[extra6 ハラマ…花巻先パイ!!]
「もう少しで夏休みだな」
昼休み、三毛猫ポン太の腹を撫ぜながら先輩が言った。
当たり前だけど学祭期間中は見かけても大抵誰かと打ち合わせしていたり作業してたり忙しそうだったから、なんだか久しぶりに桐谷先輩がこんなにのんびりしているのを見た気がする。
「そうですねー」
「うん?嬉しくはないのか?」
はた、と桐谷先輩が顔を上げた。
淡々とした瞳にもうちょっとなんとかならないのかと思うほどブサイクに半笑いした私が映りこんでいた。
「いやいや、そんな事ないですって~」
ちっ、桐谷先輩の癖に今日は何故か鋭い。
「鬼丸君は夏休みの予定はまだ決まってないのか」
そして、鮮やかに傷口をモロに抉ってくる。カマイタチもびっくりの切れ味だよ。
ないですとも、夏休みの予定。そんなの全然決まってないし、誘おうにも沙耶ちゃんとハギっちは殆ど部活練習と合宿あるって言ってたし、クラスの他の子がキャッキャウフフと話しているのにさりげなく忍び寄ってみたけど何故か完全スルー。なにこれやっぱ私って嫌われてんの!?
「どうせ私なんてぼっちになる宿命なんですよ…。逃れられないカルマなんですよ…」
夏休みに寂しすぎて孤独死するんじゃないのかな、私。
「そうか、ならば鬼丸君…」
「あーら、生徒会長ともあろうお方がこんな所で何をなさっているのかしらっ!」
桐谷先輩が何か言いかけたのに被せるように、誰かが声を張り上げた。いつからいたのかその人は私たちの目の前で仁王立ちしていた。
着崩した形跡のない制服に、艶艶のストレートロングヘアの頭にトレードマークらしいバーバリーチェック柄のカチューシャをかけている。きりっとした感じのある美人の女子生徒。
「は、ハラマキ先輩!!」
「そうよ、我こそがあなたのお腹を24時間365日守護する神の下着HARAMAKI…って誰が腹巻よ!!
花巻だからっ、桃園高校放送局局長・花巻縁!っていうか誰かと思ったら、あんた昨日のジャリン子じゃないの」
ノリツッコミ…だと…!?
この人、出来る…!予想外の高レベルツッコミストの登場に私は動揺を隠せなかった。
「花巻、ジャリン子じゃない。彼女は鬼丸君だ」
「へー。ふーん、変な名前」
神の下着には言われたくねーよ。
「それより、桐谷。こんな汚らしいところで昼食?しかも害獣2匹と戯れながら。生徒会長がそんな事してたら、我が校の品位が落ちるからやめてもらえる?」
「害獣ではなく、二人とも僕の大事な友達だ」
「あら、そう?じゃあ、そんな大事なトモダチと仲良くランチしていたのを邪魔した私は招かれざる客って所かしら。私を邪魔者扱いとはいい度胸じゃない」
「そ、そこまで言ってないじゃないですか。じゃあ、花巻先輩もご一緒しませんか?ここ日差しも丁度良くて気持ちいいですよ」
お弁当箱を見せて誘うと、ハッ!と和田アキ子のように勢いよく笑い飛ばされた。
「生憎私はあんたたちみたいに薄ら寒い仲良しごっこなんて馬鹿らしくてする気がないの。だけど、アンタ達がのほほんとアホ面晒して視界にチラチラ入ってくるのはもっと腹が立つのよ、そこで桐谷」
ビシィイイと一直線に花巻先輩の人差し指が桐谷先輩のすぐ顔の前に向けられた。
「私と勝負しなさい!!猫とこの鬼丸とかいうジャリ子との昼食を懸けて!」
「「えっ」」
まさかの展開に私も桐谷先輩も目が点になった。
どうしてそうなる。ていうか花巻先輩的に私はそんな砂利っぽいんだろうか。
「待て。意味が分からない」
「意味なんてないわよ、私が気に入らないだけ。勝負に勝ったらさっさと退散してあげるし二度と難癖付けたりしないわ。で、どうするの?まさかお得意の屁理屈を捏ねて逃げる気?そんな事しないわよねぇ…天下の生徒会長様が」
「…全く腑に落ちないが、君はやると言ったらそれ以外聞かない人間だからな。引き受けよう、勝負内容は何だ」
桐谷先輩は軽くひとつ息を吐いて眼鏡を左手でかけ直した。
私も緊張してゴクリと生唾を飲み込んだ。花巻先輩が高らかに叫んだ。
「プリンよっ!!!」
「は?」
「購買部オリジナルプリンが販売されているのは知っていて?きめの細かいなめらかな食感と優しい甘みが密かに桃園生の人気を呼んでいるわ、価格は210円。これを先に2個買ってまた戻ってくるまで早く着いた者が勝ち、あんたの大事なお友達とやらとプリンを食べる権利を得るというのはどうかしら。敗者は大人しくここを立ち去り、一人寂しく教室の隅でプリンをつつくの、どう?」
わかった、と桐谷先輩は重々しく頷いた。
◆
「なんで私が、あんたとプリン食べなきゃいけないのよぅ…」
なんでって言われても。あ、プリンご馳走様です。
勝者は花巻先輩だった。多分時間にして1、2分は差があったくらいのぶっちぎりだった。
「あいつの運動神経が絶望的なのを忘れてたわ」
やっとゴールした桐谷先輩はゼーゼー息を吐きながら、ルール通りプリン二つ持って自分の教室に戻っていった。その哀愁の漂いっぷりったら類を見ないほどだった。
「えーと、花巻先輩は一体何をしたかったんですか?」
どうしてもよく分からなくて聞いてみる。この様子だと別に私と一緒にプリンが食べたかったわけでもなさそうだし。
「別に何も。たまたま見かけて、あいつが…桐谷がのほほんと呑気にしてたのにイラっとしてつい突発的にやってやっただけ」
イラっと、ですか…。
どうも花巻先輩と桐谷先輩の関係が分からない。ハギっちが言ってたように生徒会vs放送局で敵対しているには桐谷先輩に敵意は皆無だし、学校祭でも仕事面で問題はなかったから連携は取れていたのだろう。
しかし、花巻先輩は何故か必要以上に桐谷先輩に対抗心を燃やしているようだ。
「花巻先輩って桐谷先輩とどういう関係なんですか?」
どうしても気になって思い切って聞いてみた。
どんな関係って…と一瞬口を尖らせた花巻先輩だったが、すぐにはっきりとした声で答えてくれる。
「ただの同級生よ、学校行事になると仕事仲間になるだけの」
「え~。もっと情報無いんですか?例えば一年の時に何かあったとか…」
ゴホッゴホッと花巻先輩がものすごい勢いで咽せた。な、なんて分かり易い人…!
「…確かに、一年の時は同じクラスで生徒会にも所属してたりもしてたわ」
「え!?マジっすか!なんで辞めちゃったんですか」
衝撃の新事実につい大声をあげたら、猛禽類が如き鋭い眼光で睨まれた。ヤバイ怒らせた、と思って即座に口を噤んだら、予想に反して花巻先輩は怒鳴りも詰りもせずに深く息を吐いてベンチにもたれ掛かった。
きっちりと指先まで気を張っているようなイメージがあったからその姿はなんだか意外だった。
「……生徒会長になれなかった、から」
「生徒会長に?」
そうよ、と花巻先輩は空を見上げて呟いた。私もつられて上空を見上げてみる。丁度、飛行機雲が真上付近を流れていた。
「一年の後期の選挙で私と桐谷が選挙で同時立候補して、それで私が落選したの。生徒会慰留は勿論先輩や先生にもされたけど、桐谷の下に付くのはどうしても我慢ならなくて」
「そうだったんですか…」
なんだか落ち着かなくて膝のポン太の首から耳の上の撫でる。今日は機嫌が良いらしいく、グルーミングの音が聞こえてきた。
「こういう簡単な事なら勝てるのに、私は肝心な所でいっつも桐谷に負けてる。思えば、入学試験でも私が新入生代表に決まってたのを桐谷に横取りされた時から」
「えっ…それは」
「定期試験も模試も不眠になるほど勉強してるのに一回も桐谷から首位を奪取した事もない。それに生徒会の仕事だって、いつも無駄に用意周到で4、5人でやる事を1人でやるしミスは無いしで何だかんだで評価は高いし、それなのに本人は自分の有能さに全然無自覚で厭味なほど平然と接してくるから苛つくのよ」
確かにそういう人が手近にいたらと考えたら、彼女が桐谷先輩に噛み付きたくなる気持ちも分からなくもない。…でも、桐谷先輩の能力自体は認めてるんだなと思った。むしろ、だから余計に悔しくて仕方がないんだろう。
「花巻先輩は、桐谷先輩にどうして欲しいんですか?」
え…、と固まった花巻先輩の方に向き直ってみる。
花巻先輩がイライラするのは、桐谷先輩に勝てない自分かそれとも勝たせてくれない桐谷先輩だろうか。
それとも実はもっと別のもの?
「く…下らない問答はここまでよ、じゃりん子丸!!私は忙しいのっ、だからもう行くわ!ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなさいよ!それじゃあねっ」
立ち上がったと同時に、早口でまくし立てながら律儀に手を振って花巻先輩は行ってしまった。
じゃりん子丸って…じゃりん子+鬼丸で?な、なるほど…。
「まぁ、なんていうか、その…青春だなぁ……」
ポン太は私の言葉に同意するように、後ろ足で頭を掻きながら欠伸をした。




