No.486 夢を語るだけのニート
「(倒せねー…………タフ過ぎるぞコイツ)」
全面本格戦闘開始からALLFO時間で2時間以上。本体にダメージを与えて、分裂体を倒して、リソースは削っている筈なのだが未だフェーズは動いていない。
特に負担が重いのは断トツでお頭だろう。戦闘開始から本体を拘束し続け、重圧に徐々に抵抗し鎖を動かして更に鎖を動かして本体を立ち上がらせないように妨害し続けていたが、スタミナ切れを起こして後続の運送部隊にダグザ飯を半ば強引に口に詰め込まれている始末だ。あまりにも限界状態の戦闘である。
「どーするよこれ」
『長時間戦闘型のレイドボス……だと思う。恐らく最初の一撃が思ったよりダメージを与えていたのかも。人員を割って……休ませるプレイヤーと戦うプレイヤーで……シフト分けないと持たないかもしれない』
「ALLFOでここまで大規模長時間戦闘になるとはな。Cethlenn達も連続ログイン時間限界ヤバいだろ?」
『私はまだいける…………けど先にログインして動いていたアサイラムの方が限界では?』
「だな。何人かは確実にマズイ」
万に迫る人数でもノートとCethlenn視点からするとまだメンバーが足りていない印象がある。万を超える、まさにアサイラムが引き金を引いた反船級、あるいはそれを超えるイベント級ボスだ。それを神寵故遺器とオリジナルスキルの多重運用というイカサマ重ねでようやくどうにか保っているような状態だ。
加えてノートとCethlennが問題視しているのは完全最終防衛ラインである都市の状態。強引に北西勢力を追い出したが、その後の北西勢力の状態を完全に追い切れていない。追い出されて殺されて、都市の前に利用していたどこかしらの『街』にリスポンされたと思われる北西勢力が死に戻りした後にどう動いているかある程度予測はできるが予測でしかない。最悪再度軍隊を結集して攻め込んできたら今は手が回らない。
と言っても、大部隊の崩壊の末路は得てして大体同じだ。直ぐに反攻に移れるわけもなく、まず混乱が続き、騒ぎになり、誰が悪いという話になる。崖を滑落して突っ込んできた戦艦からアサイラムの所在は明らかであり、第二ギガスピでの大暴れを見たアメリカプレイヤー達がよりにもよってDDとタッグを組んでいるアサイラムに攻撃を仕掛けに行くかという話になる。
なお、動こうと思えば動ける生産組組合がまるで動かない事をCethlennは内心不思議に思っているが、ノートはその原因を知っている。というより、DDに殴り込みをかける前から既にノートと生産組組合トップの『先生』の間で密約が交わされている。日本サーバーの最前線でアサイラムが目撃されたのも内通者によるダミーだ。それを事前に手を組んでいる生産組組合が騒ぎ立て、生産組組合が動かない大義名分を先生側も確保する。
お互い負け戦はしない主義だ。先生としてもDDと北西勢力の潰し合いに首を突っ込むメリットがない。本音を言えば「勝手にやってそして負けてPK勢力の脅威を際立たせろ」と言ったところか。生産組組合からすればむしろアメリカ第二位勢力の北西勢力に潰れてもらった方が嬉しい。元より同じ反PKなら手を貸せノウハウを吐けとうるさい連中だったのだ。先生もどうやって潰そうかと考えていたところだったので弟子からのオーダーは渡りに船。というより師匠の考えていそうな事を読んで的確な取引を持ち掛けてきた弟子に「やはり取引とはこうでなくては」と喜んで取引に乗った。
アサイラムからすれば動かれると一番面倒な生産組組合が動かないので幸せ。
生産組組合からすれば元より邪魔くさい北西勢力が潰れるし、アサイラムが暴れた方が生産組組合側の結束力も高まるので幸せ。
と言う寸法である。アメリカ一部のプレイヤーが聖女との接触方法を吐けと怒鳴り込んできたが当然生産組組合が相手にするわけもなく、教会側もまるで動くことはなかった。視野狭窄に陥るようにノート達が敢えて自分たちがDDの要塞に居る事をアメリカのスレッドで投下して混乱を煽ったのもこの為だ。アサイラムが出てきたせいで彼らはプレイヤーではなく教会を頼った。だが教会が非教会傘下都市に対してアンタッチャブルな事を知っているノートからすれば全て無駄な事なのだ。
と言っても万が一という事はある。祭祀はアンチDDを追放処分にしたが、実はあの追放で追放対象に取れているのはアンチDDだけで、しかも恒久的な追放ではない。加えて都市に一度も入ったことのない新規メンバーは追放刑関係なく都市に入る事は可能で、祭祀も何か明確な問題行動を相手が起こさない限り私情で追放処分はしない。
そもそもノートに乗せられた形とはいえ、元々祭祀が追放処分を実行できる程度には祭祀からも都市の民からもアンチDDがヘイトを高めていたことが問題だ。普通は滅多な事で追放処分にならない。それこそプレイヤー側の事情で暴論を振りかざして1カ月以上万単位がタダ飯ぐらいしながら居座り、かと言って何か頼んでもまるで動かない夢を語るだけのニートみたいな事をしない限りそう簡単に追放などされないはずなのだ。
『( ゜Д゜)You got mail』
『(`・∀・´)サイシちゃんかえってきたやでー!』
『٩(๑• ̀д•́ )وヤッター!』
「ようやくか!」
ゴールの見えない戦闘、変化の変わらない状況は士気を大きく下げる。指揮しているノートですら若干面倒に思っているのだ。現場はもっと怠く感じているだろう。死んでもイザナミ戦艦でリスポンできるので山登りこそしなくていいが、山下りはしなくてはいけないのでまた転がり落ちる羽目になる。ゾンビアタックにせよ状況の膠着感が辛い。
そんな状況の中、ノートが待ち続けていた情報がグレゴリから通達。数万の人間を引き連れて要塞に入れるという手続きを僅か3時間未満でやり切っただけ祭祀も超人なのだが、それでも現場班は辛いものがある。
『大変お待たせしました。これより私も加勢します』
ハロウィンイベントでヤーキッマ達がやったように、声が直接ノート達の中に響く。
続けてバフがばら撒かれ、空より現れた巨大な光の杭の様な物が何本も本体の関節に刺さって本体の動きを大きく阻害する。
「『お頭、マジでありがとう。一旦ログアウトしよう。十分に休憩を取ってくれ。FUUUMAはどうだ?』」
『ログイン時間ヤバいでゴザルな!』
「『じゃあFUUUMAも一時撤退だな。NEPTとGingerは?』」
『まだ猶予はある!戦えるのじゃ!』
『俺はまだ行けんぞ!ただ戦線が持つのかよお頭抜いてよォ!』
「『持たせんだよ。アサイラムメンバー、事前入り組は一時撤退。ネオンも休憩だな。休憩はリアルタイムで1時間。以後都度シフト交代。総指揮は俺とCethlennで回すけど俺が抜ける時は現場単位だとゴロ助、ヌコォで指揮を回してくれ。それとJKなんだが―――――――』」
ノートとCethlennの心配は、祭祀の帰還で一時的にクリア。現在は非常事態だ。誰も何もいないがら空きの状態の街に部外者を立ち入らせる程祭祀ものんきではないとノートは考える。
一方で問題はそれだけではない。プレイヤーを苦しめるのはやはりどこまで行ってもリアル。北西勢力とのレイドから合わせてログインしてからかなり時間が経過している。第七世代は総合ログイン時間にも継続ログイン時間にも縛りがあるのでずっと戦い続けることはできず、DD幹部とアサイラムメンバーが全員一度に休憩になったら祭祀が増援に来たとしても現場が総崩れしかねない。故に多少強引にでもシフトを敷いて出来る限り戦力を安定させるしかない。
ノートが主要メンバーのシフトを調整する一方で、Cethlennはもっと忙しい。今はお頭も手が回ってないので自分の口で一方的な指令を万単位のメンバーに押し付けてシフトを回すしかない。この場に至っては個々人の要求を聞いている暇はない。後方支援の生産担当部門も含めててんてこ舞いの状態だ。即決即断でバランスを調整していく。




