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No.446ex Got ‘em


 お頭が防壁から吹っ飛んだ頃と前後して、東南東より少し逸れて南東寄りの位置からもアンデッドが動きだし、北西防備の中でもお頭が早めに声をかけていた連中が東南東エリアに到着する。


 戦況は非常に悪い。特に中ボスクラスにしか見えないアンデッド達が一気に進軍をしている状況。絶大な足止め能力を持つ三叉槍の男も封じられ、早急に対処が必要である。


「くっくっくっ、しかしこの窮地こそ、拙者は燃えるでゴザル!!」

「「「「いいから早く行け!」」」」

「トゥ!」


 味方からかなり強めの罵倒を受けながらも、まるで堪えた様子もなく高い防壁から大きく助走を付けてジャンプするのは黒い衣で全身を覆い隠す怪しげな男。


「フンッ!」


 なんと何もない空中を跳ねて更に上昇し、今度は露出狂がコートを広げるように勢いよく自分を包んでいた布を広げる。その様はまるでムササビの様で、男は変な笑い声をあげながら滑空を開始。笑い声のせいで間抜けに見るがその笑い声は段々輪唱の様に重なっていく。滑空する姿がブレて姿が分裂していく。


「(なんとか時間稼ぎをば!)」


 表面上はふざけているが、彼も状況が切迫していることは理解している。

 今の戦力は北西防備にリソースを多めに割いており、今回の襲撃に関しては予想外も良い所。出だしからして戦況は非常に悪く、一方的にバリスタと砲台を堕とされたのは痛手中の痛手。

 かといって油断していたわけでもない。突撃部隊は彼らの戦力の中でもトップクラスの部隊。北西防備のトップ陣とも当たり負けしない精鋭だ。その精鋭を最初にぶつける事で事態を素早く鎮静化させるはずだったのだ。


 姿がブレ、完全に別れ、更にブレて別れ。男が高速で滑空する間にその姿は50にもバラけた。そんな男を閃光が狙撃してくるが、分裂した男が撃たれてもボスンと煙が上がるだけで直ぐに別の分身が発生する。


「(ヒョッ!?スナイパー!?今のアテるんです!?)」


 狙撃手が居る事は既に現場から周知されていて、男もそれを分かっていた。故に避けるつもりでスキルも待機させていた。が、それを読んでいたような狙撃が彼の分身を撃ち抜いた。

 銃に対しては大きな自信があった彼もこれには流石に肝が冷える。


「(これは怖いでゴザル!)」


 予定を変更し滑降角度を強め着地優先。地面に着地すると同時に隠れる為の技能を発動しながらダッシュ。狙撃をかく乱する。


「(とりあえずこれを食べてっと)」


 減ったスタミナは懐に忍ばせた丸薬で回復。これはただの丸薬ではなく、取っておきの特殊な丸薬だ。本当は北西の連中が本気で攻めてきた時の為のとっておきたかったのだが、ここで出し惜しみすると取り返しのつかない事になると判断し飲み込む。すると強力なバフが幾つも発生しスタミナが一気に回復していく。


「うぉおおおおおおお!」


 身体が重力から解放されたような心地よさ。地面がトランポリンになった様な脚の軽さ。草原を駆け抜けて彼、いや彼らはそれぞれが化物達に飛び掛かりダメージを与えて少しでも足止めを狙う。

 そこで彼は熱を感じて大きく身を捩った。いつの間にか林が燃えている。何か熱の塊が一直線に走り抜けたように焦げている。避け損ねた彼の頬骨が焼き抉られて赤いポリゴン片が激しく舞い散る。


「不意打ちとは拙者よりも卑怯なウオォオ!?」

  

 思わずいつもの調子で襲撃者を指さし煽るような少しふざけた口調で責めるが、襲撃者は言葉が通じていないレベルで何のリアクションもなく、瞬間移動みたいなスピードで接近すると思わず顔を逸らしたくなるほどの高熱を放つ燃え上がる脚で蹴りを繰り出してきた。それをイナバウアーで男はギリギリのファインプレイ回避するが本当にギリギリだった。類稀なる反射神経と運動神経が無ければ到底できない芸当だ。


「(アイエエエエエ!?拙者よりハヤイ!?ナンデ!?)」


 怪しげな格好の男にとって速度は一つの大きな自信だった。三叉槍の男ほど範囲破壊、制圧能力こそ無いが、速度と器用さは圧倒的に勝っていた。他の仲間にも速度では絶対的な強さを誇っていた。

 しかし、脚を燃え上がらせる目の前の敵の動きは自分の反応速度限界に迫っていた。


「フッ!」


 頭の中は混乱しているが、体は動く。イナバウアーした勢いそのままバク転し、頭が敵に向いたところで魔法名を頭の中で唱えながら吹き矢を吹くイメージで強く息を噴き出す。

 すると男の口の部分から白い煙が勢いよく飛び出し目くらましになる。月明かりの無い真っ暗な世界の中でも迷うことなく男を蹴りに来た時点で確実に夜目強化系の能力は持っている。だが、この煙幕は多少の視力強化程度では防げない。

 この白い煙幕は単なる目くらましだけでなく、重さと粘り気を持った空気を作る性質を持つ。目くらましと拘束を兼ねる便利な魔法だ。


 が、燃え上がる蹴りが煙幕を切裂きながらほんの一瞬前まで男がいた場所に的確に繰り出される。煙幕の拘束効果があまり発揮されていないようだ。もし男が並みのプレイヤーであれば確実に受けていた一撃。しかしもうそこに男は居ない。バク転しつつあった男の姿は霞の様に消える。

 

「(Got ‘em!)」


 消えた男はどこにいるのか。

 男の視点に映るのは襲撃を仕掛けてきた敵の後頭部。彼は既に襲撃者の背後に回っており暗殺系スキルを乗せて頸椎に刀を振るう。完璧な一撃。幻影、身代わり、入れ替わり、死角からの一撃。男にとっての王道コンボ。数々の敵を葬ってきた一撃だ。技能自体も強力だがこの難しいコンボを成立させる男の高いプレイヤースキルがあってこそ。死角から叩き込むことで強烈な威力を発揮する一撃は襲撃者の頸椎を捕えて切り裂いた。舞い散るエフェクト。弾ける赤いポリゴン片。


「―――?」


 完全に攻撃は決まった。刀に宿ったスキルのエフェクトは発動して既に無い。

 しかし男は妙な手ごたえを感じていた。

 首を断った軌道だった。男の能力は広域破壊力は無いが一点に絞るなら負けない一撃を繰り出せる。刀が当たった瞬間は確かに肉に斬る手ごたえがあった。

 問題はその後。振り抜いた刀が妙に軽かった。刀が直撃した瞬間には確かに斬った手ごたえがあったのに、途中からすっぽ抜けた様な、同時に途轍もなく熱い物に触れたような奇妙な感覚。


「A゛h!?」


 次の瞬間、男の視界が高速で吹き飛んだ。身代わりのアイテムが砕ける音がする。少し遅れて側頭部が猛烈な熱を感じていた。ALLFOに於いて痛みは熱で表現される。この側頭部に感じる高熱はそれだけ強烈なダメージを受けた証である。


Ouc(アッチ)――!?」 


 だけでなく、物理的に側頭部が燃えていた。

 確かに首を切り落としたはずなのに、何故。

 男の頭は混乱で満ちるがそれでも体は反射で動きなんとか受け身を取って立て直そうとする、ことも許されず地面が爆発したような轟音が響くと同時に炎のビームが眼前に飛んでくる。ビームに見えたソレは蹴りだ。燃え上がる脚。男の動体視力は燃える脚先の正体がガラスであると気づく。 

 

「ッ!」


 パンと柏手を打つと風の膜が張られる。0.01秒遅れていたら顔面に突き刺さり今度こそ完全に首を吹っ飛ばしていただろう蹴りは膜に受け止められ、完全に衝撃を殺すことはできずに男を凄まじい勢いで吹き飛ばす。だが、これでいい。この魔法はダメージを殺すが衝撃を敢えて通す魔法だ。それにより一気に襲撃者と距離を取る。

 後ろに大きく飛びながらも男が目を凝らせば、襲撃者の首に線が入り紅い炎が噴きだしているのが見えた。まるでポリゴン片が炎に置き換わった様な見た目だ。


No way(うそだろ)!?」


 男の脳裏に過るあり得ない予想。だがそれしか考えられない。

 ダメージ無効。

 あるいは首を断ち切られても死なないイカれた超高速の回復力。 

 

 自分の黄金パターンが通じない。特に初見では100%の撃破率を誇った最強の一撃が無効化された。

 そんなイカサマあってたまるか。そう思うが男が使った一撃も普通のプレイヤーから見ればイカサマの塊。つまり襲撃者の正体は自分と同じ。

 けれどそんな炎を操るプレイヤーなど居たか。


 男の頭の中で色々な考えが万華鏡の様にコロコロと移り変わるが、その間にも状況は動いている。足止めしていたはずの化物達が再び進軍を開始した。


「(分身が!?)」


 そんな簡単に突破できるはずがないのに。しかし今目の前にいる襲撃者は野放しにできない。するにはあまりに危険すぎる。


「OMG!?」


 しかし吹き飛ばされ思考に余裕が出来るという事は敵にも思考の余裕が出来るという事で、男の眼前には炎の津波が押し寄せていた。妙な奇術で避けるなら回避できないレベルで広範囲を焼き尽くすというあまりに脳筋な解決方法。真っすぐで捻りがないがこの高速戦闘の中ではその素直さからくる決断力の速さは大きな強みにもなる。

 おかしいのは攻撃範囲に対してあまりにアクションもチャージタイムも短い事だ。


「(制限は!?拙者と同じ触媒代償型!?いや、しかし!)」


 炎と高い身体能力、異常な生存能力。既にこれだけでもチートなのに広域破壊まで可能となれば男の知るチートを更に大きく逸脱している。ならば、考えられることは1つ。


「うぉおおおお!」


 男は一か八か炎の波に突撃した、この炎がブラフだと信じて。数々の窮地を切り抜けてきたゲーマーの勘を信じた。斯くして男は賭けに勝った。炎はやけに纏わりついてこそきたが見た目よりダメージらしいダメージを受けていない。もし初心者相手ならこれでも効いたかもしれないが、ランクが上がれば基礎耐久度が上がり少し炎に焼かれた程度で死にはしない。

 本来、下手にそこで防御しようとすると窒息させられて死ぬというかなり悪辣な攻撃だったのだが、それを知ることなく回避する。

 飛び込みながら高速で印を手で結ぶ。まだ勝負は終わっていない。炎の波を抜ける。


「――――!」


 その時襲撃者の声が初めて聞こえた。


「女!?」


 身のこなしや骨格からもしかしてとは思っていたが、いざその声を聴くと少し驚く。が、敵なら容赦はしてはいけない。個人的には恐らく自分と同じ身の上の女子と話してみたかったし、そもそもどうして襲ってきたのかなど色々と聞きたかったのだが――――


 襲撃者の周囲の空気が揺らめいた。高温による陽炎。黒い衣装が燃え上がり武骨な仮面だけが残り、炎のドレスが現れる。背中からバサッと大きな炎の翼が広がる。


「Whoa――!」       

  

 顔こそ見えないが男はその様が異様に美しく見えた。神への信仰の高さの余り身体が燃え上がる最高位の天使、熾天使(セラフィム)の様に感じた。

 いよいよ話したい事が増えた。同時に何かがあまりに凄まじい速度で近づいている事をスキルで感知した。思わず其方に目を向け―――――


「ン゛ァッ!?」


 よそ見こそしようとしていたが準備はしていた。印を結んで詠唱を始めようとしたところで男の視界が大きく乱れた。身体が軽い。軽いというより無い。

 視界の隅で頭の無い自分と周囲に弾ける大きなエフェクトが見えた。既に消え始めているがエフェクトの消え方から見るに男の上斜め後ろから何かが攻撃をしていた。

 倒れ伏しながら赤いポリゴン片へと還る男の身体の周囲で漆黒の翼が舞った。


「(拙者より更に速い―――――!?)」


 男の黄金パターンを上回る完璧な背後からの奇襲致命会心攻撃。いつの間にか分身まで全て潰されている。身代わりを使えない。

 何よりその濡羽色の翼は。

 襲撃者の変身をブラフにするというとんでもないやり方で男の意識を引き付けて暗殺攻撃を仕掛けた下手人の正体は。

 

「(WTF!?)」 


 あり得ない。しかし男は何度もその映像を見ていた。直感が肯定している。

 対人戦は男の大好きなアニメとは違う。一騎打ちの最中にも横槍が入るのは当たり前。けどそれにしてはあまりにも容赦がなく。自分の反応速度を超えて攻撃できるかもしれないその存在に男が思い至るころには男の視界は暗転していた。



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[一言] >>襲撃者は言葉が通じていないレベルで何のリアクションもなく、瞬間移動みたいなスピードで接近すると思わず顔を逸らしたくなるほどの高熱を放つ燃え上がる脚で蹴りを繰り出してきた。 脳筋のエロマ…
[良い点] 窮地に燃える殺戮者のエントリーだ!! と思ったらえげつない狙撃に、燃え盛る不死身の怪物。 更に恐らくヌコォの援護に黒翼の堕天使のアンブッシュ! 初期特同士の戦いは、今までの対人と違って瞬…
[一言] ニンジャならスシを食わんと
2023/12/27 12:40 サカサカナ
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