も見たことのない綺麗な新雪の大地を自分のきったない土足で踏み荒らす。そして後続を煽る。「え?まだ見た事ないんですか?俺は随分前に通った道なんだけどなぁ?」と。
今、確実に、間違いなく、ここは攻略の最前線になった。公で認識されている中では全会一致で最強の敵だ。倒せば何が起きる。
逃げる?まさか。
逃げた奴を死ぬほど煽る民度0クオリティがPKプレイヤーのモットーなのに。
公で一番頭がおかしいと全会一致で認識されてる世界で一番傍迷惑な扇動者は今もまだ上を向いている。本気で勝つ気で笑っている。空を閃光が走った。遠距離狙撃。アサイラムが動き出した。DD達よりも遥かに早く覚悟を決めて動き出した。
理解できないあのチーターはまだいい。けどまだ自分と近いステージにいるはずのアサイラムメンバーは自分達と条件は変わらない。なのに彼らの方が速く闘争を選択した。まだ迷ってるの?と言わんばかりに、此方に目もくれずに走り出した。
負けられねぇ。DDのメンバーは思う。
男装していても、ここまで派手な戦闘となれば隠すのは無理だ。アサイラムの構成員の殆どが女性であることぐらいは分かる。そして対照的にDDは男所帯だ。
負けていいのか。このまま。そんなわけがない。
ジェンダー配慮もクソもない意思。男が女に負けていいものか。そう思うのは男性の本能か。PKプレイヤーに道徳なんか説くのはアホのすることだ。男女差別も人種差別もなんでもやる。けど、それは強くなきゃ負け犬の遠吠えになることも分かっている。
ダセェことはしたくない。
民度は死んでる。バカだ。周囲に疎まれるゴミだ。けれど、DDは他のPKの一団と違うと胸を張る。お頭の意思は、トップの意思というのは、周囲に影響を確実に及ぼすのだ。
どんなに辛くても吼えろ。牙を出せ。爪を出せ。俺達は狩人。狼だ。吼えろ吼えろ。今まさに皆に檄を入れて足掻く世界一のバカの様に。
この一カ月何のために耐えてきた。今までの苦労を、ここで終わらせる程つまらない話があるものか。
最終ラウンド。
この場に居る全員が扇動者に乗せられるままに討伐を選択した。




