表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

705/880

No.449ex 獣



「ォラ゛ぁ!!」 

「!!」

『GRRRRRRRRRAAA!!』 


 開始は唐突だった。

 

 アサイラムの統領は力を見せろと言った。

 どちらかが全滅するまで戦おうと言った。

 我々は獣だと言った。


 決闘システムと言う合法的なシステムを無視して、敢えてPKをしようと言う性根の曲がった連中に試合開始のゴングは要らない。

 今、ここで、戦う。そう思ったら戦いの始まりだ。

 卑怯上等。それこそがPKプレイヤーだ。


 白銀の獣に跨っていたお頭の手の中にいつの間にか金色の大きな鎖が出現し、アサイラム統領を襲う。

 元より勝てるはずはない。なら負けの中でも最良の負けを目指す。例え全滅だとしても敵の頭を落とせば一方的な負けにはならない。

 だが、鎖にカットインするように今まで微動だにしていなかったアサイラム統領が肩に乗っていた魔物が動く。

 半人半蠍か。見たこともない造形で、明らかに通常の生き物ではない。化物が吼える。その咆哮はあまりにも強烈で思わず身体が竦みそうになるが、怒りを燃料に戦意を燃やして鎖を操る。化物は手にしていたハルバードで鎖を弾く。弾こうとするが鎖は目にもとまらぬ速さで蛇行してハルバードに絡まり更には巨大な化物にまで瞬時に絡みつく。


「おぉ!」


 ムカつくことにアサイラム統領は焦るどころか楽しそうな声をあげて化物から飛び降りた。

 後ろでも仲間が攻撃に移った音が聞こえる。それを観ている余裕はない。お頭は統領に専念する。やはり過去に映像で見たようなイベントムービーボスみたいなデタラメな身体能力や攻撃は放ってこない。動き自体は常人に近い。


一之鎖(カーツゥンフーディン)!」


 飛び降りた統領を狙うように地面から唐突に金の鎖が伸びる。

 ノータイムで統領の足元に一抱えもある大きな岩の様な何かが現れ、それを蹴って鎖の身代わりにしつつ躱す。

 

二之(クニス)――――「()れ」」


 更に追い立てるようにお頭は第二射を放とうとするが、其れより早く統領の呟きが聞こえた。

 お頭は横から何かが高速で接近したように感じた。空間が微かに揺らめいている。何もいないはずなのに、ナニカがいる。直感に従ってお頭が頭を下げると頭上の空間が切断されるような勢いで何かが通り過ぎた。騎獣もなんとか躱そうとしたが、首を大きく切り裂かれ大量の赤いポリゴン片が噴き出した。

 お頭は強引に態勢を変え、騎獣も反射的に動いたためにお頭は騎獣から転がり落ちた。その最中で危険すぎると判断し騎獣を戦闘に使わず宝珠に戻した。


「(このヤロ!)」  


 卑怯はお互い様。正々堂々みたいな顔をしておいて、統領は姿の見えない何かをお頭の近くに潜ませていたのだ。


「―――(ゲイト)!」


 落下しつつも発動対象を変更。お頭は鎖を目に見えないナニカに向けて放つ。お頭にはまだハッキリと見えないが空中から飛び出した鎖は目に見えない何かに対して高速で追尾する。


「レク」


 やはりナニカいる。それは間違いない。だが不思議な事に途中で鎖が止まった。まるで追尾目標を忽然と見失ったように。初めての事象にお頭の思考に僅かな空白ができ、それが致命打となる。

 星一つない漆黒の空。影も闇に飲まれ境目はない。が、お頭は地面に着地すると同時に頭上から影を感じた。何かがいる気配を感じた。上を見て、そして目が合った。

 翼を広げてこちらを見下ろす怪物。胸は大きく膨らんでいるが、それは巨乳と言うよりもまるで空気でも詰め込んだかのような不自然な膨らみ方で。お頭は咄嗟に手に持つ鎖を上に向けガードに使う。次の瞬間。


『A゜ッ――――――!』


 高音を超えた何かが聞こえた。直ぐに聞こえなくなった。

 手足が異様に重い。虚脱感。体に寒気が走る。

 巨人に踏みつぶされたような衝撃。攻撃の正体は、超高速の音波と呪詛。


「――――!」


 押しつぶされ、呪いに蝕まれ、倒れそうになるところを意地で耐えてガムシャラに吼える。音は聞こえない。鼓膜をやられたか。種族的に聴覚に優れている事が今はデメリットになっていた。それでもあきらめずに音のない世界でキーワードを口にする。


 三、四と鎖が飛び出す。

 周囲はどうなっている。まるでわからない。見ている暇がない。だが自分がもがくことでこの下法の力を引き付けられるなら悪くない。

 至近距離。三本目の鎖は確かに上空に潜んでいた化物の下半身に絡まった。これで2匹目。がしかし、急に翼からボロボロと崩れると鎖が完全に絡みつく前に下半身を切り離し、上半身は何十匹もの白い蝙蝠に化けて拘束から逃れた。またも初の事態。鎖も体の部分は縛り上げる事は出来たが、逃げだした蝙蝠に関してはどれを狙えばいいのかわからないのか鎖の先端がフラフラしている。

 4本目の鎖は自分の背中に向けて射出したモノだ。のけぞりそうになる体勢を強引に立て直し更には鎖を掴んで鎖の動きを利用して動く。


「(ちょ、お、は!?)」


 が、そのお頭に向けて大量の野球ボールぐらいの大きさの黒い球が飛来した。まるでバッティングマシンの機械が壊れてガトリング砲の様にボールが放たれているような、そんなイメージが頭に過る。避けようとしても動きを全て先読みしているように顔面に魔法が飛んでくる。 

 闇属性の水魔法。お頭の相性的には良いのでダメージは許容範囲だが球の量が多すぎる。普通のプレイヤーなら死んでいる勢いだ。そんな火力の魔法が、普通ならとっくにクールタイムになるべきはずなのに同一の魔法が際限なく放たれ続けている。何より黒い水球の魔法自体が目潰しとして機能している。お頭は夜目が効くが魔法の闇はまた別だ。更に水というチョイスがいやらしい。目が開けられない。呼吸ができない。いくら振り払おうとしても水は吸い寄せられるように顔面に魔法が飛んでくる。


「(———————リアルタイムで弾道を弄ってんのか!?)」

 

 魔法を放っているのは間違いなく統領。詠唱しているのか無詠唱なのか。

 お頭は純前衛型なので魔法は不慣れだが、ALLFOの魔法のコントロールが簡単ではないことは知っている。オートマチックコントロールなら魔法を唱えるだけで大体真っ直ぐ魔法は飛んでくれるが、あえてオートではなくマニュアルで使うこともできる。魔法の規模、威力、起点、弾道を指定して使うことはできる。

 ゆっくりやれば誰でもできる。しかしそれを前衛のリーチでやるには相当の慣れがいる。相手が激しく動き回るのなら猶更難易度は跳ね上がる。リアルタイムで弾道指定するには相応の頭の回転の速さが必要だ。お頭相手にそれができる後衛職が果たしてこの世界に何人いるか。

 水の中にたまに氷を織り交ぜてくる嫌がらせのせいで開き直って目を開けた途端に予想外のダメージを受ける。まるでお頭が目を開けるタイミングを完璧に読んでいたような絶妙なタイミングで氷が混ざる。

 

 確かに死霊は手強い。底が見えない。

 だが、それ以上に死霊を操るプレイヤーが対人戦を知り尽くしている。

 加えて意味不明な精度の魔法のコントロール技術。もはや曲芸レベルであり、まるで対処ができない。

 お頭は知らない。目の前にいる男が、変な技能ばかり鍛えているせいで小技だけなら人間離れした挙動を易くやってのける事を。身体が思考について行かないから並の身体能力なだけで、もしこの男の思考のままに動く物があったとしたら。人間のはずなのに人外パーツを動かす方が得意というもはや人間に生まれた事自体が何かミスみたいな生態をしてるこの男からすれば、自分の思うままに動く魔法を扱うことなどあまりにも簡単だ。鍛え続けた魔法はシンプルにして強力。むしろオートマチック補正の方が邪魔まである。

 数々の動画で大規模で魔法を使ってきたが、その全てがぶっつけ本番だった。それでもこの男はその魔法を使いこなす人間離れした処理能力を持っているのだ。

 敵の動きを観察しつつ味方に対して指示を送りながら、適切なタイミングで、適切な位置に、適切な死霊を召喚する。この芸当を当たり前のように成し遂げることができるからこそ彼はネクロノミコンの所持者に選ばれた。


 耳を潰されたせいで周囲の状況もわからず、視界まで閉ざされ、思うように動けない。魔法で目隠しされ統領の位置を上手く掴めない。

 そこで闇を切裂くように白い光が走った。今度こそ避け切れなかった。白い光を放つ大鎌が不意を突いてお頭の脇腹を心臓まで届く軌道でザックリと切裂いた。

 

 統領の力の源泉を考えるならあり得るはずのない聖属性ダメージ。非常に大きなダメージがお頭に入る。

 たたらを踏む。

 下手人の姿を目で捉える暇もなく、その隙に後ろから何かに抱きつかれる。振り向く余裕もないが絡みついてくる手足の感覚から人型の何かだ。身動きが取れない。体が重い。呪いならレジストできるがこの拘束は物理的な物だ。それも抱擁と言うスキルでも魔法でもない原始的な方法だ。逆にシンプルだからこそゲーム的な対抗ができない。


「ぐぁ!?」


 空気が肺から漏れる。正面からのタックル。いつの間にか現れた大きなゾンビ、頭にヘルメットを被せたような恐竜、パキケファロサウルスを思わせる形状の化物が身動きが取れないお頭の腹に突進。後ろから抱き着いてくる何かとの間にサンドウィッチされる。更には勢いのそのままパキケファロサウルスは自爆。凄まじい衝撃が全身に走る。  

 

 そしてお頭が衝撃で何もできなくなった間を縫うように視界が乱れた。何かが起きた。

 高耐久力を持つお頭はダメージを受けながらも意識を保ち頭をあげる。意識を保つ。目を向ける。そこにはお頭たちの持つ拳銃よりも小型化、洗練された拳銃の銃口があった。

 音が聞こえないので発砲音も聞こえない。

 しかし驚きはない。ALLFOの世界に目に見える形で初めて銃を持ち込んだのは彼らなのだ。その技術がどこよりも進んでいてもおかしなことはない。


 銃口が光る。

 胸を撃たれた。肩を撃たれた。脚を撃たれた。連射速度が非常に速い。

 体が石の様に重くなっていく。

 その弾丸には呪いが刻まれていた。今は姿を見せない大火力魔術師が魔法ではなく呪いを重点的に刻んだ対人用の弾丸だ。撃ち込まれた弾丸は耐性を食い破りお頭を侵す。


 それでも意識を繋ぎ留め、心で叫ぶ。鎖を()ぶ。

 そんな足掻きを予測していたようにお頭の頭部に闇の電撃が放たれた。頭部に対する電撃。スタン。瞬刻の気絶。すなわち技能の強制キャンセル。

 

 誰が、探せばどこにでもいそうな青年だ。

 とんだ化物だ。

 動きは並み。騎乗中の身の置き方も降りる時も攻撃に対する反応速度も並みだ。

 だが手札の数が違う。

 手札の使い方のキレが違う。

 見えてる盤面(スケール)が違う。

 策の組み立ての速さが違う。

 対人で積み上げてきた経験の量が違う。

 対人で吸収してきた経験の質が違う。 

 何をしても読まれている。対策される。惑わされる。弄ばれる。

 少しずつ、丁寧に、反抗心を手折られる。


 分かっている。アサイラム統領は本気で“遊んでいる”。

直ぐに殺すだけなら引き連れていた化物を全て動員すればいい。けどそれをしない。物量だけでお頭を一方的に叩き潰そうとすることもできただろうにしない。味方が横槍を入れてくる事もなく、いつの間にか統領とのタイマンになっている。

 お頭が足掻ける余地を設けた上で、戦える最低限の場を残したままで、その上で真っ向からお頭と戦っている。お頭が前衛職ビルドに対し、お頭の知っている限りでは本人の自己申告が正しければ統領は後衛ビルド。だが、統領は敢えて前衛のリーチでお頭と戦闘をしている。


 言葉に偽りはない。

 この青年は、アサイラム統領は、恐怖を刻もうとしている。理解させようとしている。後腐れなく従える様に心を壊そうとしている。

 遂にお頭の身体が崩れ、両膝を着く。視界がブラックアウトしていく。


 が、それは許されなかった。

 背中から抱き着いていた何かがなくなり身体が軽くなった。

 視界が急に戻った。回復のエフェクト。誰が。

 回復魔法を使ったのは、アサイラム統領自身だった。


「さぁもう一度。最後まで足掻け。この首を取ってみせろ」


 鼓膜まで回復している。周囲の音が聞こえる。だが静寂が広がっていた。赤いポリゴン片が弾けて舞っていた。

 アサイラム統領の後ろに立つはアサイラムの仲間と思しき者達。味方は既に全滅していた。


 舐めるな。腹の芯から怒りが燃え上がる。

 全力でと言っておきながら敵を回復するという舐めプ。屈辱。羞恥。


 怒りを集中力に変える。この男だけは殺すと殺意を猛らせる。

 鎖を射出。“自分の足裏”に当てる。そうする事でノーモーション跳躍をする。更にもう一本。鎖を自分の頭上に通し高速で飛び上がった体を鎖にぶつけて跳ね返す。まるでスーパーボールの様な軌道で地上へ勢いよく戻る。同時に鋭利な爪を統領の頭に振り下ろす。

 これは見せたくなかったとっておきの運用法だ。不意打ちには最適で、お頭の予想通りアサイラム統領は反射神経自体はそう強くないのかまだ反応できていない。


 捉えた。完璧な振り下ろし。頭を抉る。

   

「非常に素晴らしい一撃でした」


 しかし手ごたえが軽い。頭ではなく被膜のある小さめの何かを殴った様な感覚。赤いポリゴン片となって砕けつつあるそれは白い蝙蝠。蝙蝠が統領の声を発しながら砕けていく。同時に統領の姿が幻影の様に霧散し、声の聞こえてくる位置がズレた。

 手を抜いていると見せかけて、一切の油断はない。


「GG」


 いつの間にか僅かに離れた場所から明らかに特殊な加工を施していると思われる発光した銀色の銃を構えていた統領。

 不意打ちからの振り下ろしに全力を注いでしまったが故に回避を取る暇もなく、銃口は目の前。照準は眉間。

 銃口の発光と同時に爆音が弾け、今度こそお頭の意識は完全に暗転した。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 人間のはずなのに人外パーツを動かす方が得意と言われると(伝わるかわからないけど)海に魂捧げてる赤信号さんが思い浮かぶ 検索するならダイブ+VRMMOで出るかな?
[一言] >>人間のはずなのに人外パーツを動かす方が得意というもはや人間に生まれた事自体が何かミスみたいな生態をしてる まあ、わからなくはない >>数々の動画で大規模で魔法を使ってきたが、その全…
[一言] お頭お前は頑張った
2023/12/27 12:51 サカサカナ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ