信じがたいほどの才能
「エリス、後もう少しだけ頑張れるか? この近辺にもう数匹だけ、モンスターが残っているようだ」
「は、はい! 私にも分かります。《気配感知》を、持っていますので……」
差し伸べられた手を強く握り、少女エリスは立ち上がった。傷に塗れ多少の血も流してはいるがまだまだ健在で、ヴァールの言葉にも強くうなずきナイフを持つ手に力を込めている。
周囲のモンスターの気配を察知できるスキル、《気配感知》は二人にたしかな情報を与えていた。すなわち今しがた、ヴァールの鎖で一掃した以外にも残り数匹、敵が残っているということを。
ヴァールが単独で片付けても良かったが、見るにエリスの闘志は萎えていない。多勢に無勢ゆえ押し負けかけていたことへの恐怖こそ多少残れど、今は気を取り直して臨戦態勢に移っている。
この立ち直りの早さは戦士として素晴らしい素質だ。見かけによらずこの少女、存外戦いに向いているらしいと内心にてこぼしながらもヴァールもまた、構えた。
「ならばすまんが力を貸してくれ。近隣の町村には一匹とてモンスターを立ち入らせない、そのためにもここで確認できる限りやつらは駆逐する。《鎖法》」
「鎖? まさかそれもスキルの力? ……いえ、分かりました! 私も、及ばずながら力を尽くします。《念動力》!!」
「何……?」
《鎖法》を発動し、どこからともなく鎖を発現させたヴァールに目を丸くしつつも、エリスもまた己のメインスキルを発動した。
《念動力》。その存在もスキルの詳細も理解しているヴァールをして、にわかに目を見開かせるほどにそれは特殊な使い方がなされていた。
逆手に持ったナイフから、可視化できるほどに膨大なエネルギーが放たれ刃の形状を成している。淡く輝く緑色、幻想的な煌めきさえ放ってそれは迸っている。
本来の《念動力》の使い方ではない。ヴァールは直感的に、そのエネルギーの刃を一目見て瞬時に判断した。
そのスキルは謂わばサイコキネシスのように様々な物体に不可視の力で作用し、持ち上げたり動かしたりして武器、あるいは防具や足場などに利用するためのスキルのはずだ。
それをこの少女は、目に見えるほどに膨大な"何か"を操り、ナイフの切っ先を伸ばすという用途で行使している。
とてつもない才覚だ。エリスを見る。
いとも容易く、ヴァールの想定しているものとは異なるスキルの発動を成し遂げた天才は、しかしそんなある種の感動にも気づかずにまっすぐ森のなか、モンスターの気配がするほうを見据えた。
その瞳に宿るもの──使命感。
「絶対に護ります! 誰一人死なせない、何があってもモンスターにはやらせません! 探査者として、私はすべてを賭して使命をまっとうします!」
「エリス……モリガナ。君は」
「行きましょう、ソフィアさん……敵が、モンスターが待ち構えています!」
凛とした佇まいに、正義と使命に燃える瞳が訴えるのは、ただひたすらに人々を護ること。誰一人として見捨てない、何一つとして諦めない不退転の決意そのものだ。
そんなエリスの横顔に、ヴァールは人知れず息を呑み、そして確信した。彼女は将来、とてつもない探査者となってくれると。
特異極まる《念動力》の使い方もだがそれだけではない。探査者として覚悟と決意みなぎる姿が、たしかにWSO統括理事たるヴァールの胸を強く打ったのだ。
あるいは、それはもう一人の彼女とも言えようソフィアにも通ずる輝きだからかもしれない──さらにはソフィア以前の、ヴァールがこれまでに見てきた数多の■■■■■■■■■達にも似た、精神の輝き。
これほどの心を持つ探査者に出会えた、これは幸運なことだ。有り体に言ってヴァールはエリスを、一瞬のうちに気に入っていた。
エリス本人の心持ちもだが、放つ雰囲気や空気感も関係していたかもしれない。少女はある種のカリスマめいた、人を惹きつける容姿と魅力を周囲に振りまいていた。
「うむ……行くぞ、エリス! それとワタシのことはこう呼んでくれ、"ヴァール"と!」
「はい! …………えっ? ゔ、ヴァール? ええと、ソフィアさん?」
「詳しくは後で説明するがソフィアはワタシとは別人だ。今ここにいるワタシはヴァール! ソフィアの裏の人格であり、彼女と二人で大ダンジョン時代を牽引するWSO統括理事だ!」
唐突なカミングアウトに、目を白黒させるエリス。
混乱させたことは申しわけなく思うが、それでもヴァールは言わずにはいられなかった。彼女にしては珍しく、偶然にも知り合うことができた珠玉の逸材にテンションが上っていたのだ。
将来有望な、それこそ自身の後継者ともなり得るかもしれない若者を前に、彼女は《鎖法》の鎖を振るい駆け出した。
続けざまに戸惑いながらもエネルギーを放つエリスも駆ける。ともに目指すは木々を抜けた先にいるモンスター達!
──かくして、ソフィア・チェーホワ/ヴァールはエリス・モリガナとの邂逅を果たした。
この時の出会いはまさしく運命的なものであり、紆余曲折を経て一世紀近く経過した後にも彼女達は、ともに肩を並べてモンスターを相手取るほどの親交と絆を結ぶことになる。
まさしく朋友とも言うべき三人の、始まりの瞬間だった。




