エリスとレベッカ
自身を動かすのとはまた異なる消耗。《念動力》にてレベッカを操作し近くまで退避させたエリスは、一気に体力が失われたことで片膝をつき、滝のようなの汗を流した。
間一髪だった。ローブの男が繰り出した矢による一撃が、決まればレベッカとて致命傷になりかねないと判断したがゆえの咄嗟の人体操作。
その甲斐もあってどうにか回避を成功させられたが、代償も大きい……エリスはもう、これ以上戦えない。
ここに至るまでの状況をにわかに把握しかねていたレベッカが、我を取り戻して倒れそうな彼女を支え叫んだ。
「じ、嬢ちゃん!? なんだ、今のは一体……アンタ、スキルを使ったのかい!?」
「っ、くぅ、はぁ、ぜぇ、くうぅっ…………!」
「私と同じスキル。だが使い方は異なるか、面白いものだな」
荒く息をして、まともに受け答えもできなくなっているエリスは尋常ではない。
戸惑いつつも徐々に何が起きたのかを把握しかけていたレベッカの耳に、ローブの男がぽつりとつぶやくのが聞こえた。
状況の緊迫感とは裏腹の、どこか呑気に感心したような表情と声色だ。
エリスが自分と同じ《念動力》を用い、しかし自分とは異なる効果を発揮したことに、強い興味と関心を抱いている様子だった。
「避けられないタイミングだった……それを無理矢理動かしたのがお前だな、小娘。レベッカ・ウェインの身体を操作した手際は敵ながら見事だが、しかし消耗も激しいようだな」
「…………! 嬢ちゃん、やっぱりアンタがあの動きを!」
「ぐ、ぅ……! ぶ、ぶっつけ、本番でした、けど……!! どうにか、できて、良かった……」
「エ……エリスちゃん! あんたは、あんたって子はッ!!」
男の指摘と事態の把握。それらをもってレベッカもついに悟った。今しがた己の身体が不可解な力で自動的に動き、辛くも敵の攻撃を避けたのは……エリスの《念動力》によるものだと。
しかもまともに立てなくなるほどの力を使い果たしてまで、全力で自分をサポートしてくれたのだ。それがなければおそらく死んでいただろう予測をもつけて、彼女は心の底からの感動に打ち震えた。
レベッカとてベテランだ。長い探査者生活のなかで当然、命の危機に瀕したことは幾度となくある。その度に自力で、あるいは仲間達に助けられる形なりでどうにか切り抜けてきた。
だが今回のケースは初めてだった。どちらかと言うなら自分がフォローし護るべきはずの新米で若手のエリスが、まさしく命懸けで自分を救ってみせたのだ。
とてつもないほどに気高い自己犠牲さえ伴ってのそれが、とれだけ持てる力を振り絞った決死の救助であったのか。今の少女の姿を見れば、分かる。
元より激情的なレベッカには、今片膝をついて息切れしているエリスの姿は、己を捨てて他者に尽くした聖人さながらの輝きを放っているように見えていた!
「エリスちゃんッ! 今までアンタを舐めていたこと、どうか許しておくれッ!!」
「れ……? レベッカ、さん……?」
「アンタほど立派な人間はそうそういねえっ! 新米だ若手だ関係なかった、そんなことで下に見ていた私の目ン玉は腐りきっていやがったッ!! ──アンタは命の恩人だエリス・モリガナ! そして同時に尊敬すべき探査者で、心の底から信頼できる最高の友だよッ!!」
巨躯が震える。エリスが困惑するなか、レベッカは心から敬意と信頼、そして厚い友情に感動していた。
北欧最強レベッカ・ウェイン。その性格は昔から豪胆かつ豪快で、ともすれば粗雑で野卑ですらある。正義感と使命感こそ持っているものの気に入る気に入らないが極端な偏屈な側面もあり、弟子のシモーネを可愛がりつつも辛辣に扱うところからもそれは伺えるだろう。
だが同時に彼女は、極度の感動屋でもあった。己の心を打つ事柄に対して極めて素直にそれを受け止め、認め、そしてのめり込み肩入れするのだ。
今で言えばエリスだ。己を擲ってまで命を救ってくれた少女に、レベッカはすっかり心服していた。それこそ敬愛する師、ソフィアとヴァールに近しいほどまでに。
立ち上がるレベッカ。すでに《念動力》による操作は解除されていて自由自在に体が動く。
胸を打つ感動のまま、彼女の力が引き出されていく。激情家にはよくある典型的な反応だった──感情によって良くも悪くもコンディションが変わる。レベッカのベストコンディションが、今まさに発揮しようとしていた。
一方でローブの男は興味深くエリスを見ていた。レベッカとのやり取りを聞き、それが同僚と呼べる男達の言っていた女であると気づいたのだ。
同時に受けていた報告との齟齬に、静かに疑問を抱く。
「エリス……モリガナ? 火野とニルギルドの報告にあった、チェーホワと行動をともにしているとかいう田舎の小娘か。なぜこんなところで、しかもウェインと行動をともにしている……?」
「────そしてェッ!! そんな最高の友にこうまで支えられといて、なんもできねぇままなんじゃ北欧最強が泣くわなァッ!! おう仕切り直しだローブの、そう簡単にこのレベッカ様が殺れると思ってんじゃねぇぇぇぞ、コラァァァッ!!」
「ッ……さすがの気迫だな。こうなると少々まずいか。閣下のお力を早々、連発もできん」
顎に手をやり考え込みかけた男だったが、奮起し、先程にも増して勢いづくレベッカを見て現実に立ち返った。
奇襲に近い形での一撃必殺が防がれた以上、北欧最強を相手にするのは分が悪い……ましてや見るからに全力を出そうとしているのだ。
撤退だ。
即座に判断し、男は懐に手を入れた。




