No.162 ギガ・スタンピード/異常
【異常なスタンピードが発生しました】
[Warning:特殊災害が発生します]
【イレギュラーイベント『ギガ・スタンピード』を開始します】
【進行:ギガ・スタンピード2ndステージ】
『特殊保護エリアの50%が壊滅しました。スタンピードの段階が上昇します。一定以上のスタンピードの発生により魔物の活性率が上昇します。活性率を上昇させる異常個体が出現しました。【恐慌】【発狂】の状態異常の発症率が大幅に上昇します』
【発動:対魔大結界壁】
『特殊保護エリアの50%が壊滅しました。特殊保護エリアの臨時結界が自動展開されます。以降臨時結界全域をセーブポイントとします。結界の効果によりイベントに参加するプレイヤーの耐久力がイベント期間中上昇します。結界内部ではプレイヤーのHPとMPが自動で回復します』
【緊急クエスト:防衛拠点設営】
『現在特殊保護エリア内に既に居るNPCと協力して防衛拠点を築きましょう。防衛拠点の設営でボーナスが発生します』
【緊急クエスト:救援部隊の誘導】
『街からNPCの救援部隊が出動しました。街に居るプレイヤーと協力し救援部隊を結界内部へ誘導しましょう』
人の危機感を煽り立てるような赤いアラートと共に発生するワールドアナウンス。そのアナウンスは日本サーバーの全プレイヤーに発生した。
「(やっぱりフォローするための特殊イベントがあったか。しかし、キャンプ地の崩壊とスタンピードが強化されることに何の因果関係がある?まさか…………)」
ノートが見つめるのはヒュディがいると思しきキャンプ地中央の謎の結界。よく見ればその結界のデザインが地味に変化しているように見える。キャンプ地を魔物に襲わせてメリットがあるのは誰か?当然ヒュディだ。自分を倒すための基地を眼前に設置されるなど普通に考えて危険すぎる。
「(もしかして、日を追うごとにスタンピードが激化してくのもそう考えると納得できるか?)」
なんとかキャンプ地を壊すために、魔物にキャンプ地を襲わせて時間稼ぎをし、生き延びるための道を模索する。泣き虫のヒュディらしいやり方だ。
「(問題は、やっぱり教会というか街が絡んでることか)」
沼地の石碑のメッセージは間違いなくプレイヤーに与えられたもの。問題は誰がそれを記し、結界を張ったのか。その答えはイレギュラーイベントのアナウンスで大方読める。
ノートは最初にシナリオボス戦に纏わる通知が来て、そして海外勢のボス戦での動きを確認した時、ふと思った。
『もし、ボス戦に時間をかけすぎてプレイヤーが処理できないほどのスタンピードが起こるようになってしまった場合、どういう処理が起きるのだろうか』と。
確かに、予想されるプレイヤーの人数から考えればそうそうスタンピードでキャンプ地が崩壊することもないし、初日付近でヒュディを攻略した人が防衛側に回り、攻略情報を教えてもらった残りのプレイヤー達がヒュディの撃破回数を増やしてくれるだろう。
初日組が安易に情報を共有しないことも予想されるが、それはイベント期間を悪戯に長くしてスタンピードの規模を拡大し、結局は自分自身の首を絞めることになる。つまり論理的に物事が考えられるならどこかの段階で妥協はするだろう。
こうすることより多くのプレイヤーがボス戦にも防衛にも参加できるようにボス戦イベントは設計されているのだ。
しかし、物事には“万が一”という事がある。たまたまIN率が低かったり、プレイヤーの対策が甘かったりして魔物がキャンプ地の中へ押し入ってしまう事もあるだろう。あるいは愉快犯が手引きしてキャンプ内で騒動を起こしたりしてスタンピードを引き込もうとするかもしれない。あるいは全員が殺気立つギスギスオンライン状態でプレイヤー同士の連携もまともにされないようならば、いつかは限界が訪れるだろう。
プレイヤーが常に開発や運営の考える通りに動くとは限らない。現にノート達はその最たる例に近い。
だとするならば、その時にALLFOはどうやって対処するだろうか?
天下のAI様はどう辻褄を合わせるのか?
まさかまた力技だろうか?だが今回も何処かでバルバリッチャとアグラットが見ている。教会が過干渉を起こせば彼女も確実にまた動く。しかも今回はホームであるシティとは遠く離れた場所で、ノート達は直接プレイヤーを人質に取れる。反船とは同じ様にはいかない。
こういう状態でAIが教会という“駒”をどう使うかノートは興味があった。
視界の先では中級死霊が大暴れし、プレイヤーも魔物も関係なく喰らい現在進行形で成長を続けていた。圧倒的な力を前に更に奥へと逃げる様に進む魔物共。キャンプ地は最早大混戦となっていた。
はてさて、これからどうしようか?
既に旗のバフは切ってるので死ぬ事も無い。こうしてる今も魂のストックが膨れ上がり、新たな死霊が召喚できる様になっている。
加えて直ぐに使える手駒には龍王、龍馬、クイーン、Joker相当の駒が3つ。メギドを使ってもいいが、こっちはトン2と鎌鼬と同様もう少し温存したい。
特にトン2と鎌鼬はPvP大会で優勝していたり歴戦のPKKとして知名度が高いのでもう少しほとぼりが冷めるまで待ちたいというのがノートの本音だ。
「あーあー……ひっでぇなアレ」
10体の中級死霊は餌の取り分が減らない様にノートが指示を出さずとも勝手にいい感じに分散してくれた。其処に更に異常個体と思しき大きな魔物が複数流れ込んだが、中級死霊にあっさり喰われて、そしてソイツはよりによってそのゾンビ型の死霊の影響でゾンビに変身して暴れ出した。
いきなりボス級が2体に、しかもそのうち一体はより耐久力を増してリニューアルしてる。称号効果で死霊特攻があっても2体相手では全く耐えきれない。
やがて中級死霊は再度張られた臨時結界に直接攻撃する。ヒビこそ入らないがかなりの衝撃が走った様で、グレゴリの視界共有で観戦していたノートには結界付近にいたプレイヤーの顔が大きく引き攣ったのが見え、錯乱した様に暴れ出したのが見えた。
どうやら不幸な事に【恐慌】発症の乱数を引き当てたらしい。
それは各地で見られ、同士討ちでプレイヤーも魔物もドンドン減っている。
このままだと第二結界まで落ちるか?ノートがそう思っていると勝手にメニュー画面が開き、急にノイズが脳を貫いた。
思わず顔を顰めるノート。メニュー画面に砂嵐が走り、意味不明な記号が乱舞して赤く発光し始めた。
「(……バグか?)」
普通なら取り乱しているところだが、今のノートは巨悪の首領として演技してるので迂闊な真似はできない。メニュー画面を強制的に閉じるべく触れようとして手を伸ばすと、ノイズが再び走り文字が浮かび上がる。
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【オリꖸꗊꗫ くエ▇ト:秩½øÎ§´Ñ¬¸ÇÄê化拘▇▇界NO破¤«イ】
『結界を▇全にÇ˲õせよ。解き▇Te、▇じ込▇▇れた̤¤»Òを○▇▇には其の▇格が在る。大イな▇災▇ ️ ìÚ¤·Á´¤Æを破▇▇よ』
クヱ▇Tオを受ÃíしM Aすカ?
Yえs/の
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「………………は?」
今まで文字化けしてきた物はALLFOの中でも見てきた事がある。
だが、今回の其れは今までの何かとは決定的に違った。バグるだけでなく塗り潰された様に消えた文字。人の言語を使って何かがシステムに強引に干渉してきた様な不気味さ。
半端に解読できる所がなんともいやらしい。
思わずノートは後ろを見るが、ユリンもスピリタスもネオンも何も言わない。つまり3人には何の異常も起きてないし、見えてすらいないのだろう。
――――恐らく、これは『オリジナルクエスト』、って読むのが正解なのか?
しかしオリジナルクエストなんて聞いたことがない。オリジナルスキルからなんとなくオリ、という文字列でオリジナルと読み解いたが、正しいかはわからない。
だが、スキルにユニークスキルとオリジナルスキルがあるなら、クエストにもユニーククエストと同様にオリジナルクエストがあっても不自然ではない、表示方法と内容が不気味なだけで。
「(これは恐らく、第二結界まで破壊しろって言ってるのか。いや、其の“奥”か?)」
沼地を守るあの石碑を砕いたら何が起きるのか?そんな事あまり深く考えずとも予測できてしまう。そしてそれにより起こるかもしれない大災害も。
頭の中で算盤を弾く。
————————選択を誤るな。嫌がらせの為にPKプレイヤーやってるんじゃない。再起不能にしたら終わりだ。一線を踏み越えたら本当にただの害悪に成り下がる。ベストは、別に必要ではないけど無理に排他する必要性も感じない、ぐらいの好感度だ。
絶望ばかりじゃつまらないだろう。そもそも自分でケツを拭けない事を野放図にそうやる物ではない。
何事もバランスだ。ただのカオスだけじゃ希望もクソも無い。
無論、やってみたい気持ちはある。知識欲に巣食う残忍な怪物が耳元で甘い言葉を囁いている。いっその事振り切って全部を破壊してみないか、力任せに全てをひっくり返してみないかと。
だが、これこそ誘導にただ乗っかるだけでは無いか?
自分は機械じゃ無い。意識があって、自己決定が出来る。
賽を振られるだけの駒ではなく、【賽ヲ投ゲル者】側へ立たなければならない。
加えて、今までどんな事をしてもプレイヤーの選択に直接影響を与えてくる様な選択肢を突き付けてこなかったALLFOにしては、あまりにも奇妙で不気味な現象だった。
「(天使や悪魔ども以外にも“何か”が居るみてぇだが、そう簡単に乗せられてやらねぇよ……!)」
ノートは自分の意思を示す様に強く『No』のボタンを叩いた。引っ込んでろ、邪魔すんじゃねぇと言わんばかりに。
するとバキリとメニュー画面にヒビが入り、バラバラに砕けると黒いポリゴン片となり散っていく。同時にノートの耳元で老若男女何とも判別出来ぬ誰かの笑い声が微かに聞こえた気がした。
一体なんだ?と周囲を見渡しても特に怪しい物はなく、月の光が煌々とノート達を照らすばかりなのがノートに漠然とした不安を与えていた。
◆
不気味な現象に心を少し掻き乱されたが、軽く深呼吸してリズムを取り戻す。
一応ながら正規のメニュー画面でGMへバグ報告。文字化けしてるけどバグじゃないのか?と指摘しておく。
「…………どうしようか」
――――この状況をイベントの範疇でコントロールする為に次に打つ手はなんだ?
どうにも更にこの状況を悪化させようとしてる“意思”がある事は分かった。それはいい。だが其奴の悪行をこっちにまで擦りつけられては困る。
「らしくねぇな、突っ込んでこいと言ってくれればオレはいつでもイケるぜ?」
「そうそう、なんなら2段階目の結界も壊しちゃわない?」
急に背中を押された事で逆にノートは慎重にならざるを得なくなった。メニューにまで干渉出来る奴を警戒する為には仕方がない事だろう。
だがそれを今一から説明してる場合ではないし、ユリンやスピリタスの反応を見るに本当に先程の一幕は誰にも気づかれてない様だった。
つまり何も知らないユリンやスピリタスからすればノートがここまでやっておいていきなり急ブレーキを踏んだ様な違和感を感じる。故に煽り立てて真意を探るが、仮面の下のノートの表情は窺い知れなかった。
「いや、この状況で“らしい”動きをするなら、次の狙いは救援部隊との合流の妨害だ。結界が出現し絶対的なセーフティポイントができた以上、キツい戦闘にはなるがプレイヤー達が壊滅する事は無くなった。
無論、俺達がその第二結界まで破壊しない事が前提だが、それをやっちまうと本当に後戻りが出来なくなる。このでっち上げイベントは俺たちの好感度調整も兼ねてるからやり過ぎは禁物だ」
「あくまで、その、NPCっぽく、振る舞うって事ですよね?」
「そういう事。バレ始めてるとは思うけど、完全にバレるにしてももう少し良い環境が欲しいところだ」
本当は先程の異常現象に関してバルバリッチャに質問をしてみたいのだが、本人が来ない以上致命的な事が起きてるとは考えづらい。そんな状態で迂闊にバルバリッチャにヘルプを求めるのは危険と判断しノートは今は全て忘れることにして当初の予定通り動く事にした。
「あ、グレゴリはヒュディちゃんの影使って好き勝手暴れて良し。ヤバかったら転移で逃げればいいし。ただ正体の露見は避けろよ。あと俺たちのダミーを騙し絵で置いといてくれ」
『 ∧ ,, ∧
. (๑ •̀ ㅁ •́ ) ฅ✧ らじゃ〜
o( ,,∪_ ノ 』
『(`>∧<´)ゞ 御武運を!』
『∧_∧
.( >□< ) ファイトー!
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「ああ、頼んだぞ」
遂にAAが1行から複数行になったが、これも画家としての成長なのか。もはやノートはツッコミを入れる事を諦めた。地味に『祭り拍子』で立て続けにMVP級の活躍をしているグレゴリのやる事だ。とやかくは言うまいと思ったのだ。
ノート達は誰にも悟られる事なく、ひっそりとその場から姿を消す。その場に残るのはノート達とキサラギ馬車のハリボテのみ。
そして遂に、ヒュディの影がゆっくりと動き出した。




