表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大ダンジョン時代クロニクル  作者: てんたくろー
第二次モンスターハザード前編─北欧戦線1957─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

89/94

すべてを失っても、なお

 左腕を鎖で貫かれ、激しい出血をしながらもなお構えるニルギルド。目の焦点が合っていないことから明らかに意識が朦朧としており、ヴァールへと向ける切っ先もゆらゆらと力なく震えている。

 これ以上の抵抗を許せば、他ならぬニルギルド自身の生命が危ない。誰の目からも明らかなその状態に、一同はこれが一刻を争う状況だと察した。

 

「レベッカ、ベリンガム……半殺しはなしだ、この際。むしろ早急にやつを手当しなければまずい。分かっているな」

「……チッ、そうみてぇですねヴァールさん。野郎、あんなに嬉しそうに笑ってやがんのにもう死にかけだ。《鎖法》を受ける前によっぽど妹尾教授とやり合ってたようだけど」

「めちゃくちゃな殴り合いでしたよ、実際……統括理事のスキルなんですか? あの鎖。アレがなけりゃここまでのことにはなってなかったかもですが、どうあれ今の教授くらいにはダメージを受けてました。つまり、もうまともに戦える状態じゃあない」


 気炎を吐いて叩きのめす気だったレベッカにしろトマスにしろ、ヴァールの言うように間違いなくもはや限界を超えた様子の敵の姿を見れば、そうしてやる気も失せるものだ。

 それだけヴァールのギルティチェインがすさまじい威力であり、さらには妹尾との死闘によるダメージも洒落にならないものであったということの証左と言えるだろう。


 これ以上、この男は野放しにしておけない。犯罪能力者としても、一人の重傷者としても。

 ゆえに半ば、犯罪者の逮捕というよりは人命救助に近しい感覚で闘志を燃やせば、一方のニルギルドは構うことなく獰猛に笑い、ぼやけた視界と混濁する意識のなかでなおも叫んだ。


「く、くくくくッ! 嬉しいぞ、12年前の英雄達とこうも競り合える……!! 大戦での未練も、ようやっと晴れるというものだッ!!」

「……貴様、当時の戦場を知る者か。まさか当時から傭兵をしていたのか? そういった輩も、いるにはいたが」

「望んで出向いた戦場、望んで雇われた戦争! だのに貴様ら英雄どもが、一々邪魔をして俺は、俺だけは死に値する場所で死ぬことができなかった……ッ!! 俺は亡霊だ、心はすでに12年前のあの場所に置いてきた、仲間達とともに! ようやっと身体も魂もそこに行ける、先に逝った友達が、ずっとずっと、俺を待ってくれているんだッ!!」

「こ……この人、死に場所を探して解放戦線に……!」

 

 心底からの言葉。そこに乗せられた凄絶なまでの感情と情念に、妹尾の手当をしながらも聞いていたエリスは愕然とつぶやいた。

 12年前の亡霊。生きているのに、死ぬためだけにさすらい続けた男──あまりに残酷で惨い在り方に、圧倒されたのだ。

 

 そして彼の言葉は、ヴァールやレベッカ、妹尾の耳に心にもたしかに届いていた。

 12年前の能力者大戦において、戦争の兵器として投入された能力者達。多くは嫌々ながらの参戦だったが、なかには彼のような望んで戦場に身を投じた者達がいたことは彼女らも承知していた。


 その上で戦争を終わらせたのだ。ニルギルドのような者達から生きる場所も意味も目的も、ある意味奪い取った形になる。

 それでも……それでもと、ヴァールは静かに彼へと告げた。

 

「ニルギルド・ゲルズ。お前の想い、すべて理解できないわけではない。あるいはワタシとて、お前と似通う心情はあるやもしれん。死ぬべき時に死ねない、死ぬべき場所で死ねない……死すべきでない人に、死なれる。そんな辛さは、きっとワタシにもある」

「ヴァール、さん?」

「……それでもだ! それでも生きるべきなのだ!! お前もワタシも誰もが何もかも、生まれたからには死ぬためではなく、生きるために生きるべきなのだ!! そこに何があろうとなかろうと────!!」

 

 無表情は変わらず、けれど声にはいつになく熱が、心が籠もっている。そんな姿のヴァールを見るのは初めてだと、仲間達は揃って彼女を見た。

 何かがあったのだ、彼女にも。永遠を生きるとさえ言われる不老不死の統括理事も底知れない何かを背負ってここに立ち、ニルギルドと向き合っているのだ。

 

 ヴァールの左腕から鎖が放たれる。今度は攻撃目的ではなく、拘束目的の鎖だ。音と気配から対応せんと槍を振るうニルギルドだが当然失血が多くその身体は重く鈍い。

 ほとんど何一つ抵抗もできないままに、彼の四肢は無数の鎖に巻き取られて締め付けられた。止血さえ兼ねた、捕縛技法である。

 

「ぐ、う────こ、殺せッ……! 殺してくれ、今度こそ死なせてくれ、頼むッ……殺してくれぇぇぇ……ッ!!」

「駄目だ、生きろ。生きて罪を償い、償ってからまた歩き出せ。今度は死ぬためでなく生きるために、喪うためでなく何かを産み出すために……ワタシもまだ、道の半ばだがそう在れるように努めている。お前にもできるはずだ。生命と心、魂があるならば……きっと、誰にでもそれはできる」

「…………ソフィ、ア・チェー、ホワ……」

 

 哀願さえして己の死を乞うニルギルドに、けれど淡々と諭すヴァール。その横顔は無感情だというのに、どこか寂寞と虚無をも感じさせるものにエリスには見えていた。

 やがて意識を失うニルギルド。拘束したまま鎖を引き寄せて、その身柄を確保する。

 

 戦闘が終わった。能力者解放戦線メンバー、ニルギルド・ゲルズを打倒したのだ。

 ……しかしそれを喜ぶ余裕は、目下のところヴァール達にありはしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
本当に死に場所が欲しいなら戦う相手が違うだろとしか…… ヒストリアでもクロニクルでも、本編を知らなかったら、ここまでヴァールを追い詰めた推定ラスボスへの期待感が膨らみかねない……
2025/09/28 09:30 こ◯平でーす
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ