No.471ex グッドモーニング
「増援来たか!?」
「玉使うぞ!気を付けろ!」
今のところは若干DD側が優勢、に見えるが、お頭の表情は芳しくない。
本拠地をDD側が攻め込んでいる都合上、時間が経つほどに北西勢力側が圧倒的に有利になっていく。DD側は襲撃時がプレイヤーのピークだが、北西勢力は呼ぼうと思えば仲間をリアルから呼び寄せる事が出来るのだ。幾らDD側が強くてもログイン時間限界まで粘られたら後援が多い北西勢力が圧倒的に有利になる。
加えて戦闘の用意をしていたのはDD側だけではない。
都市の外壁の元の覆いが取られる。そこには6mにも達する大きな金属の球体があった。実際は全てが金属ではなく表面を金属で強引に加工しているだけなのだが、それでも数百キロに到達する重量を持つ。それが何十と用意されていた。
本来、外壁の元、結界の外に弾を置いておけばワイプで消されかねない。それこそ襲撃のタイミングを正確に知っていないとできない事前準備。
留め具が解放されて弾がゆっくりと斜面を転がり落ちていく。最初はゆっくりだが、元々の重量が大きい。徐々に弾は加速していく。下り坂であればパンジャンドラムの様なロケット機構など要らない。照準を殊更に定める必要もない。足場の悪い地面の上を転がる事で弾は無軌道に動き、時に跳ね、球同士もぶつかり更に軌道が読みにくい動きをする。そしてDD側は斜面を登らないといけないため、相当の勢いをつけて5mなど余裕で超える大ジャンプをしないと球体を避けることは困難。砂塵に紛れていてももはや関係ない。
更に、避けたところで転がり落ちた球体はそのまま斜面を下っていきDDの簡易前線基地を崩壊させることができる。如何に人狼たちと言えど数十キロのスピードを出しながら転がってくる数百キロの球体を受け止めるほどのパワーはない。
アサイラムが手を貸しているなら何が出てきてもおかしくない。だから先に迎撃部隊を放って何か変わった手を打ってこないか先にチェックした。それにより迎撃部隊は壊滅したが、手の内は暴いた。
リアル側のSNSを駆使して増援が一気にログインしてきたところで北西勢力側は古典的にしてシンプルな切り札を切った。
『Awoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!』
よし、勝った。
誰もがそう思ったが、砂塵を消し飛ばす咆哮が山の下から放たれた。
咆哮がキャノン砲代わりに壁の上部に炸裂し結界のエフェクトが煌いた。
1人の男が前に出てきた。人狼部隊はいつの間にかいない。死んだのか、隠れているのか。3mを超える巨人狼が出てきた。体に金色の鎖を巻き付けたその男こそDDの窮地を幾度も打開してきた男、お頭だ。
「【全の鎖】!」
お頭が吼えるとジャララララララララッと鎖が動くような音が響く。合計六本。お頭を中心に左右に空中に伸びる。左右の指の間に3本ずつひっかけて、まるで防波堤の様に。何か特殊な力を使っているのか体から赤と黒の稲妻のエフェクトが弾けている。金色の目が爛々と発光している。前線基地の壁になる長さまで伸びた鎖は空中で勝手に固定される。
「(無茶だ―――――――)」
上から見ていた指揮官はお頭が何をしようとしているのか察した。
怖くないのか、金属の球体が突っ込んでくるというのに。VRと言えど、痛みは大きくカットされるとは言え、衝撃は体を突き抜ける。車で引かれた方がまだマシな衝撃が襲い来ると分かっていても、お頭は前だけを向いていた。
お頭と鎖の壁に加速しきった球体が直撃する。
「オ゛オ゛オ゛オオオオオオ!!」
最初の衝撃で気絶しないタフネス。強靭なメンタル。球体と球体が衝突し金属のコーティングは一瞬で砕け、更に衝撃が走り中に詰め込まれた岩が砕けてばら撒かれる。球体の中身は岩や金属の塊。表面のコーティングが砕ければ威力は大きく減衰する。普通の金属なら引き千切れているはずなのにグレイプニルには罅一つない。中身の岩が転がり落ちていくが、そのレベルであれば防衛チームが魔法で築いた土壁でギリギリ受け止めることができる。
が、代償は大きい。
お頭の再生能力も追い付かず、全ての球体が壊れると同時にお頭は膝から崩れ落ちた。死亡こそしていないがもはや戦闘不能は確定。
「突撃――――――!」
敵である北西勢力側ですらも、その体を張った壮絶な防衛には言葉を失っていた。が、指揮官だけは違う。冷静に今が攻め時だと判断した。その声にハッとしたように駆けつけてきた増援が遂に開け放たれた門から一斉に飛び出し坂を駆けおりていく。
「(今度こそ、勝った)」
リークによれば、よりによって今日に限って特級戦力の一人であるネプトはリアル側の都合で不参加。Gingerは相変わらず自由気まま。アサイラムに手懐けられたという話もあったが暴走しなくなっただけで指示に従うかは別問題。アサイラムはこれはDDの戦いだ、と宣言し要塞の防備に専念。軍師であるCethlenに特筆すべき戦闘能力はないので現場にいなくても無視していい。
結局、教会側から戦力を引き出すことはできなかったが、アサイラム側がDDに変な義理立てをしたおかげで北西勢力は有利に戦闘を進めることができている。
とあるフレンドのチャットを見ても、依然アサイラム、要塞側に動きなしの連絡が来ている。PKなどというクソみたいな人種でありながら義理立てなどと、日本人はバカだ、そう指揮官は笑う。
FUUUMAの力で鉄球をやり過ごし隠れていた人狼部隊も数の暴力と立地の不利には勝てない。次々と打ち取られていき、一部は今度こそと前線基地を破壊しに駆けおりていく。
或いは、倒れているお頭にトドメを刺そうとしている。
アサイラムの手を借りても、DDは北西勢力に勝てない。
いい事実だ。
全てを録画している指揮官は嗤う。スレで勝利宣言などと言う舐めたことをしてきたが、今度は我々の勝利宣言が轟く、パンジャンドラムの確認でアサイラムが手を貸していることも確定した。次は生産組組合も協力を断れない。
よし、今度こそ勝った。
指揮官の男は確信する。
が、DDに向いていた皆の意識の方向が一瞬で180度回転した。
背後。花火すら超える様な強烈な爆発音。場所は今攻め込まれている場所の真反対、都市の更に山上。山の天辺付近。
滑落したのか100m規模の高さの大きな崖が轟音と共にいきなり崩れ落ちた。
「は?」
ぱっと見でも砕けた土砂は多い。先ほど転がした球体など比べ物にならないほどに。
崩落の規模があまりにも大きすぎる。
同時にその瓦礫に紛れて崖の角度の問題で見えていなかった膨大な量の水が流れ落ちてくる。潮の香りが爆風と共に吹き付ける。その瓦礫と水の上に何かがある。何か、極めて大きな金属の塊が。パンジャンドラムですら小さく見えるモノが。
誰もがそれを呆然と見ていた。
あまりにも現実離れしている光景。
瓦礫と海の濁流に流されるように、奇妙なエフェクトを纏う『戦艦』が山の上から流れ落ちてくるなど、誰が予想できたか。
濁流の中でも戦艦は気味が悪いほどの安定感で滑り落ちてくる。
瓦礫が、濁流が、大津波が、戦艦が、何物よりも速く流れ落ちてくる。
『グッドモーニング、アメ公諸君!いつまでも正義中毒拗らせてんじゃねーぞ!ここからがレイドの本番だ!いつまで自分達が有利だと思ってんだ!?今更運営に泣きついてもどうしようもねーぞ!さぁ北西勢力の粘着ヤロー共、死ぬ気で足掻けよ!』
なんともふざけたような声がスピーカーで拡声したように響く。その声が轟くだけで北西勢力の身体が竦む。バカな。事前の話では攻めてこないはずでは。
あんなのどうやって止めろ、と。
人を驚かせるのが、笑わせるのが、昔から好きなイタズラ好きのクソガキだった。
ソレが人の悪意と闘争心に魅力を見出し、人が限界状態で発露する可能性に魅入られた。
人を愚かな生き物だと見下しているから、その屑石の中に混じる宝石の原石に誰よりも価値を置く。
大衆は惑う。人は彼を台風の様だと言う。
勇者ほど上等なモノではない。英雄と呼ぶには個としては並だ。しかし一度舞台に上がれば目立ちたがりで、知恵はあるのに愚かな真似も平気でして舞台を盛り上げ。観客の視線を一身に集める様は、悪知恵ばかり働き周囲にいる者に試練と騒動を齎していく様は、嫌でも観客達の記憶に焼き付く。
混沌と変革を齎す天性の怪傑は笑い声と共に降ってきた。
津波が、瓦礫の山が、戦艦が、街に激突。
壁の結界が悲鳴をあげるように大きく震動した。




