今後の方針
判明した能力者解放戦線の首魁および幹部。
組織を率いる占い師オーヴァ・ビヨンド、その側近イルベスタ・カーヴァーン。エリスの故郷を襲った火野源一に、謎の傭兵ニルギルド・ゲルズ。
そのうちすでにイルベスタ、火野の二人とは異なるタイミングでだが交戦しているエリスは、いよいよ本格的に敵の姿が見えてきたことにごくりと息を呑んだ。
この二人からして強敵だったのだ、残るオーヴァもニルギルドも間違いなく強敵に違いない。さらにはスタンピードを引き起こして人々を脅かす凶悪さも、火野に負けず劣らずだろう。
場所はすでに自然公園から離れ、最寄りの町の宿の一室だ。朝から始まったスタンピード騒ぎも一段落ついた頃にはもう、夕方を迎えようとしている。
戦闘に参加したレベッカ、エリスの消耗も考えてひとまず一晩、ここに滞在することにしたのである。パーティのリーダー役、ヴァールが腕組みとともに仲間達に告げた。
「自然公園にて起きたスタンピードはやはり陽動のようだ……火野とニルギルドらしき男が二人、同タイミングでさらに南下したという報告があがっている。イルベスタ・カーヴァーンは自ら囮役を引き受けたのだろう」
「そんで、そいつにまんまと引っかかっちまった私らってわけですかい! ……ちくしょうあの優男! イルベスタっつったな、今度会ったらただじゃ済まさねえッ!!」
敵による陽動。エリスとの戦いで傷を負った火野が、ニルギルドとともに逃走しているのを補助するため、イルベスタは自然公園にてスタンピードを引き起こした。そう断定するヴァールにレベッカが悔しげに吼えた。
その場でかの男を倒しきれればまだ良かったものを、結果を見ればものの見事に翻弄され、エリスに助けられ、しかも火野とニルギルドには距離を離されている。
戦闘そのものは痛み分けに近い流れ方をしていて決着などついてはいないが……レベッカとしては、久しぶりに敗北感を味合わされる苦い一戦である。
慰めがてらシモーネが酒瓶を差し出した。ウイスキーの原液、レベッカであっても辛いアルコール度数の代物だ。
「れ、レベッカさんどうどう。ほらお酒、飲むと落ち着きますよきっと」
「私ゃアル中かァ!? まあいただくけどよ、シモーネ!」
「えぇ……?」
「明日の行動に支障を来さない程度にしておけよ、レベッカ」
まるきりアルコール中毒症患者のように師匠を扱う弟子に一喝しつつも、この悔しさは酒とともに飲み込むしかないとレベッカは酒瓶を開け、そのまま豪快に喇叭飲みし始める。
彼女は酒は好きだがそこまで酒豪というわけでもない。だからこそ、いっそ盛大に酔っ払って豪快に寝て、そして次の朝には気持ちを切り替えてやっていこうという心地であった。
呆れで引き気味のエリスと釘を刺すヴァールにも構わず、彼女は何口か酒を摂取し、喉が焼けるような辛さに心地よさを感じる。
その姿を横目にしつつも、シモーネがヴァールへと挙手し質問した。
「あ、あのーう。明日の行動って、具体的にどうしましょうか? 変わらず火野とニルギルドを追跡するのか、目標を変えてイルベスタを追うのか」
「無論、火野とニルギルドを追う。元より陽動のために動いていたイルベスタは、それだけに引き際も逃げ方も本腰を入れているだろう。エリスに思わぬ敗戦を喫し、命からがら逃げ延びているだけの火野であるならばまだ、比較的追跡は可能だ」
「は、はあ。でもその、陽動されている間にさらに逃げられてるんですよね? 先回りとかしようにも、どこに逃げたか分かるものなんでしょうか?」
明日以降も変わらず火野とニルギルドを追うつもりのヴァールに、シモーネはおずおずと恐縮しつつも気になるところを尋ねていく。
イルベスタによる陽動は成功した形となり、ヴァール達パーティは誘き寄せられその間に本来のターゲットである二人はさらに南下している。
どれだけの距離を取られたかは知らないが、すでに追い始めて一週間経とうというタイミングでこうなってはもう、追いすがることはできないのではないだろうか?
そう危惧するシモーネの理屈は当然のもので、聞いていたレベッカ、エリスも気になってヴァールに視線を集中させる。
方針を打ち出した張本人は、それでも力強く答弁した。
「問題ない。やつらがこの一日でどこまで逃げ延びたか、どれだけ南下したか……その正確な位置はさすがに分からんが、どうあれエストニア内であるならば今回ばかりはこちらも力を駆使することに躊躇はない。《空間転移》する」
「ま、またあのワームホールですか! あの、ちなみにエストニア内であるならばっていうのは……? 何か移動制限とかがあるスキルなんですか?」
「いや、単純に法律の問題だ。2か国間をこれで行き来すると不法出入国になりかねんからな……正直あまり、使いたくない力なのだが。この際出し惜しみはしていられん、今回ばかりは社会的な問題にならない範囲で便利使いしよう」
無表情で、何のこともないとばかりに言うがとんでもない力だとシモーネ、エリスは同じ思いで顔を見合わせた。
《空間転移》──異なる二地点をつなげるワームホールを形成するスキル。古今東西世界広しと言えど、現時点では間違いなくヴァールしか持っていない超レアスキルだ。
どこであろうと一瞬で移動できるその力に距離制限などなく、それゆえになんでもできてしまえる無法性をも帯びているとてつもないスキルだ。
で、あるがゆえに。ヴァール自身、よほどのことでない限りはこの力を行使することは極力、控えているのが昔からのことだった。
そのあたりをよく分かっているレベッカが、酒を飲みながらさっそく赤らんできた頬で弟子と後輩に話しかける。
「シモーネ、エリスちゃん。昔からヴァールさんはこの空間転移を使えるんだが、基本的に本当に危急のことじゃないと使わないんだよ。どう考えても、今の探査者社会であってもおかしな力だからな。そこんとこ、悪いが配慮してくれや」
「え、ええ。もちろんです」
「わ、分かりました……でもすごいです統括理事! その力があるなら、火野とニルギルドがどこにいたってある程度先回りや追撃もできます!」
「うむ……しかしやつら、今はどこにいるかが問題だな……」
ただならぬスキルと、その使用を自主的に制限しているWSO統括理事。レベッカから理解を求められたエリスもシモーネも、やはり素直にうなずいている。
それに助かると思いつつも、ヴァールはしかし敵の動向に思いを馳せるのだった。




