盤外編:約束の履行③ スピリタスのターン
「お、お前、ノートだよな?」
「ん?どちら様で…………って、まさか」
引き締まった腹部を大胆に見せつけるヘソ出しの白い半袖パーカーに、長い脚を惜しげもなく見せる黒いホットパンツ。顔にはナチュラルメイクが施され、派手にならない程度のネックレスを身に着け、普段のギラギラとした金髪と違い美しい濡羽色の長髪を高めの位置で軽く結っている。ロングブーツから延びる脚はすらりと長く筋肉質で、少し観察力があれば彼女がスポーツをそれなり以上に嗜んでいることがわかるだろう。
この季節にしては些か薄着に感じるが、ノートはそれ以上に彼女が少々扇情的でファッションに気遣った格好をしていることに驚いていた。ノート自身でも失礼だとは思うが、彼女がノーメイクにジャージにスニーカーで現れても意外とは思わなかった。
「リアルで会うのは初めましてかな、九条京さん?」
「ん、はじめ、まして…………」
そんな大胆な格好でありながら、彼女は顔を赤らめてその美しい体を隠すように身を捩っていた。
「その、予想より大胆な衣装だな、可愛いとは思うけど」
「う、うるせぇ!着させられたんだよ、姉貴に!」
顔を真っ赤にして叫ぶ京、もとい京。恥ずかしいからなのかその叫びはいつもより威勢がなく弱弱しい。
「まぁ、正直そういわれて納得したよ。お姉さんのコーディネートなわけね」
「…………でもよ、その、一応全部私物なんだぜ?オレのスポンサーが、衣装関係の企業だからよ…………なんかの時にもらったんだ」
「スポンサーねぇ」
それ最近も聞いた気もするなぁ、と思いながら改めて姉がコーディネートしたという京の服装を眺める。ノートの中では京の姉は割と過保護で京のことをかなり大切にしている気がしていたのだが、それにしてはかなり扇情的で攻めた格好だと思う。
かといって姉がこういったコーディネートを好む性格とは思えない。
何か意図があってわざとこんな格好なのだろうか?京にこの手の腹芸はできない。コーディネートは間違いなく姉による物なのだろう。どういうことかと思わず首を傾げるノートに、京は気まずそうに更に顔を赤らめる。
ノートが今いるのはなんの変哲もない住宅街。強いて言うなればかなり富裕層向けの住宅街といったところだろうか。
その住宅街にある公園のベンチで座って待つように指定されそこで待っていると、待ち合わせの時間ぴったりに京はやってきた。
ゲーム経由の知り合いにリアルで会うのはノートも初めてではない。
なのでゲームでの格好とリアルでの格好に少々ギャップを感じることもあることをノートは知っている。無論、自分の容姿とは全く別の物が作れる大昔のオンラインゲームと違って、リアルでの容姿に近い物を比較的選ばざるを得ないVRMMOでは全くの別人というほど見た目が変わるわけでもないが、逆にリアルに近い姿であるがゆえに些細な変化にもギャップを感じるのだ。
しかし、よく考えてみるとユリンが同伴していない状態で顔合わせをするのはかなり稀。さらに言えば初対面という状態では初めてのケースだった。
「あれ?待てよ。お姉さんは実家暮らしで一緒に暮らしていないはずだろ?なんで京のコーディネートをしてるんだ?」
あの洞窟でノートと出会う約束をしてから期間は空いているが、それは全く関係ないだろう。京の姉がエスパーでもない限り実家を出て一人で暮らしている京のコーディネートをすることなどできないはずなのだが、どう見ても今着ている服装は京のコーディネートではない。
色々とよくわからないことが多い現状にノートは思考を巡らせるが、それを指摘すると更に京の顔が赤らむ。
「…………だよ」
「なんて?」
そんなノートの疑問に京は答えたが、いかんせん声が小さくて全く聞こえない。ノートが聞き返すと京はノートをキッと睨みつけて叫んだ。
「お前のせいで!デートなんて!したことないから!姉貴に!相談したんだよ!!そしたら!いきなり今日になって押しかけられて!着せられたんだよ!!」
「そ、そうか」
叫んだ後に恥ずかしさに悶える京。姉に強引に押し切られただけで本来はこのような扇情的な衣装は苦手なのだろう。更に言えば男性と遊んだこともないので余計に緊張しているのだ。
だが、そのお陰で京からガサツさが失われて、普段はあまり見えない女性らしさが強調されている。それは単純に扇情的な格好をしているからではなく、態度がしおらしくなっているからだ。
そのせいでいつもは男友達のような感覚があるのに、今の京からはその気安い感じがいい意味でない。
敢えて薄着にすることでそれを京の拘束具として活用する。ノートはなんとなく京の姉が何を考えてこんな扇情的な格好にしたのかが理解できたような気がした。
「で、一つ質問なんだが、お姉さんにはなんて相談したんだ?」
「と、友達と遊ぶんだけど、何を着ればいいかわかんねぇから教えてほしいって…………姉貴がちょうど遊びに来た時に相談しただけだよ」
おそらくは、相談した時もこのような調子だったのだろう。初恋で今なお好意が残り続けていて、それは一途を通り越して少なからず拗らせているといっても過言ではない。京の姉は京の様子から、彼女が会おうとしている人物が京にとってどんな人物なのかを正確に見抜いていたのだ。
「そ、それはともかく、姉貴にこれを渡せって言われたんだ」
既に京の姉にマークされたのは間違いない。ノートは更に厄介なことになったぞ、と頭を抱えたくなったが、それに追いうちをかけるように京はパーカーのポケットから白い無地の封筒を取り出した。
「…………なにそれ」
「知らね。ただ早朝にオレの家に押しかけてきて、家から出ていくときにこれを渡せって入れただけだ。中身は見てない」
恐る恐る封筒を受け取るノート。そのまま開くと、そこには一枚の便箋が入っていた。その便箋を取り出すと、そこには筆ペンを使ったのか非常に達筆かつ美麗な文字がびっしりと書かれていた。
姉が何を書いたのか興味がないのか、それとも気恥ずかしいのか、便箋を取り出したノートから京は目を背ける。ノートはそれをいいことに読み進めていくが、その内容をざっくりと簡潔に纏めるなら『とても丁寧な脅迫文』といったところだろう。
お互いにいい年をした男女だと思われるので過剰な干渉は避けるつもりではあるが、生半可な気持ちで手を出すなら地の果てまで追いかけて殺す。そんな思いが文字から滲み出ているような気がした。
きっと少しガサツだが素直な末妹が可愛くて可愛くて仕方がないのだろう。その文章からは強烈な執念と共に京が家族から愛されていることを良く理解できた。
ノートが考えるに、京にあえて扇情的な格好をさせたのは、妹を応援すると同時にこちらへの踏み絵として機能させるため。ここで安易に手を出すようであれば、何をしでかすか分からない。
何が怖いって、文章の締めにノートの本名が記載されていることだろう。つまりこちらの身元が割れているのだ。
「因みに聞いておきたいんだが、お前、お姉さんに俺のことどれくらい話した?というか、話すように言われた?」
「…………全部しゃべらされたよ。最初はゲームを介して知り合った人と会うなんて危ないからやめろって言われてさ。大丈夫だって説明しても納得しねぇんだもん。心配してくれるのはいいんだけどよ、あのままだと母さんとかにまで告げ口しそうだから、ちゃんとリアルでもどんな奴かしってる人だって説明したら、だったら全部説明しろって」
「それでカウンセラーとかのリアルの情報をもとに俺の身元をあっさり特定して見せたわけか。おっかねえなお前の姉さん」
確か京の話ではお姉さんは弁護士をしているそうで、故に人探しのスキルに長けているのかも知れない。其れにしても恐ろしく執念深いことである。
「んで、ノートがどんなやつかわかったら急に態度が変わってよ。色々と更に聞かれたけど会っていいとかいいだしてさ」
身元が特定できて安心したのか、それとも今を時めく国家公認カウンセラーという地位が古い家柄の九条家の女性のお眼鏡に叶ったのか。おそらくはその両方。
国家公認カウンセラーは犯罪的な思考を持つ者を検査の段階でできるだけブロックするので人格に関しても保証されており、今後いくらAIが発達しても失われず安定して高給を得られる職業でもある。
女性の理想的な結婚相手の職業ランキングで必ず5位以内に食い込んでくることからも如何に国家公認カウンセラーが安定した職業であるかは明白だ。
手紙の最後の方にも、さんざんやんわりと脅迫しつつも京のことを大事にしてやってほしいというお願いが書かれていた。男っ気の無さすぎる妹がようやく見つけてきた男がかなりいい身分を持つ男。不確定要素が多いが手放すには惜しい。
そんな京の姉の強かな考えがノートには手にとるようにわかった。
しかし一時的に信頼したその男が実際には何股もかけているような男だと知ったらどうなるのか。ノートはビンタでは済まないだろうな、と思い気が重くなる。
「もういいか?こんなところで立ちっぱなしもあれだし、いこうぜ!」
そんな悩みの種である便箋を封筒にしまい鞄に入れる。頭の痛い問題が増え思わず眉間にしわが寄る。それを手でほぐしていると、いい加減しびれを切らした京に腕を引っ張られノートはハッとする。
「悪い。そうだったな。ちょっとインパクトのある内容だったもんで」
「そ、そうか。やっぱりノートでもそんな反応になるような手紙だったんだな。あ、内容は敢えて聞かねぇぞ。聞いたら姉貴に聞かれることが増えちまうから」
なるほど、そういうことか、と今まで内容を聞いてこなかった京の動きに納得。変なところで頭がいいなぁ、とノートはしみじみと思ってしまった。
「で、どこ行くんだ?こっちに任せろ!って言われたから何をするか本当に知らないんだが」
「あ、いや、その…………正直オレも自分で色々とやってみたかったんだが、結局どうしたらいいかわかんなくて。でもさすがにそこまでは姉貴にも相談できなくてよ。しょ、しょうがねぇだろ!デートなんてこの年まで一度もしたことなかったんだよ!」
あまりにも典型的で初々しい反応にポカーンとしてしまうノート。そんなノートの反応を敏感に察して京は顔を赤らめて叫ぶ。
「いや、別に責めたりなんてしてないだろ。それで、結局どうするんだ、こんな何もない住宅街に呼び出して」
ノートは電車などを乗り継ぎここまで来たが、露奈や錬華とデートした繁華街からここは些か離れている。かといってなにか別の施設や目ぼしいデートスポットがある感じでもない。唯一あるとすればここから2㎞くらいのところにある運動公園だが、だとすれば最初からそこに呼び出せばいい。
一体何をする気なのかとノートが思っていると、京は徐に公園の外にある家を指さした。
その指さす方向に何かあるのかと視線を送ってみても、あるのは住宅だけ。
京の意図が読めずにノートが首を傾げていると、京はいきなりノートの手を引き歩きだし、指をさした方向に向かって公園から出たところで立ち止まった。
そうしてもう一度指さした先にはやはりなんの変哲もない一軒家があるわけだが、その表札を見てノートの表情が一変した。
「ま、まさか、お前…………」
「だ、だって、何したらいいかわかんなくて、それで、家に来てもらえば、いいんじゃねぇかなって…………」
その家の表札に掲げられた苗字は『九条』。京の苗字である。ここまでされて京の言わんとすることがわからないノートではなかった。
「迷走した結果これに落ち着くってお前…………」
「う、うるせえ!いいから入れ!」
こうしてなし崩しにノートも初めてとなるおうちデートが開始された。
◆
聞くところによるとこの家は借りている物らしく、中は一人暮らしでは考えられないほど広いと思いきや、ちょっとしたジムのように複数の部屋が運動器具に占領されていた。
といっても半分以上はスポンサーから提供された試供品に近い物らしいが、二階の大きな部屋を畳敷きの稽古部屋に改造しているのを見た時はさすがのノートも資金力の違いに唖然としてしまった。
この家は京にとっても自慢の家らしく、家に入る前とは打って変わって楽しそうに紹介してくれた。
最初こそ波乱の様相を見せたが、ノートの予想に反してその後はちゃんとおうちデートとなった。
今や骨董品に近い据え置き型のゲームで対戦し、時には協力プレイで遊び、昼には九条家仕込みの京の手料理が振舞われ、午後はネット配信サービスで一昔前の映画を二人で鑑賞しのんびりと談笑。
その後は家にある器具を使って軽い運動をし、休憩しつつ再び談笑。その話題は自然とお互いの共通項であるALLFOの話題になり、京は近接戦闘のコツを教えてやるとノートを稽古室に招いた。
様々な格闘術に精通していることもあり、手取り足取り教えてもらうことで格闘技の専門的な知識がないノートでもその教えを理解することができ、ノートは京の意外なコーチングスキルに驚かされる。
その後は応用として簡単な投げ技も教授された。女性を投げるのはいかがなものかと思ったが、京は完璧に受け身が取れるのでケガの心配もなく、マンツーマンで指導されながら投げ技を学ぶ。
気づけば時間もかなり経っており、そろそろ終わらせようかとノートが考え始めたころ、投げた京が急に今までと違った変則的な受け身を取り、気づけばノートは京を押し倒すような格好になっていた。
「…………悪い」
至近距離で見つめ合う顔。激しい運動で顔はわずかに赤らみ、ほのかな汗のにおいと共に京本来の香りを感じる。それに見惚れかけた自分を即座に律してノートは立ちあがろうとするが、京は自分の脚を絡ませてそれを引き留める。
赤らんだ顔にうるんだ瞳。その顔の口元を腕で覆うようにしながら、京は緊張でかすれた声でつぶやいた。
「この先は…………どうすればいい?何したらいいんだ?」
「どうしろって、お前」
『とりあえず離してくれ』と自分に絡みついた京の脚をポンポンと叩くが、京はイヤイヤと首を横に振る。
「オレじゃ…………わ、私じゃダメか?こっちだって、それなりに覚悟決めて、それでももう、いっぱいいっぱいなんだよ。ずっと好きで、いつか会いたかった奴に再会できて、それで直接触れ合えて、それで…………」
「待て待て、なんでそう即急なんだ。俺は別にそういうつもりで来たわけじゃ」
「そ、即急にもなるだろ!お前が周りとどういう付き合い方してんのかくらい、自分でもそういうことに疎いと思ってるオレでもなんとなくわかるんだよ!そうだとしても!自分でも女々しいってわかってても!それでも好きなんだよッ!!」
いよいよ感情のふくらみがピークに達したのか、どんな時も涙を流さない京の瞳から涙が零れ落ちる。駄々っ子のように抵抗し、自分の想いをストレートに訴える。
「俺も自分で言うのもなんだが割と最低な状態だぞ。今は絶対に応えられないって言っておきながら拒絶せずに関係はもってるんだからな」
それに対してノートも自分の状態を白状するが、京は一切怯んだ様子がないどころか余計に絡まる足の力が強まった。
「それでもいいから」
涙声で強く自分の気持ちを訴え続ける京。それでも踏ん切りがつかないノートに京はトドメを刺す。
「おまえ、あれだぞ。ぜったい今日のことは姉貴に全部白状させられるし、このままだと話してる途中にぜったい泣いちゃうし、そうしたら姉貴がマジであばれるぞ。おこったらオレよりおっかないんだぞ」
恥も外聞も捨てたような言葉だがそれは間違いなく真実であり、だから余計なことは気にしないでほしいと京は言葉を紡ぐ。
二進も三進もいかない状況に遂にノートは頭を抱えるが、そこに最後のアピールをとばかりにギュッと抱きしめられたことでノートは自分自身の理性に大きなヒビがはいってしまったことを自覚せざるを得なかった。
(´・ω・`)なんだったらノクタ(殴
(´・ω ( # )
(´・ω ( # )どうなったかはご想像にお任せします




