No.475 99%
一粒の希望すら残さぬ絶対的な強さと冷酷さで逃げまとう北西勢力を殺していくアサイラム。
メンバーは思う。よくぞあんなやり方でここまで来たな、と。
思い返すはレイド決行日より数日前のアサイラムとDDの合同作戦会議。作戦会議と言いつつもノートが一方的に作戦を押し付けただけだが、ノートはこの様にDDに伝えていた。
『――――我々にとっての勝利とは、北西勢力が根城の中にある都市になんとしてでも踏み込む事。リスポンポイントを更新して殺しても排除できないようにする事。リスキルは心配しなくてもいい。プレイヤー同士の戦闘が可能と言えど祭祀はそれを許さないでしょう。加えてリスポン地点では即座に戦闘はできない様になっている。彼等の固い守りに穴を開けるには戦力の分散は愚策。全勢力を集めて愚直に坂を上り攻めます。愚直故に相手は警戒して余計なことをします。そこが狙い目です。その為にも――――――』
事前にノートの演説の概略を聞いたアサイラムメンバーは思った。嘘でもないけど真実からは程遠いことをよくもここまでいけしゃあしゃあと澱みなく話せるものだと。
そう、ノートが語った作戦は全て盗聴されている事を前提としたダミープラン。故にこそ北西勢力は全ての周りを南東に固めると言う極めて強気な判断を下した。全ての防御リソースを注いだ。見張りも防衛装置も何かもだ。
一方で、盗聴を警戒しVR内のプライベートルームでノートがアサイラムメンバーに語った言葉は違う。
『ぶっちゃけ、この抗争の1番のキーマンはプレイヤーじゃない。スパイが何人いようが関係ない。北西勢力が根城にしている都市の祭祀がこの戦の行く末を決める。祭祀が動けば幾ら何を言おうと北西勢力は一手で詰む可能性がある』
ノートはヤーッキマ達から多くの事を聞いていた。祭祀には何ができて、何ができないのか。祭祀はどんな判断で基本的に動くのか。ヤーッキマだけなく正月イベントのクエストをこなす都合上他の都市の祭祀からも色々と話を聞いた。そしてノートは北西勢力を出し抜ける可能性が高いと判断したから、この抗争に首を突っ込んだ。
『勝敗を決するには極論誰1人として死ぬ必要はない。祭祀を自陣に引き込んだ陣営が勝つ。この戦争はそういうヤツだ』
端から戦って北西勢力を皆殺しにして追い出そうなどとノートは考えていなかった。北西勢力のリスポン地点が都市になっているので殺しても同じことの繰り返しだけだ。それはDD側にも言える。ノートが語ったダミープランの様に押し入るだけでは泥沼の千日手だ。
大事なのはリスポンさせなくすることなのだ。コレが不死同士の戦いの1番の肝だ。
そして北西勢力の目をかいくぐってアサイラム側と祭祀の顔つなぎを行い会談場所を設けるという極めて重要なポジションにノートはVM$を指名していた。
結果はご覧の通り。ノートの期待通りVM$は見事にやり遂げた。
密使に誰を指名するか。
ノートの中ではヌコォ、カるタも十分に適性があると思っていた。初対面の相手でも物怖じせず交渉出来る胆力と冷静さ。相手がNPCだとしても侮らないゲーマーとしての感覚。使える手札の多さ。
けれどカるタは積極的に交渉するには不向きな性格だ。加えて本人も流石プレッシャーが大き過ぎるし、ノートの補佐をしていたいと希望したので無しに。
ヌコォも悪くはないし本人も密使をする事に忌避感は無かったが、ヌコォは少し合理性が強過ぎる。交渉ごとでは合理だけは物事は決まらないのだ。加えて、最大の問題はそのあまりに特徴的な体格。
厚底の靴でかさ増ししてもなお小柄な体と、小さな体に見合わぬサラシで限界まで潰しても豊満な胸。アグラットブレスレットは確かに使用者の姿を変える事は出来るが、それは例えばリアルの特殊メイク技術を限界まで注ぎ込んで作り出した容姿のようなもので、骨格自体は同じで身長と大き過ぎる胸は完全には誤魔化しきれない。
今回は教会勢力が首を突っ込む気配が無いのでバルバリッチャも動かない。なのでヌコォのピエロマスクで完全透明化して潜入もできない。故に1番のベストは北西勢力の誰かに成り済ますこと。ヌコォは不向きだった。
その点、VM$は交渉もできるし演技力もある。体格も変装向きの癖のないものだ。そして手札の汎用性で言えばヌコォ以上だ。
鑑定や感知を妨害するアミュレット。相手の意識を自分から強制的に逸らす逆タウントスキルというべき物を発動する壊れた時計。設置しておくと一定時間を置いてモンスターを引き寄せ始める薬箱。
これらはまだVM$の使える手札の一部。圧倒的な万能さがVM$の真骨頂なのだ。
ノートは自分が他の祭祀からも貰ったアイテムをVM$に託し、VM$に密使を依頼した。
VM$は大役を任された事を喜び快諾した。ウチに任せとき!と。
そしてノートはVM$が休火山都市で動き回りやすくなるように手を打った。
わざわざ危険を犯してまでDDをレイドして大きな騒ぎを起こした。要塞を補強して北西勢力の危機感を煽った。敢えて自分たちが要塞に居る事をスレで第三者を装いリークした。全ては北西勢力の目を要塞に、外に向けさせる為に。内部に目を向けている暇がないほどに。
北西勢力はとある一点で致命的な間違いをしていた。
それは非教会属性の都市の在り方だ。
例外を除き全てのプレイヤーが初めてスポーンするのは教会が管理する『街』。教会はプレイヤーに親切で、街に住むNPC達もプレイヤー達を使徒として扱う。彼らは中立的ではあるが基本的に善性で、プレイヤーが争っていればやめるように諭して治安維持も行なったりする。時間感覚が普通の生物と違うプレイヤー達が24時間、ALLFO時刻深夜でも騒いでいようが既に対策をしていてNPC達は騒音被害で夜も眠れないなんて事もない。街の全てが使徒が来る事を想定して設計、準備されており、十数万人のプレイヤーが活動しようとも機能する。
けれど非教会属性の都市にとってプレイヤーはただの異物なのだ。プレイヤーはお客さんではなく言葉も通じないし素性も分からぬ部外者で。NPC達はプレイヤーの奴隷ではない。意思があり、プレイヤー達の行動で反応を変えていく。性質という不確かな指標を持たぬ人々だからこそ、プレイヤーの真の資質が試される。
教会はプレイヤーと住民(NPC)の共和を目指しているが、祭祀は極論住民さえ無事ならそれでいい。教会はプレイヤー同士が争っていれば首を突っ込んでくるが、祭祀達からすれば部外者同士が殺し合ってようが自分達に被害さえ及ばなければ勝手にしてくれというスタンスだ。勿論個々の祭祀の性格で部外者であろうと殺し合いはよくないと心を痛めるがそれは個人の感想であり一つの都市、ある種の箱庭を支配する祭祀としての意見ではない。
「プレイヤーの活動を妨害する奴らを倒す為に協力してくれ」などと言っても、祭祀からすれば他所でやってくれ、という話になる。
かと言ってでは居座るのなら居座るだけのメリットを都市に齎すのかと言えば、北西勢力はDDとの抗争を前にそんな面倒な事やってる場合ではないと判断してしまった。
居座って、飯を食うことが、定期的に世界のリセットが起きるこの世界では如何に価値ある事なのかを見落としていた。そんな恩知らずで恥知らずの連中を1ヶ月以上、ALLFOの時間感覚で言えば2ヶ月以上見守っていただけ祭祀とこの都市の人々は極めて寛大で忍耐力のあるNPCだった。
そこをノートに突かれた。
この戦争を終わらせに来た、と。
あんな奴ら追い出しちゃいましょう。御安心ください。私は既に貴方と同じ立場の方と手を結んでおります。私は貴方達に利を齎しましょう。ご心配であれば契約を結びましょう、と。
他の祭祀から渡された友好の証は祭祀との交渉ごとでは大きな効果を発揮する。同時にノートが持つ数々の称号がある種一国の主人とも言える祭祀ですら軽率に扱う事を許さない。それが英雄であり王だ。一プレイヤーと王の謁見ではなく、同じ王に近い者同士の交渉なのだ。
武力に関して御安心を。それとも今居座ってる連中なんかカス見えるほどヤバいこと起こせるけど見たいですか?と大悪魔の加護の塊の様なブッ壊れ装備に身を包みながら暗に脅した。
VM$が密使として現れたときは「このままだと埒が明かなそうだし幾分かこっちの話を理解できそうなヤツだから話を聞いてやる」くらいの態度だったが、いざ首魁であるノートが乗り込んでくると祭祀の態度は一変した。
ノートの現在の状態を見抜ける祭祀達からすると、今のノートは災害の化身が練り歩いてる様な物だ。ノートが都市に入った瞬間にその脅威を察知する。何故他の祭祀達もノートを特別扱いするか理解する。
結局祭祀はノートに色々な条件、例えば祭祀がノート側につく事を決める条件や、寝返った後の処理などについて詳しく定め、ノートの提案を飲んだ。
ノートは知っている。
この世界のNPCはプレイヤーの多くが考えているより遥かに自由で、その自由さはプレイヤーにも牙を剥くレベルだ。けれど同時に交渉の余地があるなら自分の武器を最大限に使える。
死にかけの大悪魔と交渉して運命を大きく捻じ曲げた様に、敵の在り方に興味を持って単身出撃してきた聖女がいる様に、この世界のNPC達はゲーム的な都合に縛られていない。
そして、北西勢力が教会に頼ろうとすることも、それが無理な事も知っていた。
教会サイドにとってこの非教会属性の都市はアンタッチャブルに近い存在なのだ。教会と祭祀が崇めるモノが相反するが故に。ノート達が暴れてようが聖女達は祭祀の支配領域に近づいてこない。事実、ノートを3人がかりで殺そうとする割にはノート達を入念に捜索し裏ルートに攻め込んでこない。それはゲーム的な都合ではなく、彼らの事情的にできないのだ。
人々を楽しませる事も指揮官には重要だ。ノートはその資質を持つ者だ。けれどそもそも勝たなくては人はついてこない。勝てない指揮官は不要だ。楽しませて、尚且つ勝利を齎す指揮官を人々は支持するのだ。
負け戦に手を貸すほどノートも暇じゃない。
つまり、この決戦は、勝負が始まるまでに99%勝敗が決していたのだ。




