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No.98 瞋恚に蝕まれし女王と孤独な亡霊~③



「(さーていよいよインチキ戦法もキツくなってきたぞ)」


 ゴゴゴゴゴという唸る様な地鳴りはどんどんと強まり、遂にはエリアに小さなヒビが入り始める。女王の間を埋め尽くしていた蟻どもの姿は減りしっかりと地面が見えるようになり、ノートも回復系ポーションが着実に減りつつあった。


 だが長期にわたる戦闘により女王個体の身にはしっかりとダメージが通っており、蟻の数も減ってきた事でいよいよ捕食による回復も厳しくなりつつあった。


 女王個体のHPがあとどれくらい残っているかはわからない。しかしながらまともに戦えているのは事実だった。


「(そろそろ決着つけないとまずいな)」


 ノートがそんな事を考えた次の瞬間だった。

 今までカウンター攻撃ばかりをくらい鬱憤が溜まっていたのだろうか。今までの攻撃パターンもモーションも無視して女王個体がいきなり吼えた。

 その咆哮の威力はそれまでの比ではなく、周囲の物は問答無用で壁に叩きつけられるほどでノートも例外なく吹き飛ばされた。


「くっ!?なんだ?」


 続けて地面から結晶を生やす【結晶林】の攻撃が発動。と思いきやその結晶群は女王個体を取り囲む様に出現しドーム状になってその身を覆い尽くす。


「(なんか嫌な予感しかしねぇなぁ!)」


 回復ポーションをがぶ飲みしHPを回復しつつ、女王個体から大きく距離を取るノート。地面に降り立つと人面芋虫と防御特化のゾンビを数体召喚し万全の状態で待機する。


 ビキ、バキバキ。


 ゴゴゴゴゴという地鳴りに混じってそんな音が聞こえた。何かが壊れるようなそんな不気味な音。


 ゴキ、バキバキ、ビキビキビキ。


 結晶のドームにヒビが入る。それと同時にその中で何かが割れるような奇妙な音が聞こえる、なにかが造り替えられていくような。


 ゴキゴキゴキ、バキン、ビシ。


 最後に静寂。異音が止み、地鳴りだけがその大きさを徐々に増していく。ノートが唾をゴクリと飲み込む。その次の瞬間――――――


 けたたましい爆発音がして結晶のドームが吹き飛ぶと共に、女王個体が咆哮をあげながら出現した。


 しかしその姿は今まで見ていた女王個体とは異なった。

 その頭部は蟻から大きくかけ離れ、古代に存在したとされるダンクルオステウスの様。体の部分も大きく変化し蟻の体というよりはアンキロサウルスに近しい。結晶が棘の生えた甲羅を成し、大きかった腹部は細長くなりやたら太い尻尾のように変化した。

 体のサイズもダンプカーより2周りどころか4周りは大きくなっているようだ。


『GOAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 咆哮がエリア全体を揺らし、より太くなった前脚を叩きつける。するとその前脚からバキバキと地面が割れていき結晶が槍のように突き出してくる。斜線上にいた蟻どもは刺し貫かれて死に、ノートの用意したガード役ですらもいとも容易く貫かれ命を散らし消滅する。

 

「口呼吸のわけはそうゆうことかよ!!」


 子供を産むための女王としての姿から、子供を産むことをやめ敵を殺すためだけにそのリソースを割いた新たな姿。 

 生命の危機に陥り本気となった女王個体の戦闘形態だ。


 その姿に驚き続ける暇もなく、何度も叩きつけられる前脚。其のたびにフィールドに亀裂が入り、槍の線がノートに迫る。


「だぁーーーーーーー!ちくしょーーー!どうしろってんだ!!」


 先ほどから繰り出されるのは今までに見たこともない攻撃パターン。本来ならばそれをジックリ観察したいところだがその暇もない。つまりぶっつけ本番。おまけに先ほどよりも更に殺意が高いときた。

 ノートは牽制がてら魔法を使って闇の弾丸を飛ばすが、女王個体が前脚を叩きつけるとその場に結晶の壁が出現し弾丸を弾く。


「(おまけに防御力も高いとかクソゲーじゃねぇか!)」


 ヘイトは完全にノートに固定。せっせと継続していた状態異常の各種は解除され、頼りのチビ蟻どもはかなりの数が死に絶え攻撃もまともに与えられない。そう、今しがた女王個体にダメージを与えることができるのはノートだけになってしまったのだ。

 こうなってしまってはチビ蟻どもはただの邪魔。賑やかし要因以下だ。


 ノートは時間稼ぎのために女王個体に走り寄り限界の距離まで近づくとその頭上にメギド系列の死霊を召喚。奇襲を仕掛けるが女王個体の背中の甲羅が発光すると結晶の弾丸が射出され、その死霊が女王個体の頭部に到達する前にハチの巣状態になり消滅した。


 実はこのボス、通常状態だとこのランク帯のボスとしてはかなり弱い部類に入る。ノートとランク差が大きいが故に大苦戦しているだけで、安全マージンをしっかりとりそれなりの練度があるパーティーが作戦通りに動き続けられれば一方的に攻撃をすることも可能なのだ。

 当たり前だ。このボスは女王であり、その仕事は子孫を残すこと。戦闘を専門としていない。


 問題は追いつめられ女王としての地位を捨てた時。女王個体はその身を変化させバトルモードへと移行する。この時、女王個体は“ノーマルモードの時に相手の行動を学習しそれにメタを張るような性能を獲得する”。

 そう、このボスの真価はバトルモードになってから漸く発揮される。その強さはこのランク帯のボスの中で一気に上位に躍り出る。女王個体の強みはその防御力でも隙の無い攻撃でも無い。その学習能力こそが彼女を最も危険な存在として足らしめるのだ。


 インチキ臭い悪夢のような存在。ノートの最大の強みである簡易召喚死霊爆撃は封じられたに等しい。ましてやノートの闇魔法など効くはずもない。

 このままでは間違いなく時間切れ。グレゴリの下位互換死霊により空を飛んで逃げるにしても先ほどの攻撃スピードを見れば困難。脱出を試みようにも、いつの間にかフィールドの出入り口には結晶の分厚い壁が張られそれを守るように女王個体が立つ。


 どちらかが死ぬその時まで絶対に逃げることは許さない、そう言わんばかりに女王個体はノートに対峙した。


 持ち得る手札のほとんどを潰された。本召喚の死霊を使うには些か以上にリスキーで、頼れる仲間もいない。ここにいるのはノートただ一人。

 このまま殺された方が楽に違いない。もうすでに十分に健闘した。ランクだってこの洞窟に入ってから1つ、女王個体との戦闘中にさらに1つ上がっている。それだけでもノートが如何に困難な状況を切り抜けていたかわかるだろう。


 もともと死ぬことを前提とした負け戦に近い戦い。勝てればいいなくらいのそんな気持ち。しかしここまで来てノートはあっさり死ぬことなど選べるはずもなかった。

 効率を考えればこれ以上の戦闘がプラスになるかなど不透明。確実性のない賭けだ。だが、ノートは涙を流す青いピエロマスクをつけると同時に、その仮面の下で獰猛に嗤った。


「インチキには、インチキで返さなきゃな。もう少し付き合ってくれよ」


 行使するは反船のイベントにて獲得した魔法。習得条件は、本召喚の死霊の好感度がすべて一定値以上を達成、死霊術師としてのランクがSに到達、尚且つ魂のストックが膨大であること。三つの条件が揃って漸く習得に至る魔法は発動方法も特殊だ。


「【常、傍らに或る物】」


 この魔法は特定のモーションが必要であり、ノートは適当に取り出した杖を指定通りに振るう。


「【救い無き衰亡の都へ率いて行こう】」


 それは舞の様で、ノートの足元から黒い影の群れがユラユラと陽炎のように現れる。


「【永劫の呵責に遭わんとする者は此の門を潜れ】」


 そしてその影は亡者の群れとなる。


「【全は一、此処に示すは無苦集滅道の理】」


 闇の塊のような泥がグツグツ煮立ちながらノートの足元に出現。その身を隠すように体を覆い、亡者の群れはノートを取り囲み崇めだす。


「【冒涜せよ、天を嗤え、地獄は此処に連れて来た】」


 女王個体はノートに向けて結晶の弾丸を飛ばすが、闇の泥がそれを吸い込んで消しさった。

 黒い光がエリア全体に広がり、亡者の群れが更に増えていきノートに向かって跪く。


「【秘到外道魔法:滅虞黄泉魄装(スキュリエラス)】」


 長く恥ずかしい中二病詠唱。ノートはそれを耐えきり、その魔法名を告げる。

 魔法名を告げると同時にノートを崇めていた死霊は闇の泥に吸い込まれ、それはノートの身を護る漆黒の全身鎧へと変化する。

 手に持つ、闇と亡者のエフェクトに包まれた杖を前に突き出しスーッと振り下ろす。すると、ノートの背後に膨大な量の亡者が彫り込まれた漆黒の巨大な門が出現し、ギチギチと不吉な音を響かせながら開く。


 手に持っていた杖は砕け散り、ノートが内包していた魂のストックがゴッソリと削れる。

 開かれた門の先から無数の干からびた、白骨化した、腐敗した手が飛び出す。門より溢れた闇より深い不浄の泥がゴボゴボと泡立ちながらその場を満たしていく。

 そしてその無数の手をかき分けて幾つかの死霊が飛び出しノートに吸い込まれ、赤いポリゴン片が瞬き黒い雷光が収束しノートの手に槍と大楯が装着される。


「手始めに【メギド】かな」


 埒があかないと感じたのか吼えながら突進を仕掛けてくる女王個体。それに動じる事なくノートがそう呟くと、その背後に半透明のメギドが出現し黒霧のエフェクトがかかる。


「〔重山不動〕〔堅固不落〕〔命代城塞〕、《ピーキーハウルノヴァ》《ブラッディレイジ》《カースドソウル》」

 

 続けて“守護戦士系の職業のスキル”と“闇魔導師の魔法”を詠唱。突進する女王個体に対し大楯を構えてノートも走り始める。


「〔チャージアップ〕〔へヴィーアクセル〕」


 次々と加算されるエフェクト。加速する足。迫り来る女王個体。女王個体は身を屈めてそのままノートを轢き殺さんと突進を続けノートも真っ向から迎え撃つべく突撃。


『Graaaaaa!!!』


「〔シタデルバッシュ〕!」


 2人が激突した瞬間、バキン!と何かが砕ける様な嫌な音が響き渡り衝撃波が巻き起こる。

 女王個体の突進こそ止めたが吹っ飛ばされるノート。女王個体はダウンしたがこのままではノートも壁に叩きつけられ大ダメージだ。

 しかし壁に叩きつけられる直前にノートは呟く。


「【グレゴリ】、〔影渡り〕」


 ノートの背後に現れるグレゴリのエフェクト。能力のコールと共に姿が消え、ダウンしている女王個体の頭上にいきなり出現する。


「GBHWのワープ経験が生きるとはなっ!!〔リベンジアーク〕!!」


 それは狂戦士系の職業が持つスキル。相手から与えられたダメージが大きいほどにその威力を増す攻撃であり、ノートの構える槍に真っ赤なエフェクトが咲き誇る。


 吹っ飛ばされた時のスピードそのままに構えられた槍はノートの狙い通り女王個体の首の付け根に深々と突き刺さった。


『GRRRRRRAAAAA!!!』


 絶叫する女王個体。すぐさまノートの頭上に魔法陣が出現し結晶の霰が降り注ぐが、ノートは大盾を投げ捨て闇系の魔法で障壁展開。MPを大きく減らしながらも霰を凌ぎ切ってみせる。

 

「【ゴヴニュ】」


 ノートもやられてばかりではない。ゴヴニュの半透明のエフェクトを出現させると手に出現した大鎚を構え、振り下ろし系攻撃を強化するスキルを発動させると同時に首に突き刺さった槍にその槌を振り下ろした。


 ビキッ!と大きな音を立てて砕け散る首周りの結晶。槍は更に深々と突き刺さり、女王個体は苦しみ悶えてノートを振り下ろす様に側転。

 だがいつの間にかノートは女王個体の前に戻っていた。


「さあ第二ラウンドだ。お前を殺し切るか俺が先に死ぬかのチキンレースだぞ」


 ノートはそう宣言すると闇の泥の沼に手を突っ込んで漆黒の大剣を取り出し、女王個体に突きつけた。



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[気になる点]  行使するは反船のイベントにて獲得した魔法。習得条件は、本召喚の死霊の好感度がすべて一定値以上を達成、死霊術師としてのランクがSに到達、尚且つ魂のストックが膨大であること。三つの条件が…
[一言] ( ´Д`)y━☆厨二病パワー☆ 執筆頑張ってください!
[一言] たった一人でここまで戦えるとは、すげぇ
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