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No.469ex 火車


 アメリカ時刻、某日土曜21時。日本時刻にして日曜13時。

 DDのレイドが始まった。


 DDにはアサイラムがばら撒いた設計図と近くのダンジョンから調達していきた物資を使った新造の装備。アサイラムは拠点の中で要塞防衛に専念し、DDが攻勢を仕掛ける。

 

 林の中を疾駆し北西へと進行。

 その林を抜けると開けた土地が見える。


 DDが北西側を攻めあぐねていたのは北西勢力がただ強かっただけではない。その北西勢力が本拠地としている都市の周りの立地に大きな問題があるのだ。


 林を抜けた先にあるのは山脈。それもプレートの衝突によって発生したモノではなく、いくつかの大きな火山が長い時を経て連なった様なかなり特殊な山脈だ。ただ、その全ての火山は活動を止めている休火山であり、下に積もった灰のせいか植生が非常に悪い。故に視線を遮る背の高い樹木が存在せず、街の方から樹林は丸見えの状態だ。

 加えて火山系の山だからか、それとも何かしらの大きな戦いでもあったのか、山にはクレーターや地面に対して垂直に切断されたような奇妙な崖が斜面の途中に幾つも存在しており、街に向けて緩やかな傾斜を描いているためにただ登るだけでも相当ハードな登山を強いられる。

 

 まさに、天然の要塞。よくぞこんな不安定な場所に数万人の人々が生活できる環境を築き上げた物だと驚嘆するしかないぐらい生活より籠城に向いていそうな土地だった。無論、リアルであればこのような環境で都市機能を維持するのは不可能だ。ノートが知るそれぞれの都市の様に、祭祀の力で農作物の成長や家畜の育成に大きな補正を与えているのだ。

 

「ここ、鼻が効かねぇんだよな。温泉クセェ」

「ああ、マジで相性ワリィぜ」


 DD達は林の際まで到達すると、一時的な基地を作る。ワイプされることは分かっているがテントはその限りではない。テントを設営しリスポンポイントを更新し侵攻の準備を整える。


「新月じゃねぇが、イケるか」

「仕方ねぇ。メンバー動員するなら休日って話だっただろ」

「お頭、始めようぜ」

 

 ALLFOは夜。日が沈んでまもなく。暗闇に紛れて金色に変貌した目が光る。

 

「よし、始めるぞ。スゥ―――――Awooooooooooooooooooo!!」 

    

 お頭が獣の様な遠吠えをした。狼のソレとは比べるのも失礼なほど酒とタバコで焼けたガラガラ声。呼応する様に林の各地で遠吠えが響く。するとお頭の近くにいたDDのメンバーの身体が大きくなっていく。獣の様な爪と牙が生える。


 これがお頭の初期限定特典【グレイプニル】の能力の1つだ。

  

 グレイプニルとは、北欧神話の名高い神狼、或いは最高神をも飲み込み世界を滅ぼすと予言された悪狼フェンリルを捕えた特別な鎖だ。

 グレイプニルには仲間に対し『人狼化』の能力を授ける。その人狼化の能力は“新月に近いほど”強大になる。

 人狼たちは体格が元の身長から1.5倍近く大きくなる。

 爪と牙が生えて特殊なスキルが使えるようになる。

 視力、聴覚、嗅覚が強化され、遠吠えに意思を乗せることができるようになる。

 運動パラメータが大きく強化され、自動HP回復と再生能力を獲得する。

 無論、その代償としてパンドラの箱の様なチェインテンパーメントや精神攻撃耐性の低下、空腹値減少の急激な加速などのデメリットもあるが人狼化はシンプルに強い。パーティー、クラン、つまり自分を含め100人のプレイヤーに人狼の力を与えることができる。


 今の現環境のプレイヤーには不可能なほどの移動スピードで人狼たちが一気に山を登り始める。山の斜面に合わせた迷彩布を纏い姿を隠す。古典的で物理的な方法だが、故にこそ簡単で効果的だ。

 が、まるでそのレイドを知っていたかのように山のクボミから急に砲身が出現する。


「ッテーーー!」 

  

 人狼たちを砲撃と発砲音が迎え撃つ。

 

「ぐぁ!」

「クソ、灰が!」   


 足場の悪い斜面の上からの砲撃。外れたとしても灰が多く混じった地面に着弾すれば灰が舞い上がり人狼たちの目を潰していく。砲弾を避け損ねた人狼が悲鳴をあげながら爆散、あるいは斜面を転がり落ちていく。


「なんてなぁ!!」 


「なっ!?」


 しかし、それは今までの話だ。

 迷彩布を脱いだ人狼たちは全員ペストマスクの様な奇妙な仮面を付けていた。

 対防塵仕様マスク。渇気の状態異常を引き起こさないようにしながら同時に十分に火山灰の影響を無視できるだけの高性能なマスクだ。

 その脚にはこれまたアサイラムが手配したスパイク付きの靴。この足場の悪い地面でも走れるように、人狼化した後でも履ける様に仕上げた特注品だ。

  

「ラァ!!」


 灰塵の中を駆け抜けて人狼部隊は待ち伏せしていた北西勢力の連中にカウンターをする。接近戦になってしまえば人狼たちには敵わない。それこそ人外に片足突っ込んでるような奴でも連れてこない限り。 

 砲台が破壊され、砲撃手たちが死に戻りさせられる。更に砲弾とバリスタの矢の雨が降り注ぎ始めるが人狼部隊は一斉に上空に向けて何かを投げ、それが強烈な光を放った。またも古典的な目潰し。閃光弾だ。


「急げ!それがまともに使えるのは本当に最初だけだと思えっ!」  


 前線に出ずテント間際で指揮をしていたお頭は居残り組に檄を飛ばす。

 金属と金属が擦れる様な異様な金属音が樹林の中で響く。 

 

「さぁ来たぞ。出迎えてやれ」


 樹林の木が切り倒され、魔法で吹き飛ばされる。覆いが取られ、後方部隊が弄っていた物が露になる。


「押せ――――!!」


 それは地面に設置された巨大な円盤に、大きな棒を2本平行に固定したような奇妙なオブジェクトだった。それが十数基ある。いや、本当に奇妙なのは平行に設置された棒、レールの上に設置された金属の塊だ。  


 襲撃のどさくさに紛れたのか、それともどんな“手品”を使ったのか、DDの簡易前線基地をピンポイントで見抜いていたかのように山を迂回して北西勢力の迎撃部隊が突っ込んできた。

 レイドに於いてリスポンポイントとなるテントを真っ先に破壊するのは鉄則。北西勢力の動きはセオリー通りだ。だが、後方部隊は身構えるでもなくレールを押してレールの方向を迎撃部隊に定めた。迎撃部隊にはそれがまだ夜の闇の中ではなんなのかよく見ておらずそのまま突っ込んでくる。何をしようとも、DDが要塞を出てここにたどり着くまでの時間だけで砲台などを運ぶのには無理がある。勢いで押し切れると判断した。


「3、2、1―――――」


 その判断が正しかったかは、今証明される。

 レールを動かし終えると、何かを操作するどころか一目散に皆後方に下がる。いよいよ変な動きをし始めたDD側に対して不穏なものを感じて迎撃部隊の走りに迷いと澱みが生まれる。


「―――――Fire!!!!」


 お頭が叫ぶ。次の瞬間、レールの奥、円盤の上に鎮座していた金属の塊から爆炎が発生。直径3mにも到達するその金属の巨大なタイヤは側面に設置されたロケットが火花を解き放ち。不安定且つ急斜面な地面の上を凄まじいスピードで駆け上がっていく。


「なんっ、だ、それっ!」


 その兵器の名はパンジャンドラム。跳ねます跳びます戻りますで兵器としては不適格の烙印を押された残念兵器だ。だが、リアルには存在しなかった魔法などを駆使する事でそのネタ兵器は正しく兵器となった。

 側面部が燃え上がっているので見えにくいが、側面にはデフォルメされた笑顔の幼女が刻印されている。この兵器を渡された時のDDはただただ困惑していたが、その幼女はとある菓子好きの魔王を模したモノだ。妖怪に詳しい者がいれば炎上しながら回転して突っ込んでくるパンジャンドラムを火車と例えたかもしれない。


 明らかに不安定な軌道を描きながらもパンジャンドラムは迎撃部隊に突っ込んでいく。傾斜の上からの攻撃と言うのは多くの利点がある。ただ、一つ明確な弱点がある。

 悪い足場。植物を拒む細かい灰が多く混ざる土。山の上から駆け下りれば、“簡単には止まれない”。


 パンジャンドラムはまるで意思を持つかのように動き、方向転換をしようとして綺麗にすっこけた迎撃部隊の一団目掛けて接近すると大爆発。迎撃部隊を一撃で吹っ飛ばした。   

 



 

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― 新着の感想 ―
[一言] ああなるほど、プロメテウスの鎖かと思ったけどそっちかー あっちはあっちで自傷系デバフ持ちだけど強力な高速能力と炎系スキル・魔術に強烈なバフがありそう アグちゃん印のパンジャンドラムー!(某…
[一言] >>その兵器の名はパンジャンドラム。跳ねます跳びます戻りますで兵器としては不適格の烙印を押された残念兵器だ。だが、リアルには存在しなかった魔法などを駆使する事でそのネタ兵器は正しく兵器となっ…
[良い点] バンジャドラムぅこんなに立派な兵器になって(;ω;)
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