第12話 不法侵入・鼓笛ちゃん
雪がちらちら舞うある冬の日……。ある高校に傘もささずに不法侵入しようとする、不届きな女子中学生がおりました。その女子中学生は頭に纏めた髪型を影で通して見ると、まるでラッパみたいな形をしていました。
……はい、鼓笛ちゃんです。
鼓笛ちゃんは正門から堂々と高校の敷地内に入ると、下校中の生徒の視線も気にする事なくある場所に向かいます。
そこは正門から見て一番左端、学校の角でした。
鼓笛ちゃんはその場所にたどり着くと、そこには屋根から落ちた雪が、壁から鼓笛ちゃんに向かって雪崩れるように貯まっておりました。
「あー……すっかり埋もれているにゃ……」
力無い声を出しながらも、ちょっとわくわくしている鼓笛ちゃん。雪崩れた斜面に足を踏み入れると、そのまま膝の辺りまでずぶずぶと沈みます。
「にゃにゃ!」
ですが、鼓笛ちゃんは他人事のように気にする事なく歩を進め、落雪により半分埋もれてしまった木の棒を、素手で掘り出しにかかります。
「にゃにゃにゃ、にゃんにゃー、にゃっにゃー♪」
若干うろ覚えの音楽を口ずさむ鼓笛ちゃん。少し雪を掻き出すと、木の棒を右手で元気良く引き抜き高々と掲げます。
「しゃきーーん!」
そして手を真っ赤にしながら、さも当然のように学校の脇に設置された雨樋を掴み、忍者さながらの軽やかな動きですいすいと登り始めます。
「お二方、今お邪魔しに行きますにゃー!」
鼓笛ちゃんは二階の高さまで登って来ると、剣の様に持った木の棒を右手の窓に向かってすいっと伸ばします。
「よいしょ……っと」
木の棒は取っ手の窪みに綺麗にはまり、それを目視した鼓笛ちゃんは窓を開けようと右手に力を込めます。
「……にゃ?」
ですが、窓はうんともすんともいいません。
「にゃあー! 鍵がかかってるにゃあー!!」
鼓笛ちゃんはこの当たり前な事態に、頭の雪を撒き散らすように慌てふためきます。
「この鼓笛ちゃんのために窓を解錠しておかないとは、何と薄情な先輩達にゃあー!!」
鼓笛ちゃんはこの普通な事態に、木の棒を振り回しながら暴論を振りかざします。
「でも甘いにゃあ、お二方! この鼓笛、このぐらいでは諦めないんだにゃあ!」
そう言うと鼓笛ちゃんは、再び木の棒を窓目掛けてすいっと伸ばし、取っ手の窪みに器用にはめると、右腕を振動させ窓をかたかたと揺らし始めました。
……と、その時です。
部屋の中から、とても気落ちした少女の声が聞こえてきました。
「……ど……て……そう……意地……うのよ……」
少女の声に過剰反応する鼓笛ちゃん。その左耳は、そうするのが使命だと言わんばかりに冷たい壁に吸い寄せられていきます。
「……地悪……ったつ……は無かっ……だけ……」
冷たい壁に密着し、聞き耳を立てる鼓笛ちゃん。部屋の中からは少女の声と入れ替わる様に、少年の声が断片的に聞こえてきます。
「うーん、何を言っているか、良く聞き取れないにゃあ」
部屋の中の様子をどうにか探りたい鼓笛ちゃんは、右手に持っていた木の棒を地面の貯まっていた雪に向かって放り出すと、左手と両足で雨樋に掴まり、そこから出来るだけ身を乗りだします。
「にゃにゃ? 一体どうしたのかにゃ?」
ですが、部屋の中からは何も聞こえなくなってしまいます。まるで、そこには誰もいないかの様に。
鼓笛ちゃんは懸命に聞き耳を立てますが、その耳には雪の降る、しんしんという音だけが聴こえてきます……
少しずつ鼓笛ちゃんの身体に付着する氷の結晶……
それは次第に、積雪として鼓笛ちゃんの頭や肩等に貯まっていきます。
「にゃー……埓があかないにゃあ」
痺れを切らした鼓笛ちゃん。雨樋を掴んでいた左手に力を入れ、乗り出していた身体を引き戻すと、頭や肩に積もった雪を軽く払います。
するとそれを見越していたかの様に、部屋の中から再度、少年の声が聞こえてきました。
「そう……ばさ……」
「にゃにゃ!?」
虚を突かれた鼓笛ちゃん。中の様子を伺おうと、再び身を乗り出します。
「風邪……人にうつすと…………言うよね」
「……だ……何よ……」
しかし聞き取れる声は先程と同じ、断片的なものでした。そこで鼓笛ちゃんは掴まっていた雨樋から左手を離し、その左手を音を聞き取りやすい様に三日月状に曲げて壁と左耳の間に挟みます。すると朧気ながらではありますが、部屋の中にいるふたりの会話が聞き取る事ができました。
「僕にうつしたら?」
「……ヘ?」
部屋の中では、少年が風邪をひいたと思われる少女に向かって、自分にうつすように促している様でした。
「でも、そんな事したらあなたが……」
「もしかして、僕の事を気遣ってくれてるの?」
鼓笛ちゃんは寒空の下「にゃにゃー♪」とか言いながら盗み聞きを続けます。
「……そ、そんな訳ないでしょう!! どうして私があなたの事を心配しなきゃならないのよ!?」
「じゃあ僕にうつしても問題ないよね?」
ここで、鼓笛ちゃんの期待は飛躍的に高まります。何故なら、付き合っている男女が風邪をひいた時に相手にうつす方法など、大概相場が決まっているからです。
次の鼓笛ちゃんの台詞は
「これは、キスの流れにゃあー!」
でした。
鼓笛ちゃんは寒さで真っ赤になった左耳を気にする事なく、先の展開を伺います。
……と、その時でした。
突如、鼓笛ちゃんの頭上から重みのある、ずしりという音が響いてきました。それは鼓笛ちゃんの掴まっている雨樋にも、振動となって伝わってきます。
「……にゃ?」
異変を感じた鼓笛ちゃんは何気無く真上を見上げます。するとそこには、屋根の上に積もっていた雪が、重みで鼓笛ちゃんの頭上に落ちてくる所でした。
「うにゃああああーーーー!!!!」
重く命の危険を感じた鼓笛ちゃん。両足と腹筋の力だけで乗りだしていた身体を引き戻すと、信じられない反射神経で壁を蹴り、卓越した身体能力で雨樋から飛び降ります。
ですが落雪の重みは、冷気を運びながら鼓笛ちゃんの背後に迫ってきます。
鳥肌が立つ鼓笛ちゃん。必死の想いで、着地点である雪崩れた雪の斜面を凝視します。
……するとそこには、鼓笛ちゃんが放り投げた細長い木の棒が行く手を阻む様に突き刺さっていました。
正に前門の木の棒、後門の落雪。
このままでは、大怪我どころでは済まされません。
しかし鼓笛ちゃんは瞬間、右足で力強く壁を蹴り、前転するように雪面に着地すると背後に迫っていた落雪は、木の棒をへし折りながら砕け散り、雪崩れた斜面を少しだけ高くしました。
危機を回避した鼓笛ちゃん、何事も無かったかの様に立ち上がると、左手を腰にあて、右手でゆっくりと額の汗を拭います。
「うにゃあ……死ぬかと思ったにゃ……」
と、その時でした。鼓笛ちゃんが盗み聞きをしていた部屋の真下、一階の窓が静かに開き、声をかけてきます。
「ねぇ……」
声をかけてきたのは、その高校に通う二年生の女子生徒でした。
「やばいにゃ!」
鼓笛ちゃんはちょっとだけ窓の方を振り向くと、冷えた身体を暖めるように、校門に向かって走り出します。
「あっ! ちょっと待って!!」
二年の女子生徒は慌てて話かけますが、その声は届くことはなく、鼓笛ちゃんはそのまま正門を駆け抜けてしまいました。
「あー、惜しかったにゃあ……。もうちょっとで、お二方のキスする所が聞けたかもしれないのに……」
ようやく身の安全を確保した鼓笛ちゃん、そんな事を口にしながら家路に着きました。
そして、鼓笛ちゃんに話しかけてきた二年女子生徒ですが、のちの3月14日、とある少年に、彼女がいるのを承知でクッキーを送ろうとしているのは、この時、誰も知らない事なのでした。
これにて「一年生『2月14日~3月30日』編」は終了となります。
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次回からは新入生、鼓笛ちゃんを巻き込んだ『二年生・4月~6月編』が始まりますので、引き続きよろしくお願いします。




