No.131 極彩色
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽フフフ…………
ユリンが真っ二つに斬られ身体が崩れ落ちる。
しかし悲鳴は上がらない。赤いポリゴン片が血飛沫の様に飛び散ることもない。
違和感は黒騎士も感じ取ったのか、ユリンの崩れ落ちる身体を見て暫し立ち尽くす。
NPCらしからぬ人間らしい動き。怪物然としていた黒騎士に人間味を感じさせる反応。
その隙を突く様にスピリタスが殴りかかり、トン2が刀で斬り裂く。その一撃を敢えて受け入れ黒騎士はカウンターの一振りで2人をぶった斬る。
だが、スピリタスやトン2からも赤いポリゴン片が舞い散る事はない。それどころか斬られて動けないはずなのに再度斬り掛かってきた。
黒騎士は辺りを見渡す。
だがそんな黒騎士を嘲笑うかの様に周囲が歪む。
一体何が起きているのか。黒騎士は混乱したかの様にキョロキョロすると、急に強弓から放たれた矢が出現し後頭部に突き刺さる。籠められた暴風の魔法が炸裂し大きくよろめく。
ランク差があっても唯一有効なダメージを与える圧倒的なネオンの魔法。黒騎士が警戒していたはずの魔法が籠められた矢が忽然と現れる。
一歩踏み出す。だが周囲の物体の縮尺が歪み正確な位置が感じ取れない。ノート達の姿を認識出来ない。
警戒して剣を振るっても空振りするだけだ。
まるで見えない何かに囚われた様に挙動がおかしくなった黒騎士を見てノートは改めて思う。
やっぱりこの能力ぶっ壊れ過ぎだろ、と。
黒騎士を虚の世界へ誘ったのは、能力の発動のタイミングをずっと待っていたグレゴリ。
獲得した新たな能力が噴水広場一帯に発動していた。
【素闇芸創:虚偽欺瞞なる騙し絵】
ランダム追加技能である画家。
非常に高い適性を持つ闇魔法。
探知や感知、鑑定、影渡りを可能とする高い認識能力と観察眼。
そしてグレゴリの核を形成する際に捧げられたギフト。そのギフトに含まれた強力な創造者としての因子。タナトス、アテナ、ゴヴニュ、ネモという並外れたクリエイター達の創造に纏わる因子全てを継承し、それを画家という次元に落とし込んだ結果生まれた能力である。
これらの要素が混じり合い画家をベースとして開花した能力【素闇芸創】だ。
【虚偽欺瞞なる騙し絵】はその能力のうちの1つの能力である。
ギフトを5つも捧げられたグレゴリの真価はこの能力の覚醒を以てして初めて発揮される。
【虚偽欺瞞なる騙し絵】の効果は、グレゴリが完全に認識を完了してあるフィールドの一部をグレゴリの幻影の世界の支配下に置くというぶっ飛んだ効果だ。
発動するにはまず騙し絵へと変貌させるフィールドのほぼ全てを認識しておく必要がある。
また、その世界に生物を登場させる際にはその対象についてもよく知っている必要がある。今の段階ではノート達以外は幻影として動かせない。
それでも十分イカれた能力である。
しかも支配したフィールドの描写はグレゴリに全て委ねられるので、ノート達の幻影を創り出すだけでなく立体迷路に仕掛けられた空間認識を阻害する『感覚惑乱』のバッドステータスの再現さえも限定的に可能とする。
そしてこの能力の本当にぶっ壊れているポイントは能力の対象にある。
例えば毒。一般的なボス敵だとある程度耐性を持っているのは色々なゲームに共通している要素だろう。
これはALLFOでも同じ事で、例えば厄介な状態異常を引き起こす呪いなどに対して強敵は耐性を持っている事が多い。
だが、グレゴリの【素闇芸創】の効果の対象は“敵”ではなく、“フィールド”なのだ。如何に敵が耐性を持っていても関係なく効果を発揮する。
もう少し分かりやすく言い換えると、幻影を見せる魔法などは敵の脳に直接ありもしない光景を送りつけているのに近い。
対してグレゴリの能力は、魔法で地形に新たな光景を上書きしているので敵の認識能力自体に異常が発生する訳では無い。視覚自体はまともに機能している。
故にレジストによる対処が出来ない。幾ら幻影を解除するポーションなどを飲んだり魔法を使っても意味がないという訳だ。
視覚だけでなく、音も気配も鑑定情報でさえも全て自分の認識情報から闇魔法を元に新しく描き出す事で敵をグレゴリの偽りの世界に閉じ込める。
これが【素闇芸創:虚偽欺瞞なる騙し絵】の本質である。
所謂初見殺し。実は対処方法はある程度存在しているが、それは黒騎士にとって相性が悪い方法だった。
ポイントは闇魔法により編まれた幻影であるという事。つまり反対の光属性や聖属性をぶつけるとある程度能力の妨害はできる。
ただし、生半可な物であれば逆にグレゴリの世界に取り込まれ余計な混乱を起こす。破壊されたとて新しい世界を直ぐに構築出来る。
何が恐ろしいかといえば、この状態でまだ能力の成長率が覚醒したばかり、言わば未成熟もいいところの生まれたてでしか無い事だろう。しかもMP的なコストが効果に対して低過ぎるのだ。
この能力の主体は画家。それを闇魔法で整形しているだけで特段難しい魔法を構築している訳では無い。故にMP消費が低くなる。
理屈としては理解できても、バランス崩壊級の能力ではないかとノートは思ってしまう。
事実、遥か格上の黒騎士も術中に嵌めてみせた。
無論、簡単な事ではない。
数日間模様の謎を解く為に噴水広場に通い詰めていたお陰で、グレゴリが噴水広場一帯のマッピングを完璧に終えていたから出来たことだ。
何処でも直ぐに使えるほど使い勝手の良さはない、“今はまだ”。
ノートの召喚した死霊とユリン達が入れ替わり、その死霊のガワにユリン達の姿を写す。気配はあるが中身は別物。少々練習が必要だったが本番でもきっちり成功させた。
「頼んだ」
其れを見つつ、ノートはずっと背後で待機させていたキサラギ馬車にオーダーをする。
時は来た。
ユリン達が必死で耐えていたのはこの時の為。発動までの手続が余りに面倒な能力が発動するまでの待機時間を稼いでいたのだ。
キサラギ馬車の周囲に夥しい量の球形魔法陣が浮かび上がって星々を写す天球儀の様になり、ノートの捧げた大量の生贄が一瞬で消える。MPが喰らい尽くされ、更には生命力まで削られる。
身体を蝕む喩えようのない嫌悪感、視界が歪み、体の裏と表がひっくり返った様な怖気が走る。
同時にキサラギ馬車の頭上に“極彩色の宇宙”が顕現した。
「(テストしとくべきだった!)」
能力の内容自体はキサラギ馬車から聞いていたが、その言葉よりも遥かにソレは悍ましい能力であり、大いなる犠牲を要求する禁忌の能力であった。
能力の直接的な代行者になっているノート以外にもこのヤバさは影響しているらしく、ユリン達もが顔を顰めている。見ればHPやMPも徐々に削られていた。
ネオンのパンドラの箱の自動HPMP回復バフを貫通する程にこの状態は危険という事だ。
ノートは待つ。代償を支払い希う。
それに応える様に、顕現した極彩色の宇宙に座す星の一つが白く瞬いた。
不安を掻き立てる様な音が鳴り響いた。
瞬間、ユリン、トン2、スピリタスの3人の身体から水分が失われ、乾涸びたミイラの様になり塵となって朽ち果てる。
例えそれがゲームであると分かっていても、同意の上での死であってもゾッとする光景だ。
目の前で愛する者達がかなりリアルな形で変死するインパクトはノートの予想を遥かに超えていた。
だが、それだけの効果は齎された。
閉される宇宙。其処から漏れ出た光が今まで仮面を付けて沈黙していた存在に宿る。
偽りの世界を駆け抜けて迫る。能力の範囲内に黒騎士を捉える。
「〈擬幻の霞指〉」
伸ばされた手。黒騎士に黒い糸の様な物が纏わり付き、ヌコォの手の中に黒騎士の首にかかっていた剣型の首飾りが出現する。
希いにより一度きり実現された御業。
法則無視の奇跡。ズル。悪戯。
星により“定められた運命”。
次の瞬間、発狂した黒騎士の咆哮で全ての幻影が吹き飛ぶ。荒れ狂う魔力の暴風が強引にグレゴリの世界を破壊する。
地面を砕き、空を揺らし、身体に刺さっていた剣が全て浮き上がり、赤黒い雷電と火花が黒騎士の周りで弾ける。
黒騎士の真の憤怒。全力。周囲から黒い靄の様な物が集まり天に吼えた黒騎士の身体が異様な音とオーラと共に巨大化する。
その背後に黒い靄で包まれた真紅の満月の幻影が浮かび上がる。
その変身タイムをノート達が黙って見ている訳がない。
鎌鼬は今撃てる最高の矢を全力で放ち、ヌコォは能力で奪ったHPとMPを全てノートとネオンに譲渡する。
疾走するネオン。鎌鼬とヌコォは下がり、キサラギ馬車が消え、グレゴリが新たな能力を発動する。
動く黒い幻影。それを小賢しいと言わんばかりに黒騎士の周囲に浮く剣が空中で舞い全てを斬り裂く。
そして再び吼えた刹那、不届き者とその横にいた狙撃手に剣の雨が降り注ぐ。一本一本が宝剣、名剣、妖刀の類だ。ヌコォ達は成す術もなく蜂の巣にされ一瞬で死ぬ。
仮面の効果に奇跡の重ねがけをしたヌコォの絶対的だった隠蔽状態を貫通し、黒騎士はヌコォを斬り殺した。
だが、ヌコォの手に既にペンダントは無い。
ヌコォの隣に居たグレゴリがヌコォから直ぐにペンダントを受け取りネオンの元に影渡りをしていたのだ。
変身したのは計算外であり、変身後の能力の予想を遥かに超えた物だったが、その変身タイムのお陰で逆に時間が稼げた。
手にペンダントを持つネオンは思う。
まるで霞を握っているかのように感触が無いと。
月の光に照らされても光らず、影も無し。目を離せば消えてしまいそうな、そんな存在感の無さ。
その剣型のペンダントを一か八かえいや!と鍵穴に挿した。
すると、今までどんなにメダルを入れようと跳ね除けてきた鍵穴にスルリと剣型のペンダントが挿し込まれ、噴水から目が眩むほどの光が迸る。
吼える黒騎士。殺到する剣。割り込んだメギドも吠えて迎撃するが一瞬で蜂の巣。それでも剣の豪雨を凌ぎ切ったのは守護戦士の意地か。
スキルの効果で残りHP1の状態で耐え切りダウンしたのを見届けてノートは大健闘したメギドの召喚を解除する。
それでも尚諦めない黒騎士の前に再び黒い影が立ちはだかり妨害する。黒騎士が其れを斬り払ったその一瞬が命運を分けた。
「ノートさん!」
目を離せない逼迫した瞬間、突如聞こえたネオンの声。
振り向けば噴水が蕾の様に開き、光の中に旗の幻影をノートは見た。そしてその幻影から伸ばされた白腕がネオンに伸びるのを。
恐らく天使と思しきその腕がネオンの命を狙っている様に見えた。
咄嗟にノートはネオンの手を掴み引き剥がそうとする。しかしネオンを掴んだ腕はノートまでも掴み、黒騎士が斬りかかる寸前で光の中に2人を強制的に引き摺り込んだ。
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽総括AIが慌ててグレゴリに修正かけた能力がこれだったわけです(この上位互換の能力が最初から使えるようになっていた)
༼;´༎ຶ ༎ຶ༽他の能力は占星についてはまた後ほど詳しく




