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大ダンジョン時代クロニクル  作者: てんたくろー
第二次モンスターハザード前編─北欧戦線1957─

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統括理事のお気に入り

 フィンランドからバルト海を船旅にて越えること、数時間。エストニアは北部港町タリンへと無事に辿り着いたエリス達は、すぐさま宿を取ってひとまず腰を落ち着けた。

 この地域は四季こそあるが冬が長く、また寒さもそれ相応に厳しい。少なくとも温暖な気候で生まれ育ったエリスには珍しい体験と言える程度には寒々しい雪化粧のなか、彼女は初めての外国旅情に触れていたのである。

 

「地理的にはそう変わりない場所にあるのに、結構違うんですね……町の景観も、ヘルシンキとは結構違って雰囲気もどこか異なります」

「同じ国でも地方によって色合いが変わる。それはその土地土地の文化や伝統、歴史が個性豊かな色合いを織りなすがゆえと言える。であればその集合体である国を移れば、それがどこであれそれまでとは異なる景色を見られるのだ、エリス」

 

 宿の一室、やはり女四人で滞在する部屋にて一旦ソファに座り、ヴァールが隣並んで座るエリスに語った。

 そう、ヴァールだ。この港町タリンに着いた時点で、WSO統括理事はソフィアから彼女へと切り替わった。予定しているエリスの腕試しとしてのダンジョン探査においては、武力担当のヴァールのほうが適しているのだ。


 向かいのベッドにはレベッカとシモーネが座り、それぞれ遅めの昼食として近くの店で買ってきたハムを食べている。いや、間食だ──一行は船上にてサンドイッチをすでに食べていたのだが、二人には足りなかったらし。

 肉々しい肉の塊を、そのまま素焼きにしただけのシンプルかつ大雑把、ゆえに食欲をそそる匂いを放つそれに齧り付く師弟を呆れた目で見ながらも、ヴァールはため息混じりに言った。

 

「ソフィアからのメモ書きを見て、なるほどとは思ったがやはり呆れもある。まさかダンジョン探査までしてエリスを試そうなどとはな。理屈は分かるが、そこまで彼女が非力に見えるか、レベッカ。それにエミールも」

「むぐっ? ──ダハハハハ! んなこたぁねー、とはさすがに言い難いですやなぁ。なんせえらい華奢で花みてぇな別嬪の嬢ちゃんだもんで、そんなのがスタンピード相手に一歩も退かなかったとか言われても、ねえ?」

「あ、ああーと……私も正直、ちょっと半信半疑と言いますかぁ。結局統括理事が助けに入ったって話ですし、実のところ大半は統括理事が仕留めてたりしませんかねえーって。アハハ……」

「むう……」

 

 偶然、しかし運命的とさえ言えるほどの出会いを果たした田舎の少女探査者エリス・モリガナ。

 その圧倒的なまでの才能と使命感、正義感にすっかり彼女を見込んだヴァールだが、それでもレベッカとシモーネの疑いの言葉には反論し難いところは認めざるを得なかった。

 

 エリスはたしかにスタンピードを一人で食い止めていた。それはたしかだ、他ならぬヴァールはその目で見たがゆえに。

 だが見ていなければ、人伝の報告で聞いたならばきっと自身も疑っていただろう……それほどまでに本来ならば異様なことなのだ。単身でモンスターの群れを相手にし、一匹とて漏らさず立ち向かう若手探査者という存在は。

 

 であるからこそ、二人の疑念も理解しないわけにもいかない。しかし同時に、半ば頼み込む形でついてきてもらったエリスに対してそれはあまりに無礼な態度ではないか、とも思うのだ。

 人がステータスを得、モンスターとダンジョンが発生し始めた大ダンジョン時代元年から四半世紀ほど。その間、多くの人と関わってきたヴァールだからこそ、エリスの心情に想いを馳せ、申しわけなさを抱かずにはいられないのだ。

 エリスに向けて、無表情にどこか罪悪感を乗せた眼差しをやる。

 

「……すまんエリス。君に対しては失礼な話だが、彼女達の言うことももっともなのだと理解してすまないがテストに付き合ってやってほしい。もちろんワタシがバックアップに入る、無茶な要求などは断じてさせない」

「あ、いえ! お気遣いありがとうございます、ヴァールさん……ですが大丈夫です。何と言っても一番未熟なのは事実ですし、ベテランのみなさんについていくためには、それに見合うだけの力があると示さなければいけないのは当然のことですから」

「いや、ていうかそんな無茶な要求しねぇですって。ヴァールさん、よっぽどそこの嬢ちゃんのこと気に入ってますねえ……」

「…………統括理事のお気に入り、かあ」

 

 気遣うヴァールに、むしろ理解を示して微笑むエリス。二人の様子に、レベッカはあらためて内心で驚きを感じていた。

 あのヴァールが、あからさまなまでにエリスに肩入れしている。かつての仲間達のなかでもとりわけ腕が立った自分や妹尾万三郎、シェン・カーンに対して以上に何か、期待を寄せているように見えるのだ。

 

 それほどまでのものなのか? 目の前にいる美しい少女、エリスという探査者は。

 ボソリと、小声で弟子がつぶやくのを微かに耳にする。そこに込められた僅かな嫉妬と皮肉の色に気づかないまま、レベッカはエリスを見定めるためのダンジョン探査に向けて力をつけるべくハムを頬張るのだった。

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― 新着の感想 ―
これが遠野さんだったら、レベッカさんやシモーネさんが食べてる物より特大なハムを軽く平らげて、 「そんな少食でよくそれだけ大きくなれましたねレベッカさん」 と言わんばかりの風格を出してたでしょうに(おそ…
2025/08/25 07:58 こ◯平でーす
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