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No.448ex 暴力は嫌い


 赤い旗がたなびいた。

 林の中から突撃してきていた大型級の化物達は何かの命令を待つように、防壁から一定距離離れたラインで停止して境界線を作っている。

 

 基地のプレイヤー達は様々な手で侵攻を止めようとしたが、8割がデスペナを受けてしまった。

 ALLFOには蘇生関係の技能が無いが、これは本来ALLFOが死ににくいゲームである為に強く問題視されていることはない。相手がどんなに強くても、致命判定を受ける攻撃、例えば頭なり首なりをザックリと斬られない限り即死なんてことはない。

 その点魔法はダメージ判定が魔法と接触した部位から伝播するので致命判定を取りやすくなっており運動が苦手なプレイヤーにとって優しい存在なのだが(その代わりHPを削り切らないと致命判定は出ても殺しきれないので近接火力の様に残存HPを無視した殺害は極めて困難)、ともかく、現実と同じようにあからさまな急所に大きなダメージを受けないと死ぬリスクは低い。

 

 少し強めの敵と戦っても上手くリーチを取ってスキルや魔法を駆使して熟練値を上げる。パラメータを鍛える。鍛えて鍛えて成長が鈍化してきたら、ランク上げに挑む。偉業に挑む。その偉業と認められるには、戦闘であれば自分の命を懸けるレベルの戦闘であるという事は最低条件だ。ランクが上がる可能性のある戦いに挑んで初めてALLFOでは死のリスクが生じる。

 無論これはプレイヤーだけでなく敵にも適応されているシステムなので、致命判定を取らないと敵を倒せなくなっており全てがプラスと言うわけでもないが、このシステムにより自然とプレイヤーは致命傷を受ける攻撃に対処する事が上手くなり、同時に敵を確実に殺す立ち回りを覚える。

 脚をチクチクしているだけでデカブツを倒せるなんてことはないので、大きな敵であれば頭を狙い、或いは足の破壊を試みて出来る限り致命判定を与えられる攻撃を狙うようになる。 

 

 それが顕著に表れるのは対人戦。致命傷を取りに行くには本気で殺しに行くしかない。本能で頭や首などの急所を守り、明確に殺意を持って敵に致命傷を与える。結果、戦闘のクオリティは自然と増す。ある程度リアルの戦闘に近い動きになってくる。

 それでもなお、対人慣れした集団が悉く敗れた。


 その赤い旗を見て、お頭は覚悟を決めるとまだデスペナを受けてないメンバーの一部を連れて防壁から飛び降りる。 

 進軍を止め旗を掲げたのはアピールだとお頭は理解した。


「来い!」


 お頭が呼べば、4mにも達する白銀の獣が駆けてくる。お頭はその獣に跨り旗を掲げている所へと近づいた。

 そこにはお頭も見たことのある人物が化物に跨ってこちらを見ていた。

 いつものトレードマークの青いピエロマスクではなく無個性な白い仮面こそつけていたが、黒ずんだ血の様な色のコートは広い草原、星一つない闇の中でも目立った。

 

「何をしに来た!何故襲う!」

「何故って、単なるPKレイドですよ。ただ趨勢は決したと思うのでお話をしようと」


 お頭が虚勢を張りつつも大声で呼びかけると、まるで気負った様子の無い男の声が聞こえた。

 だが、その声は配信で聞いたことのある声だった。


「少し前後したが、1つ先に確認する。ロストモラル…………いや、アサイラムだな?」

「ええ、そうです。ご存じの様で光栄です」

「抜かせ」

    

 赤い旗に刻まれたエンブレムは、天使を白骨化させたような黒い髑髏。その翼はよく見れば武器と銃で構成されていて、あまりにも突き抜けた中二病デザインはダサさを突き抜けていた。だが、彼らの戦果はこのあからさまな闇勢力のデザインに違わぬ恐ろしい物だった。


「何が望みだ。何を目的に来た」


 映像で見ている時はチートだらけのとんでもない動きをしていたが、今目の前にいる男は存外普通に見えた。圧倒的な強さを持つプレイヤーの放つ覇気みたいなものはない。話し方からして厄介そうなことは嫌でも分かるが、強さは感じない。むしろ男の周りにいるプレイヤー達の方が余程強そうに見える。

 本来、このサーバーにいるはずのない者達が何故今ここにいるのか。嘘は許さんとお頭は睨みつけるが―――――――

 

「協定を結ぼうかと。あとは助力ですかね。反PK勢力と揉めているのでしょう?同じ志を持っている人たちがこのまま押されていくのもなんだか勿体ない気がしたので、手を貸しに。勿論貸しは高額な利子を付けますけど」

 

「はっ?」


 お頭はアサイラムの統領が何を言っているのか一瞬理解できなかった。顔が歪んだ。それはまるで、「俺は暴力は嫌いだ!」と言いながら道行く人に殴りかかっている気狂いに出くわしてしまったかのよう困惑に満ちていた。

 自分たちで攻め込んできておいて協定を結びたいとはこれ如何に。

 勘違いや行き違いがあったとは思えない。協定を呼びかける素振りがなかった。確かに最初に攻撃を仕掛けたのはお頭側だが、先遣部隊がこちらにメッセージを伝えようとする動きも無かったし、そもそもメッセンジャーが自爆できる死霊の時点で罠にかける気しか感じない。


「お気持ちはお察しします。けど想像してみてください。もし私達が非武装で、素直にアサイラムを名乗って貴方方に協定を持ちかけてきたら、それを信じましたか?素直に受け入れましたか?まず信じないでしょう。貴方達が揉めている北西勢力の罠だと思うはずです」


「………それは、そうだが」


 何をごちゃごちゃ言ってんだテメェは、と怒鳴りたくなったが、言われてみるとお頭は納得しかできなかった。

 そもそもアサイラムは本来こんな場所にいきなり現れるはずがないのだ。それが急に協定を持ちかけてきても嘘だとしか思えないし、もし戦闘をしなかったとしても長い事本当にアサイラムなのか、騙りではないか、北西勢力のスパイではないか、と疑っていただろう。


「ですよね。なので分かりやすく戦闘能力で証明する事にしようと思いまして。あとは、協定を結ぶにしてもどっちが“上”か、先に格付けしといた方が話が早いと思いましてね」


 お頭含めてザワリと基地側のメンバーの周囲の空気が震えた。怒りだ。

 今の文言は明らかにお頭側に喧嘩を吹っかけてきていた。


「どんな事を言い繕っても我々はクズで、獣だ。力の強い物が上に立つ。群れに同格のリーダーは2人も要らない。そうでしょう?ええ、その怒りは真っ当な物です。そこで怒らず何がPKプレイヤーか」


 言葉こそ丁寧だが、どこかお頭側を下に見る言い回しだ。苛立ちは募る。お頭の後ろにいるメンバーたちは今にも飛び掛かりそうだ。だが、お頭はなんとか自制する。手を横に出して皆を押しとどめる。頭を冷やす。冷やそうとする。敢えて喧嘩を売ってきているのだと察して耐える。男の言葉は独特のテンポと雰囲気があり、思わずその言葉に聞き入りそうになるが、鋼の心でお頭は理性を保つ。


「待て、分かった。俺達の降参だ。其方は全く勢力を減らしておらず、此方は大きな痛手を負った。悔しくはあるが、俺達は負けた。これは事実だ。周りの連中は不満を叫ぶかもしれねぇが、この状態から勝てると思うほど俺はバカでも無謀でもねぇ。モンスタートレインを使わなくても、あのチートみたいな力を使わなくてもアンタらは強い。イマイチわざわざここまで出向いた理由はまだ理解できないが、協定が結べるなら結びたい。耐えてはいるが辛い状況ではある。アサイラムだってんならこれ以上にない戦力だ」


 荒くれ者どもを纏め上げ指揮できるだけあって、お頭は荒々しさと同時に冷静で合理的な思考も持ち合わせていた。もはや今目の前にいる勢力がアサイラムである事は間違いない。そうでなくても明らかに自分達よりも強い。お頭は悔しさを感じつつもそれを認める事が出来る器の大きな男だった。お頭はくすぶる怒りを隠して本音を語った。

 が、狂人はお頭の言葉を嗤った。


「物分かりが良くて助かります。しかしソレでは足りません。貴方は言いましたよね、不満を叫ぶ者がでるだろうと。貴方にはその不満を押しつぶせる発言力があるのかもしれません。それは結構な事です。ですが不穏な影はまず作らないに限ります。ここで確実に我々が上であることを刻み付けます。理解させます。反抗の意思など起きないほどに立場を明確にします。貴方方の全滅という完全な形で決着を付けましょう。果てるまで戦いましょう。勿論ここにいるメンバーだけでなく死に戻りした皆さんも出来るなら参加して頂いて結構です。何度でも殺してデスペナで立てなくしてやる。我々は同じ穴のムジナだ。まさか逃げるわけもないですよね?」


 不満も反意も要らない。波乱は要らない。野獣を躾けるのはいつだって暴力だ。

 どんな理論をこねくり回しても、何処まで行っても力と痛みは最強の強制力を持つ。人間が如何に賢いふりをしていてもその原則からは逃げられない。故にこそ人は法と刑罰を作り自制を促すのだから。痛みと苦しみをチラつかせて人のうちに或る(ヨク)を押さえつけているのだから。

  

 先ほどまではどこにでもいそうだった青年の気配はない。

 化物共を制御し力で全てを薙ぎ払い、敵の意思(ココロ)を砕き掌握し操る魔王がお頭たちを睥睨していた。 

 理性的に考えを突き詰め、絶望的な暴力こそが最短効率だと宣う死神が嗤っていた。


「今度は“手加減”しません。全力で抵抗してください。でないと北西勢力よりも先に貴方方を完全に殺してしまうかもしれません。協定を結ぶに足るだけの力を持つ強者であると貴方方も我々に教えてください。見せ付けてください。貴方達に舐めた口を利いたことを私に心底後悔させてください。我々も我々の一番得意な方法で自分たちが価値あるものだと示します。人の嫌がる事はしてはいけない。そんな子供にも守れることが守れない私達が分かりあうにはやはり戦闘しかないでしょう?私は貴方方が私の好む強者なのだと思わせてほしいのです」


 制御の出来ない狂人は危険だ。

 理性的でマシーンの様な存在は厄介だ。

 では、“理性的な狂人”は。


 悪魔。

 お頭の脳裏にそんな言葉が過る。

 相手は人の形をしていて、人の言葉を話す。

 けど致命的に人のソレとは違う。 

 何より怖いのは、頭にくる事をされて、言われているのに、同時に妙な好感を感じる事だ。

 それはその男の成し得る不思議な能力。

 人の上に立つことに慣れた者が持つ独特のオーラ。人を操る事に長けた者が自然と纏う空気。人を駆り立てる立ち振る舞い。人の奥底の渇望を呼び起こす言葉。

 

「さぁ、お互いどちらかの心が砕けるまで殺し合い(遊び)ましょう」

 

 生まれついての扇動者。

 傍迷惑な反英雄はいつだって闘争を求めている。 


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>その点魔法はダメージ判定が魔法と接触した部位から伝播するので致命判定を取りやすくなっており運動が苦手なプレイヤーにとって優しい存在なのだが(その代わりHPを削り切らないと致命判定は…
[一言] ×協定 〇従属化&ふるい分け試験
[一言] >>では、“理性的な狂人”は。 理性的な狂人といわれると真っ先に思い付くのはボ卿なんだよなぁ そりゃ怖いわ >>相手は人の形をしていて、人の言葉を話す。 けど致命的に人のソレとは違う。…
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