No.62 堕ちない蚊トンボほど鬱陶しい物はない
早速ゲリラ投稿じゃ〜
「で、どうすんだノートっ!?」
人形の移動そのものは非常にゆったりとしていて、ノート達に接敵するまではまだいくらか時間がありそうだった。その間にスピリタスが代表して参謀であるノートにどうするか問いかける。
「無駄なあがきをしてアイテムをいたずらに消費したくない。だからこれが通じなかったらまた自爆で死に戻り、成功すれば全員フル装備で戦うぞ!!〈簡易下級死霊召喚・ディスタブアラクネレイス〉×5!!」
ノートが行ったのはワヤプラーアラクネレイスのアテナの召喚により召喚が可能になったアテナの下位互換である死霊の召喚。
「攻撃は後回しだ。とにかく挑発をして奴らのターゲティングを滅茶苦茶にしろ!」
アラクネレイスどもはノートの指示を受け、生成した糸を天井に勢いよく飛ばす。そして某蜘蛛のヒーローの様に天井が釣り下がるとターザンやサーカスの様にぐるぐるとホールの中を旋回し始める。もちろん、その間に挑発スキルを飛ばしまくり人形どものターゲティングを自分に集めることも忘れない。
自分の周りをヒュンヒュンと蚊トンボの如く飛び回り始めたアラクネレイスに、人形どもはまたもギリギリ知覚できる程度のスピードの攻撃を繰り出す。
だがしかし、アラクネレイスどもは無傷。さらに挑発スキルを発動しケラケラと嘲笑する。一方でレイスの中には状態異常を発動させるスキルや魔法を使用している個体もいるが、そちらは人形に対して一切効果がなかった。
レイス、つまりゴースト型は死霊の中でも『単純な物理攻撃を完全に無効化する』という極めて厄介な性質を持っている。
例えば魔法、あるいはスピリタスが装備しているガントレットのように霊に対する特攻効果を持った武器や、ゴースト型に対してダメージを与えられるようになるアイテム、特殊なスキルがあればダメージを与えることは可能だ。
だが彼らに付属した武器は、ノートからみると地下倉庫より手に入れた武器と同種のものに思えた。そしてそれはゴヴニュの調査では確かに異常な頑強さと耐久力を持っているがそのほとんどが特殊な効果があるわけではないと判明していた。
なにより、武器そのものが彼らの腕に接続されているのだ。つまり厳密には武器というよりは扱いは獣の爪や牙のそれに近い。
それが天使の様なアンチゴースト的な存在でもない限り、その攻撃ではゴースト型にダメージを与えることは不可能なのだ。
ただ一つ、ノートの中ではこの無機的な人形がゴーストにも敵対行動を示すかは賭けだった。どの程度の思考力を相手が有し、どの程度の戦闘能力があるかもわからないのだ。
しかし、ノートは賭けに勝った。人形どもは結構単純な思考ルーチンなのか、自分の周りを飛び交うアラクネレイスにただ闇雲に攻撃を繰り返すばかりでもはやこちらに見向きもしない。
「よし、ひとまず時間稼ぎはOKだ。作戦会議だ」
◆
アラクネレイスが遊び半分で人形どもを攪乱させているので、その間にノート達は如何にこれを突破するか作戦を練る。アラクネレイスどもは今のところノーダメージ。このまま敵を引き付け続けてほしい所だが、ゴースト型はこの様に非常に有用な反面、当然ながら召喚コストも維持コストも高い。のんびりしているとノートがガス欠を起こし元の木阿弥なのであまりのんびりしていられない。
いくつか魔法を飛ばしたり、攻撃したりしてターゲティングがこちらに完全にうつらない程度に検証、ノート達は素早く意見を出し合い3分程度で作戦会議を終了する。
「こっちは、問題、ありませんっ」
「こっちもいいぜ、ノート!」
「じゃあ、縄掛け作戦スタートだ!」
作戦が決まれば後は早い。ノートはガス欠を起こす前に更に死霊を召喚。突撃骸骨戦車を除き、次点でスピードに優れた半実体タイプの豹型の死霊を1体呼び出す。それはノート達を大苦戦させた鏡の世界を支配するクリーチャーの魂を捧げて生み出した新たな死霊だ。
本当はもっと喚び出したいのだが、コストが高すぎて1体が限界だったのだ。その二体の尻尾にそれぞれアテナ・ゴヴニュ合作の非常に長いワイヤーをネオンとスピリタスが素早く結びつける。
「ボクも行くよ!」
「ノート兄さん、こっちも行ける」
「了解!レイスは人形ども全体をできるだけホールの奥に誘導、影縫死豹は奴らの間を適当に走り抜けて合図がでたらこちらに戻ってこい!」
次なる指令を受けて動き出す死霊たち。それと共にユリンが飛び立ち、天井スレスレから投げナイフを投げつけて人形どものターゲティングの優先を地面の方に向かないようにし続ける。その人形どもの間を縫うように影縫死豹が駆け抜けていく。暫くしてワイヤーの長さがそろそろ限界であることを確認してノートは号令を出す。すると、滑空限界のユリンが戻ってくると同時に影縫死豹もノートの元へ戻ってきた。
「作戦を第二段階へ進めるぞ!」
『了解!』
ノートは皆の返事を受けてまずMP食い虫のレイスを一体だけ残して召喚を取り消す。次にそのコスト分で力と重量だけはあるルナティックレイジゾンビを10体召喚。ワイヤーの先をゾンビ共の腕に素早くしばりつけ、影縫死豹の召喚を取りやめる。
一体になったレイスはそれでも人形どもの間を飛び回りターゲティングを分散させるが、一体で16体分のターゲティングを捌ききるのは不可能に近い。そもそもゴースト型はMPがそのHPといっても過言ではないので、挑発スキルを使いまくりMPを消費したレイスの動きは鈍る一方だった。
「よし、ワイヤーを引け!」
だが、それでいいのだ。影縫死豹が縦横無尽に駆け抜けて絡まりまくったワイヤーは多脚の人形どもの脚によく絡む。
「 〔ロストバランス〕」
「 《ウィンドエクスプロード》!」
続けてヌコォの『対象の平衡感覚を奪う』スキル、ネオンの暴風の爆発が人形どものド真ん中で炸裂。
ネオンの魔法でもダメージはほとんど受けていないようだが、少なからず人形どもがたたらを踏み、それに合わせるようにワイヤーが完全に脚に巻き付く。ゾンビはそれでもお構いなしにグイグイワイヤーを引っ張り続ける。
するとお互いが邪魔しあって人形どもの動きが更に鈍くなった。多脚はバランスに優れ、360度スムーズな行動を可能にするのだろう。だが、多脚であるが故の弱点も明確に存在する。
ワイヤーに脚をズルズルと引っ張られ、人形兵器どもの間隔が狭まっていく。人形兵器がもがけばもがくほどお互いを引き合い、更にワイヤーは引き絞られていく。
「《大轟鎌鼬》!」
そこから更に暴風を巻き起こすネオンの強烈な魔法が炸裂。ワイヤーが絡まった脚では先ほどより踏ん張ることができず、ワイヤーは引き絞られて人形同士の距離が遂に彼らの攻撃範囲と重なった。
そして遂にアラクネレイスの献身は実を結ぶ。フラフラと人形のあいだを漂っていたレイスに繰り出された人形の攻撃同士がかち合い、2体の人形が大きくバランスを崩す。そうするとワイヤーが絡まった人形どもはバランスを崩し連鎖的に倒れていく。
「出番だスピリタス!!」
「よっしゃああああああ!!」
今まで頑張ってくれたレイスの召喚を遂にノートは取り消すと、ダメ押しとばかりに大量のスケルトンを召喚し一気に人形どもの元へ突っ込ませる。バランスを大きく崩してなお、一切の動揺なく彼らは攻撃を繰り出す。
当然スケルトンなど棒切れ同然に吹き飛んでいくが、彼らの距離が近すぎて味方を巻き込んで攻撃していた。
彼らの体を構成するのは、金属のエキスパートであるゴヴニュをもってして太鼓判を押す頑強さをもつ未知の金属だ。武器に使われている金属で肉体まで構成されていては生半可な攻撃では通用しない。
事実、スピリタスの槍の投擲は盾で防がれたが、—— よしんば当たっても0よりはダメージが入るかもしれないが——槍の方が砕けてしまっていた。ガードはあくまで自動的な物。スピリタスの攻撃を脅威と判断したからではない。
また、状態異常に関する攻撃は一切効果が見られないことは確認できている。挑発スキルなどのスキルは少なからず効果があるのが救いだったが、魔法に関してもどちらかといえば魔法そのものより魔法によって起きた物理的な影響に対する反応の方が大きい。
厄介なスキルや魔法は一切使ってこないし移動スピードは遅いものの、この閉鎖空間では頭数がそれなりにあったら『物理的にデカくて硬くて強い』だけで普通の魔物より格段に厄介な存在に変貌するのである。
所謂レイドボス戦に近い難易度の戦闘なのだが、この魔物相手に対レイド級の布陣で突撃したらジワジワとなぶり殺しにされ、戦況を立て直そうにも次々に仲間が殺されては混乱が広がり指揮がなかなか通らない。
金属鎧で身を包んだ耐久特化のゾンビを単なる物理攻撃の一刀で“ぺちゃんこ”にしてしまうほどのランク帯を大きく無視したパワー。魔砲使いのネオンの魔法をもってしても有効打を与えられないタフネス。
そしてある程度の格上あいてだろうが喜んで突っ込んでいくスピリタスでさえ闇雲にツッコむことをためらう攻撃スピード。例え適正ランク帯のフルメンバーで突撃しても、タンクは紙切れの様に吹き飛び魔法使いはあっさり磨り潰され、戦況は崩壊。
残りもジワジワと害虫を駆除するように一匹一匹叩き潰されて死んでいくのである。
22世紀に至るまで、数多のMMORPGが発売され楽しまれてきた。そしてそれはVRへと移り変わり徐々に21世紀のMMORPGとは姿を変えてきた。広がる自由度、増える選択肢とゲームバランスとリアル。複雑なバランスをどうするか、それは各ゲーム会社の裁量に委ねられた。
そして第七世代VR機器を以てして、GoldenPear社は一つの答えを出した。
寧ろ従来のゲームと同じ感覚では決して突破できないであろう難易度の調整を行ったゲームを作り上げたのだ。ただゲーム的な戦略ではなく、実際に戦略を組み立て如何に工夫し如何にギミックを無効化するかも要素として組み込んだ。
ゲーム的強者のみが無双しえないゲーム、それがALLFOである。
パンジャンドラムも、今しがたヌコォのアイデアを元に立案された撹乱戦術も、ゲーム的には正攻法とは程遠いのだろう。だが、ALLFOに対してはそれは一つの『正攻法』として認められるのである。
鋼ですら易くはじく金属だというのなら、同じ金属で殴ればいい。それが尋常でない膂力によって振るわれるのなら猶更良い。人形には混乱などの状態異常は効かないことは分かっている。だが知能そのものは高くない。旧式のロボットの様に単純な思考ルーチンで自分の攻撃範囲にある敵を自動的に攻撃しているだけだ。
「—————だから、強制的に奴らの攻撃範囲をかぶせる様にすればいいはず」
それがヌコォの出した答えだった。
ワイヤーによって絡まり合う脚でバランスは崩れ、大量のスケルトンにより人形兵器のターゲティングは狂いだす。時たま同士討ちが発生し、金属同士のぶつかり合う甲高い音が響く。
ここまで戦況が混乱してしまえば、ターゲティングを取られるリスクは激減する。今までまともに攻撃ができなかったスピリタスとユリンは苛烈に今までの鬱憤を晴らすように猛攻を叩き込み腕を優先的に破壊していく。
ヌコォやネオンはスキルや魔法を駆使してターゲティングをスピリタスたちからできるだけ反らし、立ち上がれないように足にチクチクと攻撃をし続ける。
ノートはノートでMPを回復させつつスケルトンの物量で人形兵器のターゲティングを混乱させ続ける。人形兵器には敵を迎撃する意思はあっても優先順位という概念は希薄なようで、攻撃対象の多い部分に優先的に攻撃を仕掛ける癖があった。
なので圧倒的に脅威度の高いスピリタスやユリンよりスケルトンが密集している場所にただ攻撃を繰り返していた。
あとはその密集地点を少しずつコントロールすれば、人形兵器同士のFF率は更に上昇する。計算外だったのはお互いの攻撃がかち合い腕が吹き飛んでも、あろうことか自動回復の機能を兼ね添えていたことだが、その回復も0コストでないことは確か。
今度はヌコォが『MPを盗って』回復の阻害に努めるのみだ。
「そぅれ!!」
「おりゃぁ!!」
そしてこの手の敵のお約束通り、関節部分に対する攻撃耐性は若干低いことも判明した。そうとなればユリン達は執拗に関節部分を破壊するのみだ。
「(さて、そろそろいいかな?)」
ネクロノミコンやローブによる自動MP回復、それに加えて『祭り拍子』でも改良が進んでいるMP回復用のポーション、念には念をと出発前にタナトスが持たせてくれたバフもりもり『悪魔素材たっぷりハンバーガー』をノートはかじってMP回復に努めた。
因みに、作戦序盤に待機中だったスピリタスや空き時間があった他メンバーも隙を見てハンバーガーなどを食べて自分に必要なバフを得ている。ただボーっとノートの行動を見ていたわけではないのだ。
「さあ行ってこい!関節部分を徹底的にぶっ壊せ!」
ノートの計略、ネオンやヌコォの妨害を受けて同士討ちを頻発させ、スピリタスやユリンの関節砕きによって遂に人形兵器は明らかなダメージを受け始め、回復スピードも心なしか遅くなる。
あとは破壊スピードを進めるのみ。メギドの下位互換死霊を召喚し、今度は一体ずつ集中攻撃を仕掛ける。人形兵器の攻撃は非常に素早く威力も高い。
だが関節そのものを破壊してしまえばそもそも攻撃が発生しない。人形の自動回復が間に合わないうちに更に関節破壊を繰り返し攻撃をさせない。
そうなると人形兵器は攻撃から逃れようと身をよじったりするが、ワイヤーで引っ張られた他の人形と引っ張り合いになり余計なダメージを受けることも多くなってきた。
また一体、一体、ギチギチと動いていた関節から力が失われ、ただの金属のガラクタになった人形は赤いポリゴン片になって砕けていく。あとはそれを繰り返すだけ。数が少なるほど同士討ちを狙いにくくなるが、そこは緻密な計算を行い順番を決めて一体ずつ撃破していく。
「これで、沈めぇ!!」
「ぶっ壊れろぉッ!!」
そして最後の一体、ネオンとノートのバフを受けたユリンとスピリタスはそれぞれ切り札級のスキルを発動。ヌコォがスキルで『防御力を一時的に奪い』その弱体化した部分に二人で強烈な攻撃を同時叩き込む。
戦闘時間約45分。遂にノート達はランク帯に表せば1、2段階格上の16体の人形兵器全ての破壊を完了するのだった。
そろそろこのフィールドに関する種明かしをしたいところ




