リガ近郊にて
そして、ラトビアはヴァルカの町を抜けて南。近郊の、緑豊かで人気のない広野に出たエリス達。
申しわけ程度に舗装された車道を、シモーネが動かす車で走行するなか──頃合いを見計らった、ヴァールがいよいよワームホールを展開していた。
「行くぞ──《空間転移》! 此方から彼方へ、開けワームホール!!」
「! うわわわ、前方に例の空間の裂け目が! 統括理事、どうするんです!?」
「そのまま車ごと突っ込んで行け! 接続先はリガ近郊、グルベネとをつなぐルートの一方の近くだ!!」
「日和ってブレーキなんざ踏むんじゃねえぞシモーネェ!! アクセル踏み込め、突っ切れやっ!!」
「は、はいいいぃっ!」
走る車の前方に発生する裂け目。車一台丸々通れるほどの規模のそれがつなげる先は、予定通りにラトビアの首都リガ、その近郊だ。
未だ慣れないシモーネは思わずブレーキを踏みそうになるが、そこは師匠の楽しげな指示を信じてむしろアクセルを踏み込む。
これで事故でも起きたら全部、レベッカさんのせいにしよう……そんなことを瞬間的に思いながらだ。
さらに加速する車が、ワームホールを突き抜けて潜り抜ける。あちらからこちらへ。
わずか一秒。ラトビアの北端はヴァルカ付近の車道から西部は首都リガの近くの車道へと、彼女達パーティは完全なるショートカットを成功させていた。
「よし! 座標にわずかの齟齬もない、今いるここはすでに敵を迎え撃つ可能性のあるルートの一つだ!」
「は、はい! えっ、すご……人間だけじゃなくて、車まで!」
「車道から外れたところで止まれ! ここでお前達は火野とゲルズを待ち、ワタシは単身もう一つのルートのほうに移動する!」
「敵が、あるいはこちらに来るかも知れない……!!」
ここまで来ればもはや戦闘直前と言っても良い。どのルートであれ、進行速度的に火野とニルギルドが探査者と接触するのも時間の問題なのだから。
ヴァールの指示に従いシモーネは車道を逸れて草原に車を停めた。すぐさま四人とも車を離れ、車道の脇に立った。
車の通りも極端にない。次に何かしら通ってくる時は、もしかしたら戦いになるかもしれないのだ。全身に力を込めるエリス。
そんな彼女の背中を軽く叩き、ヴァールはまたしてもワームホールを開いた。今度は人間大、自分一人だけが通れるサイズだ。
「気負いすぎてコンディションを落とすなよ、エリス──レベッカ、済まんがここのことは任す。エリスとエミールの二人を、うまく協力させてやってくれ」
「任されました! よろしくなシモーネ、エリスちゃん」
「ワタシのほうでエージェントからの報告には対応する。連中の逃走経路が割れた時点でワタシ、レベッカチーム、妹尾チームの3地点を該当ルートにて合流させるのでそのつもりで頼むぞ」
「はい!」
「が、頑張ります」
新米エリスと若手シモーネを、引率する形でともに組むレベッカにこの地点の迎撃は任せて、ヴァールは指示を出す。
グルベネからリガにつながるもう一つのルートを受け持つためのさらなる移動だ……同時にそのルートには連絡役用のWSOエージェントもおり、火野とニルギルドを追跡中のエージェント達の動向を可及的速やかに把握できるよう体制を整えている。
同時に、リガを目的地とせずさらに南下してリトアニアへと向かうルートのほうにも妹尾万三郎とトマス・ベリンガムが待機してくれているはずだ。
空間転移さえ用いての電撃的な迎撃体制。最低限の人数ながら一応でもこの形に至れたことに少しばかり安堵しつつも、ヴァールはワームホールを潜り抜けていった。
残されたエリス、レベッカ、シモーネが顔を見合わせる。
「ヴァールさん、行きましたね……大丈夫でしょうか、万一の場合だと実質的に独りで火野とゲルズを迎え撃つ形になりますけど」
「そん時ゃすぐに私らンとこと妹尾教授ンとこにワームホール出して招集するだろうさ。ま、そうでなくったってあの人の強さだ、マジで単独撃破したっておかしかねえ。大ダンジョン時代が始まってから今に至るまで、ずっと変わらず世界最強の能力者なのがあの人だかんなぁ」
「それでも、独りだときっと限界はありますから。できる限り力になりたいですね」
その実力の高さを承知の上で、それでもヴァールを案じるエリス。
超然とした態度をとる、二重人格という神秘性さえ帯びたWSO統括理事はたしかに無敵で最強かもしれないがそれでも一人でできることには限界がある。
彼女だけでは届かない何かがある時、力添えできる自分でありたい──率直な健気さを口にする。
そんなエリスに、シモーネは気持ちは分かるけどと窘めを口にした。
「人の力になりたいって言う前に、そうなれるだけの実力をつけないとね、エリスは。まだまだ新人な時点で、人のこと考えてる余裕なんてないと思うけど?」
「…………そうですね。それはそうでしょう」
「んん、まあシモーネのが今回ばかりは正論だな。エリスちゃん、あんたのその想いは尊いし私ゃそういうところが大好きだけど、やっぱり力が伴わねえうちは大言壮語にしかなれねえのさ。人を気にして自分の足掬われねえようにしなよ」
「はい。肝に銘じます、お二人とも」
先輩探査者二人からの忠告。心配も奉仕も助力への意志も、すべては力が伴わなければ自己満足に過ぎないのだ。価値こそあるものの、意味がない類の感傷でしかない。
だからこそ今はただ眼の前のこと、自分のことを第一に気にするべきなのだ。エリスもそうしたアドバイスを素直に受け入れて、静かにうなずいていた。




