No.141 妬み
詠唱開始
「なんか静かですね~。街の中のプレイヤーはかなりキャンプに移動して少ないし、初心者をキャリーしてる部隊が通過している場所ともえらい違いだ」
「ああ、攻略組とかの戦力は軒並み向こうに回してんのかもな」
「まっそんなのもう関係ないですけどね!俺達は人気の少ない別ルートでサクサク進みますよ!」
ワールドアナウンスがあって以降、プレイヤー達の多くがボスとの決戦場所の待機所となるキャンプ地を目指して移動し始めた。
ボス戦のスタートは到達人数1万人。日本のプレイヤー数は現在50万人を軽く上回っているので2%に達すれば良い計算なのだが、そもそもその決戦場所自体が攻略組が色々と探し回った結果見つけられた場所だ。
無策で突っ込んでも到達する前に敵性MOBに殺されるし、既に特殊な敵が出現を開始しているらしくプレイヤーが固まって動き過ぎると猛攻されて死に戻りさせられたという報告が幾つも上がっている。
結果、独力ではキャンプ地の到達が難しいパーティーが徒党を組んだり、既に到達した実力者に依頼してキャリーが行われ始めていた。
特に必要不可欠でありながら生産メインのプレイヤーは自分達だけは到達が難しい。なので他の戦闘系のプレイヤーと契約を結ぶなどして移動を手伝ってもらっていた。
だが、賢い一部の者は一般的に知られているルートを避けて、魔物の猛攻を受けない様に慎重に進んでいた。
このパーティーもそんなパーティーの一つだ。学生から社会人まで幅広いメンバーがいるが仲が良く、INできる時間帯も偶然近かったという理由だけで結成されたパーティーだとは誰も思わないだろう。
その中でも末っ子ポジで斥候担当のプレイヤーが上機嫌に先頭を歩いていると、パーティーのリーダーは苦笑する。
「上機嫌だな」
「そりゃそうですよ!これでキャンプ地にもいけるし、みんなで準備も頑張ってたし、俺も頑張らないと!」
「ああ」
このエネルギッシュで若々しい笑顔は社会人組には少し眩しいが、同時に活力を得られる笑顔でもある。
――――――そうだ。俺たちが今まで積み上げてきたもんは全部無駄じゃなかった。これからも俺たちが立ち止まらないかぎり道は続く。
生来の気質で縁の下の力持ちポジションに甘んじることも多かったが、今のパーティーを見ればそれも悪くないとリーダーは心から思える。
社会人組には、昔からのリア友や、別のゲームから長い付き合いのあるゲーム友達もいる。こうしてゲーム好きなおじさんだけで内輪の楽しみをしていくのだと思ったが、学生組の出会いは彼等の今までの経験が無駄ではない事を証明してくれた。
和気藹々とした空気。誰もが笑顔を浮かべてこれから起きるイベントに胸を馳せる。
そんな空気を引き裂く様に獣の断末魔が聞こえた。
「Kyyyy!?」
悲鳴、同時に聞こえる何かを薙ぎ倒す微かな車輪の音。
「!」
今までどうして聞こえなかったんだと思うほどのドドドドドドと轟音と共に妙な風圧を感じた次の瞬間にはパーティーメンバーが木の葉のように吹き飛んだ。
「ぐわっ!」
「ぐっ…!」
ドンッ!
リーダーは咄嗟に先頭にいた斥候を突き飛ばした。正体のわからぬ敵を前に取った咄嗟の行動は悪手にもなりかねなかったが、今回は賭けに勝った。
「リーダー!?何やってんだよ!リーダー!!」
「うおぉおおお!!!」
HPバーは既に赤く染まっている。おまけに変な状態異常を受けたらしくそのなけなしのHPも徐々に減っている。
それでも尚、漁夫の利を得ようとして慌ててリーダーに駆け寄った斥候の背後から飛び掛かってきた魔物を斬り裂く。
「Gua!!」
戦士のスキル、〈バーンアウトプレッシャー〉を発動し威嚇する。このスキルは自分のHPが危険状態にあるほど効果を増し、成功すれば魔物を退けることが出来る。
その勢いに怖気付いたか、タタタタッと魔物が引き下がり逃げていく。
「はぁはぁはぁ……。なんだよ、産廃とか言われてたが、結構効くじゃねぇか。ふっ…………」
「リ……リーダー……。あっ……あぁ…………」
「なんて声出してやがる……メイドォ!」
「だって……だって…………」
命毒、名前被りで急遽付けた名前らしいが、いつからかそんな厨二臭い名前を名乗る事を恥ずかしくなる様になってしまった。いつしかネタネームに走る様になっていた。
斥候役の学生マインドにはまだそんな感覚は無いのだろう。いや、その方がゲームを心から楽しめるのだから良いはずだ。小難しい事を考えるのはオッサンの仕事だ。
「俺は喀徹団リーダー、マリネ・サーモンだぞ。こんくれぇなんてこたぁねぇ」
「そんな……俺なんかのために…………」
「メンバーを守んのは俺の仕事だ」
「でも!」
「いいから行くぞ。他のプレイヤーがキャンプで待ってんだ。それに………」
回復薬を1番持っていた者も、ヒーラーも死んでしまった。そしてリーダーも斥候も回復手段を持っておらず、死ぬ事は明白だった。
本来襲撃に気付くべきだった斥候役の
命毒は不甲斐なさから涙を浮かべている。
最早身体にうまく力が入らない。徐々に死に近づいている時に味わう感覚だ。こういう所がALLFOは妙にリアルだ。
それでも、重い腰をなんとか上げて、リーダーは歩き始める。
――――――やっと分かったんだ。俺たちにはたどりつく場所なんていらねぇ。ただ進み続けるだけでいい。止まんねぇかぎり、道は続く。
昔は物語の主人公に憧れた。運良くとんでもない力を手に入れて、無自覚に無双して、色んなプレイヤーと人脈を作って、みんなからチヤホヤされて…………
だが、現実は甘くなかった。
自分はやはりその他大勢で、上に行く奴は多かれ少なかれ頭のネジが数本外れていた。運だけでは片付けられない能力を持っていた。
それを妬み、僻んだ事もあったが、いつしかそんな気さえ起きなくなってしまった。自分はいつの間にか、つまらねぇ大人になっていた。
だが、自分の側には自分の希望を引き継いでくれそうな奴らがいる。ならば、先達がここで立ち止まっていいものか。
「俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!だからよ……止まるんじゃねぇぞ…………」
その行先を指し示す様に、リーダーは天を指差す。
しかして現実というのはいつだって厳しい。
視界が歪む。星空がボヤける。膝から力が抜け、人差し指を伸ばした状態で地面に倒れ込んだ。同時に、燃え尽きた灰から最後に飛び散った火の粉の様に赤いポリゴン片が暗がりで美しく散った。
「リーダー!」
河川敷近くの草原で斥候の悲痛な悲鳴が上がった。
この後、斥候は奮闘虚しく魔物に取り囲まれてタコ殴りにされて呆気なく死に戻りした。
尚この時どういうわけか折角買ったテントをロストし彼等は踏んだり蹴ったりの状態となったとか。
◆
「お?またなんか轢いた?」
「ん、またキサラギ馬車のインベントリに見覚えのないアイテムがある。多分今度はプレイヤーを轢いている」
「あまり一般のプレイヤーが通らないルートを選んだつもりだったが、物好きがいるもんだな」
ノートの招集で集まった『祭り拍子』だが、結論が出るまでは異常に早かった。相談するまでもなく全員がボス戦への参加表明をしたのだ。
勿論、色々な縛りがかけられている事も説明したがそれでも変わりは無かった。
純粋にゲームとして楽しみたい者。
徹底して利益を求める者。
激しい闘争を求める者。
ひよっこゲーマーとして初めての運営主導大規模イベントにワクワクする者。
新しい目標を討ち果たすのに必要な力を求める者。
試作武器の使用が楽しみで仕方がない者。
動機はそれぞれだが、ボスとの戦闘にはかなり前向きだった。
今回のボス戦に参加する上では色々と用意もした。
装備、アイテム、それ以外の対策。
バルバリッチャに土下座×2してトン2、鎌鼬の為の仮面を製作してもらい、同時に交渉してアグラットに依頼をする許可を貰い、変装の為の道具を作ってもらう。
外見をある程度誤魔化せる事はグレゴリが既に証明している。その辺りを突いて軽くアグラットを煽ると「あたしに任せなさい!その代わりしばらくおやつは倍でお願いね!」と太鼓判を押してくれた。
色々と制限があるし、激しい動きや細かい動きをすると不自然になるが、静かに動く分には問題は無い。
偽りの姿を表面に貼り付けて、誤った鑑定情報を見せる魔法のブレスレットをアグラットは皆に与えてくれた。
これでキャンプ場で出歩いてもバレるリスクは激減した。
第7世代のVR機器ではリアルとの感覚乖離の危険性を理由にアバターとリアルの身体の形を大きく変えることが出来なかったが、妥協すればある程度はできてしまうのではないかとノートは思ってしまった。しかし実際の所アグラットがやっているのは、あらゆるVR技術の最先端に近い物であることなどノート達は知る由もない。
開発当初に比べて今は何千万という単位で情報を収集出来るのだ。となればAIが出来ることも当然増えていく。
その新しく生み出された技術が詰め込まれているのがアグラット特製ブレスレットだ。
このブレスレットを使えばそこら辺にいるごく普通のプレイヤーに擬態出来る。名前さえも偽れてしまう。とんでもない代物だと思うが、結局ゴネてもバルバリッチャやアグラットへの人数カウント補正値の変更が無かったのでこれ位の反抗は良かろうなどとノートは自分勝手な事を考えていたりする。
「よし、ここで降りるぞ」
自分達のせいで変なドラマが生まれたことを知る由も無く、キサラギ馬車に乗りこんでいたノート達は馬車から降りる。
場所はキャンプ地から少し離れた場所。ノート達は如何にも中堅プレイヤーの様な見た目に変身して、遂に多くのプレイヤー達がいるキャンプ地に足を踏み入れた。
キボウノーハナー
検索:オルガ・イツカ 死亡




