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22:


あの夢を見た日から私の力は全く使えなくなった。

ただ使えなくなっただけならまだ良い。ただ嫌な予感がしてならない。私の能力が全て哀に奪われたなら最悪だ。


「モモ駄目だ、鬼丸哀はマンションも退去している」


私は深いため息を吐いた。

哀は高校ももう通ってはないみたいだ。母親の元にもいない。


キャシーはサングラスを外して「最悪だ…」と呟いて目頭を揉んだ。大きな図体を丸くして落ち込んでいる。


キャシーにはかなり叱られた。

組織の命令外の行動をした。その場で処分されてもおかしくない。その覚悟はあった。せめて哀の能力を全部吸ってからにして欲しかったが。

ただキャシーは、この世界に一緒に来た能力者(ブレイカー)のペケも現在消息不明な事から、私の処分はとりあえず保留にすると言った。代わりに全力でNo.111を確保しろと。


「あの子は記憶があるのかもしれない…」


あの夢の内容がどうしても不可解だ。

曖昧なようでどこか現実感のある哀の姿が今も目に映っている。あの時、私は本当に哀と話しているような気がした。そして彼女は夢の中で全てを知っているようだった。


「?あり得ないだろ。お前が記憶を消したら、そもそも無かった事になるんだから戻る訳がない」


それはそうだ。私の能力は脳自体の時間を操作する。そもそも記憶を無くすのだ。だから思い出す事はない。しかしあるとしたら…。


「ペケが介入したら、もしかしたら」


あいつは人の思考を操作できるし、自由に心の中を覗き見ることができる。どうした訳か年々その力は強まっていて、もはや自分の意志ではなくても他人の過去や為人が判ってしまうらしい。ペケならば私の過去を知っている。そしてその記憶を、哀に横流しすれば補完できる。


「かといって、なぜあいつが111側につく?同情でもしたか?」


分からない。ただペケはこの世界でひどく消耗していた。強くなる能力に反比例して、彼の身体能力や体力など肉体面は弱くなっていた。そんな中、大規模の洗脳など能力を酷使してきた。


「身体の方が限界がきて、自分の意思とは関係なく力が暴走してしまった…とか」


過去に事例がない訳ではない。

死の淵に立たされたブレイカーが、本能的に自分を守ろうとして力の方に支配されてしまう。その時は力の限り暴れ尽くしただけだったが、ペケの能力はそういう類ものではない。


「そういえば、前にペケが大技やって死にかけた事があったな。確か他のブレイカーの体を乗っ取って、戻れなくなりかけたっけ」


キャシーの言葉に背筋に寒気が走った。

他人への乗っ取り、むしろ能力を逆手に取られて自分が乗っ取られてしまったとしたら?あろう事か哀に。

それならばあの夢の説明がつく。私の力が使えなくなってしまったのもペケの能力を使って私の意識に接触すれば、理論的には可能だ。


「やっぱりペケは哀の所にいる、そして力が暴走して自我が保てなくなっているのかも」


厄介な事になってしまった。つい頭を抱えた。

ペケの力があるなら、哀を捕まえるのに確実に難儀する。

そして哀はどこにいる?一体何をしようとしている?



「失礼する、随分久しぶりだな」


棲家にしていたマンションにいきなり誰かが入ってきた。

カギをしていなかったのも悪いが、そんな行為はこの世界でも犯罪だろう。


「桐谷…」


男は哀の通う高校の生徒会長だった。哀とも交友があった。

世界が巻き戻る前には父親の情報を収集する為に、交流していたこともあった。


「どうやってここに来た?何の用だ」


キャシーが立ち上がる。彼が本気を出せばすぐに桐谷など殺せてしまう。さすがにそんな場面を見たくはないのでキャシーの前に私も立った。


「前に僕の家に来た時に、人を使って追跡した。用事は鬼丸君の状況について何か知っていれば教えて欲しかった」


桐谷は淡々と話す。目の中に全く恐れがない。やってはいけない事をしたという自戒もなく見える。よく分からない奴だ。


「教えて欲しいのはこっち!そっちでは何が起きたのよ」


「鬼丸君はやるべき事があると言ってどこかに行ってしまった。呼び止めたが捕まえられなかった。…それから、零君。君は鬼丸千萱を殺したな」


私を責める気か?と見上げたが、桐谷は察して首を振った。


「何となく君の目的が分かっていた。相当恨んでいたしな。別にそれはどうでもいい。彼は父親の義務を果たさなかった。彼女の人生の邪魔でしかならない。鬼丸君が無事ならそれはどうでもいい」


私が言うのもアレだが、ちょっと倫理観が壊れている。

でもきっと父親が死んで生活出来なくてとかじゃないだろう。おそらく桐谷家で引き取る流れになったのだろう。だけど、桐谷が私に会いにきたという事は、哀はそれを拒否したのだ。

私は頭を抱えそうになった。なんで。桐谷家に保護されれば、しばらくはまともな生活が約束される。いくらでも幸せな未来が掴めたのに。


「万が一でも君達に保護されているのではと思ったのだが、そうではないのだな」


「…哀は、やるべき事があるって言ったの?」


「そうだ。君達の元にいないのであれば、おそらくエデンの苑にいると思われる」


桐谷の言葉にまたもや眩暈がする。

動悸が止まらない。いや、分かっていたはずだ。嫌な予感が確かにしていた。


「零君、質問だが鬼丸君は本当に今能力が使えない状態なのか?エデンの苑が復活していると情報があったのだが」


「私の能力は消えたのよ。多分哀に取られた。肉親感では能力の交換ができるの。なんで使えるかは…使い方を思い出したのかもしれない」


彼女は一体何をしようとしている?

エデンの苑に入り込んでどうするつもり?

だってそこには哀の幸せなんかない。人間の欲望に使い潰されるだけだ。繰り返した世界で、彼女の願いはただ薄汚れた天使なんかになる事なんだろうか。


「思い出す?確か彼女の記憶は」


「111はペケを取り込んで記憶を補完したんだよ。桐谷、ここまで聞いたんだ。俺たちに協力しろ」


「ああ、構わない。それでは鬼丸君は本当に君の力を使って、エデンの苑を盛り立てているのか…」


こんなはずじゃなかった。

私のせいでより最悪な状況になってしまった。もう絶対にあの団体に哀を関わらせたくなかったのに。記憶があるなら分かるだろう、あの父親が産み出したおぞましさを。


「にしても、ペケとお前の力が使えるんなら、俺が乗り込んでも手も足も出ねーな」


やめた方がいい、とキャシーを止めた。

今の哀は私の能力を使えるし、哀自身の能力も未だ未知数だ。乗っ取られているだろうペケもいる。いくら人造人間で精神攻撃を受けないキャシーでも、勝ち目はない。私だって役には立たない。

だけど止めなければ。哀を天使みたいに、あの頃の私みたいにさせるものか。


「犬塚は…無事?」


「元気だが、それがどうかしたか」


急に話を振っても、桐谷は表情を崩さない。私もそうだが、表情筋が死んでるのだろう。


「絶対哀は一人で犬塚に会いに行く。それまでは待つしかない」


「あ?絶対って…確証あんのか?」


頷いてみせる。私は他人よりも哀の事を知っているのだ。

時が来るまでは待つしかない。そして哀が消耗して酷い目に会う前に犬塚の前に現れるのを願おう。

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