No.104 蜘蛛糸立体迷宮③
(´・ω・`)影の薄いあの子が~
「よし!今日はボスまで行くぞ!」
「もう寄り道しすぎて断念は勘弁してくれよな」
「その件については悪かったって」
号令を出したノートに、ガントレット同士をぶつけて威嚇するように不満を呟くスピリタス。トン2は何も言わずニコニコしているが目は笑っていない。
この2人が少々不機嫌なのも仕方がない。
原因はボス戦の発見、戦闘まで至れなかったから、というわけではなく(もちろんそれも少なからずあるが)、巣穴から得たアイテムを見たノートが急にエリア調査という名目で巣穴からのアイテム強奪をするように指針を変更したからだ。
そのせいで一時は順調に進めていたのだが、その歩みが遅くなり進行は再び亀の速度に。
ユリンが定期的に巣穴の確認とアイテム回収に行くために前衛の二人の負担が一気に増大し、本来はこのような時死霊で援護してくれるノートもグレゴリの視界を借りて巣穴を探すばかりであまり手を貸してくれない。
よってバトルジャンキーの二人でも、同じような敵をただ撃退し続けることには流石に飽きてくる上に負担だけが増える始末。2人の処理能力の高さにかまけて細かい管理を怠りさんざん振り回したノートは、ホームに帰還するとやたら圧のある笑顔を浮かべたスピリタスとトン2の二人がかりでプロレス技をかけられ謝罪することとなっていた。
因みに、それ以上にユリンはソロで突撃と撤退を繰り返し疲弊の度合いは更に強かったが、ノートに頼られることが何よりも嬉しかったので全くそれを感じさせずむしろ上機嫌だった。
だが、その様な調査を行っただけの成果もきちんとあった。
まず昨日ノートがグレゴリの視界共有で発見した光る樹だったが、向かってみたところノートの予想通り一時的な休憩エリアとして機能していた。悪辣なギミックの仕掛けが施されていることが多いALLFOだが、今回に限っては罠のような物は仕掛けられてなかった(当然、切ったり燃やしたりしたらどうなるかノートは予想できていたが)。
しかしながら、ノート達の拠点としている中立エリアと比べれば狭いのでセーブポイントとして機能するテントやミニホームに関しては設置できる期間をリアル時間での3日間の間に限るという制限があった。因みに3日以降は勝手に撤去され持ち主のインベントリに戻るような仕組みなっているようで、今のノート達にとっては貸し切り状態なので特にこの制限に悩ませられることはなかった。
余談にはなるが、実は1の森にも2の森にも深霊禁山にも、あの腐った胞子の森にも中立エリアが存在しているのだが、ノート達は馬車で強引にすっ飛ばしたりしているせいでまだ発見に至ってない。
当然のことだが、VRMMOはオンラインゲームとは違ってプレイヤーが実際に歩いて移動をするわけで、一回のプレイで移動できる距離はどうしても限界がある。
となれば、このようなポイントを用意しておかないと遠距離の移動ができない。
そしてそのエリアでセーブをするのだが、そこで必要になってくるのがテントだったりミニホームだったりするわけで、それらのアイテムはギルドでかなり高額で売られている。課金での入手も一応可能だ。
定価で高額な料金をふんだくっておきながら、月額(子供のお小遣いでも足りる程度ではあるが)でも徴収し、更に課金アイテムまで用意する。オンラインゲームなどが一般化した21世紀の始めであれば暴挙としか言えない殿様商売だが、22世紀では娯楽へのウェイトが高くなりすぎてこの料金設定に不満を持つ者は少ない。
というより、それくらい金をとらなければこれほどのサービスを維持するのは難しいのだから仕方がない。
閑話休題。
前衛に大きな負担を強いた住居侵入及び窃盗ロールだが、それに見合った様々なアイテムを確保することができた。
まず一番手に入れることができたのが金色の糸玉。本来は深霊禁山種のアラクネのレアドロップだが、それが簡単に手に入る。糸に関してはアテナがせっせと生産しているが、性能を求めると一日に生産できる糸はそう多いわけではないので、普通の丈夫な糸がたくさん確保できたのは非常に大きなメリットだ。
無論、それは『祭り拍子』の視点の話であり、一般プレイヤーからすれば『それをそんなことに使うのはもったいない!』と絶叫したくなる性能があるのだが、ノート達は簡単な工作や実験にと色々と使っているのであって困らないアイテムだ。
次に多く手に入ったのが謎の干し肉。特にバフ効果はなかったがやたら腹持ちが良く(空腹度が減りにくい)味も普通ではえらくしょっぱいはずなのに辛みのあるビーフジャーキーのような味程度に落ち着いている。
バルバリッチャに鑑定してもらったところ酒のつまみに勝手に半分ほど持って行かれたのでその味の良さは保証されていると言っても過言ではないだろう。
香辛料などを使った保存の効く食べ物は料理人として活動しているタナトスにとってもいい刺激になったようで、虫から取れる肉であれこれと実験を始めていた。
その次に多く手に入ったのが、熱と赤い光を仄かに放ち続ける黒い石。アイテムとしてはなかなか面白い性能な気がしてノートも何か秘密があるのかと期待したが、温かく黒い石であるという以外に特に面白い効果はなかった。
ただし常に一定の温度を保ち人間が火傷しないギリギリの温度なので、暖房器具としては色々な面で長けているようで、料理に使えるかもしれないという事でタナトスが、特殊な金属の加工に使えるかもしれないとゴヴニュが、育成環境を整えるのが難しい植物に非常に役に立つとネモが、それぞれある程度の数を確保していった。
その次に多かったのが、例の光る虫。アグラットに見てもらったところ、木に寄生するタイプの虫であたたかな場所を好むらしい。
特に美味しいわけでもなく、光る以外にはこれと言って特徴がないのでこれらの虫は観賞用として引き取られることになった。
ここまでは巣穴のほとんどにあったアイテムだが、あまり見つからなかったのがユリンの見つけた謎の繊維。詳しく調べてみたところ、ラミアが脱皮したことによりできた皮らしい。
出自が出自だけにノート達も微妙な顔をしたのだが、召喚素材や防具への転用、バラバラに切り刻むことで餌や肥料にも使えるという事なので捨てずに保管されることとなった。
それ以外は森で採取可能な木の実がランダムであり、その種類もレアリティも多岐に渡った。一応ながら【感覚惑乱】を起こし得そうなキーアイテムも探ってはみたものの、そちらの方は発見に至らなかった。
木の下に作られた泥のかまくらに関しても調査は行ったが、こちらも見つかったものは上の物とほぼ同じで、大きな違いといえば糸玉の代わりに砥石や骨などがストックされていたことだろうか。
砥石は様々な武器の修復に使える便利なアイテムなので、それらを大量に確保できたことで主に砥石を利用するユリンとトン2はホクホク顔であった。
それらのアイテムを収集したところで活動時間の限界に達しノート達は撤退。
翌日本格的な侵攻を開始することを決定し、当日の早くに皆でミニホームに集合した。
エリアの性質は昨日の調査で大体把握できたので、エリアの性質にメタを張ったアイテムを多数補給。巣の場所に関しても正確に補足しておいたのでそこまでは幽霊馬車でいっきにショートカットした。
因みに、ノートを含め幾人かは『幽霊馬車の馬力があれば沼地だろうとラミアだろうと関係なく踏破してしまうのでは?』と気づいてしまったがさすがに野暮な気がして誰も口にしなかった。
因みにそんな幽霊馬車くんのスペックがこちら。
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大貴轟幽竜馬車・ユニーク
・全悪路走行可能
・完全透過・大(生物不可)
・剛力踏破
・不朽不滅不食
・伝説級御者スケルトン付属(御者のみ可能)
・性質・中立以上のPLは乗車不可
・アンデッド系・ゴースト系・悪魔系以外のNPC乗車不可
・乗車するアンデッド系・悪魔系のHPMP自動回復/性質が悪性に傾いているほど効果上昇
・車内衝撃ダメージ無効
・隠蔽状態・強
・アイテムボックス空き×5000
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全悪路走破可能という能力は沼地と言えど適応される。更に問題なのが【剛力踏破】に【完全透過・大】。あまり皆も気づいていなかったが、反船イベントで最も成長したのはバルバリッチャを除けば幽霊馬車なのである。
秒間10匹の勢いで大量のアンデッドを轢き殺し、上位個体だろうと問答無用で吹き飛ばして見せた。これにより彼の走破能力は更に強化され手が付けられないレベルまで到達しつつあった。
少しの障害物など【完全透過・大】の能力ですり抜け、ラミア程度などまともにぶつかれば馬車の車輪の汚れと化す。
槍の投擲をされようがアラクネの糸で妨害されようとも、【剛力踏破】の能力により突破能力が強化された彼はそのこと如くを蹴散らしていく。
ところでかなり余談であるが、洞窟探査の際に幽霊馬車のアイテムボックス機能を忘れていたことに気づいたノートは膝から崩れ落ちていて、その後全員でプチ反省会を行っていた。
なぜ誰も彼もがこの有用な能力を忘れていたのか。色々と考えてみても結局出た結論が『幽霊馬車の影が薄いから』という救いのない物。よって散々後回しになっていた彼の名づけがようやく行われた。
厳正な名づけ会議の結果、決まった名前は『キサラギ馬車』。
幽霊馬車、幽霊と車、そこから飛躍して都市伝説である『きさらぎ駅』。ただしどうしても皆としても今までさんざん幽霊馬車と呼んでいたせいで違和感があり、キサラギ馬車と呼ぶことにした。
因みに馬車と御者は一体で完結しており別々の名前を決めることはできないのだが、御者はとある映画の主人公になぞらえて『フランク』というあだ名が与えられた。
そんな名前の元ネタである主人公のようなぶっ飛んだドライブテクを持つフランクだ。多少のアクシデントや道など強引に切り抜けられる。切り抜けることができてしまうのだ。探索と慎重さをかなぐり捨てればキサラギ馬車に任せるだけで最奥まで簡単に進めてしまう可能性が高いのだ。
ただし、これだけのぶっ飛んだ性能を持つキサラギ馬車は、当然ながら死んだときに求められる再召喚のコストもかなり恐ろしいことになっている。課金して特殊な進化までさせたので復活にリアルマネーまで要求してくる時点でそのヤバさはお察しである。
なのでキサラギ馬車を粗使いするのには少々怖い。という事でキサラギ馬車による突破は無しにしようとノートは考えていた。
「さて、今回はできるだけ奥まで突っ切るぞ!」
キサラギ馬車から降り、改めて号令を出すノート。
そんなこんなで初めて万全を期した状態でのエリア攻略が始まった。
(´・ω・`)バルちゃん除けば初めてのまともな本召喚の死霊なのにまともに名前が付けられていなかったキャラがいるってマジ?




