No.460 ダグザ
生産担当達にとってノートを案内する事は楽しかった。
なんせ張り合いがある。戦闘組でも世界トップクラスのはずなのに、ノートは生産に対しても深い理解があった。それはタナトス達生産担当の死霊達と話を合わせるために蓄積していた知識だが、その知識が遺憾なく発揮されていた。時には生産担当者達でも知らなかったような事をノートは平気で教え、生産担当者達を関心させた。
ノートもノートで、人数が集まっていて更にNPCの教導を受けないためにガラパゴス化していたDD生産部の技術は聞いていて興味深い物だった。ある意味、アサイラムもガラパゴス化した技術を有している団体だ。ガラパゴスとガラパゴスの接触ともなれば通常よりも多くの発見がある。
そんな新たな知識の発見をマネジャー役であるカるタはマメにメモし続けていた。
「まあ食はほぼノータッチなんですけどねぇ」
「ダグザがなぁ、うん」
「一国に一台ダグザ」
「初期特チートっすわ」
「食糧自給を1人のプレイヤーに依存してるのヤベーなって思って農業とか牧畜とかしてんすけどね。戦闘部隊から貰った肉焼くだけだとバフのらないし、そんな事して時間無駄にするくらいならダグザでいいじゃんみたいな事言われちゃうんで」
「ん~……料理は難しいよなぁ。ウチも料理得意な子がいるんだけど、リアルと勝手が違くて最初はコツをつかむまで時間かかったらしいし、普段料理しないと猶更難しいよな」
「便利な調理器具に囲まれた22世紀キッズの俺達に料理はムズイぜ……」
「クッキングポッドに材料ぶち込めばバカでも作れるもんな」
少し自嘲気味な生産担当の言葉にノートも頷く。
「わかる。アレ便利ですよね」
「けどキャプテンのお陰で料理への意識も変わったと思いますよ」
「今ならもう少し料理の重要性を理解してくれるかもなぁ」
『クッキングポッド』と言うのは調理家電の一種で、大きな鍋と給湯器の中間のような見た目をしている。連携している携帯端末でメニューを選択して指定された材料を入れてスタートボタンを押せば完成までオートで処理してくれる非常に便利な物だ。
難しい調理はできないが、スープ系は一通り作れるし、炒める、焼く、蒸す、揚げるなどもアタッチメント交換で対応可能だ。材料に関してもカットされた物が色々と売られているためにパックを開けてぶち込んで、クッキングポッド用の『○○の素』みたいな奴と一緒にぶち込めば猿でもそれなりものが出来てしまう。
実際、調教されたチンパンジーがクッキングポッドを使い1匹でクリームシチューを作り上げた動画は広告にも用いられ世界的にも大きな反響を呼んだ。そう、言葉通り、本当に猿でも作れるのだ。包丁だのなんだのを使わないので危険性もなく、AIナビが口頭で指示も出してくれるので子供でも作れる。使い終わった後は食洗機に入れるだけで片付けも済むので隙が無い。
割とものぐさでクッキングポッドに頼りがちなノートも生産担当者達の愚痴には深く同意する。その後ろでトン2も頷いている。料理めんどくさい勢としてはクッキングポッドは心強い味方で、22世紀の人々の料理離れは深刻だ。
だからこそ、料理がゲームの生産要素の一大ジャンルとして成立しうる。もはや鍛冶や牧畜の様に、リアルの自分とは縁遠いからこそ『ゲーム』の一要素になり得るのだ。
「ダグザねぇ。『ダグザの大鍋』であってる?Cethlennさんだよね」
「それっす」
「食糧ガンガン排出するしバフ大量に乗るし旨いしで戦闘部隊がダグザでいいって言っちまうのもわからなくはないのが問題な位便利なんすわ。高確率でお粥ですけどね」
昨日煮立った鍋を背負って歩きまわるという奇妙な事をしていたCethlennだが、そのCethlennの初期特こそ背負っていた例の大鍋だ。
ダグザの大鍋。
系列で言えばケルト神話などの伝承に登場するアイテムで、ダーナ神族という神の一族の長的な立ち位置であるダグザの持ち物であり、同時にダーナ神族四秘宝と呼ばれる特別な宝の1つにも選ばれているのがこのダグザの大鍋だ。この鍋に纏わる詳しい伝承はあまり見受けられないが、兎に角無限に食料が湧き出て人々を飢えさせることは決してないと言われている。なるほど、これは確かに秘宝だ。
一応流石に全てを語る事は憚られたのか生産担当者達も多くは語らなかったがそれぞれが「このくらいなら話してもいいか」と出した小さな情報を繋ぎ合わせればノートの中で全体像が見えてくる。
初期限定特典『ダグザの大鍋』の効果は伝承通り無限の食料を生成する。また、魔物の素材から本来は食料には適さないモノまで鍋に突っ込んで煮込むことができ、材料にした物に応じて大量のバフを有する食料を生産し、その時に発生した一部の効果を微量ではあるが確率で自分の特性として取り込むことができる(なお材料がゲテモノでも美味な物が生成される。もれなく空腹値回復力が極めて高く、とある事情で空腹値の減りが通常より大きくなっているDDとしては最高の相性を誇る)。ただ、食事の扱いは悪魔食材とほぼ同じで食べれば悪性に寄り、中立以上の性質の者が食せば呪物になる。
また、他にも生産補助や仲間に対する自動HPMP回復、幸運のバフを恒常付与なども持ち合わせており傾向で言えばパンドラの箱に近い所がある。味方が多ければ多いほど爆発的にその性能を発揮する。それが『ダグザの大鍋』だ。
やっぱ初期特ってズルいよな。
いやそれをあなたが言うか。
そんなやり取りをしつつ見学を続けていると、ノートにとっても興味深い物を見つける。
「おお、これ魔法のスクロール?こっちはドロップ調整系のスクロールか?『魔導書』もあるじゃないですか」
まさに錬金術師の研究所と言ったところか。
大量の紙と本が積まれ、傍らには錬金陣を書き散らしたような紙があり、更には鉱石やら魔物のドロップ品なども無秩序に転がっている。
「あ゛?なんすか?」
ノートが前のめりで反応するの今日初であり、それだけノートはこのブロックに興味を示していたのだが、この作業場の主の反応は逆に生産担当者達の誰よりも鈍かった。
年は20そこらか。ぼさぼさの髪に瓶底眼鏡。明らかに寝不足と思われる疲れ切って濁った眼。科学者のような白衣を着ているが着古しているのか汚れが目立ち、ほつれも見える。もはやここまでステレオタイプな科学者スタイルも一周回って珍しいと思うほどの見た目の男だった。もしこれがキャラづくりの一環としてのデザインだというのならノートは心からの拍手を送りたいくらいにはスタンダードだった。
ただ、そんな「ファッションなんて言葉なんぞ犬にでも食わせてやれ」と言わんばかりの格好をしているのに綺麗なピアスをしている物だから一周回って奇妙なエキゾチックさがあった。
「いや、スクロールに興味があってね」
「はぁ…………」
「キャプテン、モノ好きっすね」
「金食い虫ジャンル」
「いやーきついっス」
「スクロールはなぁ、うん」
「てかマジックアイテム全般がね」
その男の反応も鈍かったが、生産担当者達の反応も他とは違う、少しマイナスの感情を滲ませたものだった。基本的にこのように狭いコミュニティであるためにDDの生産担当は結束力が強く、コレはかなり異例な反応だった。
スクロール。
ALLFOでは魔法を一時的に発動させる『マジックアイテム』という分類になるアイテムだが、現環境でのスクロールの評価は『近接系ソロ救済』『初心者の保険火力』『生産が偶に使うヤツ』という微妙な評価だった。
基本カテゴリーは錬金術なのだが、製作には錬金術以外の知識も必要で、一から素材を集めて作っていくと時間もかかるし金もかかる。かと言って出来るのは参考元のオリジナル魔法から劣化した魔法を特定のモーションを踏んで発射する物。他にもエンチャントモドキや、魔法的な効果を持ったアイテムなどの生成もできるが。これもまた製作難度が高いし色々な専門知識がいるしで、やはりここに手を深く突っ込むプレイヤーは非常に稀だ。
銃が台頭してきた事で今スクロール業界はより苦境に立たされていた。
その魔境に敢えて手を突っ込んでいる男が此処に居た。しかもNPCの教導をほぼ受けられないPK側で、だ。それはもう物好きの領域を超えている。ハッキリ言って苦行に近いだろう。実際は悪性ルートも一定以上進めれば特殊なNPCが接触してきて気まぐれに知識や技能を与えてくれるのだが、それでもやはりマジックアイテム関係に関する知識は殊更に少ない。
「いや、私は結構化ける分野だと思ってるんだよねマジックアイテム。ALLFOが完全に死に分野を作るとは思えないんだ。多分付与術師とか召喚術師とか専門の職業の解放が足りてないか、根幹の知識が欠落してるんだろう。そこを埋めることができれば一気に良くなると思うんです」
「…………」
だが、アグラットの魔法談義や、ザガンのような技術者の存在を知るノートからすればマジックアイテムは「可能性のある分野」だった。しかもそれに対応する死霊を召喚してみたくても、必要技能がかなり多くて生贄とするアイテムの方向性を絞り切れずノートでも事故のリスクが高すぎて手を出せないためにアサイラムでもほとんど研究が進んでいない分野だった。
一応ヌコォやネオンが近い事はできるのだが、2人も忙しい。成果が出るか分からないマジックアイテムに時間を費やすことは現実的では無かった。
故にこそ、ノートはマジックアイテムを専門に悪戦苦闘するプレイヤーに着目した。コイツはきっと面白いぞ、と。研究者っぽい男もノートが単なる冷やかしではないと分かったのか、最初よりは幾分かノートに関心が向いたようだった。
「もう少し話したいな。いいか?」
ノートはトン2とカるタに確認。トン2は手でジェスチャーを返し、カるタも頷いて新しいクリップボードを取り出した。
「今更だけど、私はアサイラムの統領をしている者です。キャプテン、或いはアオとでも呼んでくれる嬉しいです。昨日の宴会の時にも少しだけいらっしゃいましたよね?」
ノートにそう言われると、研究者の男は羞恥とも苛立ちとも取れる様な顔をして目を逸らす。
「そりゃあれだけ大騒ぎしてたら見に行きますよ。すっげー煩かったですもん」
「それはすみません。気を付けます」
ノートに好意的な生産担当者達は研究者の男の態度に文句を言いたげだが、これは真っ当なクレームだとノートは手で押しとどめて素直に謝罪する。
「改めてよろしく」
「Lucy・NeZだ」
「ルーシー?なるほど、よろしく」
ノートが手を差し出すと、研究者の男、Lucyと名乗った男も一応握手に応えようとして手に付いたインクを雑に白衣で拭う。それでもインクが取り切れずさぁどうしたものかと手をフラフラさせたところで手が汚れる事も構わずノートは少し強引に握手をした。
「………変な奴だな」
「お互い様ですよ。もう少しマジックアイテムについて話してみませんか?なに、研究の脚を引っ張る事はないと思いますよ」
「その自信が思い込みでないことを祈るだけだな」
ノートがルーシーと言う名に引っかかったのは、ルーシーは本来女性名として扱われる名前だからだ。なのでアメリカのスラング系で何かしらネタがあるのかと考えてみたがパッとは思い浮かばなかった。
Lucyは心底奇妙なモノを見る目でノートを見ているが、その目にあった強い拒絶感は失せつつあった。




