No.454 シルキー
「ここなら使っていいと?」
「一応な」
「では遠慮なく。各員設営開始」
「手伝うか?」
「ああ、お気遣いありがとうございます。恐らく直ぐに終わりますよ」
幹部たちが頭を悩ませていた一方、ノートは突撃部隊の部隊長をお目付け役として付けられて東南東の一角の空きスペースに案内されていた。未だにアサイラムに対する目線は動物園のパンダに向けるソレか、或いは住宅街に急に出てきてしまった熊を見る様な目だが、案内役をお頭から任された突撃部隊の部隊長はこざっぱりとした性格をしており、先の敗戦に引きずられる事なくアサイラムに対して好意的だった。
ノートの指示を受けて他メンバーたちがインベントリからテントを取り出す。インベントリに入るギリギリのサイズの其れは細長い袋に入っていて、取り出すとフレームと撥水性の布が出てくる。それをメニュー画面で選択して弄ると空きスペースにひとりでにテントが立つ。テントと言ってもなかなか立派で、どちらかといえばテントハウスと形容した方が正しいか。三角形のモノではなく、長方形のを基本として鈍角二等辺三角形の屋根がある。それともう一つ、家族で使うような大きめの普通のテントをその隣にヌコォが配置した。
「課金したのか?」
「一つはガチャでメンバーが当てまして。勿論追加で課金はしてますけどね」
「この大きいのは?」
「車庫兼倉庫です」
ノートがパンパンと手を叩くと、キサラギ馬車は華麗なバック駐車で一発で車庫用のテントハウスに入った。サイズとしては本当にギリギリだ。すると続いて今度は馬車の中に乗っていたのか小さな人影が出てくる。ローブを頭からスッポリかぶっているので全容が全く見えないが、明らかに背中側が奇妙に膨らんでいる。背格好も小さすぎる。ALLFOがプレイできるのは満15歳以上のプレイヤー。そうなればどんなに身長が低くても140㎝くらいはある。しかし、今テントハウスからそそくさと出てきたのは明らかに130㎝にも満たない様に見える身長であまりにも小さい。
だが、手際は非常に良い。どこからともなくトンカチと何かを刻印したような発光する釘を取り出すとその小さな手でテント周りに素早く打ち込んでいく。どれも一発だ。手つきに迷いがなく、静かで、何かしらの技能を使っているのか手が発光している。あまりの手際の良さに思わず隊長が見入っているとあっという間にテントを囲うように円形に釘が打ち込まれ、釘を打ち込んだ小さな子はさっさとテントの中に戻ってしまった。
「…………今のは?」
「ウチの妖精ポジです。いい子ですよ」
実際は妖精とはかけ離れた恐ろしい存在なのだが、アサイラムの扱いでは家事妖精に近いポジションなので嘘はついていない。けものっ子サーバンツ達の中でも工兵的なポジションであるイツリスの手際はプレイヤーのそれとは比較にならない。
「この釘は?」
「簡易結界を展開するものです。お互い見られたくない物もあるでしょう?」
「はぁ……」
試しに突撃部隊隊長がテントの方に手を伸ばしてみると、パチッと電流の様なエフェクトが走り手が弾かれた。
「人の基地の中に安全圏を簡単に確保しないでほしいんだが」
「それは其方の監督責任では?先にスペースを借用する許可は得ましたし、そのスペース内でやった事なので問題はないはずです」
「アンタ詐欺師みたいだな。あるいは法学部上がりのクソ学生」
「あははは、私、貴方みたいな正直な人好きですよ。まあ宿代は渡しておいたので、あとで揉めてもなんとかしますよ。貴方だけの責任ってことにはならない。土地の借用に関して私に釘を刺しておかなかった幹部衆が悪い。でしょ?」
「……野郎に好きって言われてもちっとも嬉しくねぇ」
会話している部隊長が今の感情を一言で表すなら「調子が狂う」が一番適切だろう。
映像で見た時も、攻め込んできた時も、要塞の中に入ってきた時も、圧倒的な力を持つ者が放つ独特のオーラがあった。負けたものの、思わず納得させられる強さだった。
だが、今こうして会話しているアサイラムの統領は想像よりも遥かに気さくな人物だった。
周囲から色々な目線を向けられていてもまるで動じた様子はなく、仮面で顔こそ隠れているが声は明るくて部隊長側もしゃべりやすい空気を作っている。今までに出会ったことのない独特の空気を持つ人物。身振り手振りの1つ1つに自信があふれており、人を扱うのに慣れた動き。ベンチャーの若社長、そんなイメージが脳裏をよぎる。
「んでよぉ、これ聞いていいのかわかんねぇけど、なんでアンタ以外喋らないんだ?なんか事情でもあんのか?」
ちょっとした皮肉を言っても軽く流される。なら、もう少し踏み込んでみるか。周りの連中の中にもちょっかい出したくてうずうずしている気配が多い。その中でも現状接触を許可されているのは部隊長だけ。故に彼は仲間の圧を背中で受けながら、彼らが聞きたがっている事を代弁しなくてはいけないのだ。面倒な立ち位置だとは思いつつ、部隊長はそれでも果敢にジャブを打っていく。
「ロールプレイ、的な?」
「え?」
しかし、そのジャブは大きく空ぶる。
「悪役がみんなベラベラ喋ってもウザイじゃないですか。雰囲気出ないし。口を回すのは私の担当です。他のメンバーの分まで私がしゃべってればいいんですよ」
「なんだそりゃ」
返ってきたのは予想外の答え。煙に巻かれているのか本当にそう思っているのかイマイチわからない。
「仮面もロールプレイか?」
「そこは身バレ対策ですよ。このご時世のセキュリティー事情じゃ相当困難とは知ってますけど、万が一家突されたら怠いじゃないですか。これ7世代で一番の欠点だと思います」
「PKしてるくせになんでそこら辺の感覚は普通なんだよ」
真面目に答える気がないのかそれとも本音なのか。どっちとも取れる回答に隊長もジャブを打つ手が止まりそうになる。なんとなく口でコイツをどうにかするのは無理だ、そう隊長は悟った。
「こう、もっとフィクサーみたいな感じがしてたんだが………なんか所々庶民感があるなアンタ」
「そりゃそうですよ。漫画のヴィランじゃあるまい。『よくも俺の妻を………!許さん!俺はこの世界を滅ぼすまで止まらん…………!』みたいな使命感も復讐も意義も何もないただの娯楽のPKをしてるだけです。勿論、『俺が魔王だ!全員傅け!』みたいなロールプレイをするのもそれはそれで面白いですけどね。でもいつでもその調子じゃイタイ子じゃないですか。てか単純に疲れる」
ノートは少し辟易したような様子で内情を零す。そんな様子を見てますます抱いていたイメージが崩れた隊長は笑いをこらえきれなかった。
「ハハハ。ほんと調子狂うぜアンタ。てかほんと良くしゃべるぜ」
「オンゲでコミュニケーション取らないのってオンゲしてる意味ないですしね。喋ってなんぼですよ。一人でも声のデカいヤツは目立つ。黙って黙々と何かを成し遂げる人よりも何も成し遂げなくても声のデカイ連中は目立つんです。そういうもんでしょ?私はそうしてのし上がっただけです」
「アンタがデカいのは声だけじゃねぇから世界中大騒ぎなんだがな」
2人が会話してる前では着々とテント周りの環境が整えられていく。時折メンバー同士がジェスチャーで何かしらやりとりしているが、もう喋ればいいのにと隊長は思った。と、そんな会話をしていると隣でいい匂いがする。
「仮面ズラしていいのか?」
「全部取らなければ」
気づけばいつの間にかノートはカレーを連想させるスパイシーな香りを放つチーズホットドッグを手にしており、仮面を口より上にあげてもしゃもしゃと食べていた。その香りは鼻孔から入り脳の空腹感を刺激。飲み込んだ唾が空の胃に落ちて胃が寂し気に動いたような、そんな感覚を隊長は覚えた。
「食べます?あ、性質、完全に悪性に寄ってますよね?」
「まぁ、極悪だが」
「それじゃどうぞ。変な称号幾つも取れると思いますけど気にしないでください」
ノートはインベントリからお代わりを取り出し、紙袋に包まれたホットドッグを渡す。今の質問の意味はよく分からなかったが、旨そうには違いなかった。
先ほどの戦闘で丁度空腹値も減っている。食べるタイミングとしては悪くない。
隊長は我慢できずに包み紙を剥いて豪快にかぶりつく。見た目よりあっさりとしたチーズ。カレーを感じる味付け。弾ける肉汁。ピクルスの程よい酸味がチーズと肉汁の強烈な旨味で圧死しそうな味蕾の清涼剤となっている。
思わず隊長は手に持ったホットドッグを、まるで老眼で新聞紙を遠ざける老人の様に離して持ち、目を見開いてホットドッグを見つめる。その顔は歓喜というよりは眼がしらに皺が寄り明らかに険しく困惑に満ちていた。まるで奇妙なモンスターを手に持つようにジッとホットドッグを見つめながら咀嚼。ゴクリと飲み干す。
「ウマすぎる………!」
「いや、顔。口に合わなかったのかと不安になりましたよ」
「旨すぎてビビった」
「それは何より」
「コーラが欲しくなる」
「いります?コークハイですけど」
「なんである…………!?いや、野暮な事は言わん。もらおう!うん、旨い!!It is awesome!!」
隊長が分かるだけでも、このホットドッグは現状のALLFOの環境からすると見逃せないものが多い。
加工品の大きなウインナー。ピクルスを漬けていたであろう酢。カレーに近い香りを思わせるスパイス。意外とあさっりとしながらも旨味たっぷりのチーズ。
ALLFOでは課金すれば調味料などはリアルのモノを買える。なのでスパイス粉や酢があること自体はまだいい。しかし店売りのリアルアイテムにはバフが殆ど乗らないという特徴がある。だが、隊長が口にしたホットドッグにはバフが山盛りだ。更にはコーラも課金アイテムではない。こってりジューシーな暴力的旨味を齎すチーズスパイスホットドッグに、バチッと弾ける炭酸とガツンとキレのあるライムの酸味を効かせながらそれをまろやかな甘みで包むコークハイが口をリセットして爽やかにしてくれる。
素材だけではなくこれら全ての食べ物の材料がALLFO産。つまり自家製。飲み込んだ瞬間に表示された大量のバフがそれを証明していた。
「くぁああああ、コイツぁウメェ!飯関係に関してはウチも負けてねぇと思ったんだが……こっちでも負けるなんてな」
「食事バフ、ALLFOだとバカにできないんですよね、ホント。あ、皆さんもどうですか?まだありますよー」
「ちょ、いいのかそんなこと言って」
「まあ毎日は無理ですけど、お邪魔してるのは私達ですしね」
ノートが合図を出すとまた倉庫の中からちょこちょこと小さな人影が出てきていつ作っていたのか、明らかにインベントリに入りきらない大きさの屋台セットを抱えて持ってきてテント前に置いた。屋台のテーブルには学校の購買部の様にケースが置かれていて、その中にノートはホットドッグなどの手づかみできる食べ物を置いていく。
「いいのか、貰っても?」
「冷めないうちにどうぞ。幾つか持って行って仲間にも渡してあげてください。あ、一応忠告しておきますけど、性質が悪性に寄っているプレイヤーだけにしてくださいね。それ以外が食べるとアレルギーっぽい症状が起きるんで」
ノートの思ったより気さくな態度を見てか、それとも香りか、あまりにも旨そうに隊長が食べていた為か、好奇心に負けて何人かのプレイヤーが近づいてきた。ノートは其れをにこやかに歓迎するとホットドッグを複数手渡しする。
1人が来れば、俺も行ってみるかとまた1人やってくる。
話しかけられれば気さくに答え、突っ込んだ質問は上手く流す。
「ぐぇ!?」
「そういう遊びはまた今度で。リベンジは大歓迎ですけどね、飯時は争いごとなしで」
時には気まぐれでノートに襲い掛かるプレイヤーも居たが、ノートを補佐するように集まっていたアサイラムの他のメンバーに一瞬で鎮圧される。その動きだけで皆は嫌でもプレイヤースキルの高さを実感させられることになる。余計な色気出す者がいるとはいえ、DDは数々の対人を経験し、転移門ショックがあってもなおPKを続けてきた連中だ。相手の実力を全く理解できないバカは居ない。
そしてそんなちょっかいを出されてもノートはあくまで平然としている。
「酒もどうですか~?これとかアメリカ圏でも口に合う味だと思いますよ」
「ん~、じゃあもらおうか」
「ダイジョブダイジョブ。ゲームの中なんだから飲んでも全く健康に被害なしですよ」
「それもそーだな」
仕組みは不明だが、テントハウスの中からは次々と物が出てくる。
先ほどはドーモなどと憎たらしい事を言いつつノートは寄ってきた面々と話す。勿論、未だに遠巻きに睨んでいる目もあるが、明らかに敵意剥き出しな視線はそう多くない。少しずつ減っていく。中立から好意的が7割以上、警戒ほぼ3割と言ったところか。
「ワハハハハ、なんだそりゃ!」
「アレってそんな話だったのか?」
「いや、ほんと、初期特はチートではあるんですけど、使い方が難しくって」
「お頭たちみんなそういうけど、やっぱりチートだぜ初期特はよぉ」
「私もお頭達の初期特はほんとズルいと思うんですよね」
「「「「「「アンタが言うな!」」」」」
北西勢力とのトラブルで少し鬱屈した空気が立ち込めていた要塞の中で、その一角は妙に明るい空気が広がっていた。




