No.133 疎外感❶
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽ネオン視点から人間関係の整理を
ネオンに手を引かれて足元も見えない霧の世界を歩く。
とりあえず進んでみようという根拠のない意見ではあるが、ただ立ち止まっているよりかは幾分かマシだとノートも思う。ノートにしては珍しくただ当てもなく歩きながら、いい機会だと思い今まで気になっていたことをネオンに聞いていみる。
「なぁ、ネオン。今の『祭り拍子』の居心地は悪くないか?」
「え?えっと、とっても良いですよ。今までで、一番居心地がいいです」
ノートの急な問いかけに少し戸惑っていたようだが、ネオンの解答に淀みはなく、遠慮や誤魔化したような素振りは見られなかった。
カウンセリングをするうえで案外厄介なのが、カウンセリングする相手が必ずしもノートに本当のことを全て話すとは限らないこと。
当たり前のことだが、カウンセリングを開始した当初はカウンセリングをする相手とノートはほとんど初対面。国家公認カウンセラーという肩書きの信用以外に患者からの信用は得ることは困難だ。
ほぼ完全な赤の他人に対し、最初から詳らかに自分の悩みを打ち明けられる人間はかなり少ない。ともすれば、『自分のことなど自分以外にはわかるはずもない!』と思うと同時に、ノートに対して自分を良く見せようとして変な見栄が出てくる。
事実とは若干異なることや、誇張した事、自分のバイアスが大きくかかっている事を事実の様に言ってしまう事もある。
患者の言う事全てを鵜吞みにしていてはカウンセラーとしては二流。目線や手足の動き、声の抑揚など、本人が意図せずして感情を表すポイントは表情以外にもいくらでもある。
ノートは患者の言葉だけでなく、その些細な情報などから患者の真意を暴き出し、本音を、事実を、本当の悩みを見抜く。
ノートが専門としている学生、特に中学生から大学生という人種は、大人に対して見栄を張りたくなる時期である。特に若いノートを序盤は甘く見ていることが多い。
それは人間として当たり前の事。故に自分の本当の悩みや事情を開き直って明かすことができない。
そんな学生という人種でありながら、ネオンは純粋なので実に反応が素直だ。
「まぁ、それならよかった。誘ったのは俺だけどさ、今の『祭り拍子』はかなり俺の身内感が強くなっちゃてるからな。ネオンが居づらい雰囲気がでてないかなって、ちょっと心配だったんだ」
例えるなら、高校の時に仲良くなった友人がいたとする。その友人の中学生時代の友人たちといきなり同じグループに入れられると、どうしても疎外感を感じてしまう事がある。友人の中学時代のノリについていけなくなることがある。
これはゲームに於いてもよくあることで、せっかくゲームで仲良くなっても、そのプレイヤーがリア友たちと合流してしまうとどうしてもなじめず、せっかく結成したパーティーが解散してしまう事がままある。オンラインゲームではすごい珍しい事でもない。
今の『祭り拍子』は全員ノートと深い関係にある。
ユリンは言うまでもなく、ヌコォは従妹という関係でユリンとほぼ同等以上の長さの付き合い。スピリタスは中学の時の付き合いで、トン2と鎌鼬は高校からずっと繋がりがある。
この中でもスピリタスだけ少し浮いたポジションにいたが、恐れ知らずのスピリタスはグイグイ距離を詰めるし、中学以降の空白期間を感じさせない距離感でノートとの距離を一気に詰めた。
ぶっちゃけると、スピリタスに関してはノートはあまり心配していなかった。泰然自若、天上天下唯我独尊みたいな振る舞いをするようでいて人を見る目はあるし面倒見もいい。しかもコミュ力が何気に高い。
ユリンを起点にヌコォやトン2達ともスピリタスが打ち解けるのはかなり早かった。
だが、ネオンはそうはいかない。むしろ普通の人より口下手だ。ノートはネオンに気づかれないように、密かに色々と立ち回りネオンが疎外感を感じさせないよう動いていた。
それでも疎外感を感じるかどうかはネオン次第。いくらノートが気遣っても結局はネオンがどう感じるかだ。
何となく聞くことを避けていたが、今のネオンからはかなり本音に近い言葉が聞けると思い、ノートは思い切って聞いてみた。
「どう?みんなとは。仲良くなれた?」
まるで久しぶりに会う親戚のような質問だとノートは思ってしまったが、聞きたいことに該当するベストな言葉が見つからなかった。
だがそんなことをノートが考えているとは露知らず、ネオンはそのままを答える。
「そうですね………まだタナトスさんとか、ネモさんと話してる時間の方が長いかもしれないですけど、最近は、その、ユリンさんたちとも話すことが多くなってきたと思います」
プレイヤー相手よりNPCと接している時間が長いのはどうかと思うが、それも少しネオンらしくはある。
実際、ぶっちゃけ一般的な視点で立って考えると、(見た目にさえ気にしなければ)ユリン達よりはタナトスたちの方が話しやすいという意見にはノートも同意できる。
ユリン達のように、何か絶対的な自信を持てるものを持つ者は一般的な人間とは違う独特な価値観や思考回路を有していることが多い。
上に立つ者の視点からしか出てこない言動。普通とは異なる人生経験を経てきたが故の言動に普通の人はついていけないことの方が多い。
一方、タナトスは基本的に紳士的な立ち振る舞いをしておりとても優しい。ノート達に対してはまさに理想的な好々爺。ネオンは料理という共通の趣味があるのでタナトスとは余計に話が通じるだろう。
アテナは趣味の分野で話を持ち掛けると大火傷するが、それ以外は常識的で穏やかだ。人間という観点で見てもなかなか話しやすい人物であると言えるだろう。
ゴヴニュは逆に趣味の分野以外での会話は弾性0の人工樹脂球のように全く弾まないが、金属関係の話には相手にもわかりやすいように真摯に教えてくれる。口下手な古き良き職人気質な男がゴヴニュである。
もしリアルにいたら「若くして鍛冶に打ち込む職人青年!」みたいな感じで雑誌に取り上げられるんじゃないかとノートが思ってしまうほどだった。
ネモは言わずもがな、話し方は少し独特だが慣れてしまえばかなり話しやすい。男友達と昔に行ったキャバクラの嬢に似た雰囲気があるとノートは感じていた。
主人の顔を立てる聞き上手。話題が尽きそうならそれとなく相手が乗れる話題を振る。
気配りができて意外と自分の中で負担を溜め込んだり、自分に出来ることには一生懸命だったりとネオンに似通った所は多く、植物の研究でもネオンはよくネモと話しているのでかなり仲が良いと言えるだろう。
また、ネオンは案外変に肝が据わっている部分があるので、普通の女性なら、或いは男でもファーストコンタクトでは悲鳴をあげそうになるメギドやグレゴリのビジュアルを見ても一切物怖じしない。
ペットを飼いたいけど飼えなかったから、という理由でノートが不在の時は積極的にグレゴリやメギドに食べ物を与える役を自分から買ってでている。
因みにキサラギ馬車とバルバリッチャだけはあまり話せないらしい。
キサラギ馬車はそもそもグレゴリが居ないと最近まで対話自体ができなかったし、バルバリッチャはネオンが最も苦手とする人種だ。自分が絶対に上というスタンスを崩さないし、ネオンでなくても付き合っていくには難しいタイプの人種である。
『祭り拍子』に馴染んでいる様に見えて会話をするのは基本的にノートだけなのでユリン達も用事が無い限りあまり話しかけない。
ただ、最近はアグラットを介してちょっとずつ会話できるようになっているらしい。召喚当初からは考えられない関係性だが、アグラットはアグラットなりにネオンを気にかけているようだ。
そんなネオンもアグラットには信頼を寄せているように見える。
対人恐怖症がNPC相手だとあまり起きないのか。それともネオンのAIに対する独特の価値観故か。それとも単純に相性が良いのか。
カウンセラーとしてはネオンの反応はかなり興味深いのだが、ネオンをモルモットの様に扱う気はないので今は見守るだけだ。
むしろ召喚主である自分よりタナトス達からのネオンへの好感度は高いのではないかとノートは密かに危惧していたりする(完全に杞憂だが)。
さて、一方ユリン達。
ネオン曰く、1番話せるのは今のところヌコォらしい。
「ちょっと独特ですけど、相談事にはハッキリとした解答を貰えるので、つい頼っちゃいます……」
感情が殆ど顔に出ないタイプであり、極端な効率主義者で自分の中にある程度ルールが存在するタイプの人間がヌコォだ。
怖いとかとは別の意味で最初は少し苦手だったとネオンは言う。
「でも、ヌコォさんって何時も公平と言いますか、忌憚のない意見を下さるので、凹む事もありますけど、成果が出た時もきちんと言ってくれるので、今も定期的に思いついた事を見てもらったりしてます」
「まぁ、最初に基本的な動きからゲーマーとしての立ち回りまでを教えたのヌコォだしな。指導に私情を交えないし、相性次第では結構コーチとかも向いてるんだよな、本人はあまり認めたがらないけど」
ヌコォのコーチングは的確だ。実際、それで成果を上げてきたのでネオンはその腕を深く信用している。年齢の近い年上でありながら見た目は年下感があるミスマッチ感もネオンにとっては威圧感をあまり感じないで済むので相性が良かった。
トン2達とのタイマンも最初はヌコォが勧めセッティングしたのだ。
ただ、俺には相談してくれないのかい?とノートは思ってしまったが、口には出さない。少し考えればネオンがなぜ自分に相談しないかは直ぐにわかる。
今のネオンはノートからの失望を非常に恐れているのだ。自分が頓珍漢な事を言ってノートから呆れられるのが今のネオンには何よりも怖い。
これはネオンと両親との関係に根付いている問題なだけに解決が難しい。
幼少期から自分の失敗を咎められ続けるような状態だったので、些細な失敗でも過剰に恐れてしまっている。これは厳しい家庭環境で育った大人にもよく見られる症状だ。
問題は、厳しいからと言って必ずしも親が憎かったりする訳ではない事である。
大事な存在だと思っているし、好きだと思えるところがあるからこそ、その存在からの失望がなによりも身に堪える。
ネオンの向ける感情が大きいほど、その対象からの失望を恐れてしまう。
逆もまた然り。親も憎くてなにも子供を咎めているわけではないのだ。だからこそ憎むという形で感情を昇華することもできず胸中に辛さをため込んでしまう子供は少なくない。
ネオンの対人恐怖症の根幹にも近い問題だけに簡単に解決できる代物ではない。恐らく人生の半分以上をそのようなスタンスで生きてきたのだ。治したいのならカウンセラーとしても長期に渡るカウンセリングが必要だとノートが判断する状態なのが今のネオンである。
その点、ヌコォは最初から滅多刺しの評価をネオンに突き付けたし、常に中立でフラット、感情が表情や声に出ないのがネオンにとっては逆に良かった。
少々語弊がある表現ではあるが、人間というよりは機械による採点に近く感じるのだろう。機械は人間のミスを指摘するがそこに感情は無い。
実際ネオンは勉強時に使う採点ツールからミスを指摘されても嫌だと思わないタイプだった。
ヌコォもある程度なんとなくそれを察しているからこそ、ネオンの指導はかなり機械的に行なっている。ネオンの都合など無視した最高効率の指導。変に気遣うより寧ろ此方が良いと判断していた。
ではヌコォ以外はどうか。意外なことにヌコォの次点にネオンが名前を挙げたのがスピリタスだった。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽AIは空気を読んでいる




