No.474 皆殺し
「はああああ!?どういう事だ!?」
北西勢力のプレイヤー達は気づけば都市の外に居た。まるで抵抗など出来なかった。これは夢ではないと告げる様に追放された旨を記した称号取得のインフォ。称号は基本的に貰えれば嬉しい物なのだが、今回ばかりは違う。それはある種の絶縁宣言でもあった。
北西勢力のプレイヤー達はまるで現状を理解できず右往左往し、一部は頭ごなしに命令し続けていたリーダーに詰め寄る。けれど1番どういう事だと問いただしたいのは指揮官のリーダーの方だった。
「(裏切ったのか!?Lucyが!?)」
確かにアサイラムの統領はリーク情報について言及していた。まさかアサイラムが来たからと寝返ったというのか。ふざけるな。散々裏切った癖に。何を今更。
誰が悪い、誰のせいだ、なんでアサイラムがいるんだ、話が違う。今この場にあるのは無責任な不満ばかりだ。
『さぁ、The Doom Divisionの強者どもよ。状況を理解しかねているのはわかる。説明は後ほどしよう。兎に角理解すべきは、我々は北西勢力の根城の占拠に成功したという事。そして…………まだ狩りは終わっていない。戦いは終わっていない。そうだろう?』
どんな手品を使っているのか、その声がこの休火山一帯に朗々と響く。誰もがハッとして都市の方を見上げる。
『アサイラムもこれより本格的なレイドを解禁する。今まで舐めさせられた辛酸を奴らの頭からかけてやろうじゃないか。幹部の首級を上げた者には追加で報酬を与えよう。この狩りは早い者勝ちだ。まさか街から追い出した程度で終わるまい?我慢の時は終わりだ。都市の外で呆けている愚か者どもを一掃しよう。もちろん、獲物である北西勢力の皆も逃げてくれるなよ?今まで君達がやってきた事じゃないか。存分に味わいたまえ。これが私刑の代償だ。DD諸君、我々アサイラムに獲物を狩り尽くされる前に1人でも多く北西勢力を血祭りに上げろ!さあ皆殺しだ!』
守る方から、粘着する方から追われる側へ。
誰もがその声に恐怖する。何を言っているのか理解が追いつかない。
そしてその恐れが統領を強化してしまう。
オリジナルスキルが発動条件を満たした。アサイラム統領に呼応するDDのメンバーに悪の王の加護が与えられる。
力は無限に湧き、疲れが吹き飛ぶ。夜なのに昼間の様にハッキリと世界は見え始める。圧倒的な全能感。
そう。アサイラムを敵に回すなら、その男の演説だけは絶対にさせてはならない。その男が語るだけで悪の臣下達の力は文字通り異次元の領域に突入する。
「な、なに、が……」
けれどそれを北西勢力の皆が知ることはない。それ以上に彼等を恐怖させたのは、都市の上にいつのまにか赤いリングが浮かんでいたことだ。血の様な巨大な赤い環の中は何も見えない深淵。
日蝕というにはそれは禍々しく、世界の終わりを告げる様に。
人は絶望して、或いは魅入られて、そして狂気の扉を開けてしまう。緊急脱出用のアイテムを取り出そうとしていた手が止まる。止められる。体がいう事を聞かない。
闘争を、破滅を強いるその演説に耳を傾けた時点で彼等から撤退の選択肢は奪われた。
「ふぎゃ!?」
閃光が弾けた。気づけばそれでも逃げようと都市に背を向けた者の頭が吹き飛んで赤いポリゴン片が派手に弾けた。まるで超遠距離から狙撃されたかの様に、頭が吹き飛んだ。
「いくぞオオオオオオオオオオオオ!!」
野太い声。凍りついた大地を恐れ知らずの殺人鬼どもが駆け降りてくる。彼等に恐れはない。加護により身体はよく動く。転ぶ心配などない。
押し寄せる、残忍な笑みを浮かべて。
「Fooooooooo!!」
だがしかし、DDの先頭を走る人狼部隊よりも先にハイテンションな状態で氷上を変なスーツの上に強引に黒い軍服を羽織った様な人物が超高速で滑走する。まるでスノボードの様な姿勢で何かに乗って超高速で突っ込んでくる。大量のバフを纏いながら、サメの魔法陣を大量に展開しながら。
「————————!!」
少女の詠唱が聞こえた次の瞬間には、彼等の視界はサメの大群で飽和していた。
◆
「おいノート!?お前何やってんだっ?このままだとDD、っつうかツナと鎌鼬に狩り尽くされっぞっ!」
「Oh………敵の人たち、様子が変だね?」
「何かしらの状態異常を受けていると推測できる」
「隠れてたFUUUMAも〜ここぞとばかりに〜暴れてるね〜~~わ~いっぱいいてきもちわる~い」
「ねぇねぇノート兄、狩りに行っちゃダメ?」
「ウェヒヒ、ハンマーでコロコロしたいなぁ」
「あの、みなさん、覗き口にそんなに集まると………!ちょっと、あっ」
そんな強襲の様子を、隠蔽化状態のキサラギ馬車の中から見ていてのはアサイラムの待機組。場所は今や誰もいないDDの前衛基地であり、本来であれば追放された北西勢力をDDと挟撃すると共に、万が一北西勢力の外部から介入してきた戦力があればそれを食い止める役割を任されていたのだが、その件の北西勢力と言えば何故か都市の上の方を見上げて棒立ち状態になっている。ツナのサメの雪崩をまるで受け止められずに蹂躙されている。かと言って逃げるでもなく、只々殺されている。
そうなれば待機組としては暇なわけで、音声通話でやいのやいのと騒ぎ出す。
因みに、待機組のメンバーは総監督のノート、狙撃を行い波乱を潰し中心的メンバーを優先して殺して指示系統を破壊する鎌鼬、DDの助っ人として派遣されているツナ、エロマ、潜入をしていたVM $(とミニホームで留守番中のケバプ)を除くメンバーだ。カるタは自分を空気だと念じ女子率の高過ぎる空間から現実逃避していた。
『っかしーなー。やっぱりオリスキ発動しちゃってんのかコレ?俺がトリガー引いてるわけでもないしわかんねぇんだよな。そもそも説明文をポエムすんなって話なんだけど。フリオかっての』
発動条件が演説であるが故に、ノートからすると特に意識しなくても発動してしまうオリジナルスキル。それがどれほど今恐ろしい効果を齎しているのかやっている本人は自覚が無い。
「兄さんの新しいオリジナルスキルのポエムを読み解くに『逃走禁止』の行動強制執行があるのは確か。私達にも逃走禁止の強制が発動している」
「あっ、本当ですね」
「オレの武装解除のオリスキと同じ系列って感じか?」
「効果対象がノート兄さんの演説を聞いている者全員で、無差別で発生する以上スピさんのよりもある意味凶悪」
「自爆すら許されないから、やるとしたら味方に殺してもらうしか逃げる方法がないのかなぁ?」
ユリンの言う通り、ノートのオリジナルスキルの効果を受けたらもはやその場から安全に退避する方法はない。ログアウトすれば精神的にはマシだが、戦闘中は余程の事情がないとログアウトできない。と言うより、落ち着いた状態ではないとダメだ。逃げながらログアウトとか、咄嗟に逃げるためにログアウトみたいな事は不可能だ。かと言って自死もできない。攻撃の為の自爆攻撃はできても逃げる為の自爆は許されない。結局、本気で撤退するには味方に殺してもらうのが1番手っ取り早いしペナルティも1番少ない。
が、そんな事情を知らない北西勢力に落ちついて最適解を導き出す時間などない。
ましてや、ゲーム内でPKされたからと粘着する様な正義マン()に味方を殺せなどと言うのは酷な話だ。
『グレゴリの感知には他の勢力も引っかかってないし、ユリン達も出撃するか。逃げてきた奴は狩ってくれ』
ノートからGOサインが出るや否や前衛組は我先にと飛び出す。ノートのオリジナルスキルの逃避禁止強制にも抗いながらなんとか逃げようとしていたランクの高いプレイヤー達は森の中から現れた黒い軍服の一団を見て絶望した。けれど、男の言葉が呪詛となり自害すら許さない。争うしかない、この絶望に、武力で。彼等に許されたのは闘争だけだ。
「うおおおおお!」
決死の表情で北西勢力の魔法使い達が魔法を唱える。しかしそのほとんどが不発。敵対者に対する不幸の付与、加えて精神攻撃によるスキルや魔法の不安定化に伴いアサイラムを敵に回した者達は途端に思う様に動けなくなる。
それでも一部魔法が発動したとしても、それが果たしてラッキーと言えるのか。
「Ho!」
軍団の中から唯一軍服を着てない者が前に出る。
大きな禍々しい鎧の戦士。その手には大きな盾。1人で魔法を全て受け止めるのか。タウントスキルが発動して魔法が全て鎧の戦士に吸い込まれ、魔法が着弾する直前に大盾が小刻みに動かされる。
一見無駄な動き。
しかしそんな余計な事に関心を向けている暇はすぐに無くなる。まるで卓球の球を打ち返す様に大盾に当たった魔法が少し小さくなったものの放ったプレイヤーの元に返ってきたのだ。
「は!?」
まるで反射された様な動き。思考に空白。アサイラムの前でそれはあまりに致命的で。
魔法に気を取られていると、圧倒的なスピードで魔法を追い越した堕天使を先頭に鬼と邪仙が通り過ぎれば皆何が起きたかも理解できぬままに既に死に戻りしている。
アメリカの第二位と認められたグループが一方的に殲滅されていく。




