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29:

昼過ぎに駅に着き、そこからバスを乗り継いでやっと到着した。

目的地である施設は、二階建てのホテルのような外観で、玄関と駐車場が丁度海岸に面していて雑木林の向こう側にすぐ見えていた。


「わぁ、結構キレイ。割と新しいんですかね」


「利用率を上げるために、最近改築されたみたいよ。土曜祝日は一般向けにも開放されているし」


親衛隊副会長の石清水さんの回答に「へぇー」と言うしかなかった。ちゃんと下調べしてきたのだろう、何も考えずにのぺーっとしながら此処までやってきた自分がちょっと恥ずかしかった。


ふと隣を見ると、猿河氏は高橋さんと鈴木さんに囲まれて何やら楽しげな雰囲気で会話をしていた。その後ろでは親衛隊会長の杉田さんが如月さんにカメラを借りて操作の仕方を教えてもらっているようだった。他の皆も高校最初の夏休みプチ旅行にはしゃいでるようだ。ていうか、如月さんのくせになんかいい目にあってるのムカつくなぁ…。



玄関に入ってすぐ管理人のおじさんに挨拶をして、軽く説明と注意事項を受けた。

大浴場の使用は20:00~22:00まで。夜間の遊泳は禁止。布団やシーツは最後きちんと元通りに畳んで1階の洗濯室まで持ってくる事…などどれも基本的な事で、中学校の修学旅行を彷彿とさせた。

ちなみに丁度今日と明日の予約は私たちだけでまさに貸切状態らしい。それと、食事は各自持ち込みで簡易調理室を使用が可。



「わーっ、二段ベット!私上でっ、そーーしーーて、真ん中キィイイプッッ!」


女子部屋、男子部屋に別れて、私は二段ベッドをみるなり思わず梯子を駆け上がってしまった。

そして意外と低くてすぐ登りきってしまい、勢い余って畳んである布団にダイブした。


「鬼丸、何ベッドくらいで興奮してるのよ」


呆れた顔をして杉田さんも続いて階段を登ってきた。はい、と枕を手渡されまだボストンバッグを掴んだままだと気付いた。


「二段ベッドとか初めてなもので。えへ…」


「あら、鬼丸って一人っ子?確かにそんな感じするわよね~」


ぴく、と一瞬変な風に動いてしまった顔の筋肉をどうにか誤魔化すために大きな声で笑った。


「そういう杉田さんは、ズバリ長女と見た!どうですか、当たってます?」


そう言っていた所に石清水さんが、梯子を登ってきた。「なになに、何の話?」と聞いてきたので、杉田さんの家族構成の話だと説明した。高橋さんと鈴木さんは部屋にまだ来ていない。まだ猿河氏の所にいるのだろうか。


「そうねぇ…。旭陽(あさひ)はこう見えて、甘えったれな所あるから意外と末っ子っていうのもあるんじゃない?」


石清水さんが後ろから杉田さんの肩を軽めに押さえた。…仲良いなぁ。

そういえば、私や高橋さんと鈴木さんは杉田さんの事を苗字か会長と呼んでいるが石清水さんは名前で呼んでいる。クラスも同じA組だし。聞けば親衛隊は最初、杉田さんと石清水さんで立ち上げたらしいし元から友達同士なのかもしれない。


「二人共ハズレ。三姉妹の次女よ、二段ベッドも生活9年目」


それは初耳だ。こう見ると、杉田さん含めて親衛隊メンバーの個人情報は全然知らない。私自身も含めて、それほど自分の事を語らない人が多いのだ。


「へぇいいなぁ。賑やかで楽しそう…」


「楽しい?どこがよ。女ばっかで全員年子だから喧嘩は絶えないし、お下がりばっかで新品の服なかなか買ってくれないし生まれてこの方ずっとパーソナルスペースゼロ。鬱陶しいったらないわよ」


私の言葉に本当に忌々しそうに吐き捨てるので、家族が多いのもなかなか大変な事もあるのだろう。いつもふと、日々双子の弟達に振り回されている犬塚君を思い出した。確か幼稚園にも夏休みあったはず…と今頃育児(?)に精を出しているであろう彼に思いを馳せた。


「会長ー、取り敢えず今日は食料とか買いに街に降りましょう」


「調べたらバスももうすぐ出るみたいですよ」


高橋さん・鈴木さんが戸口に来ていた。…そして、なにかの雑誌の切り抜きみたいにドア枠に軽くもたれ掛かっている猿河氏から、若干引き気味に距離を取ってその後ろに如月さんもいた。

高橋さんと鈴木さんの提案に乗って、私たちもベッドから降りてバス停に向かった。バス停は施設のすぐ前の国道に有り、鈴木さんが言った通り着いて間もなくバスが到着した。


「いい風景ねぇ…風も気持ちいいわ」


杉田さんが少し開いた窓に飛ばされた髪をかきあげて言った。丁度乗客の少ないバスの窓から海が全部見えるようだったが、水辺が苦手な私は海から目を逸らしながら口先だけ「そうですねぇ」と同意した。…如月さんは軽くカメラを構えながらぼぅっと杉田さんに見とれているようだった。もれなく口も半開きだった。


後ろの座席から鈴木さんの「あ、カモメが止まってる。かわいー」という声と、高橋さんの「あ、ちょっと。写メ写メ」と何かを探る音と、「大丈夫。あっちにもいるよ」と穏やかな猿河氏の声が聞こえた。それから「貴女たち、バスの中では余り騒がないように」と石清水さん。


「流石、木更津さんはカメラの準備万端なんですね」


片手で麦わら帽子を抱えた杉田さんが、無駄に立派なカメラを手にしている如月さんを見て言った。


「そそうですね、やっぱり良い画が撮れるのを逃したくないですし。あ、あと折角来たんだし記念写真も出来るだけ撮っておきたいし。あ、今一枚撮っていいですか。……記念に」


何を思ったのか突然(もしかしたらずっとチャンスを伺ってたのかもしれないが)如月さんが真っ赤で汗だくになりながら、吃り気味の小さな声量で杉田さんにお願いしていた。

なぜそこまでとツッコミ入れたくなるような挙動不審でその姿に、非難もドン引きもせずケロリとしている杉田さんが何だか意外だった。


「はい、いいですよ?それより、木更津さんは年上なんですから敬語使わなくてもいいのでは」


「いやあの…それはちょっとまだ心の準備が出来ないっていうか…いや何でも無いです、け、敬語好きなんですよ!ホントに!名前もホラ、圭吾ですし…へへっ」


…へへっ、じゃねーよ。審議拒否じゃ、この純情チェリーボーイ・木更津圭吾が。


ていうか何だこれ。杉田さん・その隣の私、前の席で背もたれの上から顔とカメラを出している如月さん。この構図と空気感に「あれ、なんか私邪魔者…」とか思ってしまう。だって、絶対いつものように猿河氏がハーレム状態になると思ったし。なっても猿河・杉田・如月さんで一触即発状態になる位だと思ったのに。予想に反して、海に来てから如月さんが恋活を頑張っている。一体どうしたというのか。そして、杉田さんも今日は何故か微妙に猿河氏から距離を置いている気がする。


なんだかもやっとしたものと微妙な疎外感を感じながらもバスは進む。

その間、相変わらず如月さんが何やらカメラ関係の事で盛り上がっており、話入っていいものか迷って視線をフラフラ彷徨わせたらふと猿河氏と目が合ったりもしたがサラッと無視されそれもなんかムカっとしたり…という事もあったが約20分程で街に着いた。





特に何事も無く買い物も終わって、戻ってきたら丁度良い時間だったのでそのまま皆で夕飯の準備をする事にした。

違和感は気のせいだと思うことにしたが、相変わず杉田さんは何かと如月さんとペアで行動しているし、猿河氏は私をスルーし続けている。いつもなら皆の目の届かない所でちょっかいを出してくるのだが、何故か施設に着いてからはそれがない。嫌がらせに限りなく近いのでされたい訳ではないが、なんとなく不自然に感じる。


「…あっ」


ずるん、と手の中でじゃがいもが滑ってシンクの底に転がった。


「ちょ、何やってんの。血が出てるじゃない」


隣の高橋さんが私の手元に目線をやって言ったので、私も見てみると掌から鮮血がにじみ出ていた。

どうやら芋を落とした拍子に皮むき器の刃が皮膚を切ってしまったようだ。


「うわぁ…どうしよ、とととりあえず消毒した方が良いです、よね?」


水道の蛇口を捻って傷口を水で洗い流していると、背後からにゅっと誰かが顔を出してきた。


「大丈夫?ああ、結構ばっくりいってるね。大きめの絆創膏持ってきてるから部屋においで」


何食わぬ顔をした猿河氏が私の掌を観察しながら言った。

てっきり無視されると思ったのに、普通に絡んでくる。あまりに平然としてるし何を企んでいるのか分からない。


「鬼丸さん?」


その翠の光彩を見ながら彼の意図を探ろうとしたが、その眼は宝石みたいに綺麗なだけで別に何も読み取れ無かった。元々、私そんなに勘が良い方でも無いので。


「いや、別に何でもないです。…あ、絆創膏はお願いします」


猿河氏に連れられて入った男子部屋は、女子の部屋とは違って和室だった。

布団が並んだ簡素な部屋の隅に置いてあるキャリーバッグを開けて猿河氏が黒いポーチを取り出した。


「…猿河氏、意外と女子力高いっすね~」


「そう?でも、誰か怪我したら大変だからね。僕から皆を誘った手前、不快な思いをさせて終わらせたくないし」


やっぱり、おかしい。

猿河氏が変だ。いつもなら厭味や憎まれ口の一つでも言いそうなものなのに。

普通に消毒して普通に私の掌に絆創膏を貼り、「せめて今日はなるべく水に濡らさないようにね」とだけ注意をしてるし。


「なんか今日変じゃないっすか…どうしたの?」


「変?なにが?」


きょとんとした顔の猿河氏に、たじろいでしまう。


「いや、その…猿河氏が」


「え、そうかな?いつもとあんまり変わらないと思うけど」


いや明らかに全然違うと思いますけど。

だけど、どう違うのか説明しようとすると何だかいつものように意地悪して欲しいと思われそうな気がして躊躇してしまう。それに、あまりに自然に猿河氏がとぼけるので段々こっちが変な事を言っているような感じにさえしてくる。


何も言えず黙りこくってしまって、嫌な沈黙が出来る。

なにかしらないがこういうのは嫌だ。


いきなり理由も分からず、態度を変えられても困る。

そりゃあ、奴隷やペット扱いされたり常識の範囲外の近距離スキンシップは正直止めて欲しかった。

だけど、こんなに淡白に接してもらってもどういうリアクションを取ればいいか分からない。


「そろそろ戻ろうか。料理任せっきりなのも心苦しいしね」


猿河氏が立ち上がり、私もそれに続いた。

結局、何がおかしいのか一言も言えないまま。



夕飯のカレーライスは無事完成した。鍋で炊いたご飯も失敗せずに炊き上がった。

調理の殆どを担当したのは杉田さんだった。お母さんが調理士でたまに料理を習っている、と言っていた通り手際が良くこなしていた。じゃがいもはホクホクで丁度良い柔らかさになっていて肉も固くならず、味付けは市販のカレールーとは少し風味が変わって美味しかった。如月さんがおかわりを杉田さんに装ってもらっていた。


「杉田さん、いいお嫁さんになると思うな」


猿河氏がサラッと放った一言に、杉田さんが笑顔だけで答えた。

…え、それだけ!?と私が思わずスプーンを噛んでしまった。いつもの杉田さんなら、もっと大興奮しそうなものなのに。そんなに嬉しくなかったとか?

しかしそういうコメントが嫌なら料理のしなければ良かっただけだし、親衛隊の会長をやってるくらいなので猿河氏から褒めて貰って嬉しくないはずないのだが。


「鬼丸?あんたもおかわり要る?」


「あっ、ハイ!貰います」


空いた食器を差し出して、杉田さんの女子力になんとなく自分が情けなくなる。…しょうがないじゃないか。しっかり夕飯を食べておかないとお腹が空いて眠れなくなってしまう。


「鬼丸は…前から思ってたけど食いつき良いよな。電車の中で色々食ってただろ、お前。つーか、そうやってショーパン履いてると太腿とかケツとか腰周り相当やばいぞ」


わざわざ机の下から人の下半身を覗き見て、ものすごくデリカシーの無い事を言う如月さんについカッとなって脛に蹴りを入れてしまった。


「食事中に、そんなに暴れるの良くないよ。鬼丸さん」


猿河氏に穏やかな口調で窘められた。

え、私だけが悪いのか。そりゃあ足が出た私も悪いけど、暴言吐いた如月さんだって悪くないか。

つい恨みをこめて猿河氏を睨んだら、相手はあっさり目線を外し優雅な所作でスープを口にした。つまりは普通にスルーされた。


モヤモヤする。ていうか何か面白くない。

気付かない内に私が何かやらかしたのか…と考えて見ると、思い当たる節が多すぎてきりがない。

でも私と猿河氏の間じゃ、そんなのお互い様だったはずだ。

いきなりこんな手のひら返しされても困る。ついて行けない。今更突き放されるなんて、そんなの嫌だ。寂しい。

私がこう思うのは不自然な事なのだろうか。勝手な事を言っていると思われるだろうか。

…考えれば考えるほど分かんない。脳味噌沸騰して脳天から湯気が吹き出そう。


「さっきから何その百面相…。顔芸の練習は自分の部屋でやりなさいよ」


色々考えていると、呆れた表情の石清水さんに言われて我に返った、そして自分の頬を触って顔の様子を確認した。そんな顔に感情を出してた覚えはないのだけど。




洗った皿を拭き終わり、片付けが済んだ頃。

取り敢えずとっつきやすそうな杉田さんにどうかしたのか話を聞こうと彼女の後を追いかけた。

丁度、女子部屋の前で立ち止まったのでチャンス!とばかりに大股で杉田さんへ歩みを進めた。だが。


「杉…ぐぇっ」


一瞬何が起きたが分からなかったが、口を塞がれながら自分なりに分析してみた。

どうやら杉田さんへ駆け寄ろうとした瞬間に首根っこ掴まれて柱の影に引きずり込まれたらしい。


「馬鹿が。ちゃんと視野を広く持ってちゃんと見ろ」


耳たぶに金属の冷たい感触がする。

それはおそらく眼鏡で、声の主は勝手知ったる人物―――、如月さんだった。

何故ここに如月さんがいるのか、なんで私は無理矢理忍ばされているのか分からないが取り敢えず「ちゃんと見ろ」と言われた通りそっと振り返ってみると、杉田さんのすぐ前に猿河氏がいた。

なんであんなでかくて目立つものを見逃していたのか…。確かに私の眼は節穴かもしれない。


杉田さんと猿河氏は立ち止まって、何か話をしているようだ。だがこの距離からは何を話しているかうまく聞き取れない。


「ていうか、なんで隠れる必要が…」


普通に話が終わるまで後ろで待てばいいのに。

耳がこそばゆくてゾクゾクするので、頭を離して如月さんに対面した。


「猿河にたぶらかされている杉田さんを見るのが怖い…。耐えられない…。こんな心理状態でまともな会話なんて無理にきまってる…。それに、鬼丸が見つかったら俺もいる事バレるだろうが」


「…は、はぁ、なるほど。じゃあ如月さんは今のうちさっさと引き返せばいいじゃないですか」


「鬼丸、お前絶対チクるだろ。安心しておちおち風呂も入りにいけないわ!ということで、行くぞ鬼丸!」


「ちょっ…そんなくだらない事をチクったって一文にもならないじゃないですか」


うるせえ、と小声で怒鳴られて如月さんに引き摺られて退場させられる。

ほんと如月さんは杉田さんと私で扱いが露骨に違いすぎて、イラっとする。どっちも生物学上は同じメスなんだからな!!

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