世界を広げる旅
レベッカ・ウェイン。北欧周辺にその名を轟かす探査者であり、かつては第一次モンスターハザード解決にも大きく貢献したという女傑。
そこまではエリスも、探査者として活動するなかで他の同輩先輩との情報共有やWSO、全探組での教育を受けるなかで把握していたのであるが……まさか彼女が、目の前にいるソフィアの半ば弟子のようなものであるとまでは知らず、驚きに目を丸くしていた。
「弟子、というには少し語弊があるかもしれないわね。レベッカちゃんとはWSOの前身となった能力者同盟の頃からの付き合いで、一緒に活動するなかで私の能力者に対する考えを伝えて共有した間柄なのよ」
「そ、そうなんですね……」
「他にも、目ぼしいところで言うなら日本で教職に就いている妹尾万三郎くんや、中国の内陸部で一族単位で武術の鍛錬に勤しんでいるシェン・カーンくんなんかもいたわね。特に妹尾くんには今回の件でも協力を要請しているから、エリスちゃんも近々会うことになるかもしれないわね。うふふふ」
「は、はあ。その、各地にお知り合いがいるんですね」
12年前、ともに戦った仲間達を振り返り懐かしみながら語るソフィアに、エリスは戸惑いつつもたしかな絆の強さと人脈の広さに驚く外ない。
こればかりは故郷の村や近隣の町しか知らないエリスでは分からない感覚だ。同時にこれから、決して物見遊山というわけではなくとも海外に渡り様々な見知らぬ土地、町、国を見て回ることになった自身に、抑えきれないワクワクをも感じる。
見かけは楚々とした、物静かで美しいエリス。
言ってはなんだが田舎の農村に生まれ育ったにしてはあまりに気品のある立ち居振る舞いから、近所の男衆からは深窓の令嬢などとさえ言われていたほどなのだが……実のところ、内面はかなりアグレッシブな性格をしていたりする。
知らないものを知ろうとする心、好奇心が強いのだ。そしてそれを満たすべく動く行動力もたしかに備わっている。
探査者としてダンジョンに潜るというのも、知らない何かに触れるという意味では意外と嫌いなことでもなかったのだ。
「不謹慎な話ですけど正直、楽しみです。エストニアに行くのも、レベッカ・ウェインさんにお会いするのも。もしかしたらソフィアさんのお知り合いの方々や、それ以外の方とも出会えることも」
「うふふ! 素敵な考え方よ、エリスちゃん。そんなふうに自分の世界を広げようと努力する姿はいつだって、誰であろうとも素晴らしいものだと断言するわ。楽しめる限りは楽しんで? きっとその経験こそが、あなたの世界をもっとずっと、広くしてくれるのですから」
申しわけなさげに心情を吐露するエリスの、頭を撫でてソフィアは微笑んだ。
たしかにこの旅路は犯罪組織を追う旅路。決して気楽な遊覧旅行ではない。けれどそれはそれとして、各地の文化や風土、人々に触れて己の見聞を養うことは絶対に悪いことではないのだ。
それは能力の有無や探査者であるなし以前の、人としての成長と進化の話だ。エリスが今回の旅を通して人間としての飛躍を遂げてくれることを、ソフィアは掛け値なく願っている。
当然、ヴァールもだろう……お互いに人格を切り替えた時に現状を把握するために用意している連絡ノートには、彼女のエリスに対する並々ならぬ期待と情熱が記されていた。
『エリス・モリガナはその実力と将来性の高さはもちろんのこと、精神的にも極めて高潔でかつ、強靭なものを備えている。もちろん今現代の探査者の基準では我々の目的を達成することなど到底叶うべくもないが、エリスには次なる世代を今よりずっと飛躍したものに底上げしてくれるかもしれないという期待感が持てる。ソフィア、くれぐれも彼女をよろしく頼む。彼女は、これからの大ダンジョン時代にきっと必要な人物だ』
──などと、ソフィアですら呆れるほどに情熱的な文言だ。
こういう時、ヴァールは相変わらず直情的でストレートな性格をしていると安心する。ソフィアにとって最愛の相方、今となってはもう二度と会えず話すことさえ叶わないパートナーが、今もなおかつてと変わらない様子でいてくれるのは、ある種の救いだ。
そんな彼女が期待を寄せるエリスに、ソフィアもまた期待しよう。
そんな想いから、彼女は未だ若手の探査者に笑いかけた。
「ヴァールもあなたの成長を強く望んでいるのだもの、そのためにこれから先の旅を、楽しむことも真剣な取り組みの一つよ────もうすぐレベッカちゃんとの合流地点に着くわ。エリスちゃん、まずは一つ、知り合いを増やしてみましょうね」
「わ、分かりました! ありがとうございます、ソフィアさん」
ここに至るまで問題なく走り続けた車だが、そろそろレベッカとの合流ポイントにつき徐々に減速していく。
ソフィアにとっては数日ぶりの、エリスにとっては初めての出会い。北欧最強の探査者レベッカ・ウェインとの邂逅は、すぐそこまで迫ってきていた。




