No.170 ギガ・スタンピード/対峙
【お年玉】本日5話目
遂に………100万文字超えちゃった(本編一章終わってない事実よ。シャンフ□換算するとヴェザエモン編がまだ終わってないレベル)
『なぁノート、お前なんかやったか?』
「黙秘する」
『それやったと同義じゃ〜ん?おんなじじゃん?』
『キャンプ地から聞こえる悲鳴が、とても大きくなりました…………』
『死霊達が変な動きをしている。止めるなら早く止めた方がいい』
キサラギ馬車で居残り組と会話をしながら移動していると、何かに気づいたようにスピリタスが訝しげな声で問いかけ、ノートが硬い表情で答えると他の居残り組から追い討ちをされる。
そう、ノートは珍しくヤバい状況になったと理解しつつも現実逃避をしていた。
Yesを押した後に表示された奇妙なコード。それだけで自律権の付与が今までの不思議な出来事とは別次元の出来事であることは明白であり、続けて残していた本召喚のうち3枠が消費された事を知らせる通知と、死霊術師としてのパスの開通が発生した事を知らせる通知が連続して来た。
同時に3体の進化後の詳細なパラメータが表示され、そしてノートはひっそりと頭を抱えて言葉を失っていた。
「(誰がここまでしてくれと頼んだ……)」
その時のノートの感想はこれに尽きる。
自律、それは『他の支配や制約に縛られず自らの意思で、自ら定めた規範に沿って行動する事』である。そこから予測できるのは、ノートの支配下から離脱して自分の意思で動き出す事。
死霊が本能の赴くままに動き出したとしても、致命的な事は起こす事ない、だろう。そう読んでいた。
それと個人的に他のオリジナルスキルのNPC掌握などの権限に抵触している部分はどちらが優先されているのか気になっていた。
しかし結果はノートの予想を超えた物となっていた。
簡易召喚の死霊は本召喚の死霊とは違い、主体が完全にノートにある。
彼らの動力はノートが供給するMP。これを断たれれば彼等は召喚を解除されこの世に居続けることが出来なくなる。
また、意志という物も殆どない。空っぽな精神の中に死霊としての破壊衝動、殺戮衝動があり、物事を判断する為の理性はノート側の指示に完全に依存する。
召喚され使役される使い魔は多かれ少なかれこの性質が強く、死霊は特に指示待ち人間タイプ。例えるなら音声認識タイプのラジコンロボットみたいな物だ。
一方、本召喚の死霊は明確に意思がある。学習し、成長をする。具体的な指示でなくとも個人の知能に応じてその指示を解釈して実行しようとする。
例えば、召喚された死霊は生ける物を攻撃しようとするが、召喚主であるノートを守るという思考回路は無い。無論、守れと命令されれば守るが、基本的には命令された事を実行するだけで応用が全く効かない。他の仲間との連携など以ての外だ。
一方で、メギドの様にバーサーカー状態でも思考回路の中に『ノートの利益を第一として動く』という理性がある。その為、いざという時はノートも、ノートの仲間であるユリン達も守る。
自分の攻撃を抑えてユリン達と連携を行いより効率的に攻撃を行おうとする。召喚したての頃はただ暴れるだけの最終決戦兵の暴力装置だったが、沢山の戦闘経験を積み進化して以降は着実にメギドの扱いやすさも上昇していた。
また、本召喚の使い魔は簡易召喚の使い魔に比べて召喚主に依存していない一度召喚されれば追加でHPやMPを求めてくることはない。
これは簡易死霊との大きな違いだ。簡易召喚はロボットで、ノートはある意味外付けのバッテリーの様な物だ。動かすロボットの数が増えるほど、高出力の技を使おうとするロボット(更に強力な死霊)を使おうとするほど、電力(MP)を要求するのは当然である。
『自立』と『自律』は違うが、自律できるのなら本召喚と同様にMPを要求してくる事はなくなるのではないか。そんな甘い見込みで自律させてみたのだが、確かにノートの見込み通りMPを大量に求めくるMP食い虫共へのMP供給は止まった。
だが、本召喚死霊化するとは聞いてない。全くそんな事は聞いてない。
簡易召喚と本召喚の死霊は同種の死霊でも性能が全く変わってくる。ノートの体感ではランク5くらいは少なくとも変わってくる。その状態で更にCPUのレベルが一気に上昇するのだ。弱い訳がない。ないのだが、そうであるからこそノートとしてはもう少し慎重に本召喚する死霊は厳選したかった。
一方、本召喚死霊化しても3体の死霊はノートのオリジナルスキルの支配下に置かれていた。盲目的に指示に従う性質は強烈な忠誠心へと変化し、彼等は能動的に効率良く自らの技能を扱う事を覚えた。
そんな彼らを今動かしているのは、最初に召喚された時に与えられた「『キャンプ地』へ攻め込め」というノートの命令。
召喚主の命令は絶対。単純に動くだけの簡易召喚の死霊であればただ単純にキャンプ地へ攻め入るだけだったが、自律権を得て知能を獲得したことで彼らは戦略的にキャンプ地へ攻撃を仕掛ける。
彼らは思考を得たことにより、更に深く思考する。
なぜ、自分の主人はこの場所へ攻め入れと命令したのだろうか?
攻め入ることで何を為そうとしているのだろうか?
そこで彼らは主人から与えられた知能を使って各々の結論を出す。
正解は『適度にプレッシャーを与えてプレイヤー達を中弛みさせない』『強い敵をぶつけて更に強いプレイヤーを見出す土壌を作る』『PKプレイヤーを活躍させて地位を向上させる』などなのだが、知能を得てもメギドよりちょっとマシ程度の彼らは生きとし生けるものを憎悪する死霊として、物事を取りあえず“破壊”中心に考える。
そのうえで出した結論は、『プレイヤーと魔物の殲滅』。
死霊術師は魂の貯蓄が強さに繋がる。主人が人も魔物も大量にいるキャンプ地を攻めるのは大量の魂を確保するためだと彼らは考え、積極的に大量の生物を殺すために動き出した。
そのためならば主人に召喚された他の死霊さえ喰らう。なまじ賢くなって『効率』という概念を覚えたことで、彼らは効率的に人を、魔物を殺し始めた。
結果として起きたのは死霊由来のバイオハザード。大量の生物が死ぬと同時にそれは先兵となり更なる兵隊を生み出すための道具となる。
その中でも戦略的な侵攻は苦手な般若蟷螂阿修羅は、周囲の魔物を利用してプレイヤーが大量に居る場所に攻めいることにした。目標は中央の沼地を囲う結界。あそこで閉じこもっている人間どもを殺すことができれば主人にもほめてもらえるに違いないと考えた。
“特殊な聖属性”由来の結界内部は死霊にとっては強力な毒ガスが立ち込めているような環境ではあるが、そこに一時的に穴を開ける程度なら大して問題はない。般若蟷螂阿修羅は本能から仕様の穴を突き結界を破壊してみせ、魔物を誘導した。
これで人間共もただ結界内に閉じこもっている状態を解消できる。それを後押しするように、白奇霞蝙蝠も仕様の穴を突いて結界内部に侵入するという大金星級の戦功を挙げた(運営は発狂したが)。
死霊の思考回路は召喚主の思考回路から非常に強い影響を受けるという仕様が存在している。それは手足となって動く本召喚の死霊と召喚主のスタイルの乖離によるプレイヤーのストレスを減らすためだ。
本召喚の死霊の思考回路の形成にはノートの蓄積された今までのプレイログが反映される。
ロールプレイと口八丁で途轍もない存在を仲間に引き入れたり、魔王の心を口だけでへし折ったり、えげつない騙し討ちで大量のプレイヤーを罠にハメて討伐戦を邪魔したうえに、クエストが終了するや否や依頼主である野盗までも殲滅したり、誘導を無視して自走地雷でギミックを強引に突破して超位存在を解き放ったり、サーバー一つを転覆させかねない様なイベントを引き起こして聖女相手に舌戦で挑もうとしたり、女王蟻と天使を殺したり遥か格上の黒騎士に知恵を絞りつくして一矢報いたり、キャンプ地に攻め入り壁を破壊して大虐殺を繰り広げた。
そんな男のプレイログがダイレクトに反映された死霊の思考がどうなるか。数々の作戦を実行し、格上を知略で退け続けた男の知恵が、やり方が、精神が、彼らに宿る。思考の仕方がノートに近くなる。
大いなる叡智を得た彼らの思考能力は戦闘型死霊でありながら桁外れの物となる。
今回のノートの本意を誤解釈してしまったのはひとえに彼らが意思を得た時に持っていた情報量が少なすぎたからだ。故にこれはしょうがないミスなのである。誰に責任があるかと言えば、効果を確認できてない状態で慎重さをかなぐり捨てて大規模作戦中にイレギュラーを実行したノートである。
何が起きているかなど、ステータス画面の魂のストック数の異常な増え方を見ればノートも一々直接確認しなくてもわかる。わかっていてちょっと目を背けたくなったのだ。
だが、副参謀であるヌコォからも警告されたとなれば流石に無視できない。
「グレゴリ、視界共有してくれ」
『("`д´)ゞ ラジャ!!』
キャンプ地上空で浮遊し続けているグレゴリと視界共有を行うと、ノートの視界に重なるようにしてキャンプ地の光景が視界に広がる。そして見ることとなったのは変わり果てたキャンプ地だった。
キャンプ地上空を渦巻く白い何かの群れと、地面を彷徨う黒い何かの軍勢。
結界周囲では高速で動き回る悍ましい怪物がおり、生首がポップコーンのようにポンポンと空を飛ぶ。
北、東、西側の門は完全に崩壊。未だキャンプ地の外縁は燃えている場所があり、引火したテント群も燃えてしまっている。そこに更に押し寄せる新たな魔物のスタンピードに誰一人として対応できておらず、キャンプ地から出ることさえできていない。
唯一安心できることがあるとするなら、どうやらキャンプ地に訪れていたNPC達から被害者は出ていないこと。プレイヤーも復活できないNPCに死なれたらマズイと思ったらしく(何かフラグが立つことも期待していたが)、最悪は肉盾になりつつも護っていた。
第二結界内はプレイヤーにとってはセーブポイント。死んだとしてもすぐに生き返りゾンビアタックができる。デスペナがもはや気にならなくなるほど死んだプレイヤー達がやたらいい笑顔で特攻し続けて戦線を支え続けていた。
「うーん、地獄」
ノートもゾンビアタックは別ゲーで経験したことがあるが、アレは一種のハイというか、精神的にはちょっと危険な状態だ。やってるときは実は楽しかったりするのだがはたから見るとヤバいヤツにしか見えない。
「グレゴリ、ヒュディを爆発させるような演技をして、影の欠片を死霊にくっつけるような演出できるか?イベントの段階が進んだように装ってくれ」
『(๑º ロ º๑)えー』
『(๑¯﹀¯๑)しょうがないな~』
『=͟͟͞͞( ๑`・ω・´)やったらー!』
空中でグッと身をかがめると、ヒュディの光背が巨大化し回転を始める。そしてバッと体を広げるとバラバラになり、黒い雪がキャンプ地に降り注いだ。
「才能アリだよマジで。すげぇなグレゴリ」
『(*/▽\*)いやん』
慌てたように空を見上げるプレイヤー達。そのタイミングでノートは次の指示を出す。
【全死霊に告ぐ。人間への攻撃を即座に中止、結界内部より撤退せよ。攻撃対象を魔物に集中。キャンプ地内部の魔物を駆逐し、外周から訪れる魔物をキャンプ地へ入れさせるな】
影で編まれた黒い雪が降れると同時に死霊達は主人の命令を受けて一斉に行動を開始する。プレイヤー達には唐突に爆発四散したヒュディが取りついたことで死霊達が攻撃をやめて動き出したように見えるだろう。
後は勝手にプレイヤー達が何が起きたのかを想像する。わざと正解にたどり着かせないための演技だが、この一連の流れは非常にインパクトがあるだろう。
「よし、とりあえず対処はした。ダメージを与えすぎて危険域に突入していたから今後はスタンピードを抑え込む方向で安定化を図る。そんじゃ、あとは頼んだぞ。これから俺は対処できないしな」
『了解。スレはみた?』
「見た。まあなるようになるさ」
ヌコォの警告にノートは頷き、馬車から降りた。
外にはすでにユリンと、反船イベント時にバルバリッチャが変身した赤い甲冑姿にアグラットのブレスレットで変化した鎌鼬が待機している。
やたら大物らしいふるまいで外に出る。視界の先に居たのは臨戦態勢で立ち止まっていた救援部隊。
街から大量のプレイヤーを引き連れて先頭を行くはギルドから派遣されたNPC、神官、そして——————
「おやおや、どうやらお待たせしたようで。初めまして、聖女アンビティオ様。お会いできて光栄で御座います」
深々と礼をして、歓迎するように腕を広げる。
ノートは再び聖女という存在と対峙した。
聖女降臨




