表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/192

19:

鬼丸千萱氏が突然死してしまった。


驚いた。ただ、思い当たる節はあった。

犯人はきっと零だ。だから父親の事を僕に調べさせたのだ。最初からそのつもりで、全ては彼女の計画通りだ。


謂わば僕も共犯者だ。

顔に生気がない鬼丸君を見て、自分のした事の罪の重さに気付いた。だとしても、それを彼女に謝るのはただ自分が楽になりたいだけだ。


鬼丸千萱には親兄弟親族がない。だからその娘の鬼丸君は天涯孤独となってしまった。

叔母とは籍を入れる前だった。そして千萱氏の死に耐えられなかった叔母は酷く憔悴して、残念ながら子どもは流れてしまった。

もう鬼丸家との縁は無いに等しい。だが、桐谷家としてはできる限りの支援をするつもりだ。祖父母は難色を示していたが、ここで千萱の娘を見捨てれば桐谷の名前に傷がつくと父が説得した。


「…そこまでお世話になれません」


僕の家による保護を鬼丸君が固辞したのは予想はしていた。


「馬鹿な。遠慮などしている状況ではないだろう。千萱は生前相続で、その財産を全て宗教団体へ寄付してしまっていた。君はまだ子どもで学生だ。一人では生きてはいけない」


父の言葉は間違いはなかった。最期の最期まで、鬼丸千萱は娘の哀の将来を案じる事はなかった。そのことを彼女が受け止められるのか。


「これからのことは今は考えなくていい。一緒に暮らそう。僕の家でしばらく休もう、部屋も余っている。迷惑ではない。僕らは歓迎するし、お手伝いの千津子さんも人が増えて喜ぶ」


目を見て、声をかけて、存在を確認する。

ここで彼女をひとりぼっちにすることなどできない。


「桐谷先輩…」


覇気がない声が、聞いていて心苦しい。


「私達はもう全くの他人です。そもそもそんなに親しくもない。父の事は大変お世話になりました。もうこれ以上していただいても、私にはとてもお返しできません」


「返すなど…見くびるな。小娘一人くらい養うなんて痛くも痒くもない」


言い方はあまりよろしくないが、父だってここで鬼丸君を放り出してはいけないことは承知している。


「私が嫌なだけです。もう誰かの何かを奪ってまで自分の生活を守りたくないんです。お父さんだって、私の事は本当はいらなかった。関係のない人にわざわざ保護されるだけの価値がある人間なんかじゃない」


鬼丸君は真っ白な顔で話し続ける。あんまり話続けると倒れてしまうのではと思った。


「学校は辞めます。私立だし進学校だし元々身の丈にあってなかったんです。それに私は他に自分がいるべき場所もこれからしなければならない事もあります」


鬼丸は笑ってみせた。その笑顔はとても作り笑いに見えないくらい完璧で、痛々しかった。


「そんな話を受け入れられるわけないだろう!」


「鬼丸君」


その手を握った。繋ぎ止めなければ、と思った。

鬼丸君がこれからどう生きようとしているか、見当がつかない。ただ嫌な予感がした。彼女はまったく先の見えないどこかに消えてしまうような気がした。


「放してください」


振り払おうとされたが、離せない。駄目だ。どんなに嫌がられても、其方側にいかせてはいけない。


「本当に、やめて。危ないから、私に触らないで!」


物凄い剣幕で叫んで身体ごと振り払われて、咄嗟に手を放してしまった。驚いて鬼丸君を見ると彼女は俯いて、そのまま走って逃げてしまった。

父と二人追いかけたが、なぜか追いつけず見失ってしまった。車でもあたり一帯を探したが、彼女の姿はなかった。





「鬼丸君の行方が分からなくなった」


鬼丸君と親しい犬塚君や猿河君にそのことを話したが、二人とも知らないと言った。確かにこの二人の元に今行くとは思わないが。

試しに二人は電話をかけたが繋がらなかった。


「父親が亡くなってからの、足取りが全く分からない」


鬼丸君の行方が分からなくなって2週間が経っていた。

警察には伝えているが、果たしてそれで状況が好転するのか。


「うちには夏休みに入ってからは全く来ていません…。ていうか、父親が亡くなったのすら知りませんでした」


最も情報があると思っていた犬塚君も、何も知らない状態だった。猿河君もLINEをし続けてはいたが一切既読がつかないらしい。

荷物も所持金もないただの少女が、一人で生きていられるものか。危ない目に遭ってはないか、ひもじい思いをしていないか、命に別状はないか、心配でいてもたってもいられない。

あの時手を放したりしなければ、とただただ後悔する。


「他に哀ちゃんが頼りそうな人まったくいないんですか」


猿河君の顔も険しい。信じられないくらい口数も少ない。


「僕の知る限りいない。母親は離婚後疎遠であるし、そもそも入院中だ。母方の家族にも縁を切られている。住居や金銭面で頼れる友人がいるとも思えない。変な事故や犯罪に巻き込まれていなければいいが…」


探せるだけは探したが、何も無い。もしかしたら零君なら何か掴んでいるかとも思って一緒に探したが、零君も行方不明だ。


「大丈夫、あの子はちゃんと無事に生きてる。大丈夫…」


「猿河。オイ、しっかりしろ」


犬塚君に揺さぶられて、猿河君は煩わしそうに腕を振り解いた。


「別に頭おかしくなってなんかない!あの子は、哀ちゃんには記憶がある。僕らと同じで記憶があるんだよ!だから、行方くらましたのも何か意図があるに決まってる」


「…え?」


「は?適当な事言うんじゃねーよ」


鬼丸君にも前回の世界線の記憶がある?

彼女は僕達に面識は無いようだった。だが、確かめた事はない。目を瞑り彼女のことを思い出してみる。

『私は嘘つきですよ。桐谷先輩の思っているような奴じゃないんです』

彼女が以前そう言っていた。そうだ、彼女は本当の自分を他人に見せる事にとても怯えていた。誰にも本当の事を言えない人だった。


「…本当にそうなのかもしれない。実際、あまりにも前回と今で起きている事が違いすぎる。猿河君と僕に関わろうとしなかったのも説明がつく」


思い返すと彼女の発言には気になる部分がある。


「鬼丸君は、学校を辞めているべき場所でやるべき事があると言っていた。君達に心当たりはあるか?」


この発言がただの方便である可能性もあるが、妙に引っかかる。彼女の目には使命感が宿っているように見えた。


「あ、…えと、『私を倒して』って夏休みの前の日、言われました。これだけ言われただけだから意味分からないですけど」


犬塚君が控えめに手をあげて発言した。

たしかにそれだけでは意味を読み取れない。


「他にはなんかないの?なんでもいいから」


「他は……えーと、あー……鬼丸になんか、キスされた…」


犬塚君に凄まじい形相で殴りかかろうとする猿河君を止めるので精一杯で、その日一日は終わってしまった。かなり体力と気力を消耗した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ